とんねるずのみなさんのおかげです

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とんねるずのみなさんのおかげです
ジャンル バラエティ番組
放送国 日本
制作局 フジテレビ
演出 港浩一
石井正幸
プロデューサー 石田弘
港浩一
出演者 とんねるず
石橋貴明木梨憲武)ほか
音声 ステレオ放送(※レギュラー版)
火曜ワイドスペシャル
放送時間 火曜ワイスペ枠内
放送期間 1986年11月11日(パート1)
1987年4月7日(パート2)
1987年10月13日(パート3)
1988年3月8日(パート4)
レギュラー版
(第1期)
放送時間 毎週木曜 21:00 - 21:54(54分)
放送期間 1988年10月13日 - 1990年3月
(第2期)
放送時間 同上
放送期間 1990年10月 - 1994年3月
(第3期)
放送時間 同上
放送期間 1994年10月 - 1997年3月

とんねるずのみなさんのおかげです』は、フジテレビ系列で放送されたバラエティ番組である。略称は「おかげです」もしくは「みなおか」だが、出演者やスタッフの間では、『とんねるずのみなさんのおかげでした』とあわせて、「みなさん」と呼ばれている。放送時刻は毎週木曜日の21:00-21:54(JST)。

お笑いコンビのとんねるず石橋貴明木梨憲武)と多彩なゲスト陣によるコントを中心に構成された。

目次

[編集] 概要

元々は同局・火曜日の19:00-20:54に放送されていた『火曜ワイドスペシャル』【現・カスペ!】のスペシャル番組だった(パート1 - 4まで)。パート4の1コーナー「仮面ノリダー」のウケも良く、パート5を待たずにレギュラー番組へと昇格した。とんねるずの肖像権の複雑化の絡みで再放送やDVDソフト化がないものの、放送ライブラリー1988年10月13日放送分を閲覧する事ができる。

番組名はこの番組の誕生のきっかけだった『火曜ワイドスペシャル』のとんねるず起用を決定した日枝久の名を冠して『ヒエダさんのおかげです』にしようと、とんねるずが提案したが、スタッフの反対により『みなさんのおかげです』に落ち着いた。そもそも当時、とんねるずが結成6周年と言う節目もあって『みなさんのおかげです』になったと言われている。

レギュラー番組に昇格した1988年10月からはコントがメインの番組としてはまだ当時珍しかったステレオ放送で放映された。当時はドラマコントがメインの番組構成で番組後半にゲストの歌を1曲流すなどの放送内容が中心であり、音声の臨場感を伝える役割を果たしていた。この体制は後番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』に至るまで続けられた。後に音楽企画やドラマコントが事実上廃止状態となり、通常のバラエティ番組と同様の内容になったことから、2005年以降は総集編や音楽企画の回を除いてモノラル放送へと変更されたが、2008年6月5日以降は、再びステレオ放送へと変更されている。

1990年4月から同年9月までにかけてはとんねるずが日本テレビ系ドラマ『火の用心』の出演に専念するため、裏番組でもないにも関わらず、一旦打ち切り、『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!』が代わりに放送され、ドラマ収録終了後の10月に番組が復活した。何度も放送休止をするバラエティ番組は稀である(他にも8時だョ!全員集合など)。他に1994年4月から9月までに『ラスタとんねるず'94』、1997年4月から7月までに『とんねるずの本汁でしょう!!』が放送された。石橋貴明によれば、どちらも番組のプロデューサー石田弘の糖尿病療養期間のつなぎ番組だとネタにされているが『ラスタとんねるず'94』の方は表向きの理由であり、放送の裏には宜保タカ子のロケで富士山麓の天然記念物生息地(氷穴)を爆薬などで荒らし、撮影セットのゴミを不法投棄した事が問題となり、当時、ニュース報道され、スタッフが処分されて番組も半年間収録が出来なくなったというのが実情である。

その後、フジテレビお台場社屋移転後の1997年7月から『とんねるずのみなさんのおかげでした』としてリニューアル。コントなしでゲストの嫌いな食べ物を見抜く『新・食わず嫌い王決定戦』のコーナーが人気になっている。

コントに登場する名物キャラクターは他のバラエティ番組の追随を許さなかった。チェッカーズ宮沢りえなど、当時一世を風靡した豪華なゲストも毎週出演していた。

木曜夜9時という当時は子供向けではない時間帯の番組だったが、「仮面ノリダー」を中心に子供に絶大な人気を誇っていた。しかし、現在では深夜番組でも放映が難しいような下ネタも多かったが逆に子供受けしたのも事実である。石橋が女性ゲストにキスや、押し倒したり添い寝をしたり、口に入れたおかゆを垂らしたり、赤ちゃんのおしゃぶりやイチゴなど口にさせて取り上げて自分の口に入れ「…おいし〜い!」と至福の表情で言うなどといったセクハラギャグや「コンコンコーン」、「オナラじゃないのよ、ちょっと空気が入っただけ」などで、ノリダー人気から家族単位で見ていた茶の間の親を凍りつかせて苦情もしばしば。宮沢りえ観月ありさともさかりえなどを、まだ知名度が高くない時代に抜擢したことで登竜門的存在でもあったのだが、松嶋菜々子においてはあまりにもエロスな言葉を言わせるそれがかなり問題視され、松嶋サイドも近未来警察072の出演には全く触れずお蔵入り的扱いになっている(松嶋は収録終了後、涙を流していたとの逸話もある)。また石橋が放送禁止用語をアドリブで発しピー音が付くのも晩年では茶飯事であった。子供への絶大的な人気を受け『月刊コロコロコミック』などでも特集記事が組まれたりしていたが、下ネタギャグに関してはほとんど触れられていなかった。

