そごう
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そごう(英称:Sogo)とは、日本の大手百貨店の一つ。セブン&アイ・ホールディングスの傘下の株式会社そごう・西武が運営。
2009年8月1日付で、株式会社そごうが、株式会社ミレニアムリテイリングと株式会社西武百貨店を吸収合併し、株式会社そごう・西武に商号変更した。詳しくは、「そごう・西武」を参照のこと。
目次 |
[編集] 概要
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒102-0084 東京都千代田区二番町5番地25 二番町センタービル |
| 設立 | 1969年(昭和44年)5月21日 (株式会社横浜そごう)(注1) |
| 業種 | 小売業 |
| 事業内容 | 百貨店 |
| 代表者 | 代表取締役社長 山下國夫 (元ミレニアムリテイリング取締役、西武百貨店出身) |
| 資本金 | 11,000,000円 |
| 売上高 | 4,689億94百万円(2006年2月期) |
| 従業員数 | 2,845名(2006年2月末現在) |
| 主要株主 | セブン&アイ・ホールディングス100% |
| 関係する人物 | 十合伊兵衛(創業者)、水島廣雄、和田繁明 |
| 外部リンク | http://www.sogo-gogo.com |
| 特記事項:2009年8月1日合併直前のもの。1830年(天保元年)「大和屋」として創業(のちに十合呉服店に改称) 注1:2002年2月に、(旧)株式会社そごう(1919年12月30日設立)を吸収合併し(2代め)株式会社そごうに商号変更。 |
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1830年創業の古着屋「大和屋」の流れを継承する老舗百貨店である。本社は創業から大阪店閉店までと心斎橋本店開店からそごう・西武への再編前までの長期間大阪の心斎橋にあった。横浜店は売場面積 (75,066m²) と売上高(1,000億強)が最大。1957年に有楽町そごうを開店させ、テレビコマーシャルの「有楽町で逢いましょう」が流行した。「人、街、世界をつなぐ、そごうネットワーク」なるキャッチフレーズも存在した。西武百貨店と統合したことで、MDや売場編集を西武流に。POSシステムの技術提供も受け、従来のイメージは良いにつけ悪いにつけ一掃された。横浜店・千葉店・神戸店・広島店の売上は好調。また呉店は好調な広島店と外商機能などが効率的に統合。
イメージフラワーはダリアで、包装紙や紙袋に印刷されるほか、関連組織の名称にもダリアを冠したものがある(ダリアルーム、ダリア友の会など)。
[編集] 民事再生法適用
日本興業銀行(現:みずほ銀行・みずほコーポレート銀行)出身の水島廣雄の下で、旧名称「十合」の十にちなんで、「ダブルそごう(全国20店舗)」「トリプルそごう(同30)」などと称して積極的な展開をしたが[1]、この際土地の値上がりを見込んで土地買収を行っていたため、これが元で負債を抱え、2000年7月に小売業としては日本最大の負債総額を抱えて民事再生法適用の運びとなった。
そごう(本社)が運営していた店舗は大阪店、神戸店、東京店のみであった。それ以外のそごう店舗は全て各地元からの出資及び、そごう、そごう(本社)以外が運営するそごうグループ(千葉そごうなど)や水島個人が出資する、極めて複雑な資本関係であった。これは、そごうが地方へ出店しても利益は本社のある地へ行き、税金も同じように行くことを阻止する仕組みである。発案者は元会長であった水島氏で、各地方の地元へ安易に出店しやすくするシステムともいえる。その関係から、そごう(本社)運営以外のそごう店舗には各地に本社があった(例:横浜そごうと横浜そごう本社)。なお1995年の阪神・淡路大震災で神戸店が被災したことは、経営危機のもとであった。
