お笑いスター誕生!!

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お笑いスター誕生!!
ジャンル お笑いオーディション番組
放送時間 毎週土曜 12:00 - 13:00
(第1回 - 1985年9月)
毎週土曜 17:30 - 18:30
(1985年10月 - 最終回)
放送期間 1980年4月12日 - 1986年9月27日
放送国 日本
制作局 日本テレビ
企画 井原高忠
プロデューサー 赤尾健一
出演者 山田康雄
中尾ミエ

お笑いスター誕生!!』(おわらいすたーたんじょう)は、1980年4月12日から1986年9月27日まで日本テレビ系列(一部地域除く)で放送されていた正統派のお笑いオーディション番組である。略称は「お笑いスタ誕(おわらいすたたん)」。

番組収録は1984年2月まで山野ホール、その後後楽園ホールにて一般観覧客を招いて行なわれた。

同局の歌手オーディション番組『スター誕生!』の兄弟番組。

目次

[編集] 放送時間

  • 1980年04月12日~1985年10月12日 土曜12:00~13:00
  • 1985年10月19日~1986年09月27日 土曜17:30~18:30

[編集] 司会

[編集] 概要・変遷

[編集] グランプリシリーズ(1980年~1983年)

厳しい予選を勝ち抜いた挑戦者が、10週勝ち抜きグランプリを目指す。なお、3週勝ち抜きで銅賞、5週勝ち抜きで銀賞、8週勝ち抜きで金賞が獲得できる。挑戦者はプロ・アマを問わず毎週5組程度が出演。

番組の最後に審査結果が挑戦者順に発表される。挑戦者は不調和で緊迫感のあるティンパニロールが鳴りながら舞台中央に設置された回転するカプセル風のセットに入って登場して正面を向いたところで止まり、合格ならファンファーレ(合格、グランプリ共に同じ)鳴り響くと共にドアが開いて舞台に再登場できるが、不合格ならカプセルが回転し退場。同時に裏から出てくる次の挑戦者の審査結果の発表へ移っていく。なお不合格となったら最低2ヶ月間は再挑戦できず、再挑戦する場合は不合格となった週(ただし2週勝ち抜き以降)から挑戦する形だった。

[編集] ゴールデンルーキー賞シリーズ(1980年~1982年)

グランプリシリーズであと一歩グランプリに届かなかった参加者を対象にした大会で、期間中(3ヶ月~半年を1シリーズ)の得点累計で優勝者を決定。第1回はギャグ・シンセサイザー、第2回はアゴ&キンゾー、第3回はファニーズが優勝した。

[編集] サバイバルシリーズ(1983年)

グランプリシリーズであと一歩グランプリに届かなかった20組を対象に,勝ち抜きトーナメント形式で優勝者を決定した。優勝はキモサベ社中。

[編集] オープントーナメントサバイバルシリーズ(1984年~1986年)

オープン参加で選ばれた25組を対象に対象に,勝ち抜きトーナメント形式で優勝者を決定する。毎週5組(決勝のみ4組)が登場し,審査員10名による得点累計の上位者(1回戦3組,2回戦3組,準決勝2組,決勝1組。準決勝前に1組が敗者復活)が勝ち上がる。優勝賞金は100万円。計7回行われた。優勝者は下記参照。

審査結果発表はグランプリシリーズ同様、挑戦者が舞台中央に設置された回転するカプセル風のセットに入って登場するが(BGMは異なる)、いずれもドアが開いて舞台に再登場し、そこから電光掲示板(棒グラフ)で得点を発表するのが特徴。全員の得点発表後、中尾ミエの「誰が落ちたかな?」のセリフおよびBGM(グランプリシリーズ不合格時のものと同じ)と共に電光掲示板にある不合格者の名札がひっくり返される。

[編集] 激突!!団体戦シリーズ 爆笑紅白大合戦(1984年~1986年)

オープントーナメントサバイバルシリーズと交互に放送されていた、当番組唯一の団体戦。30組前後の参加者が紅組と白組に分かれ、各自2本ずつのネタを披露し、総得点で勝敗を争った。優勝チームには70万円、最優秀個人賞には20万円、優秀個人賞2組には各5万円が贈られた。

[編集] グランプリ決定時の演出(グランプリシリーズ)