晩年は楽屋落ちが増え、あまり作り込んでいないという印象を視聴者に与えてしまっていたが、木梨がTRFの振り付けの物真似をした際には本番の数時間前にスタジオ入りし多忙の中練習に励む等真剣にやるべき演出は決して手を抜かない一面も持ち続けていた。

なお、高知県では1992年秋のスペシャルのみRKCで放送

[編集] 放送期間

[編集] 火曜ワイドスペシャル版

[編集] レギュラー版

  • 第1期
    • 1988.10-1990.03
  • 第2期
    • 1990.10-1994.03
  • 第3期
    • 1994.10-1997.03

[編集] コント一覧

ここで挙げたもの以外にも単発で当時のドラマや映画のパロディを多く行っていた。

  • 仮面ノリダー - 小林昭二が本家と同じ役で出演、岡田眞澄のファンファン大佐が人気を博したが、本家原作の石ノ森章太郎サイドからクレームが付けられた。
  • 仮面ノリダーV2 - 『仮面ライダー』『仮面ライダーV3』の設定をミックスしたパロディ。
  • ウルトラマンゼアス・パロディ篇 - 本物のウルトラ兄弟がゲスト出演。なぜか『仮面ノリダー』と同じ世界。
  • ○○によくある風景 - 下記「ノリ男」「ノリコ」シリーズなど、多くのコントのタイトルに使用されていた定型文。
  • ノリ男 - おかげです中学内のコント。チェッカーズ出演。
  • ノリコ - おかげです高校内のコント。宮沢りえ出演。※宮沢りえ出演前はチェッカーズが担当。
  • ノリユキ - 松本伊代の追っかけ。今で言うストーカーないし(度が過ぎた)アイドルオタク
  • 保毛尾田保毛男(ほもおだほもお) - 「HOMO MAN」(バットマンのパロディ)など。ノリ男にも登場している。一時期はホモといえば保毛尾田保毛男の姿がイメージされるほどのインパクトを誇った。
  • 保毛尾田保毛男物語 - 岸田今日子小林昭二も出演。岸田の登場シーンだけは『傷だらけの天使』のパロディ。
  • 保毛太郎侍(ほもたろうざむらい) - 『桃太郎侍』のパロディ。荒井注も出演。
  • おかげです定時制高校野球部 - 定時制高校の生徒が野球部を結成し、神宮球場での大会出場を目指す。校長役に柳生博、生徒役に別所毅彦土橋正幸直江喜一杉田かおるヒロミなどが出演。最終回は実際に神宮球場で試合をした。
  • 近未来警察072 - 近未来の日本を舞台に災害や犯罪に挑む4人の戦士の活躍を描く。隊長役に長門裕之。無名時代の松嶋菜々子がナナ隊員として卑猥な言葉を連発(させられていた)。このオーディションの最終選考に残った2人のうちのもう一人が、遠峯ありさ時代の華原朋美であり、背丈を理由に松嶋菜々子が選ばれたことも後に明かされている)1994年11月3日開始。1995年3月まではほぼ2週に1回の割合で放送されていたが、後に松嶋がNHKの連続ドラマ「ひまわり」に出演する事が決定したため、完璧な最終回が作られずに終了した。なお、敵のボス役(ブラック・ダダーン)はアジャ・コングがやる予定であった。
  • ダーイシ男・小港さん - 石橋が石田弘(番組プロデューサー)、木梨が港浩一(同・プロデューサー兼ディレクター)のパロディをする。
  • キャプテンウルタカ - 「キャプテンウルトラ」のパロディ。小林稔侍が本家と同じ役で出演する。
  • デビルタカマン - 「顔が似ている」という理由だけで小野みゆきデビルマンの格好をさせ、顔を緑色に塗りつけた。
  • 宜保タカ子(いぼタカこ) - 宜保愛子のパロディ、心霊体験バスツアーを行った。その際木梨扮するみのりもんたがタカ子の企みで爆破等のドッキリを受け、その際みのりが「イボ!てめぇこの野郎!!」と激怒するのが恒例となっていた。
  • サンバーダード - 『サンダーバード』のパロディ。生身の人間が人形劇のように動いて演じるコントで、清水アキラが出演。オチは自爆するか、救助先でより甚大な被害を与えて逃げるかのどちらかがお決まりのパターンであった。またザ・ワイルドワンズ鳥塚しげきがペネロープ号の運転手アロイシャス・パーカーに似ていることからゲスト出演し、運転中に代表曲でもある「想い出の渚」を歌ったこともある。
  • ロックンロール最高物語 - AURAのライヴを観て感激した田舎のヤンキー2人(石橋・木梨)が自分達もロックをやろうと(コントでは間違えて「ドラムをやろう」と言う)仲間に呼びかけ、賛同したヤンキー2人(徳永善也鶴久政治)がバンド「矢島工務店」を結成し武道館デビューを目指すサクセスストーリー。ライバルとしてBY-SEXUALB21スペシャル(BY-SEXUAL21)が出演。発表作「みちのく」「ホテル」のCD化が待ち望まれる。木梨がボーカルで、石橋の担当はであった。
