おんな太閤記

おんな太閤記の最新ニュースをまとめて検索!

おんな太閤記』(おんなたいこうき)は、1981年1月11日から12月20日まで放映された19作目の大河ドラマ。原作・脚本、橋田壽賀子。音楽、坂田晃一。主演、佐久間良子西田敏行。全50話。橋田壽賀子が最初に手がけた大河ドラマで、豊臣秀吉の正室・北政所ねねの視点から戦国時代を描いた。女性の視点からの戦国時代の描写は、従来の男性を中心とした戦国時代のファン層のほか、主婦層にも幅広い支持を得て、平均視聴率31.8%(2009年現在、歴代5位)、最高視聴率36.8%を記録した(ビデオリサーチ調べ・関東地区)[1]。秀吉役の西田敏行がねね役の佐久間良子を呼んだ「おかか」は流行語になった。

おんな太閤記
ジャンル ドラマ
放送時間 44分59秒
放送期間 1981年1月11日~12月20日(50回)
放送国 日本
制作局 日本放送協会
製作総指揮 伊神幹、渋谷康雄
演出 宮沢俊樹 他
脚本 橋田壽賀子
出演者 佐久間良子
中村雅俊
浅茅陽子
音無美紀子
藤岡弘
夏目雅子
池上季実子
前田吟
尾藤イサオ
泉ピン子
長山藍子
滝田栄
赤木春恵
フランキー堺
西田敏行 他

目次

[編集] 概要

NHKは『獅子の時代』の後継作品の脚本を橋田壽賀子に依頼した。橋田は大河ドラマは初めてであったが、以前から興味をもっていた豊臣秀吉の正室・北政所ねねの一生を通して、女性に焦点を当てた戦国時代を描くことをNHK側に伝え、NHKもこれを了承した。

橋田は、高台院に関する史料のほかに、秀吉関係の史料からねねの生活を推測し、ドラマを作っていった。また、監修に國學院大學名誉教授(当時)で戦国時代史研究の第一人者であった桑田忠親を迎え、考証関係を補強した。桑田には『信長の手紙』などの著書があり、ねね宛ての悋気を戒める手紙などを本編に巧みに取り入れるなどし、織田信長配下の秀吉・ねね夫妻の生活描写に貢献した。従来、秀吉をめぐる女性としては豊臣秀頼の生母である側室淀殿がよく知られ、北政所・高台院の存在は影に隠れがちであった。本作をもって秀吉糟糠の妻として北政所・高台院の知名度が高まったことは否定できない。

また、ねねのほかに、秀吉の母親なか(大政所)、兄弟姉妹である豊臣秀長、姉とも(瑞龍院日秀)、妹朝日姫をはじめ、木下-羽柴-豊臣家、浅野家など秀吉周辺の人々について本格的に取り上げた点も評価される。

昭和50年代の大河ドラマは各作品とも20%から30%台の比較的高い視聴率を誇るが、その中にあっても平均視聴率31.8%、最高視聴率36.8%は特に高く、NHK衛星第2テレビジョンでは最も早く全50話が再放送された。

2008年3月20日から2008年5月まで時代劇専門チャンネルで再放送された。

[編集] オープニング

オープニング映像は、黒地に豊臣秀吉愛用の能面(雪の小面)を色々な角度から移した画面と、風にうねる黄金の稲田を交互に映し出したものである。クレジット(キャスト・スタッフ表示)は縦書き。

坂田晃一作曲のテーマ音楽は、メロディックで親しみやすい旋律である。

[編集] スタッフ

  • 作:橋田壽賀子
  • 音楽:坂田晃一
  • 演奏:新室内楽協会
  • テーマ音楽演奏:NHK交響楽団
  • 指揮:小松一彦
  • 監修:桑田忠親
  • 風俗考証:磯目篤郎
  • 殺陣:林邦史朗
  • 茶道指導:戸田宗安
  • 振付:猿若清方
  • 指導:猿若清三郎
  • 作曲:堅田喜三久
  • 語り:山田誠浩アナウンサー
  • 制作:伊神幹、澁谷康生
  • 美術:田坂光善、岡本忠士、吉保舜三、大鹿文明
  • 技術:吉村政明、大森如一
  • 効果:上田光生、岩田紀良、今井裕
  • 照明:小野寺政義、佐野鉄男、
  • カメラ:中村一美、塩谷貞夫、
  • 音声:宮永賢一、山崎彰
  • 記録・編集:高室晃三郎、那須正尚
  • 演出:北嶋隆、宮沢俊樹、富沢正幸/佐藤幹夫、上田信、橘高幸三