民事再生法の適用の申請前は、そごうに関しての再建問題、経営不振の報道を連日のようにされていた。これは、債権放棄を求めるそごう側に対する新生銀行の処理方法に一悶着あった関係による。
有楽町そごうで読売ジャイアンツの応援セールを行っていたが、これは建物所有者が読売グループであることによる(読売会館。7階には「よみうりホール」がある[2])。しかし同社の経営再建に伴い、応援セールの権利は三越が引き継ぐことになった。
[編集] 債権放棄問題
そごうは自主再建を施行するため、1999年より融資を受けている金融機関へ債権放棄を求めた。そごうのメインバンクで最大の債権者である日本興業銀行は応じる方針であったものの、もう一つのメインバンクである日本長期信用銀行(1998年経営破綻。一時国有化を経て現:新生銀行)については、2000年3月に預金保険機構からリップルウッドへ売却する際に有利な条件を付した事がネックとなり、次第にそごうの経営危機が報道されることになる。
その条件とは、瑕疵担保条項である。これはリップルウッドが長銀を譲受する以前(旧長銀)の融資債権で2割以上の損失が有ると認定された場合には、融資時の金額まで損失を預金保険機構が補填する仕組みである。新生銀行の場合は債権放棄に応じるよりも瑕疵担保条項を適用させる方が非常に有利であったため、金融再生委員会が2000億円程度の損失処理と見込んで推した債権放棄案は暗礁に乗り上げた。
そのためメディアでは「一企業のために国が助ける」との見出し[要出典]や、旧長銀の譲渡の仕方や国民負担などについて批判されることになる。2000年7月6日に亀井静香自民党政調会長(当時)と山田恭一そごう社長の電話連絡を経て、そごうはそれまでの自主再建を断念し、株式会社そごう(上場企業)とそごうグループは大企業として初となる民事再生法を申請した。そごうグループ各社(28件)約2兆9000億近い負債額で倒産し、株式会社そごう単体で6800億円余りの負債が返済不能となった。
結果的に瑕疵担保条項適用分は他の不良債権と合わせて国が負担することになったが、自主再建の場合に比べて再建の流れが公になるというとのことでこの問題の決着がつくとされた。「そごう問題」や、「そごう債権問題」などと言われた。
[編集] ロゴマーク
そごうのロゴマークは創業以来、初代十合伊兵衛の生家・絹屋の家紋であったちきり(縦糸を巻くための織機の付属部品。また石材や木材を繋ぎ止める部品の名)を丸で囲んだ「まるちきり」が使われている。ちきりはまた「ちきり」という言葉と「契り」の連想から、お客様との結びつきを末長く大切にといった意味も含んでいる。
ロゴマークの形状自体に変更はないが、色については、赤→紺→金・翡翠を経て、民事再生直後に原点回帰志向のもとで赤に、さらにミレニアムリテイリンググループのカラーとしての青に変更している。また、民事再生以前については、「そごう」ロゴと「SOGO」ロゴとが存在した(後者が後発ではあるが、前者も民事再生時点まで併用されてはいた。ほか、ロゴカラーが緑の時代には、続け字で右上がりの「Sogo」をCIに採用した時期もある:外装への採用例としては1996年から2001年の神戸店本館北側の壁面がある)。
[編集] 全支店に密かに設置されていた豪華会長室
奈良そごう(現:イトーヨーカドー奈良店)をはじめとする全支店フロアには、巨大で絢爛豪華な会長室があったといわれている。俗称は“皇居”で、連絡口はバックヤード倉庫奥等に巧妙に配置し、一般客には一切気付かせない仕組みとなっていた。連絡用エレベーターも、一般客向け開放エレベーターとは別個に設置されていた。横浜店と旧奈良そごうには浴室があった。札幌そごうの同施設があったフロアはそごう撤退後の大改装により、札幌ら~めん共和国というレトロ・フードテーマパークに生まれ変わり、地下一階から直通の連絡専用エレベーターと共に一般客にも開放・利用されている。
[編集] 沿革