  • 貧乏家の人々 - 文字通りの貧乏一家である木梨家の面々が毎回トラブルを起こしては借金を作ってしまうというストーリー。木梨の娘役で荻野目洋子が出演。また荻野目のヒット曲「ダンシング・ヒーロー」の曲に乗って家族で踊り、石橋が曲の冒頭「愛してるよなんて」を「ナイシテルよなんて」と歌い、木梨にスリッパで突っ込まれる一連の流れがあった。スタジオの掃除のおばちゃんとして、帰りなおばちゃん(後述)が初登場したコントである。後年は曲が荻野目がカバーした「コーヒー・ルンバ」に変更された。
  • 太陽にぽえろ! - 『太陽にほえろ!』のパロディ。石橋がボス、木梨が山さん、その他の刑事をチェッカーズのメンバーが演じた。また地井武男が本家と同じくトシさん(井川利三)役で出演。
  • 太陽にほえるな! - 同じく『太陽にほえろ!』のパロディ。木梨が山さん役、石橋はジーパン(柴田純)役だが名前はバミューダ刑事に、それ以外は全員スタッフが演じている。オリジナルのメンバーとしてクレーン刑事が登場。
  • 新畑任三郎 - 『古畑任三郎』のパロディ。犯人役は、和田アキ子桂三枝など本家に引けを取らない大物芸能人が出演していた。ちなみに、本家とパロディの両方で犯人役として出演したのは沢口靖子のみである。
  • 珍義なき戦い - 『仁義なき戦い』のパロディ チェッカーズ出演。コント内のあるきっかけからゴングが鳴り、チェッカーズメンバー、とんねるずが入り乱れての大乱闘が始まる。パイ投げや発泡スチロール製の椅子、机などを派手に壊したりと派手に暴れまくり、出演者も軽い怪我が絶えなかった。なお、このチェッカーズVSとんねるずともいうべき乱闘は視聴者を大いにウケらせた。
  • 探偵物語'93 - 『探偵物語』のパロディ。予告までパロッた。事件が必ずフジテレビ内で発生。被害者、犯人が全員スタッフという展開。最終的に全員いなくなったため終了した、中年者層向けコント(当時は本家の再放送も無かったため、子供は全く置いてけぼりだった)。
  • 3年D組憲八先生 - 『3年B組金八先生』のパロディ。
  • ちょっとあぶない刑事 - 『あぶない刑事』のパロディ。後半は海外ロケでタメ撮り。
  • それいけマサカズ! - 石橋による田村正和のモノマネ(『ニューヨーク恋物語』をメインにしていた)。本人はふざけた内容に激怒したらしい。なお石橋と田村は1998年のフジテレビドラマ『じんべえ』の収録中に初対面を果たした。また田村が出演していた東芝のテレビ「バズーカ」のCMのパロディもあったが、後にとんねるず自身が「バズーカ」のCMに出演している。
  • SOUL TONNELS - 海外番組『en:Soul Train』のパロディ。一般公募でディスコダンスを競うコーナーであり、ディスコブーム世代である「おかげです」放送当時に30歳以上(とんねるずと同世代)が応募条件であった。審査員には、ブラザー・コーンや放送作家の大倉利晴など。M.C.ハマーもゲスト審査員として出演している。ダンステクニックの解説もあり。勝ち抜き戦であり優勝商品はアフロ(ヅラ)とグシであった。
  • ちょっと北の国から - 『北の国から』のパロディ。これでオリジナルの宣伝をしてくれたという理由で、倉本聡はドラマ『火の用心』の主役にとんねるずを選んだといわれる。
  • ちょっと聞いてヨ!おもいッきりノリ電話 - 『おもいッきりテレビ』の1コーナー「ちょっと聞いてヨ!おもいッきり生電話」のパロディ、みのもんた本人がゲスト出演して話題を呼ぶ。その後消滅したが、2006年11月2日の『おかげでした』で復活した。
  • 演歌のあぜ道 - 『演歌の花道』(テレビ東京系)のパロディ。本物の「演歌の花道」の如く、凝ったセットと情感あふれるナレーションに続き、五木ひろしや八代亜紀などに扮した木梨が唄いだした途端、頭にタライが降ってきて卒倒する。場合によってはセットにある川に頭から転落する事も。
  • ほのぼの演芸 - 「笑点」の演芸コーナーのパロディ。
  • 木曜旅情サスペンス - 2時間サスペンスドラマのパロディ。アイキャッチアタック音は『火曜サスペンス劇場』のものを使用していた。市毛良枝が毎回出演。毎回犯人と疑われるが、毎回「犯行時刻にはウンコをしていた」というアリバイで疑いは晴れている。
  • Mr.ノリック - 日本テレビの「木曜スペシャルMr.マリック驚異の超魔術」のパロディ。木梨はMr.ノリックとして、石橋は福留功男に扮したトメ福留としてコントの司会を担当。1989年5月4日の初放送では本番組開始前に日本テレビで「Mr.マリック驚異の超魔術パート2」が放送されたことに合わせ、本番組では「木曜ワイドスペシャル・Mr.ノリック驚異の超魔術パート2のつづき」と題して放送された。ちなみに、福留功男がMr.マリックのパート3で「私はトメ福留ではありません」と番組中に語ったエピソードもある。当時、マリックの超魔術グッズが発売されていたが、安価な便乗商品には「Mr.ノリック」と記されているものもあった。