[編集] 出演

[編集] 豊臣家

ねね
演:佐久間良子
浅野又右衛門の娘で、秀吉の正室・北政所。秀吉からは「おかか」と呼ばれている。「秀吉殿のおかかの務め」が口癖で、普段は内助の功に徹しているが、ここという時には秀吉に対しても一歩も引かない芯の強さも持っている。家中の人間関係の腐心や、秀吉の女癖の悪さや唯我独尊的な行いに何度も秀吉と衝突するなど苦悩することが多く、人間的に包容力のある女性として描かれている。秀吉在命時は豊臣家のことを大事に考えていたが、秀吉死後に豊臣家臣団同士の対立との信長の妹・市の娘で信長の姪の淀殿との溝が深まるにつれ、豊臣家は秀吉殿と私が築き上げたものと考え、大坂城を去って高台寺に出家し高台院と称し、隠棲する。出家後は豊臣家では天下を治めるのは困難と考えるようになり、実力者の徳川家康に泰平の世への悲願を託す。
木下藤吉郎→木下秀吉→羽柴秀吉→豊臣秀吉
演:西田敏行
農民の倅から天下統一を成し遂げる。ねねとは何度も衝突するが、内心ではとても頼りにし、「日本一のおかか」と思っている。長浜在住時までは明るく、殺生嫌いの面が強調されていたが、大坂に移住したあたりから非情な権力亡者の顔が見え始める。身内に対しては大切にしたい一方で、厳しく対応しなければ天下に示しが付かないという葛藤に晩年は苦しむ。死後はねねの前に霊魂として度々登場する。
人格者のねねとの対比から、わがままで気位が高いという典型的な淀殿のイメージが明瞭に描かれた。
なか
演:赤木春恵 
秀吉の母で、ねねと区別する意味からか秀吉からは「おっかさま」と呼ばれている。百姓に誇りを持っていて侍嫌い。秀吉の女癖の悪さを叱りに長浜に来るまでは城で暮らそうとはしなかった。秀吉をずっと「藤吉郎」と呼び、秀吉を「たわけ!」と叱り飛ばしたり呆れ返るシーンが多いが、内心は秀吉のことを愛しんでいる。
小一郎→羽柴秀長→豊臣秀長
演:中村雅俊
秀吉の異父弟で、軍事面、政務面で手腕を発揮する。ねねとなかと共に暴走癖のある秀吉に対するブレーキ役であり、秀吉とは度々衝突するも強力な信頼関係で結ばれている。人間関係の調整能力に長けた秀長の死後、豊臣家の家中はギクシャクしたものへと向かっていく。
しの(秀長の妻・智雲院)
演:田中好子
元は播磨の百姓の娘だったが、播磨攻めで来た秀長と出会い、結婚を申し込まれる。一度は秀吉の猛反対に押し切られて播磨へ戻り、別所長治率いる三木城の女中となるが、秀吉の城攻めにより落城すると、秀長と運命的な再会を果たす。兵糧攻めの影響もあって失明しており、秀長の誘いを振り切ろうとするもその熱い思いに負け、受け入れる。ねねの機転もあって秀吉の猛反対も振り切り、めでたく夫婦となる。
とも
演:長山藍子
秀吉の姉で弥助の妻。兄弟姉妹の中では唯一子宝に恵まれる。秀次や秀勝を秀吉の養子に出したこともあり、秀吉に負けず劣らずの親バカぶりも見られる。その反動からか、実の子に対する秀吉の行いに徐々に不信感を増幅させ、秀次死後は出家し、秀吉の元を離れる。秀吉の死後は高台院とともに暮らす。最終回では脚本家橋田がこのドラマに込めた主題と思われる台詞を日秀が高台院に語るシーンがあった。
弥助→三好吉房
演:宗近晴見
ともの夫。元々百姓で侍になることには消極的だったが、ともの一押しで侍になり、秀吉に仕える。特別な手柄を立てることこそなかったが人の悪口を言わない温厚な性格で、常に秀吉を立てることを忘れない。親バカぶりが暴走しがちなとものブレーキ役でもある。秀次事件の余波を受けて讃岐に配流、自らは出家する。
秀吉の異父妹。秀吉配下の嘉助の妻となっていたが秀吉によって強制的に離縁させられ、徳川家康の正室となるも、間もなく他界。
あさひの夫。あさひを徳川家康に嫁がせるため秀吉に強制的に離縁させられた後、豊臣家を離れる。秀吉の死後ねねの元を訪れ、高台寺にてねねに仕える。最終回の最終盤では大坂城の天守に火の手があがっていることを高台院と日秀に知らせに来る。大坂城の様子を見ようと屋外に飛び出した高台院を追いかけようとするが、「1人にしてやるように」と日秀に制止される。

