おはようパーソナリティ中村鋭一です

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おはようパーソナリティ中村鋭一です
ジャンル ワイド番組
放送方式 生放送
放送期間 1971年4月-1977年3月
放送時間 月曜日-金曜日 7:15-9:30
放送局 朝日放送ラジオ
パーソナリティ 中村鋭一
テーマ曲 クラリネットポルカ
  

おはようパーソナリティ中村鋭一です(おはようぱーそなりてぃ なかむらえいいちです)は、1971年4月-1977年3月に放送された朝日放送ラジオの早朝ワイド番組。放送時間はAM7:15〜AM9:30。

目次

[編集] 概要

当時、朝日放送アナウンサーでスポーツ中継一筋だった中村鋭一がこの情報番組の司会に挑戦。日本で初めて司会者が「パーソナリティ」を名乗ったラジオ番組と言われる(ただしこれには異説もある。詳しくはラジオパーソナリティの項を参照)。

[編集] エピソード

[編集] 阪神タイガースの熱烈応援

阪神タイガースが試合で勝利した翌日の放送では、中村が球団歌の『阪神タイガースの歌(六甲おろし)』を熱唱したことでリスナーから大変な人気を集めた。さらには、勝った試合のハイライトシーンを放送したり、対読売ジャイアンツ(巨人)戦に勝つと軍歌の『凱旋』を歌うなど、だんだんと派手になった。1972年にはテイチクレコードから、中村歌唱による『阪神タイガースの歌』のレコードが発売された(制作には朝日ミュージックサービス(AMC)が関わっている)。

[編集] 公約の元祖

また、中村は「優勝しなかったら○○する」と公約した元祖でもある(後にテリー伊藤らも、この手の公言を行うようになった)。1974年に同番組宛てに届いた「阪神が優勝しなかったら頭を丸めろ」というリスナーからの声に、中村は「よっしゃ、頭でも丸めてやるわ!」と公言。この年阪神は優勝せず(Bクラスの4位だった)、中村は同年10月公約通り頭を丸めた。その模様は番組内で生放送され、阪神球団関係者や手紙を出したリスナー、同志社大グリークラブなどが参加した。しかし実は、そのリスナーからの声には「巨人が優勝したら」という注釈がついており、そしてこの年、巨人は中日ドラゴンズによってV10を阻まれ達成できなかった。本来なら中村本人は言い訳をして回避することも可能だったが、本人は「禊(みそぎ)だから」として公約を守った。

[編集] ブレイクした出演者

1974年頃、「お天気おじさん」で親しまれた福井敏雄を発掘したり、1976年には喜納昌吉を出演させて「ハイサイおじさん」を関西エリアでヒットさせたりなど、話題に富む番組であった。キダ・タローも友人としてしばしば番組に出演し注目されるようになった。

[編集] 番組の終焉

1977年3月、中村は4ヵ月後に控えた参院選大阪地方区出馬に伴い、同局を退社(結果落選、のちの1980年に同選挙区で出馬し初当選)。それに伴い番組も降板した。

中村の降板後は番組担当者を道上洋三に交代し、この番組の放送枠は現在放送中の『おはようパーソナリティ道上洋三です』へと引き継がれた。

[編集] 放送枠の移り変わり

ABCラジオ 平日早朝
前番組 番組名 次番組
ニュース他番組
おはようパーソナリティ中村鋭一です
ABCラジオ おはようパーソナリティ
前番組 番組名 次番組
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おはようパーソナリティ中村鋭一です
おはようパーソナリティ道上洋三です

最終更新 2009年10月2日 (金) 12:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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