  • CMパロディ
  • PV(プロモーションビデオ)パロディ(石橋→M.C.ハマー(本人も出演)、木梨→マイケル・ジャクソンなど)
    • マイケルのパロディPVは、ほとんどのものはライオネル・リチ男(石橋)が競演している。2009年6月25日にマイケル・ジャクソンが逝去したことを受け、翌週7月2日の『おかげでした』では追悼企画として、木梨による当時のパロディ映像の名場面集が放送された。
  • 木梨憲武1人オールスターものまね王座決定戦 - 『ものまね王座決定戦』のパロディ。登場ものまねを全て木梨が担当。似顔絵は本家と同じ針すなお。進行役に西山喜久恵
  • 木梨憲武1人紅白ものまね歌合戦
  • ミュージカルフェア - 「ミュージックフェア」のパロディ。石橋または木梨が二役の異なるものまねで異なる歌を2曲同時に歌う。音声は立ち位置に合わせて左右から分かれて流されていた。司会は当時の本家と同じ古手川祐子鈴木杏樹であった。後に司会変更をネタにしたコントも作られた。
  • ストロベリー
  • テディ・ジャパン・ん〜Go
  • じじぃとばばぁ - 高齢の男(石橋)とその高齢の愛人(木梨)の話。露骨な性的描写が多く(性交イメージシーンは艦砲射撃→花火のシーンをはじめエスカレート)が多く、苦情も多かった。
  • 一杯のかけうどん - 一杯のかけそばのパロディ。
  • バブルス - 元ネタはマイケル・ジャクソンのペットのチンパンジー。タバコを吸うなどふてぶてしい態度を取る。
  • ノリゴロウと愉快な仲間たち - 畑正憲もゲスト出演。
  • 新・巨人の星 - 『巨人の星』のパロディ。アニメと実写の合成であった。本家に同名の続編が存在するが、当然まったく無関係である。
  • 愛のカイロプラクティック - 愛の整体師「回鍋肉」(石橋)による恋愛相談コーナー。コーナー最後には相談者(視聴者)にテレビの画面に背中を出すように促し、画面に出た背骨に対し回鍋肉による背骨矯正が行われる。時折回鍋肉の師匠や弟子「小龍包」(小泉今日子)、「カニ・シューマイ」(藤谷美和子)などが出演した。
  • メリケンキッズ - 中京テレビ『早見優のアメリカンキッズ』のパロディ。観月ありさの参加によるもので、観月が「アリーサ」、木梨が「ノリソン」、石橋が「イエダニー教授」に扮し、英語ではなくヤンキーについて解説するコーナーであった。ヤンキー用語についての解説もあったが、使用例は駄洒落であった(例:血ぃみてえのかよ→地井みてえのかよ、ラリってんじゃねぇよ→ラリーってんじゃねぇよ)。コーナーラストは横浜銀蝿等のヤンキーソングを歌って終わる。
  • ゴウゴウガール - 『ウゴウゴルーガ』のパロディ。ただし『ウゴウゴルーガ』の元ネタとなった言葉は「ゴウゴウ(ゴーゴー)ガール」とされている。このコントにも「メリケンキッズ」同様観月出演によるもの。
  • 聖オゲレツ学園 - ともさかりえが主演。一部では最後のコントらしいコントと言われている。
  • FRANKY%NORI - アメリカのショーパブ風のセットでコメディーショー形式のコント。フランキーというのは全日本女子プロレス(当時)のミゼットレスラー、リトル・フランキー。
  • 世にも奇妙な物語II - 『世にも奇妙な物語』のパロディ。
  • FNNNスーパータイム - 『FNNスーパータイム』のパロディ。
  • 春は、来ない→春一番 - 名前だけ『春よ、来い』(NHK)のパロディ。木梨が冴えない文房具店の店員を演じるドラマとコントの中間のようなコント、途中からヒロイン役で片桐はいりが出演しタイトルが春一番に変更された。このコントの放送中だけは本家同様時刻表示が入っていた。
  • おっぺせ!ゲッペタン - 木梨と腹話術人形によるシュールなやり取り(例:人形「僕、ワカメスープ飲んだんだ」、木梨「なんで、ワカメスープを飲んだの?」、人形「……スープなら何でも良かったんだ(ボソッと)」)。オープニングは子ども番組風。
  • 井上陽水物語 - 貧乏アパートに暮らす井上陽水ととんねるず扮する若者が音楽でメジャーデビューを目指す物語。しかしなぜか出演したのは演芸場らしい舞台で、3人お揃いで音楽漫談をするというものだった。大御所である井上に対しとんねるずが容赦なくハリセンを叩くシーンが非常に印象的であり、後年の名場面集でも上位にランクインされる作品のひとつ。
  • 伊東四朗小松政夫が出演するコント - シリーズ化されていないが、石橋・木梨共に『みごろ!食べごろ!笑いごろ!』で育った世代で随所に当時のギャグを入れる。ちょっと番組を私物化したコント。
  • 嗚呼青春の1ページ - 石橋・木梨の帝京高校時代の思い出を元にしたコント。コントの最後に「SOUL TONNELS」の参加者募集の告知が行われた。