[編集] 豊臣家臣

[編集] 織田家中

[編集] その他の武将と血縁

[編集] その他

[編集] 架空/実在不明

[編集] 放送

[編集] 放送日程

放送回 放送日 演出
第1回 1月11日 出会い 北嶋隆
第2回 1月18日 足軽女房 宮沢俊樹
第3回 1月25日 同胞 富沢正幸
第4回 2月1日 美濃攻略 北嶋隆
第5回 2月8日 墨股築城 宮沢俊樹
第6回 2月15日 一夜城主 富沢正幸
第7回 2月22日 上洛への道 北嶋隆
第8回 3月1日 小豆袋 宮沢俊樹
第9回 3月8日 秀吉生還 富沢正幸
第10回 3月15日 小谷落城 佐藤幹夫
第11回 3月22日 筑前守任官 宮沢俊樹
第12回 3月29日 城主の妻 富沢正幸
第13回 4月5日 世継秀勝 佐藤幹夫
第14回 4月12日 信長の手紙 北嶋隆
第15回 4月19日 秀長の恋 宮沢俊樹
第16回 4月26日 秀吉蟄居 佐藤幹夫
第17回 5月3日 乙御前の茶釜 北嶋隆
第18回 5月10日 人質松寿丸 宮沢俊樹
第19回 5月17日 三木城攻略 富沢正幸
第20回 5月24日 秀長の祝言 北嶋隆
第21回 5月31日 本能寺の変 宮沢俊樹
第22回 6月7日 長浜の別れ 富沢正幸
第23回 6月14日 女人悲願 北嶋隆
第24回 6月21日 北の庄落城 宮沢俊樹
第25回 6月28日 三姉妹
第26回 7月5日 両雄対決 富沢正幸
第27回 7月12日 東西和睦 北嶋隆
第28回 7月19日 関白の妻 上田信
第29回 7月26日 お茶々悲恋 富沢正幸
第30回 8月2日 あさひの別離 宮沢俊樹
第31回 8月9日 大政所人質 佐藤幹夫
第32回 8月16日 家康臣従 北嶋隆
第33回 8月23日 おかかへの手紙 橘髙幸三
第34回 8月30日 哀しき再会 宮沢俊樹
第35回 9月6日 お茶々懐妊 富沢正幸
第36回 9月13日 世継ぎ誕生 北嶋隆
第37回 9月20日 あさひの涙 佐藤幹夫
第38回 9月27日 まんかかさま 宮沢俊樹
第39回 10月4日 弟秀長の死 富沢正幸
第40回 10月11日 たらちねの母よ 上田信
第41回 10月18日 秀頼誕生 北嶋隆
第42回 10月25日 秀次追放 宮沢俊樹
第43回 11月1日 母ともの嘆き 上田信
第44回 11月8日 最期の別れ 佐藤幹夫
第45回 11月15日 秀吉死す 富沢正幸
第46回 11月22日 おかか悲願 宮沢俊樹
第47回 11月29日 関ヶ原前夜 佐藤幹夫
第48回 12月6日 豊臣家の岐路 富沢正幸
第49回 12月13日 天下の行方 北嶋隆
最終回 12月20日 平和への道 宮沢俊樹
平均視聴率 31.8%(視聴率は関東地区ビデオリサーチ社調べ)