[編集] 民事再生手続以前
- 1830年 - 十合伊兵衛(そごう いへえ)が、大阪の坐摩神社(陶器神社)近くに古手屋(古着屋)「大和屋」を開業。
- 1877年 - 大阪の心斎橋筋に大和屋を移転。十合呉服店と名付ける。これが後のそごう心斎橋本店(旧大阪店)である。
- 1919年12月 - 法人改組、株式會社十合呉服店設立。
- 1933年 - 神戸店、元町より三宮阪神ビル(現在地)に移転。
- 1935年 - (昭和10年) 村野藤吾設計のモダニズム建築の傑作、大阪店が御堂筋とともに竣工(2003年解体)。
- 1940年 - 株式會社十合と商号変更。
- 1949年 - 大証一部上場。
- 1957年 - 東京地区初の店舗として、国鉄有楽町駅前の読売会館にそごう東京店(通称:有楽町そごう)を開店。
- 1958年 - 水島廣雄入社。副社長に就任(1962年社長就任)。
- 1961年 - 東証一部上場。
- 1967年 - 株式会社千葉そごう設立。株式の大半を水島廣雄が保有した為、株式会社そごうの連結対象外企業であった。
- 1969年 - 法人改組50周年を機に株式会社そごうに商号変更。株式会社横浜そごうを千葉と同じく連結対象外企業として設立。以後、全国各地に地域会社を設立のうえ多店舗展開を行った。
- 1979年10月6日 - 黒崎そごう(北九州市)開店により、百貨店業界初の北海道・本州・四国・九州全4島への出店を達成。
- 1992年 - 千葉そごう新築開店に伴い同店舗運営会社「株式会社新千葉そごう」を設立。
[編集] 民事再生手続以降
- 2000年7月12日 - 株式会社そごうなどグループ22法人が民事再生法の適用を申請し事実上倒産。負債総額1兆8,700億円。また同日、株式会社多摩そごうが特別清算開始を申請。半数以上の店舗を閉鎖。
- 2000年7月13日 - 木更津そごう・長野そごう、自己破産申立。
- 2000年7月26日 - 民事再生手続開始決定[3]。元西武百貨店社長・和田繁明を特別顧問に迎える。
- 2000年12月25日 - 大阪店を閉店。この閉店自体は民事再生法の適用申請前(水島時代)に決定されていたことであったが、閉店の目的については、和田を始めとする新経営陣が「撤退のためではなく、そごう発祥の地にふさわしい店舗として再生させるため」へ方針転換したうえでの閉店となった。
- 2001年1月31日 - 再生計画認可。
- 2001年2月 - グループ各社の受け皿となる予定の休眠子会社「株式会社十合」が株式会社西武百貨店と包括的業務提携を締結。再生13社は100%減資し十合から全額出資を受けて同社の完全子会社となる。本社機能を東京都心から横浜市西区の横浜新都市ビルと横浜スカイビルへ移転。
- 2001年5月 - 西武百貨店からPOSシステムなど販売業務の情報技術供与を受けて、「クラブ・オンメンバーズシステム」同等のポイントシステム「そごうミレニアムカード」サービスを開始。テレビCMが短期間スポット放映された。
- 2002年2月 - 「十合」傘下の再生各社のうち、「株式会社横浜そごう」が、旧上場会社の「株式会社そごう」を吸収合併し「株式会社そごう」に商号変更(この時点で、本店は横浜市のままで、心斎橋本店完成時に旧そごうと同一の地に移転)。
- 2002年9月1日 - 「十合」傘下の再生各社の合併により、百貨店運営会社「株式会社そごう(旧株式会社横浜そごう)」へ一本化完了。
- 2003年1月30日 - 東京地裁より再生手続終結決定。
- 2003年4月 - 1935年に建てられた大阪店を解体。
- 2003年3月 - 業務提携先である西武百貨店の再生計画に伴い、十合が西武百貨店の第三者割当増資を引受。「そごう」「西武百貨店」が「十合」傘下となり、事業会社として再編を進める。
- 2003年6月1日 - 「十合」、「そごう」ならびに「西武百貨店」の3社はグループ経営への移行で正式合意。ミレニアムリテイリンググループを発足し、株式会社十合を株式会社ミレニアムリテイリングに商号変更。