[編集] コーナー一覧

博士と助手
毎回木梨扮する博士と石橋扮する助手が様々な発明を完成させては実験に挑むという趣旨だったが、やがてゲストコンビとの卓球合戦がメインとなり、どういうわけかTHE ALFEEと日本武道館で卓球対決することになり、二人はこれに勝利。日本卓球協会から名誉初段の称号を受けたが、ALFEEとの再戦で敗北、名誉初段の称号も剥奪された。
ひらけ!ポッキンキン
ひらけ!ポンキッキ』のパロディ。オープニングは本家を模しており、ガチャピンとムックも姿を見せていた。
モジモジ君(モジ男(石橋)/モジ三(木梨・第1期放送は「モジ太郎」)
当初は先述の「ポッキンキン」の中のワンコーナーだったのだが、やがて一本立ちした。様々なゲームや競技にチャレンジする。ゲストとして小泉今日子(モジ子)や野茂英雄YMOも出演。
モジモジ君が文字を作る時、おねえさん(渡辺満里奈)がひらがなの一文字を出して、「○○の○」(例「ラッコの"ら"」)と頭にひらがな1文字がつく言葉をおねえさん、モジ男、モジ三の順番に言い、モジモジ君が文字を作る。この時にモジ男が放送禁止用語をいう事があった。後に文字を作る場面がカットされ、すぐにゲームや競技にチャレンジするコーナーから始まった。〆は毎回「バーイ、サンキュー」と言って終わる。なお、BGMはアニメ『ドミニオン』のサントラ盤を、エンドキャッチは初回放送当時の「ポンキッキ」のオープニングテーマだったうしろ髪ひかれ隊の『ご期待下さい!』を使用している。
食わず嫌い王決定戦
詳細は「とんねるずのみなさんのおかげでした」の「新・食わず嫌い王決定戦」の項を参照。
実験君(実夫/験三)
算数ちゃん(さんちゃん/スーちゃん)
涙目怪人選手権
人間離れした技を持つ人のコンテスト。審査員には別所毅彦土橋正幸大杉勝男など何故かプロ野球解説者が任されていた。
強運冒険王決定戦〜1/64の真実〜
赤と黒に分かれた電気椅子のスイッチやゴムパッチンのゴム、パネル(片方は鉄板が仕込まれて、突き破れない)など、様々な2択ゲームに挑戦、正解の色はルーレット抽選で決める。6回連続で安全な方を引けば賞金100万円。木梨が最終ステージまで進んだものの、結局100万円獲得者は誰一人現れなかった。
五感王
五感の中でも特に「視覚」「聴覚」「触覚」を題材としたクイズで戦った。
カミカゼ野郎危機一髪
簡単なゲームで勝負をして、敗者は罰ゲームとして放送当時東京マリン足立区西新井。2001年9月に閉鎖)にあったウォータースライダー「フリーフォール・カミカゼ」を滑らないといけない。女子アナバージョンもあった。
マルガリータブラザース
ストップウォッチを見ないで指定された秒数を内輪で測って、とんねるずよりも誤差が小さければ賞金10万円、大きければ罰として髪の毛を丸刈り。
ザ・ルーレットショー
カジノのルーレットをモチーフとしたクイズコーナー。8人の人物がVTRで登場し、ある技を持っている人、カラシ入りのシュークリームを食べた人は誰か?などの問題が出題され、とんねるずとゲストは8つのうち、正解だと思う人の番号の上にチップを置く。ルーレットと同様、1 - 8の番号マス以外に赤マス(該当者は赤マスの番号のどこかにある)、黒マス(該当者は黒マス番号のどこかにある)、0マス(該当者無し)、00マス(該当者が2人以上いる)がある。なお、持ちチップがなくなると出演者の持ち物を担保にしてチップを借りることが出来たが、コーナー終了までに返済できないと出演者の担保は視聴者プレゼントに回された。
翔け!人間黒ひげ危機一髪ゲーム
最初の2回はとんねるずの2人が対決し、それ以降はとんねるずの石橋or木梨VSゲストで対戦。双方、巨大な樽に入って巨大黒ひげゲームで対決する。剣を刺す穴は11箇所。前期と後期でルールが異なり、前期は自分の飛ぶ穴をボタンで決定し、クイズに正解した人は相手が飛び出しそうな穴を指名する。後期は相手が飛ぶ穴をボタンで決定し、ゲームに負けた人は自分の飛ばなさそうな穴を指名する。相手の表情を見て(前期は余裕そうにしている表情、後期は怪しそうな表情)1回だけ刺す穴を変更できる。後期のクイズはパネルがあり、前のクイズに正解している方が選ぶ。パネルには「映像問題」、「一般問題」、正解したら剣を2本刺せる「チャンスパネル」、無条件で正解扱いの「エンジェルカード」、その逆の「デビルカード」、トランプがあり7より大きいか小さいか当てる「ハイ&ロー」があった。最終的に逆バンジーで飛ばされた人が負け。ビル13階分の高さ(当時の河田町局舎の最上階)まで飛ばされた。剣を刺す時のかけ声は「いっちゃって!○○さーん」。中には、一番目にデビルカードを引いて自分が飛ぶ穴を選んでしまい、一問もクイズが行なわないまま自滅したケースもあった。
ベルトクイズQ&急!!
とんねるずの片方と一般出場者(芸能人の場合もあり)4人を含めた5人で対戦。各自、プールの上に設置されたルームランナーで走りながら、早押しクイズに挑戦。正解なら自分のルームランナーのスピードが1段階遅くなり、他の人は1段階速くなる。不正解の場合は、自分のルームランナーのスピードが1段階速くなる。ルームランナーのスピードに耐え切れず、後方のプールへ落下してしまった人は失格。最後まで残った1名が優勝。この企画は同じフジテレビ系で1969年に放送された『世界一周!!ランニングクイズ』と類似しており、『クイズ!ヘキサゴンII』にて特番で行われている「ベルトクイズ!タイムショック!ショック!」にも生かされている。
へら
2組が交互に、相手に牛乳を口に含ませ、一発ギャグを見せて牛乳を噴出させるゲーム。
ダイビングクイズ
1964年 - 1974年MBS系列で放送された、同名クイズのパロディ。参加者はすべり台の頂点に座り、クイズに答える。クイズ選択パネルは「み」「な」「さ」「ん」、「10」「20」「30」と計12個に割られており、パネラーはこのうち1つを選択、クイズに答えて正解すると対戦相手の、不正解なら自分の台がかたむく(本家版の末期ルールに近い)。傾斜は点数によって異なり、10ならば1段階、20ならば2段階、30ならば3段階傾く。このクイズに登場した解答者のヤンキー「松葉さん」は、クイズ終盤に劣勢に陥ったため、すべり台が急角度になり、転落やむなしの状況に追い込まれた。しかし「松葉さん」は、とっさの機転で、体を滑り台と垂直にして足を突っ張ることで、落ちて失格になるのを防ぐという秘技を開発。見た目にもとてつもない角度になっても耐えていた。この技に石橋・木梨を含めた観客は熱狂。以来その技は、体操の新技開発によく見られるように、開発者の名にちなんで、石橋・木梨から「松葉」と命名され、その後の回に別の挑戦者が「松葉」を多用するようになる。しかしやりすぎたために、シリーズ後半にはセットに「松葉禁止」と書かれた横断幕が「by美術スタッフ」との署名入りで掲げられるようにもなった。

