きたろう

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曖昧さ回避 この項目では、俳優でタレントのきたろうについて記述しています。水木しげるの漫画の登場人物については「鬼太郎」を、音楽家については「喜多郎」をご覧ください。

きたろう1948年8月25日 - )は俳優男性タレント。本名、古関安広(こせき やすひろ)。シティボーイズ大竹まこと斉木しげる・きたろう)の一員。

目次

[編集] 来歴

千葉県市川市出身。千葉県立国府台高等学校を経て、中央大学文学部卒業。

1971年秋、通っていた劇団俳優座小劇場(俳小)[1]の解散後、仲間が集まり、劇団「表現劇場」を結成する。この時の仲間に、後にシティーボーイズを結成する大竹まこと、斉木しげるの2人と俳優の風間杜夫がいた。

きたろうと言う芸名は以前、漫画『ゲゲゲの鬼太郎』の主人公・鬼太郎のような長髪でチャンチャンコを着ていて、非常によく似ていたため芸名に使ったとのこと(ごきげんようより)。その名前を勝手に拝借したため、原作者の水木しげるが怒っているに違いないと思い、謝罪に行ったが、結構あっさり許しを得たため、現在は水木公認で堂々と使っている。1998年に放送されたスズキコマーシャルでは『ゲゲゲの鬼太郎』の主題歌の替え歌を歌っていた。

モンゴルの遊牧民が住む簡易テント「ゲル」を趣味で購入して持っている。(山梨県韮崎市に設置)夫人は、本人が所属していた劇団の仲間。エチュードでキスの相手役だったことがきっかけ。

[編集] エピソード

以前、明石家さんまに「いつか俺はブレイクする(いつ頃の発言かは不明)」と言ったが、「ブレイクせぇへんやないか」とさんまに突っ込まれ、「ブレイクっていうのは、『息抜きする』って意味なんですよ」と、『明石家マンション物語』のワンコーナーで、さんま演じる「杉本酔っ払い」に切り返している。これには共にゲスト出演していた大竹まことも「俺も初めてその意味知ったよ」と、あきれ返っていた。

相田翔子のデビュー時からのファンで、「天使のよう」と表現するほど惚れこんでいる。その相田と蛭子能収と共に『踊る!さんま御殿!!』にゲスト出演。相田の後ろに座っていたきたろうと蛭子だったが、相田の何でもないようなトークでも蛭子がクスクスと笑ってしまい、相田に対する冒涜では?と勘違いしたきたろう(実際は蛭子の笑いに対する観点が一般人とは著しくズレていることが原因で蛭子本人に悪気は無い)が怒って蛭子の頬を引っ叩いたエピソードがある。その後蛭子と共演したドラマの収録でもきたろうの刑事役が何故か蛭子の笑いのツボに入ってしまい、同じシーンを15回も撮り直す目に遭っている。

カラスに2回襲われている。1回目は映画の収録で竹藪にて撮影を行っていた際、カラスの鳴き声がうるさいためADが石を投げてカラスをおっぱらったところ、数分後にきたろうの頭を爪で持ち上げようとした。2回目は朝方駅に向かって歩いていたらカラスの鳴き声がうるさく、「カラスは夕焼けには似合うが、日の出は似合わない」と思っていたら後ろからカラスに襲われた。それ以後、カラスを見かけたら「黒がお似合いですね」、「カラス様」と思う様にしている。

ハードなスカトロマニアであることを公言しており、「脱糞姿に興奮する」と「タモリ倶楽部」で熱く語っていた(タモリに「ウンコのどこが興奮するんだ!」と激しく突っ込まれてもいた)。

[編集] 出演作品

[編集] テレビドラマ

[編集] 一般番組


[編集] バラエティ番組


[編集] 映画

[編集] コマーシャル

[編集] PV

[編集] 音楽活動

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

  1. ^ その元々は新人会劇団新人会と言う1954年に結成された劇団。劇団仲間、劇団青年座、劇団三期会(現・東京演劇アンサンブル)と並ぶ俳優座スタジオ劇団の一つ。1954年に俳優座養成所二期生・三期生の卒業生が結成。1960年に小沢昭一ら俳優小劇場に分裂。再建するが、渡辺美佐子は退団し、劇団新人会は解散。1970年に長山藍子山本學前田昌明ら”第二次「劇団新人会」”を結成。1994年に「劇団朋友」に変更。



最終更新 2009年11月22日 (日) 06:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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