- 2003年12月12日 - 心斎橋本店起工式。
- 2005年5月31日 - 大阪市心斎橋の旧そごう大阪店を改修して開店させる「心斎橋本店」を、同年9月7日に開店することを発表。
- 2005年6月13日 - 本社機能と本店を(株式会社横浜そごうの時代から維持していた)横浜市から、(旧株式会社そごうの本店であった)大阪市(旧大阪店ならびに新規開店する心斎橋本店の地)に移転。
- 2005年8月2日 - 9月7日に開店する「心斎橋本店」に、計約1300台分の駐車場を確保することを明らかにした。確保した駐車場は、自前駐車場が274台分、クリスタ長堀と契約した1030台分。
- 2005年9月7日 - 心斎橋本店が新装開店。開店記念のCMに宮沢りえを起用。
- 2005年10月12日 - 伊勢丹出身の池田昭喜が9月13日に顧問に就任。10月12日に(株)そごう臨時株主総会にて取締役に選任。
- 2005年12月26日 - ミレニアムリテイリングの和田繁明から買収防衛策のためにセブン&アイ・ホールディングスの傘下入りできないか鈴木敏文に打診。野村プリンシパル・ファイナンスがミレニアムの保有株式をセブン&アイに売却し、ミレニアムはセブン&アイの傘下入りすることを表明。当初、鈴木は対等合併の理念から和田に対し共同で代表取締役に就任するよう勧めたが、和田が固辞した経緯がある。
- 2006年6月1日 - ミレニアムリテイリングはセブン&アイの完全子会社となった。
- 2008年4月15日 - 装置の老朽化及び東京ディズニーリゾートとの公式スポンサー契約の終了に伴い、各店舗の正面口外壁に掲げられていた、毎正時に「イッツ・ア・スモール・ワールド」が演奏されるからくり時計の運用を、設置していた全店舗で終了。翌日より時計および鐘のみとなる。このため「おにんぎょうさんたちは、おやくそくでおうちへかえることになりました。」の案内板を掲示。
- 2008年9月 - 呉店をブランチ化。広島店と外商・企画部門などを統合。
- 2009年度より、セブン&アイグループのプライベートブランド(PB商品)「セブンプレミアム」を、西武百貨店とともに、全店への順次導入を進めている。
- 2009年8月1日 - 株式会社そごうが、株式会社ミレニアムリテイリングと株式会社西武百貨店を吸収合併し、株式会社そごう・西武に商号変更(店名は、「そごう」「西武百貨店」を維持)。株式会社ミレニアムリテイリングと株式会社西武百貨店は、法人としては解散。
- 2009年8月31日 - 心斎橋本店が閉店。土地・建物は、隣接する大丸(Jフロントリテイリング)へ売却。その後改装し、2009年11月14日に同社心斎橋店の北館として開店した。
[編集] 店舗
2009年現在、国内11店舗。
経営破たん時、東京・旧大阪・神戸の各店は上場会社である「株式会社そごう(千葉そごう・興銀が大株主)」の直営店であったが、それ以外は水島廣雄氏が過半数株主の「千葉そごう(資本金1億円)」と、同社100%出資で完全子会社の「柏そごう」「廣島そごう」の出資によって、店舗毎に子会社が設立されて経営が行われた。前述の3社と各地の店舗運営子会社の間で株式の持ち合いが行われ、メインバンク(かつての長銀・興銀)を筆頭に、地方銀行からも出資会社の債務保証を取り付けて多額の融資を受けていた。この複雑な資本関係のため、経営破綻するまで、各店舗毎の財務状態は明らかにされなかった。報道では「そごうグループXX社」と称されていた。後項も参照の事。
現在は全店「そごう○○店」の名称であるが、民事再生計画以前に先述した子会社が運営していた店舗は店名が先に来る「○○そごう」であり、一般には経営破綻前の名残から現在も通称として使われている。(西武百貨店も同様)