[編集] 準レギュラー

[編集] 番組に出演したゲスト

[編集] おかげです事件史

木梨憲武の盲腸緊急追悼特番・騒動事件
木梨憲武が盲腸による休養から復帰することになっていた1991年10月31日の放送で、冒頭から『緊急放送!盲腸で倒れる 木梨憲武さんを偲んで…』と題し、木梨憲武が死亡したという設定で、生放送の追悼特番を模したドッキリを放送した。石橋貴明と野崎昌一アナウンサー(当時。現・広報局広報部長)が深刻な話をしている途中で緑のジャージを着た木梨が現れるというシュールなコントだった。このドッキリコント自体は石橋と野崎が木梨についての追悼話をしているところでジャージを着た木梨が登場。無視して喋り続けるものの石橋がトチって木梨に気付き、セットチェンジ。結局『木梨憲武盲腸記念'91 憲武を笑わせろスペシャル 爆笑総集編』として番組の総集編が放送された。『吉田拓郎のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)での「吉田拓郎死亡放送事件」(吉田拓郎の項のエピソードその2を参照)が元ネタとされている。
この放送を見ていた、当時同局アナウンサーで番組レギュラーだった中村江里子は、途中まで本当に信じていたという。制作スタッフ側は、もし本当だった場合、これだけのタレントなら新聞やニュースで大きく取り上げられるのが当たり前であるので、ネタであることが誰にでもわかるとスタッフは踏んでいたようだが、この日の「タイム3」に木梨本人が生出演していることもあり、緊急性を含んだドッキリとして視聴者を信じさせる要素もあった。
ちなみに、放送途中には「本当ですか!?」という質問の電話が、放送後には「ふざけるな!」との抗議の電話が約800件にも上った。盲腸により木梨が入院していたため、OAするネタが無かったことからこのドッキリが放送されることになったが、多数の菊の花と巨大な木梨の写真(この写真は当時木梨が所持していたパスポートから拝借していた)を配した立派な追悼セットを組み、非常に暗いBGMを流し、本物のアナウンサーを登場させるなど、あまりにも悪ふざけが過ぎるとの声が多かった。
実際のところ、放送内において野崎アナは「亡くなられた」とは一言も言っておらず、代わりに冒頭で「信じられないことになってしまいました」と表現しているのみで、石橋が「これから実家に焼香に行く」「ハゲる前に死ねてよかったな、と」「安らかに眠って欲しい」などと発言しているのは木梨登場後である。ただ、本編前の木梨の生涯を辿る前編では、ナレーションで「あまりにも短い生涯であった」という一節が放送されており、この後の木梨は親戚のおばあちゃんにものすごく叱られたと本人が語っている。
なお、元々は野崎ではなく、当時役員待遇だった露木茂(現・フリー)を予定していたが本人が逃げ出してしまい、部長待遇だった野間脩平(現・共同テレビ)にも逃げられてしまったため、「プロ野球ニュース」の司会のため夜勤だった野崎アナが急遽呼ばれる運びとなった。また、よりリアリティを持たせるため森光子にもオファーを出したが断られたという。
ちなみにこの回の視聴率は23%を記録しておりそれゆえに多くの視聴者を驚かす結果となった。ゼネラルプロデューサー(当時)の石田弘が考えた企画と言われるが、石田は後年「ふざけると言っても超えてはならない一線があり、悪ふざけにはならないようにしなければならない」という、この一件を忘れたかのような、戒めるかような発言をしている。この放送についての石田の見解は現在まで明らかになっていない。
フジテレビは近年同じような度が過ぎたドッキリ番組を2006年4月に「緊急結婚特番」と題し放送した。こちらも当然、苦情が殺到した。
それいけマサカズ・ボヤ事件
人気コーナー「それいけマサカズ」で燃えたカツラをかぶりながら石橋扮する田村正和が何食わぬ顔で通り過ぎるというコントを撮影したが、消防法上大変危険であるとして、消防署から抗議を受けた。
石橋貴明の試合放棄事件
カルトQ「おかげです全般」のとき、石橋貴明が解答者で木梨憲武が司会者という設定で出題で石橋の答えに対し木梨が「正確じゃないとだめです」と言い何度も不正解とした為、怒った石橋が「もういやだ」と言って途中で帰ってしまい、そのまま試合放棄をしてしまったという事件。このとき石橋は「ひな」という名前で出場していた(これは中村江里子の愛称である)。退場後は女の子の人形が置かれていた。このコーナーは石橋が退場後、そのまま最後まで進行していた。
セクシャルハラスメント訴訟事件
1992年11月4日、石橋貴明とチーフディレクターを相手にセクハラをされたとの民事訴訟が東京地方裁判所に提訴された事件。原告は番組に「帰りなおばちゃん」として準レギュラーで出演していた当時56歳の女優の稲村さち子。訴えの内容は同年10月29日放送の番組内で、露出度の高いビキニの水着を着せられた稲村に対して石橋が「ヘアが見える」と発言し、さらにテロップで「素人のおばちゃんですからヘアの手入れはしていません」と流されたこと、CMやテレビドラマで芸歴が10年あるにも関わらず「素人のおばちゃん」と2度テロップを流されたことが訴えの理由であった。稲村は石橋とチーフディレクターに対して200万円の損害賠償と番組内で名誉回復のコーナーを設けることを請求した。フジテレビの石田弘プロデューサーは取材に対して、「素人のおばちゃん役で出演してもらった。傷つけたことは申し訳ない」と回答し、石橋の所属事務所は「本人と連絡取れないのでコメントできない」とした[1][2]。後に稲村は提訴を取り下げたことが報じられた[3]。なお、この時期は番組自体、下ネタ傾向が強かった時期でもあった。
ニンジン事件
沢口靖子と共演したコントの中で、木梨が噛み砕いて吐き出したニンジンの煮物を石橋が「いただきます」と食べてしまった事件。木梨・沢口はおろかスタッフも大いに驚き、木梨は「何故こんな事が出来るかというと(石橋が)酔ってるからだよ」とコメント。
下ネタ事件
上記のセクシャルハラスメント訴訟事件に関連して、コントの中で一時期下ネタが多く発している時期があり、(特に石橋。この時に石橋が下半身を露出してゲスト出演者を追い回していたなど)当然下ネタ禁止令が下された。

