いすみ鉄道いすみ線

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いすみ鉄道いすみ線
いすみ線列車 上総中野駅にて
いすみ線列車 上総中野駅にて
路線総延長 26.8 km
軌間 1067 mm
STR
JR東外房線
BHF KBHFa
0.0 大原駅
STRrf BHF
1.7 西大原駅
BHF
5.2 上総東駅
BHF
7.4 新田野駅
BHF
8.8 国吉駅
BHF
11.9 上総中川駅
BHF
14.7 城見ヶ丘駅
BHF
15.8 大多喜駅
BHF
18.2 小谷松駅
BHF
19.6 東総元駅
BHF
20.8 久我原駅
BHF
22.2 総元駅
BHF
25.1 西畑駅
KBHFe KBHFa
26.8 上総中野駅
STR
小湊鉄道線
「なのはな」号 新田野駅にて

いすみ線(いすみせん)とは、千葉県いすみ市大原駅から、千葉県夷隅郡大多喜町上総中野駅までを結ぶいすみ鉄道鉄道路線。旧国鉄特定地方交通線・木原線を引き継いだ路線である。

目次

[編集] 概要

外房線大原駅から分岐して房総半島内陸部に入り、上総中野駅で接続する小湊鉄道線とあわせて半島横断線を形成する。

開業以来、慢性的な赤字に悩まされ続けており、存続の危機に瀕している。2007年10月29日に行われたいすみ鉄道再生会議で、2009年度までの2年間は収支検証期間として存続する方針が決定され、2009年度の決算で収支の改善が見込めない場合は廃止を前提に代替交通を検討することになった[1][2]

一方で2006年10月の増便に続く乗客獲得策として、2008年8月9日に上総中川大多喜間に新駅(「城見ヶ丘駅[3])が設置された。

いすみ鉄道#存廃問題」も参照

[編集] 路線データ

[編集] 運転

すべての列車が普通列車で、ワンマン運転を実施している。全線通し運転の列車のほか、大原駅 - 大多喜駅・大多喜駅 - 上総中野駅間の区間列車が運転されている。車両の夜間滞泊は大多喜駅のみで行っている。

ほぼ毎時1本の運行で、不定期列車や学校春休み期間運行の列車もある。

国鉄時代は大原発の最終が今よりも1時間遅く(夜10時台)、上総中野駅で夜間滞泊を行っていた。

[編集] 利用状況

[編集] 輸送実績

[編集] 収入実績

[編集] 歴史

1922年(大正11年)公布の改正鉄道敷設法により木原線の建設が決まるが、時期は未定であった。千葉県営人車軌道と後の夷隅軌道は赤字経営であり、沿線地域の経済力では経営再建は不可能な状態に陥っていた。木原線が実現すると建設費及びその後の営業赤字は政府負担となるので、地元では鉄道省への陳情を盛んに行い、1925年(大正14年)に木原線建設着工が承認される[4]

1930年(昭和5年)に開業した木原線は、本来、久留里線と結んで大原 - 木更津間を結ぶ鉄道(改正鉄道敷設法別表第48号)として計画された。木原線という路線名も木更津大原(現・いすみ市)のから取られたものだったが、上総中野 - 上総亀山間は建設されなかった。なお、木原線開業以前には、大原 - 大多喜間に夷隅軌道が営業していたが、これは木原線開業が決まったことにより廃止されている。

開業当初の列車の運行は、蒸気機関車C10C12が客車を数輌牽引していた[5]

沿線は人口希薄地帯で輸送量は多くなく、合理化のために1934年(昭和9年)にガソリンカーキハ40000を投入して列車本数を増発した。同車は太平洋戦争中のガソリン不足を補うために、周辺で産出される天然ガス動力となって1944年(昭和19年)まで運行される[5]

戦後はC12による客車列車になり、1948年(昭和23年)8月から天然ガス車も復活するがこれは短期間で消滅する。1954年(昭和29年)には経営合理化と小型車両による列車本数の増発による旅客サービスの向上を目的としてレールバスキハ10000形)が投入されるが、乗車定員が少ない・軽量すぎて踏切感知が作動せず警報機が鳴らないなどの問題から7年間の使用で終わった。この時代が木原線の列車本数が最も多い時期であったが、定員数56人のキハ10000では対応しきれなかった[6]