なお、東日本地域の殆どの店舗は再開発組合や鉄道・デベロッパー会社など他の事業体によって竣工されたテナントビルに入居する形式を取り、1980年代以降1997年の錦糸町店(閉店)まで立て続けに出店を行っていた。そごうのテナント区画外にある店舗・飲食店ではミレニアムカードや「全国百貨店共通商品券」などが使用できない。
[編集] 日本国内店舗
- 大宮店(大宮そごう。大宮駅西口の街区再開発ビル「大宮スカイビル」の核店舗)
- 川口店(川口そごう。川口駅東口の「川口再開発ビル」核店舗。別区画に三井住友銀行川口支店などが入居している)
- 柏店(柏そごう。柏駅東口)
- かつては本館[4]・プラザ館の2館体制だったが、2005年より本館及び旧プラザ館8階(催し会場等)のみとなり、旧プラザ館の大半はビックカメラ柏店となった。この他、読売・日本テレビ文化センター柏等があるアネックス館がある。
- 千葉店(千葉そごう、運営会社は新千葉そごう。再開発ビル「センシティビルディング」の核店舗。京成千葉駅直結)
- 八王子店(八王子そごう。旧国鉄が竣工した「八王子駅ビル」の核テナント(家主はJR東京西駅ビル開発)。飲食店街は八王子ナウ側に置かれている。)
- 横浜店(横浜そごう。横浜駅東口。横浜新都市ビルの核テナント。心斎橋店閉店中の一時期、本社機能が移されていた)
- 開店初年度売上額世界一のデパートであり、現在も破られていない。
- そごう美術館を設置している。
- 神戸店(開店時より直営、倒産前の通称は「神戸三ノ宮そごう」。阪神三宮駅に直結しており、阪急三宮駅、JR三ノ宮駅、神戸市営地下鉄三宮駅、ポートライナー三宮駅などとも地下街さんちかを通じて結ばれている。本館は三宮阪神ビル+三宮さくらビル+自社ビルを束ねて外装工事でひとつのビルに、新館はケイエスビル+S・ヨシマツビル)。売上高はそごう各店の中で横浜店につぐ第2位を誇っている。
- 西神店(西神そごう。神戸市営地下鉄西神中央駅前、ダイエー西神店と2核1モールを形成)
- 広島店(廣島そごう+廣島そごう新館。広島バスセンタービル+NTTクレドビル。広島電鉄紙屋町西電停前)
- 呉店(呉そごう。呉駅前。2008年に広島店と外商機能などが統合された。呉そごう時代から資本上でも広島店の分店的存在)
- 徳島店(徳島そごう。徳島駅前)
- セブン&アイ・ホールディングスの完全子会社となったのに伴い、従来四国には店舗を持たなかったセブン&アイグループが店舗を持つこととなった。
[編集] 日本国外店舗
海外では倒産直前の時点でアマリン、エラワン(タイ王国・バンコク)、香港、北京(中華人民共和国)、シンガポール、台北、中禮、台中、高雄、新竹(中華民国(台湾))、クアラルンプール、ペナン(マレーシア)、ジャカルタ、クラパガディン(インドネシア)に出店していた。 民事再生法申請前後に現地運営会社との提携が切り離され、現在はライセンス供与の形で「そごう」の名称を用いる地場系商業施設として存続している。このため、日本のそごうでは国内店舗のみとされている。
- 香港そごう 2店(現地会社:利福国際グループの香港崇光)
- 中華民国(台湾、太平洋崇光)台北に4店、中禮に2店、新竹に1店、高雄に1店、台中に広三崇光1店
- マレーシア クアラルンプールに1店
- インドネシア 9店
- タイ 数店
- 中国(北京荘勝グループ)北京・武漢に各1店
- など。基本的には水島氏の影響でオリンピック開催地に出店形跡あり。現状は不明。
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台中にある台中広三崇光 (Sogo) |
[編集] 過去に存在したそごうの店舗
かつて、東北の仙台駅前へ出店予定であったが、地元関係から出店を猛反対され、以降東北へは出店していない。
また、茨木や中百舌鳥(堺市)への出店予定もあったが、こちらは経営不振の上での未進出である。
参考:茨木そごう、タカシマヤタイムズスクエア参照
