だるま女
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だるま女(だるまおんな)は、日本の都市伝説のひとつ。
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[編集] 概要
誘拐されたり、借金のかたに拉致された女性が、両腕両脚を切断され、「だるま女」として、各国の富豪たちの慰み者や見世物とされている、というもの。 真偽を含めて実態は明らかではないが、口コミ等で流布された結果、多くの人が知る都市伝説化している。
[編集] 都市伝説の例
海外旅行中、ブティックの試着室に入った妻がいつまで経っても戻ってこない。不審に思った夫が扉を開けると、そこに妻の姿はなく、持って入った服だけが落ちていた。 現地警察に通報するも、目撃者がいない上、外国人である夫に警察は冷たく、早々に調査は打ち切られ、彼は帰国を余儀なくされた。
数年後、某国を訪れた夫は「だるま」と日本語の看板を掲げている店に立ち寄る。 そこはストリップ小屋で、やがて現れたのは両手両足を根元で切断され、壁に固定された真っ裸の“だるま”のような女だった。舌も切断されているらしく、涎を垂らし、焦点の定まらない目で天井を見つめている。
その女は、あの日消えた妻だった・・・
[編集] 歴史上のだるま女
- 漢王朝を興した劉邦の正妻呂雉は、夫の死後、我が子である劉盈(恵帝)の地位を脅かしかねないと、劉邦の側室であった戚氏の手足を切断。更に薬物による会話能力破壊・聴覚破壊、さらには眼球までくりぬき、生きたまま便所に配置し「人豚」と称して晒し者にしたとされる。これは史記に記載され、呂雉の残忍さを表わすものとして有名な逸話であるが、当時の医療技術でそのまま生存させることが可能だったか否かは疑問である。
- 中国史上、唯一人の女帝である則天武后も、亡き高宗の寵愛を争った王氏(前皇后)・蕭氏(前淑妃)両名の四肢を切断後、「蟒」・「梟」と無理やり改名させたとされる。
- 清王朝末期、皇帝の寵愛を受けていた麗姫は、西太后に妬まれ、結局、だるま女にされたとされるが、これは完全なフィクションであり、呂后や則天武后と混同されているにすぎない。1985年に日本で公開された中国映画『西太后』(主演・劉暁慶)のラストでこのシーンが出てくるが、実際の麗嬪(麗妃)は咸豊帝の唯一の娘栄安固倫公主を生み、咸豊帝の没後も後宮で静かな余生を送った。同治、光緒朝には麗皇貴妃、麗皇貴太妃に加封られ1890年に54歳で死去した。荘静皇貴妃と諡号され東陵の咸豊帝の定陵の妃園寝(側室達の墓)に葬られている。(加藤徹著『西太后』、中公新書 2005年、56頁などを参照のこと)
[編集] だるま女に関する作品
「わらの街」(西村寿行):女性を誘拐して高級売春婦としている組織が、抵抗の激しかった女性を見せしめのため、だるま女にしている、という設定。作品には登場しない。
「肉だるま」:グロAV。四肢を切断され、だるま女にされる。余談だが、出演したAV女優がその後線路飛び降り自殺をし、本当にだるま女になってしまったという。
[編集] 戦前の見世物興行
女性障害者が裁縫、刺繍、書をしたためる姿などを見世物小屋で見せた例は実在し、中村久子が有名。
[編集] 余談
は、
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
最終更新 2009年9月12日 (土) 04:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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