はやぶさ (列車)

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寝台特急「はやぶさ・富士」 2005年3月8日 東海道本線真鶴駅 - 湯河原駅間にて撮影
寝台特急「はやぶさ」 鹿児島本線
寝台特急「はやぶさ」14系客車 東海道本線田町駅

はやぶさとは東日本旅客鉄道(JR東日本)、東海旅客鉄道(JR東海)、西日本旅客鉄道(JR西日本)および九州旅客鉄道(JR九州)が、東京駅 - 熊本駅間を東海道本線山陽本線鹿児島本線経由で運行していた寝台特急列車ブルートレイン)である。2009年3月14日のダイヤ改正で併結する「富士」と共に廃止された[1][2][3]

目次

[編集] 概要

JR運行の定期列車としてはかつての併合相手「さくら」が2005年2月28日に廃止されたため、日本一の長距離旅客列車であった。

ただし、臨時列車を含めると「さくら」廃止以前から大阪 - 札幌間を運行する「トワイライトエクスプレス」が日本一の長距離旅客列車であった。

京都と九州方面を結ぶ「なは」・「あかつき」が2008年3月14日発(始発駅基準)の運行をもって廃止されたため、翌日の3月15日以降では併結する「富士」と合わせて関東東海関西から九州へ直通する唯一の夜行列車にもなっていた。

なお、本項の沿革では同じ区間で運行された寝台特急列車「みずほ」など主に東京圏より鹿児島本線に直通した優等列車についても記す。

[編集] 廃止直前の運行概況

運行区間
東京 - 熊本間:1315.0km
  • なお、下り列車は新垂井経由のため、実走行キロは1317.9kmとなった。
列車番号
列車番号は、2階建て列車で運行されたため運転線区により異なった。
  • 東京 - 門司間は併結相手の「富士」に合わせて1・2で、下り=1、上り=2として運行。
  • 門司 - 熊本間は41・42で、下り=41、上り=42として運行。
担当車掌の所属組織
上下列車とも車掌は本州内の全区間を西日本旅客鉄道(JR西日本)が、九州内をJR九州が担当した。
東京 - 下関間:下関地域鉄道部下関乗務員センター
下関 - 熊本駅間:博多車掌区
運転士は各旅客会社が自社区間を担当。ただし、下関 - 門司間は日本貨物鉄道(JR貨物)門司機関区が担当した。

[編集] 停車駅

東京駅 - 横浜駅 - 熱海駅 - 沼津駅 - 富士駅 - 静岡駅 - 浜松駅 - (豊橋駅) - 名古屋駅 - (岐阜駅) - (京都駅) - (大阪駅) - [岡山駅] - [福山駅] - [尾道駅] - 広島駅 - 岩国駅 - 柳井駅 - 下松駅 - 徳山駅 - 防府駅 - 新山口駅 - 宇部駅 - 下関駅 - 門司駅 - 小倉駅 - 博多駅 - 鳥栖駅 - 久留米駅 - 大牟田駅 - 熊本駅

  • ( )は上りのみ停車、[ ]は下りのみ停車
  • 下りの下松駅→熊本駅間では、乗車券立席特急券でB寝台に乗車することが可能であった。

このほか、下り列車では米原駅・岡山駅・赤間駅、上り列車では福間駅姫路駅・米原駅で運転停車をおこなっていた。なお、赤間駅では「ソニック」10号、福間駅で「有明」24号の退避を行っていた。

なお、大幅な遅延などで品川駅止まりとなった場合は小田原駅に臨時停車し、小田原駅 - 品川駅間は東海道貨物線経由での運転となり横浜駅は経由しなかった

[編集] 客車編成

・話・PJRPJRN

2005年3月15日以降の「はやぶさ」・「富士」編成図
号車 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
喫煙・禁煙 喫煙席 禁煙席 喫煙席 禁煙席
座席種類 B A1 B1 B B B B A1 B1 B B B
形式 スハネフ14形* オロネ15形
3000番台
オハネ15形
2000番台
オハネ15形 オハネ15形 スハネフ14形* スハネフ14形* オロネ15形
3000番台
オハネ15形
2000番台
オハネ15形 オハネ15形 スハネフ14形*
下り列車 熊本駅 「はやぶさ」 東京駅 大分駅 「富士」 東京駅→
上り列車 ←大分駅 「富士」 ←熊本駅 「はやぶさ」
*スハネフ14形はスハネフ15形の場合もある。
座席種別凡例
  • A1=A寝台1人用個室寝台「シングルデラックス」
  • B1=B寝台1人用個室寝台「ソロ」
  • B=開放式B寝台

