お笑い第三世代
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お笑い第三世代(おわらいだいさんせだい)は、漫才ブーム以降から1980年代後半に台頭してきた若手お笑いタレントを総称した俗称。バブル期にデビューしているためバブル世代とも呼ばれる。
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[編集] 概要
演芸ブーム(代表的人物に林家三平、桂三枝、コント55号、ザ・ドリフターズら)を「第一世代」、漫才ブーム - オレたちひょうきん族メンバーまで(ビートたけし、明石家さんま、タモリ、島田紳助ら)を「第二世代」と数えて「第三世代」と呼ばれた。
- ※ただし、お笑い界のビッグスターの生年月日を見るとほぼ8年間隔で生誕していることから、この8年周期にならって、1947年生まれのビートたけしを第一世代の代表、1955年生まれの明石家さんまを第二世代の代表、1963年生まれのダウンタウンを第三世代の代表として数え、それ以前の世代の芸人には「お笑い第〜世代」という数え方を適用しないという考え方もある[1]。
第三世代とは、主に1980年代に結成されたお笑いコンビ・タレントを指す。吉本興業が主宰する養成所・吉本総合芸能学院(通称・NSC)を尺度とすると、1期生 - 5期生までの芸人となる。さらに、第三世代の特徴は吉本興業のNSCを始め、各大手プロダクションがタレント養成所を設立した時期にデビューした芸人で結成されており、師匠がいない芸人のハシリとなった世代でもある。また、修業制限がなく、漫才ブームが終焉し代わりにおれたちひょうきん族が始まった1983年頃からいくつかの第二世代の芸人達が下火して行き、そして干され消えてしまう。その消えてしまった芸人達の穴を埋めてのし上がって来た。1985年頃、とんねるずを筆頭に25歳前後でメジャーデビューした芸人が多く、下剋上タレントとも呼ばれた。評価はどの世代から見比べると低く、リアクション芸が売り物とされ、着ぐるみ・女装・体張りと言った「笑われる芸」がメインとされていた。バブル終焉後の1989年以降に結成された芸人は第四世代となるが、厳密な定義はない。また、この「第三世代」という呼ばれ方は、主として東京を中心に使われており、大阪を中心に活動している芸人に対しては、あまり使われることはない。
「第三世代」という呼び名については、前述の第一世代・第二世代から数えて…という説もあるが、実際はその少し前に演劇界で第三舞台を筆頭としたブームがあり、その際に言われた「第三世代」という言葉が流用されたに過ぎない、との説もあり、後から第一世代・第二世代という呼び名が生まれたともいわれている。
また漫才ブームからひょうきん族に至るお笑いムーブメントを、当時「ニューウェーブ」や「新人類」と呼んだことから、さらにその次の世代ということで、「第三世代」という言い方が使われたという説もあり、当時のフジテレビの番組が積極的に使用していた。
ライブシーンを見ると、大阪では吉本興業の心斎橋筋2丁目劇場がNSC出身者で連日にぎわい、東京ではとんねるずらが開拓したショーパブでの活況、渡辺正行が1986年から「ラ・ママ新人コント大会」主催、1988年からはブッチャーブラザーズのぶっちゃあ主催の「東京バーボン寄席」などの事務所の垣根を越えた若手芸人のライブが始まり、ブームへの環境は整っていった。
[編集] 代表的なタレント
結成・デビュー順
- ピンクの電話(清水よし子、竹内都子)
- B21スペシャル(ヒロミ、デビット伊東、ミスターちん)
- リットン調査団(藤原光博、水野透)
- 130R(板尾創路、ほんこん)
- 今田耕司
- イジリー岡田(当時キッドカット)
- 東野幸治
- ※浅草キッド(水道橋博士、玉袋筋太郎)
- SET隊(岸谷五朗、寺脇康文、山田幸伸) ※解散
- ショウショウ(羽田昇平、羽田昇司)
- チャイルズ(きりこ、りん、ゆうこ) ※解散
- おきゃんぴー(真亜子、麻理子) ※解散
- 伊集院光
- 辻本茂雄
- ぜんじろう
- ※ホンジャマカ(石塚英彦、恵俊彰)
- ※爆笑問題(太田光、田中裕二)
- ※デンジャラス(ノッチ、安田和博)
- 松村邦洋
- ※GSX(TEAM-0)(山崎邦正、軌保博光) ※解散
- テンション(田口浩正、小浦一優)
- ※注
- とんねるず・コント山口君と竹田君は、他の芸人よりも世代が上であることやデビュー年次などから、含まれない場合が多い。またデビュー年から、爆笑問題、ホンジャマカ、バカルディ(現:さまぁ〜ず)、浅草キッドらは「狭間の世代」といわれることもあり、特にバカルディはデビュー年次が雨上がり決死隊や極楽とんぼなどの第四世代芸人と同じであるため、第四世代に含まれる場合もある。GSX(TEAM-0)に関しては、第四世代であるという説もある。森脇健児、山田雅人、たけし軍団(浅草キッドを除く)は同時期に人気を博したが、師匠がいるため(たけし軍団に関しては他の芸人よりも世代がわずかに上であるため)第三世代には当てはまらないという扱いが多い。また、デンジャラスは、ホンジャマカ、バカルディと同時期に人気を博している上、本格的に人気を博したのはボキャブラブームであるため、第四世代として扱われることがある。
[編集] その他の第三世代タレント
- おかけんた・ゆうた - 吉本興業(NSC1期生)
- キリングセンス - プロダクション人力舎(当時)(1987年結成)
- ビシバシステム - プロダクション人力舎(1989年結成)
[編集] 第三世代タレントが活躍した代表的な番組
- ギャグ満点
- お笑いベストヒット
- 地方局
[編集] 特徴
それまでの漫才ブーム世代のように、寄席やストリップ劇場出身ではなく、現在でも見られるような各プロダクションのライブ出身の若手が台頭していった。漫才ブームは関西出身のコンビが多くブラウン管を温めたが、第三世代芸人は東京発のコント組も多数台頭した。
それまでは寄席演芸で老若男女全てのファンを笑わせなければならないという使命があったものの、この頃からは深夜番組を中心に、視聴者も若年層が増え、若い世代を中心に据えた笑いが主となり、テレビの深夜バラエティーが隆盛を極めていった。そこで好評を得て、ゴールデンタイムに移行するパターンは現在でも続いている。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
最終更新 2009年11月16日 (月) 02:17 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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