[編集] 視聴率で見る番組の歴史

1986年秋に石橋が当時フジテレビの編成局長であった日枝久(現・フジテレビ会長)に「僕らにゴールデンタイムの2時間番組を下さい、視聴率30%とってみせます」と編成部まで行って頼み込んだと言うのは有名な話。ちなみにこの際、日枝局長に「もし取れなかったらどうする?」と聞かれた石橋は、番組プロデューサーである石田弘を「彫刻の森美術館に飛ばしてください」と言った(石田はその場には居なかった。一方で、30%を達成したらフジテレビの食堂で何を食べてもいいという約束を取り付けた)。その発言が面白かったからかは分からないが、まもなく『火曜ワイドスペシャル』で番組を持たせてもらい、放送が始まった。結果、視聴率30%には及ばなかったものの常に高視聴率を獲得し(平均20.3%。この結果は放送翌日の「夕やけニャンニャン」で石橋の口から発表され、「まあこんなもんだろ、よしよし」と二人は結果に満足していた)、定期的にスペシャルを行った後に1988年10月からレギュラー番組としてスタート。もう一説によるとこの公約を叩きつけた石橋は「20%に届かなかったら笑いの世界から身を引く」と後年TBSの特別番組でそのまんま東の発言によって語られた。

開始当初からたちまち「仮面ノリダー」の人気などで大ヒットし、番組開始から半年が経過した1989年3月30日に最高視聴率29.5%(関東地区)を記録した(ただし、普段の時間ではなく午後7時スタートのスペシャル版にて)。その後、「仮面ノリダー」終了後も他のコーナーも大人気となり、1989年 - 1994年まではバラエティ番組年間平均視聴率トップ10に常にランクインし、2度にわたる充電期間を経ても色あせることなく人気を保った。裏番組の『ザ・ベストテン』(TBS系)を1989年秋の終了に追い込んだ事でも知られる。

[編集] 番組の終焉

第3期をしばらく過ぎてから次第に度が過ぎたスタッフの内輪ネタが増えていき、笑いも女性ゲストに対するセクハラや下ネタなどが増えワンパターンになってきたことから一部の視聴者からは飽きられはじめた事に加え、、裏番組渡る世間は鬼ばかり』(TBS、終了時は第3シリーズ)の影響を受けるようになった。

番組晩年にあたる1995年以降も全盛期ほど視聴率は取れなくなったものの安定した数字を残していた。だがその頃、1991年開始の『ダウンタウンのごっつええ感じ』が全盛期を迎え、また1996年開始の『SMAP×SMAP』が大人気となって、人気ドラマ『古畑任三郎』のパロディキャラコント「古畑拓三郎」と同時期に「新畑任三郎」がされており、人気の面で負けていたため、石橋も「勝てなくなったから打ち切ろうか」という話が出て1997年3月に放送終了(4月に内容変更・改題などのリニューアル)した。なお、テレビ番組のパロディーコントはこの番組で先に『ニューヨーク恋物語』で一世を風靡していたため、とんねるずの方が元祖である。