客車概要

熊本車両センターに所属する14系客車が使用された。
  • 運用的には「スハネフ14(15)形-オロネ15形3000番台-オハネ15形2000番台-オハネ15形-オハネ15形-スハネフ14(15)形」1編成を上り「はやぶさ」→下り「富士」→上り「富士」→下り「はやぶさ」とする運用を組み合わせる形で使用されていた。
  • 「富士」「はやぶさ」に使用された14系の製造時の形式は、14系14形が5両(スハネフ14形0番台)、14系15形が9両(スハネフ15形、オハネ15形0番台)、24系24形が1両(オハネフ24形を改造したスハネフ14 101)、24系25形が16両(オロネ15形3000番台、オハネ15形2000番台、オハネ15形1100番台)と20系を除く旧国鉄が設計・製造した寝台特急用客車の全形式にわたった。
  • このため、趣味的に見ると、銀帯の車両が多数派となっているが、もともと白帯であるスハネフ14形に加え、更新改造時にステンレスによる銀帯を白帯塗装に変更した15形車両も存在するため、帯の色が統一された編成となることはほとんどなかった。運行廃止直前の時点では、スハネフ14形、スハネフ15形の一部、オハネ15形1100番台が白帯、スハネフ15形の一部、オハネ15形0番台、オハネ15形2000番台、オロネ15形3000番台が銀帯となっていた。
「はやぶさ」・「富士」に使用されていた14系客車



[編集] 給食設備等

上り「はやぶさ」で販売されていたコーヒーとサンドイッチ

前述したが、1993年平成5年)3月17日以降、列車内での供食設備となる食堂車は連結されていなかった。そのためこの列車では、以下の区間で車内販売が実施されていた。

なお、車内販売は6・7号車から巡回した。

  • 下り:東京 - 名古屋間 ・ 徳山 - 博多間
  • 上り:名古屋 - 東京間

販売品目はコーヒージュース弁当菓子など。その内容は上り・下りで違った。下り列車の徳山 - 博多間では「徳山幕の内弁当」や「ふくめし」・「あなごめし」などの弁当が販売されていた。

また下り(熊本・大分行き)「はやぶさ・富士」では柳井駅水了軒の「特製幕の内弁当」が1日5 - 10個ほど限定発売されていた。ただし、列車が遅れた場合はこの弁当は販売中止となった。

上り列車の場合、機関車の交換と「富士」の連結作業のため門司駅で29分間停車した。門司駅には改札内に売店等はないが改札外にコンビニエンスストアがあり、改札係員に乗車券類を提示すれば一旦改札外に出て買い物をすることができた。通常は出場した時点で特急券寝台券は無効となるが便宜上このような取扱がなされており、車内放送でもそのように案内をしていた。

[編集] 東京対鹿児島本線優等列車沿革

東海道本線優等列車沿革」および「山陽本線優等列車沿革」も参照

[編集] 戦前・関門トンネル開業による運行開始

  • 1942年昭和17年)11月15日 - 関門トンネル開業に際し、急行列車7・8列車の運行区間を東京駅 - 鹿児島駅間に変更する。
    • この列車は、それ以前は列車番号上は3・4列車、特別急行列車」(さくら)を称したが、この関門トンネル開業に際し運行区間を延長したものである。しかし特別急行列車ではなく、急行列車となったのは当時の輸送状況として不要不急の旅行を避けるべきとされた時代でかつ長崎港駅まで乗り入れた1・2列車「富士」との差違を設けるためともされている。ただし特別急行列車・急行列車を第一種・第二種と等級制に再編した際には第一種列車に指定されるなど、特急列車に準じた扱いをしたとされる。
  • 1945年(昭和20年)1月25日 - 運行区間を下関駅まで短縮。その後3月20日に運行が中止。