- そごう大阪店×(心斎橋そごう)、心斎橋本店(大阪市中央区)
- 札幌そごう(北海道札幌市)→「札幌エスタ」
- そごうがメインテナントとして入居していた当時から商業ビルブランドとして並存。
- 茂原そごう(千葉県茂原市)→「茂原サンヴェルプラザ」(南総通運が運営する専門店ビル)
- 2008年度までディズニー時計が存在した(からくりは作動しない)が、現在撤去されている。
- 木更津そごう(サカモトそごう、千葉県木更津市)→「アクア木更津」
- 房総半島唯一の百貨店として存在していた。今はアクアラインの開通で、横浜そごうへの利用者が増えている。
- Bee-One(千葉市中央区、旧千葉そごう本館・塚本総業ビル)1993年開店、17,000m²→専門店ビル「塚本大千葉ビル」(核テナントはヨドバシカメラ千葉店)
- 船橋そごう(千葉県船橋市)→「ららぽーとTOKYO-BAY西館」
- 錦糸町そごう(東京都墨田区)→「アルカキット錦糸町」
- そごう東京店[5](有楽町そごう、東京都千代田区)→ビックカメラ有楽町店
- 多摩そごう(東京都多摩市)→2000.11.15、三越多摩センター店・大塚家具多摩ショールーム
- ディズニーの時計は撤去され、ディズニーの時計があった場所前にライオンの銅像がある。
- 柚木そごう(東京都八王子市)→イトーヨーカ堂南大沢店(旧ダイエー南大沢店の部分と併せて)
- 長野そごう×(丸光そごう、長野県長野市)→長野市再開発複合施設「TOiGO」(信越放送本社)
- 豊田そごう(愛知県豊田市)→松坂屋豊田店
- 奈良そごう(奈良県奈良市:埋蔵文化財、長屋王邸宅跡に建設された)→イトーヨーカドー奈良店
- 奈良そごう跡地に三越の出店予定もあった。
- そごうホップ(大阪市阿倍野区)阿倍野そごう・広島そごう共同出資→「あべのベルタ」の完成に伴いDIY・生活雑貨・文具などの生活雑貨の専門店として開店→2000年12月閉鎖
- そごう難波店→1963年閉鎖
- 加古川そごう(兵庫県加古川市)→ヤマトヤシキ加古川店
- そごう神戸店岡山分店→1975年、岡山ターミナルホテル(現・ホテルグランヴィア岡山)内に開店→ホテル改築により閉鎖
- 福山そごう(広島県福山市)→福山ロッツ(天満屋系不動産会社設立の専門店ビルへ変換。メインテナントとして、ファイブフォックスなど)
- 小倉そごう(福岡県北九州市小倉北区)→小倉玉屋仮店舗(廃業)→小倉伊勢丹→コレット
- 黒崎そごう(福岡県北九州市八幡西区)→井筒屋黒崎店
- シンガポールそごう→ラッフルズ・シティ・ショッピングセンター(イギリス資本のデパート「ロビンソンズ」、「マークスアンドスペンサー」などが入店)
- バルセロナそごう
- ロンドンそごう→ヴァージン・メガストア
- パラゴンそごう
以下2店は、そごうとは業務提携中心で親会社は別の企業であったが、そごうグループ破綻の影響を受けている。
- コトデンそごう(香川県高松市、親会社は高松琴平電気鉄道)→高松天満屋
- 2001年1月、民事再生法の適用を申請の上で同年4月に閉店。同社への債務保証が影響し、親会社も同年12月に民事再生法の適用を申請した。なお、コトデンそごうは2003年夏に清算を完了した。
- いよてつそごう(愛媛県松山市、親会社は伊予鉄道)→伊予鉄高島屋(企業はそのまま存続)
[編集] 構想はあったが出店を断念した店舗
- 北海道地方
- 札幌そごう新館
- 東北地方
- 関東地方
- 成田そごう - 京成公津の杜駅前・ユアエルム成田の核テナントとして出店予定だったが、経営不振により出店断念。その後イトーヨーカドーが出店。
- 千葉ニュータウンそごう ‐ 1996年に印西市に出店予定だったが、ジャスコが出店したため断念。
- 八千代そごう - 東葉高速鉄道開通に伴い、沿線に出店を計画するも、地元の反対、成田・幕張・千葉そごうとの兼ね合いなどの諸般の事情で頓挫。