グランプリの懸った審査結果発表の際、山田、中尾が「さあ!!グランプリです!!どうぞ~っ!!」と言い、ステージが暗くなり、挑戦者の乗っているカプセルにスポットライトが当たる。ティンパニロールが鳴り終わってカプセルが止まり(ここまではグランプリ以外も)、グランプリが決定した瞬間には、ファンファーレが鳴ってセットの電飾が光る。ステージが明るくなってカプセルから出る時に天井から大量の紙吹雪が降り、ファンからの紙テープ花束による祝福を受けた。

なお、テレビ画面には、「おめでとう!!グランプリ獲得(挑戦者名)!!」)の字幕スーパーが画面一杯に出る。そして表彰の際、審査委員長の桂米丸から賞状とゴールデントロフィー(銀賞、金賞も同様。銅賞はトロフィーのみで表彰式はない)が授与された。

他のシリーズも優勝すると、同様の演出となる。

[編集] 挑戦者に対するテロップ表示(グランプリ以外)

  • 演技披露のとき 「(勝ち抜き週)目に挑戦! (参加者名)(ジャンル)」
  • 審査発表の時 「(参加者名) (勝ち抜き週)目なるか?」
  • 合格決定時 「合格!!」(グランプリが近づくとこの他に「がんばれあと一歩!!」が追加。また金賞などの各賞受賞時には「おめでとう!(受賞する賞名)獲得!!」
  • 不合格決定時 「残念!!」(挑戦する週によって「また来いよ!!」「健闘を称えます。再度チャレンジを!!」等が追加)

[編集] グランプリ獲得者

  • B&B(1980年7月5日放送分にて。ストレートでグランプリ達成)
  • おぼん・こぼん(月見おぼん・こぼん改め。1980年8月16日放送分にて。ストレートでグランプリ達成)
  • ギャグ・シンセサイザー(1980年12月20日放送分にて。不祥事により番組後期に剥奪)
  • 九十九一(1981年5月9日放送分にて)
  • 小柳トム(現:ブラザートム。1981年6月27日放送分にて)
  • とんねるず(貴明&憲武改め。1982年4月10日放送分にて)
  • 青芝金太・紋太(1982年5月22日放送分にて)
  • アゴ&キンゾー(1982年6月12日放送分にて)
  • 怪物ランド(1983年4月30日放送分にて。ストレートでグランプリ達成)
  • シティボーイズ(1983年9月10日放送分にて)

[編集] 剥奪

  • 大木こだま・ひかり(1981年2月28日放送分にて。ストレートでグランプリ達成。ただし、不祥事のためすぐに剥奪。番組では放映されておらず幻のグランプリとなっている)

[編集] オープントーナメントサバイバルシリーズ優勝者

[編集] 出場経験者

(初出演の早い順に並べてある)

[編集] 審査員

審査方法は20項目による項目数で決める。審査基準は勝ち抜き数によって変わっていき、勝ち抜き数が上がるほど厳しくなっていく。10週連続勝ち抜きグランプリ達成のためには、審査基準20項目全てに合格しなければならなかった。

また、観客の「笑い声」もステージ横の電光グラフ板に表示されて、これも審査の対象になる。

[編集] 番組の終焉とその後

1985年10月に土曜夕方5時30分枠に移動したが、名古屋テレビ制作のアニメや「スーパー戦隊シリーズ」(共にテレビ朝日系)などの裏番組に押され、1986年9月27日をもって6年半の歴史に幕を閉じた。

番組終了から19年後の2005年日本テレビ系24時間テレビ』内で、看板や幕などセットを組んで一夜限りで番組が復活した。進行は爆笑問題、出演者紹介のナレーションは、故人となった山田康雄に代わり栗田貫一が務めた。当時の出演者のほかに、ますだおかだがB&B、庄司智春品川庄司)がぶるうたすに扮し当時のネタを再現した。

[編集] スタッフ

ほか

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 番組の変遷

日本テレビ 土曜12時台
前番組 番組名 次番組
やじうま寄席
お笑いスター誕生!!
日本テレビ 土曜17:30-18:30枠
全日本プロレス中継
※19:00-19:54へ移動
お笑いスター誕生!!

最終更新 2009年10月4日 (日) 00:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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