1981年(昭和56年)に国鉄再建法施行により第1次特定地方交通線に指定され、1987年(昭和62年)に東日本旅客鉄道(JR東日本)に承継された後、1988年(昭和63年)にいすみ鉄道に転換された。第1次廃止対象路線としては、最後の転換だった。

[編集] 年表

  • 1930年(昭和5年)4月1日 - 木原線大原 - 大多喜間 (15.9km) 開業(上総東、国吉、上総中川駅開業)。
  • 1933年(昭和8年)8月25日 - 大多喜 - 総元間 (6.4km) 開業。
  • 1934年(昭和9年)8月26日 - 総元 - 上総中野間 (4.6km) 開業。全通・26.9km。
  • 1937年(昭和12年)2月1日 - 東総元駅、西畑駅開業。
  • 1945年(昭和20年)6月10日 - 東総元駅休止。
  • 1946年(昭和21年)6月10日 - 東総元駅再開。
  • 1960年(昭和35年)6月20日 - 西大原駅、新田野駅、小谷松駅、久我原駅開業。
  • 1968年(昭和43年)9月4日 - 国鉄諮問委員会により廃止対象のローカル線(赤字83線)に指定される。
  • 1970年(昭和45年)7月1日 - 集中豪雨により路盤が流出、寸断(全線復旧は10月1日)。
  • 1974年(昭和49年)10月1日 - 貨物営業廃止。
  • 1981年(昭和56年)9月18日 - 廃止承認(第1次廃止対象特定地方交通線)。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄民営化により東日本旅客鉄道に承継。
  • 1988年(昭和63年)3月24日 - JR木原線廃止。いすみ鉄道いすみ線開業。
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 最終列車を1時間繰り上げる。
  • 2008年(平成20年)8月9日 - 城見ヶ丘駅開業[7]
  • 2009年(平成21年)10月1日 - ムーミン列車の運行を開始(2011年3月31日までの予定)。

[編集] 駅一覧

全駅千葉県に所在。

駅名 駅間キロ 累計キロ 接続路線・備考 所在地
大原駅 - 0.0 東日本旅客鉄道外房線 いすみ市
西大原駅 1.7 1.7  
上総東駅 3.5 5.2  
新田野駅 2.2 7.4  
国吉駅 1.4 8.8  
上総中川駅 3.1 11.9  
城見ヶ丘駅 2.8 14.7   夷隅郡大多喜町
大多喜駅 1.1 15.8  
小谷松駅 2.4 18.2  
東総元駅 1.4 19.6  
久我原駅 1.2 20.8  
総元駅 1.4 22.2  
西畑駅 2.9 25.1  
上総中野駅 1.7 26.8 小湊鐵道小湊鉄道線

[編集] その他

  • 1日乗車券が1,000円、小湊鉄道と共同で大原 - 五井間片道乗車・途中下車可能(折り返し乗車不可)の「房総横断乗車券」が1,600円で発売されている。
  • 現在、小湊鉄道線との乗り換え駅である上総中野駅では、両線の線路は繋がっており、相互乗り入れの話が上がる。しかし、両社共に消極的で今日まで実現していない。旅客流動上も相互乗り入れのメリットはきわめて薄いとされる。
  • 近年、各駅の駅名標を新しいタイプのサインへ交換した。基本的なデザインはJR東日本の駅名標と同一だが、帯の色が違う。
  • 国鉄木原線時代に運用された車両キハ07 5は同和鉱業片上鉄道吉ヶ原駅柵原ふれあい鉱山公園にて動態保存中。北野武監督の映画『アキレスと亀』にも登場した。
  • 国鉄木原線時代、地元住民グループが廃止を阻止するため、国鉄による乗降者数調査日を狙って無用であるにもかかわらず乗降し乗降者数をつり上げた。これは路線の実態把握を不可能にする活動として問題となった。

[編集] 脚注

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  1. ^いすみ鉄道存続決定 収益改善、2年間で検証 再生会議」千葉日報ウェブ 2007年10月30日
  2. ^ 「いすみ鉄道再生会議」最終報告 (PDF) いすみ鉄道再生会議、2007年10月29日
  3. ^ いすみ鉄道「新駅名称」決まる
  4. ^ 『ちばの鉄道一世紀』(p179)より。
  5. ^ 『ちばの鉄道一世紀』(p180)より。
  6. ^ 『ちばの鉄道一世紀』(p181)より。
  7. ^ 来月9日 新駅開業決定 いすみ鉄道城見ケ丘駅 大多喜 千葉日報 2008年7月10日

[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年10月24日 (土) 18:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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