[編集] 戦後・運行復活からの展開

  • 1950年(昭和25年)11月2日 - 東京駅 - 鹿児島駅間を東海道本線山陽本線鹿児島本線経由で運行する急行列車「きりしま」運行開始。また、姉妹列車として「筑紫」(つくし)が運行される。
    • 「きりしま」は山陽本線に夜行運転となるが「筑紫」は東海道本線と鹿児島本線とで夜行運転をしたため、1列車が2回夜行列車として運行。
  • 1956年(昭和31年)11月9日 - 「きりしま」、漢字名称の「霧島」に改称。また、「筑紫」の列車名を「さつま」に変更。なお、「筑紫」は新設された東京駅 - 博多駅間の夜行急行列車の名称に用いられる。

[編集] 第3の九州特急「はやぶさ」の登場以降

  • 1958年(昭和33年)10月1日 - 「はやぶさ」東京駅 - 鹿児島駅間で現行の運転経路で運行開始。


    • なお、1957年(昭和32年)10月1日のダイヤ改正の時点で博多駅以西対東京直通特急列車の設定に際して、長崎直通か鹿児島直通かという検討がなされた。最終的には、戦前に運行された「富士」の実績から「さちかぜ」は長崎直通となった。その代替として東京駅 - 博多駅間運行の寝台特急列車「あさかぜ」と京都駅 - 鹿児島駅間運行の夜行急行列車「桜島」と博多駅で接続するダイヤを設定し、実際に同経路で乗車する際には無割引きながら「あさかぜ」の寝台券を付けた乗継特急・急行券を発行した。[4]
  • 1960年(昭和35年)6月1日 - このときのダイヤ改正により、東京駅 - 西鹿児島駅間(現・鹿児島中央駅)に不定期急行列車「桜島」(さくらじま)が設定された。
    「桜島」自体は「霧島」の輸送力の補助が目的であったが、これには「さつま」のような東海道・鹿児島本線での2夜行行程を要する運行とせず、「霧島」の下りは先行、上りは続行運転とした。
  • 1960年7月20日 - 「はやぶさ」に20系客車を投入。同時に運転区間が東京駅 - 西鹿児島駅間に変更。
    編成図はこちらを参照されたいが、基本的には従来の編成・運用を踏襲する形となり、編成内容も「さくら」と荷物車を除き同等の物となった。
  • 1960年12月24日 - 1961年(昭和36年)1月14日 - 東京駅 - 熊本駅間に臨時特急「臨時あさかぜ」を他の列車の混雑緩和のため運転。この列車が「みずほ」の前身となる。なお、編成図はこちらを参照されたい。
  • 1961年10月1日 - 東京駅 - 熊本駅間を不定期列車として「みずほ」運転開始。
    • 「みずほ」は「不定期列車」と名乗るが、実際には毎日の運転とした。なお、当時、唯一の特急用客車であった20系客車が「さくら」・「あさかぜ」・「はやぶさ」用に限定され、運用本数もその3列車専用として運用されていたことから、必然的に一般形客車を使用する編成となった。ただし、「はやぶさ」登場時と異なり、かつての特急用車両であったスハ44・スハフ43形や急行用としては最新鋭一等寝台車両であったオロネ10形を充当するなど、特別急行列車として一定の配慮がなされていた。
    • しかし、運行当初は表中では「正規編成」と表現した計画された編成で運行できず、実際には表中の「暫定編成」で運行を行った。
    • また、エア・コンディショナーがオロネ10形や食堂車であるオシ17形のみであることから、翌1962年(昭和37年)夏季には「みずほ」利用に際して特急料金の割引がなされた。