過去には『オレたちひょうきん族』の衰退・終了の一つに「人気の座を『おかげです』に奪われた」との指摘もあったが、双方とも同じ境遇で幕を降ろした。

「おかげです」(8年半を通じて)としての平均視聴率は20.2%(最終回の前週に発表)。9年間で使った予算は186億8900万円(こちらは最終回でダーイシが発言)。

[編集] 最終回

1997年3月27日放送の『おかげです』としての最終回はかつての人気コント「仮面ノリダー」、「保毛尾田保毛男」、「最終回によくある風景」、「太陽にほえるな!」、「貧乏家の人々」など番組の人気コントを全て新作、完結編として放送した。また、番組の冒頭と最後にかつての常連ゲストで番組を愛していた小泉今日子を迎え、石橋扮する石田プロデューサーと木梨扮する小港ディレクターとともに局内に入り「石田プロデューサーの引越しと『みなさん』が終わっちまって大変なんだよォ日記」なるコントを放送。最後は番組を作り終えた石田プロデューサーがテレビマンとして燃え尽き死んでしまいその霊がバブルスとなって木梨、小泉とともに「最後のバァーイ、センキュー」のコールとともに本編は終了。ちなみにこの時、石橋が「以上、みなさんのおかげでした」と発言しているが、これが現在番組のタイトルとして使用されているのと関係があるかどうかはわからない。

そして、ラストはフジテレビ社屋が河田町から現在のお台場に移転したこともあり、とんねるずが歌う当時の番組のエンディングテーマ『テレビ〜時々の神よ〜』をバックに『おかげです』ともに使命を終えた旧社屋の表情を映し、最後は現お台場社屋の屋上でとんねるずが歌っているシーンに繋がるという映像で番組を締めくくった。これには、ここまで自分らを大きくしてくれた河田町に思い入れがあってのことだろう。

後にコント形態として『おかげでした』に受け継がれたのは「ちょっと北の国から」と「新畑任三郎」のみである。『北の国から』のパロディ「ちょっと北の国から」に関しては「ちょっと北の国から'97冬」として1分にも満たない完結編が放送され、「純と蛍が凍死する」というストーリーであったにも関わらず、『おかげでした』では何事もなかったように続編が放送された。1998年には前編・後編・完結編と3週に渡って放送されたが、2002年には「北の国から コントの記憶」として総集編があったものの、本編は1週しかなかった。本家が終了するためやむを得ずやった感もあり、視聴率も思わしくなかったことからそれ以来きちんとコントと呼べるコントは放送されていない。

[編集] スタッフ

  • 構成:秋元康、板坂尚、小川浩之、遠藤察男菊原共基吉野晃章/玉井貴代志
  • TD:堀田満之、馬場直幸
  • SW:馬場直幸、石田智男
  • カメラ:藤江雅和
  • 音声:篠良一
  • 映像調整:石井俊幸
  • 照明:蓑島公男、小田原敬
  • 音響効果:鈴木眞、松下俊彦
  • VTR編集:伊五澤守雄(IMAGICA
  • スキャニメイト:後藤和夫(IMAGICA)
  • ペイント:菊池大介(IMAGICA)
  • MAV:新野真(IMAGICA)
  • 美術:石鍋伸一朗
  • セットデザイン:根本研二、越野幸栄
  • 美術進行:工藤圭介、伊藤則緒
  • 大道具:関口正晴
  • 装飾:今村文孝
  • 持道具:斉藤広治
  • 衣裳:沖田正次
  • メイク:興山洋子
  • かつら:郡司敏幸
  • 視覚効果:大関晃
  • 電飾:菰原大裕
  • アクリル装飾:平山晃哉
  • 生花装飾:春川興司
  • 植木装飾:須田信治
  • アートフレーム:津田忠直
  • 楽器:佐野武史
  • 特殊美術:中島豪章(CAVIN)
  • 特殊効果:水尾一雄
  • ナレーター:戸谷公次中江真司牧原俊幸ほか
  • 殺陣:多賀谷渉、菊地竜志、岡田勝ほか
  • タイトル:三好登久昭
  • タイトルロゴ:染谷淳一
  • 広報:石井道夫、丸山修一
  • スチルカメラ:村山篤人、半田一道
  • タイムキーパー:杉山清美、江野澤郁子
  • 制作スタッフ→ディレクター(1989年4月 - ):鈴木正人
    • 神尾昌弘、コント「太陽にほえるな!」のメンバーの一部
    • 小澤俊一
    • 時宗大、松村匠、太田一矢、李闘士男(第3期)
  • ディレクター→演出(1989年4月 - 第2期まで):石井正幸
  • アシスタントプロデューサー:石井正幸、尾崎充(第3期)
  • 演出→兼プロデューサー(1989年4月 - ):港浩一
  • プロデューサー:石田弘、増田晴男(1988年10月 - 1989年4月)
  • 制作協力:東北新社
  • 技術協力:ニユーテレス
  • それ以外のスタッフは野猿を参照。

[編集] 出典

  1. ^ 「石橋さん(とんねるず)らを提訴 「番組の中で性差別発言」共演女優」『読売新聞1992年11月5日朝刊。
  2. ^ 「とんねるずのおかげでセクハラ フジテレビ出演の女性 石橋さんらを訴え」『中日新聞』1992年11月5日朝刊。
  3. ^ 「TVセクハラ取り下げ」『中日新聞』1992年12月9日朝刊。

[編集] 番組の変遷


最終更新 2009年11月21日 (土) 03:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【とんねるずのみなさんのおかげです】変更履歴

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