- JR東日本幕張そごう - JR東日本との共同計画。千葉県・幕張新都心、JR京葉線海浜幕張駅前への出店。地主の千葉県企業庁から約5,300m²を購入。当初計画1996年春開店予定。1992年3月白紙撤回、断念。
- 池袋そごう - 現在のサンシャインシティへの出店計画。池袋駅から地下道を通す条件がクリアできず出店断念。
- 新宿そごう - 現在のタカシマヤタイムズスクエアの位置に、そごうの出店計画があった。
- JR東日本立川そごう - JR東日本との共同計画。1993年12月出店発表(共同子会社設立合意)。当初計画1997年開店予定。JR立川駅南口の商業ビルの核店舗として入居予定であったが、1996年6月出店断念。1999年にグランデュオが出店。
- 橋本そごう - 現在の橋本サティ(相模原市)近辺に位置する。JR橋本駅前市街地再開発の一環で、賃料坪単価8,000円以上(競合した近鉄百貨店の2倍の提示額。また、当初は地元の京王百貨店の出店が有力視されていた)でコンペを制した。1989年出店発表。1994年出店凍結。1997年正式に出店断念。
- 横浜そごう新館 - 1992年6月出店凍結、自然消滅。1996年9月に丸井横浜東口店(現・マルイシティ横浜)が出店。
- 港北ニュータウンそごう
- 北千住そごう - 北千住駅の再開発に向けて1988年出店を発表したが断念をし、2004年に丸井が出店。
- ※そごうが出店を断念し丸井が出店したのはマルイシティ横浜と北千住店のみである。
- 関西地方
- 中国地方
- 伏見町そごう - 福山駅前の伏見町市街地再開発計画の一環。
- 防府そごう
- 宇部そごう
- 九州地方
- 海外
[編集] 広告
[編集] POSシステム
[編集] 補足
- ^ レインボーの法則に基づき店舗拡大をした(東京を囲むように出店)。
- ^ 東京進出に際して建物がなかなか見つからずにいたところに、読売グループが建物を快く提供したため、これに対する恩返しの意味もあったとされる。
- ^ 再生手続22社の経過は以下の通り。
- 再生手続廃止決定を経て破産宣告
- 札幌そごう、船橋そごう(船橋ららぽーと内)、錦糸町そごう、豊田そごう、奈良そごう、加古川そごう、福山そごう、小倉そごう、黒崎そごう
- 以上の店舗は順次閉店。
- 再生計画認可(13社)
- そごう(※)、大宮そごう、川口そごう、柏そごう、千葉そごう、新千葉そごう、八王子そごう、横浜そごう、西神そごう、廣島そごう、廣島そごう新館、呉そごう、徳島そごう
- ※破綻当時に株式会社そごうの直営店であった、そごう東京店は2000年9月24日に閉店し撤退(同店が入居していた読売会館にはビックカメラ有楽町店が入居。有楽町で逢いましょうも参照)。そごう大阪店は詳述を参照。
- そごう神戸店は営業を続けながら大改装を実施した。 本館は阪神大震災復旧のなかで大改装が行われていたが、隣接して重複設置されていたエスカレーターの撤去により売場を拡大した。また、震災復旧中も営業していた本館地階ならびに新館は、民事再生後のこの時期に大改装が行われたうえで、新館の1階から4階には、西武百貨店とグループ化されてゆくそごうを象徴するかのごとく、神戸ロフトが誕生した。
- ^ 一時期、タワー館と称していた時期もあった
- ^ 有楽町で逢いましょう - 1957年にフランク永井が歌った流行歌。翌1958年には大映で映画化された。元々はそごう東京店開店時のキャッチコピー。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- そごう
- 太平洋そごう
- 広三そごう
- 香港そごう
- 北京そごう
- インドネシア・そごう
- クアラルンプールそごう
- 黒崎そごうメモリアル
- 有楽町そごうメモリアル
- 小倉そごうメモリアル
- 懐かしの黒崎そごう
- そごうフォトデータ
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