  • 1962年10月1日 -「みずほ」が定期列車に昇格。



  • 1963年(昭和38年)6月1日 -「みずほ」の使用車両をそれまでの一般客車から20系客車に変更。これと同時に編成の一部を大分駅発着とする。
  • 1963年12月 -「みずほ」・「はやぶさ」・「さくら」に二等寝台車1両増結。「さくら」・「はやぶさ」は博多駅回転の付属編成に、「みずほ」は基本編成に連結をした。
  • 1964年(昭和39年)10月1日 - 東海道新幹線開業に伴うダイヤ改正に伴い、以下のように変更。
    1. 「みずほ」の大分駅発着編成を「富士」として分離独立させ、「みずほ」は東京駅 - 熊本駅間単独の運行となる。なお、「みずほ」の大分駅発着編成はそのまま博多駅にて増解結とした。
    2. 「桜島」運行区間を短縮。新大阪駅 - 西鹿児島駅間とする。ただし、臨時延長という形で繁忙期には東京駅または品川駅 - 西鹿児島駅間での運行とした。→以下はこちらも参照されたい。
  • 1967年(昭和42年)10月1日 - 「霧島」運行区間を東京駅 - 西鹿児島駅間に短縮。
  • 1968年(昭和43年)10月1日 - このときのダイヤ改正により、以下のように変更。
    1. 「はやぶさ」 - 博多駅にて増解結を行っていた編成を長崎駅まで延長。西鹿児島駅発着編成とは鳥栖駅で分割併合を行う。また、長崎駅発着編成は「あかつき(下り1号・上り2号)」と共用する。
    2. 「みずほ」 - 全区間東京駅 - 熊本駅間運転とする。
    3. 「霧島」 - 東京駅 - 門司駅間を「高千穂」と併結運転とする。
  • 1970年(昭和45年)10月1日 - 京都駅 - 西鹿児島駅間運行の寝台特急列車としてひらがな書きの「きりしま」を運行開始。これに伴い、東京駅 - 西鹿児島駅間急行列車の名称を「霧島」から「桜島」(さくらじま)に変更。
    なお、従来から運行していた臨時列車「桜島」はこの変更に際して上り・下りとも「しろやま51号」と改称。
  • 1972年(昭和47年) 3月15日 - このときのダイヤ改正により、以下のように変更。
    1. 「みずほ」の使用車両を「さくら」・「あさかぜ」(博多駅発着の1往復)とともに14系客車に変更。「みずほ」の当時の編成はこちらを参照。
    2. この際「さくら」より浮いた1人用個室付きA寝台車「ナロネ22形」を「はやぶさ」西鹿児島駅編成に連結。「はやぶさ」は新大阪駅 - 西鹿児島・長崎駅間を運行する「あかつき(下り)1号・(上り)3号」と共用化する。
      • この当時の編成図は|こちらを参照されたい。
  • 1972年7月20日 - 品川客車区での20系客車運用を変更に伴い、「はやぶさ」・「あかつき(下り)1号・(上り)3号」連結の1人用個室付きA寝台車「ナロネ22形」を開放式A寝台のみの「ナロネ21形」に変更。当時の編成図はこちらを参照されたい。