[編集] 総集編

放送回 放送日
第1回 12月21日 足軽女房
第2回 12月22日 城主の妻
第3回 12月23日 女人悲願
第4回 12月24日 両雄対決
第5回 12月25日 平和への道

[編集] 登場人物の名称盗用問題

秀吉の妹・あさひの最初の夫副田甚兵衛の本名を「嘉助」としているが、これは放送に先だって連載されていた杉本苑子の『北政所お寧々』(後に『影の系譜』と改題して刊行)から無許可で流用されたものであった。連載を書くにあたり、主要登場人物の名前を調査したが不明に終わった杉本が、小説上の設定として「嘉助」と名付けた、本人曰く『フィクションの名』である。しかし『おんな太閤記』スタッフが実名と思い込んでドラマに採用し、『ドラマ・ストーリーおんな太閤記』にも記載してしまった。

2つの作品が共通の名前を使うことにより、「フィクションの名」が事実として誤認される事を危惧した杉本は、当時面識のあった橋田壽賀子に、それぞれの立場から命名についての注意書きを活字にしておこうと申し入れた。しかし番組チーフプロデューサー伊神幹がNHK側のミスであり、橋田氏に責任は無いとして謝罪し、著作権侵害に対する金銭的賠償を提示した。杉本側は、問題は著作権侵害ではなく、フィクションが史実として定着しかねない危険とそれを防ぐことだとして、これを拒否した。

日本文芸著作権保護同盟事務局長・夏目裕をオブザーバーに迎え、杉本・伊神との三者会合の結果、三者がそれぞれの立場から「嘉助の名はフィクションである」旨の一文を掲載・告知する事が決定した。伊神幹の名では1981年5月11日付の「毎日新聞」夕刊文化面に(日本放送出版協会刊『放送文化』7月号、著作権保護同盟『同盟ニュース No.78』)、杉本は「北政所お寧々」(『影の系譜』と改題)のあとがきに、それぞれ同様の内容を掲載した。

また活字媒体、『ドラマ・ストーリーおんな太閤記』、橋田壽賀子作『小説・おんな太閤記』に掲載されていた「嘉助」の名は急遽削除され、すべて「副田甚兵衛」と書き換えられた。総集編のクレジットも、まだ「嘉助」と呼ばれていた第一回から「副田甚兵衛」と表記されている。

一連の事件については『影の系譜』あとがきに詳しい。

[編集] 派生作品

[編集] 舞台

2007年平成19年)6月4日から6月26日まで、脚本橋田壽賀子、演出石井ふく子新橋演舞場を会場に「おんな太閤記-あさひの巻-」が上演された。主人公のあさひ役はテレビ版と同じく泉ピン子が担当したが、それ以外は全て異なる配役となっている。

[編集] リメイク作品

詳細は「寧々〜おんな太閤記」を参照

2009年の「新春ワイド時代劇」(テレビ東京)にて、金子成人脚本によるリメイク作品『寧々〜おんな太閤記』が放送された(主演仲間由紀恵)。

[編集] ソフトウェア

[編集] NHK大河ドラマストーリー

  • おんな太閤記

[編集] VHS

  • おんな太閤記 総集編

[編集] DVD

  • おんな太閤記 総集編
  • おんな太閤記 完全版

[編集] 脚注

  1. ^ 1981年時点で平均視聴率が30%を超えた大河ドラマは1964年の『赤穂浪士』(31.9%)、1965年の『太閤記』(31.2%)のみであった。
NHK 大河ドラマ
前番組 番組名 次番組
おんな太閤記

最終更新 2009年9月2日 (水) 12:32 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【おんな太閤記】変更履歴

ご利用上の注意