[編集] 東海道・山陽新幹線全通後の展開

「はやぶさ」ロビーカー登場直前のフル編成 鹿児島本線 西里駅 - 植木駅間
  • 1975年(昭和50年)3月10日 - 山陽新幹線博多駅乗り入れに伴うダイヤ改正により、以下のように変更する。
    1. 「はやぶさ」の使用車両を20系客車から24系24形客車に置き換え。また、「あかつき」との共用を解消。東京駅発着の「富士」・「出雲」との共用する。
    2. 長崎駅発着だった「はやぶさ」付属編成を熊本駅まで併結に変更。代わって「みずほ」が鳥栖駅で分割併合を行い、東京駅 - 熊本駅・長崎駅発着となる。このときの「みずほ」編成はこちらを参照されたい。
    3. 「桜島」運行廃止。これにより、東京駅発着夜行急行列車の九州乗り入れを終了。
  • 1976年(昭和51年)9月27日 - 「はやぶさ」の使用車両を24系24形客車から24系25形客車に置き換え。「富士」・「出雲」とともに、東京発着の定期寝台特急初の2段B寝台投入。1人用個室A寝台「オロネ25形車両」も同時に連結。このA寝台1人用個室には当初愛称がなかったが、1986年(昭和61年)3月3日に「シングルデラックス」と命名される。なお、編成についてはこちらを参照のこと。
  • 1978年(昭和53年)2月1日 - 博多「あさかぜ」の24系25形化に伴い、食堂車の運用を捻出するため食堂車は熊本回転の付属編成となる。この変更は共通運用だった「富士」・「出雲」にも同様に実施。
    • 食堂車は増備しない方針であったため、運行時間が丸一日の「富士」・「はやぶさ」の食堂車を途中駅折り返しとすることで東京に戻る日を一日早め、「あさかぜ」への充当が可能になった。なお、この時の編成はこちらを参照のこと。
  • 1980年(昭和55年)10月1日 - 「富士」が運転区間を東京駅 - 宮崎駅間に短縮し、「はやぶさ」15年ぶりに日本最長距離特急へ返り咲く。
  • 1984年(昭和59年) 2月1日 - 廃止されていた九州でのブルートレインへのヘッドマーク取り付けが復活。
  • 1984年7月20日 - 「みずほ」に4人用個室B寝台「カルテット」連結開始。編成はこちらを参照
  • 1985年(昭和60年)3月14日 - 「はやぶさ」にオハ24形700番台「ロビーカー」を連結。これに伴い、「はやぶさ」を含めた東京駅 - 下関駅間運行寝台特急群の牽引機をEF65形からEF66形へ変更。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 - ダイヤ改正に伴い、車両の受け持ちを以下のように変更。
    1. 「はやぶさ」は「富士」と共用運用とし、従来車両の管轄を行っていた品川運転所から基本編成を鹿児島運転所が、付属編成を熊本客車区[5]へ移管。なお、なお、編成図はこちらを参照されたい。
    2. 「みずほ」は熊本編成が熊本客車区、長崎編成が引き続き品川運転所の受持ちとなる。

[編集] JR化以降の展開

  • 1989年平成元年)12月2日 - 同年7月21日より団体専用列車として運行を開始した「トワイライトエクスプレス」の扱いが臨時列車に変更。これにより「臨時を含めての日本一の長距離列車」ではなくなるが、「定期列車のみの日本一の長距離列車」となった。[6]
  • 1989年3月11日 「はやぶさ」・「富士」に1人用B個室寝台「ソロ」(オハネ25形1000番台)を連結。編成図はこちらを参照されたい。
  • 1991年(平成3年)5月31日 - 「みずほ」の食堂車の営業を終了。
  • 1993年(平成5年)3月17日 - 「はやぶさ」の食堂車の営業を終了。翌3月18日から下り列車の東京駅 - 小倉駅までのダイヤが「富士」と差し替えられて「はやぶさ」のダイヤが1時間15分繰り下がり、西鹿児島到着が15時10分になった。
  • 1994年(平成6年)12月3日 - 「みずほ」が臨時列車に格下げ。
  • 1996年(平成8年)- 「みずほ」が臨時列車としても廃止。

[編集] 九州特急「はやぶさ」の終焉とリバイバルトレイン

  • 1997年(平成9年)11月29日 - 利用者の減少により運行区間を東京駅 - 熊本駅間に短縮。1980年(昭和55年)11月1日に「富士」が区間短縮された時以来維持してきた、定期列車の日本一の長距離定期列車の座を「さくら」に譲る。また、食堂車であったオシ24形の連結終了。24系25形のみで単独運行されたこのときの編成図はこちらを参照されたい。
  • 1999年(平成11年)12月4日 - 「はやぶさ」の利用者減に伴う運転系統整理により、鳥栖駅まで寝台特急「さくら」を併結して運転する2階建て列車とした[7]
・話・PJRPJRN
1999年より2002年までの東京対九州諸都市連絡寝台特急の編成図
列車名・
運行区間
富士」・大分駅 - 東京駅
はやぶさ さくら
熊本駅 - 東京駅間 長崎駅 - 東京駅間
号車   1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14
座席種別 C B B B B B L A1 B B B1 B B B B
使用車両 24系客車 14系客車
座席種別凡例
A1=1人用個室A寝台「シングルデラックス」
B1=1人用個室B寝台「ソロ」
B=開放式B寝台
L=ロビーカー
C=電源荷物車
    • 変更概要は以下の通り。
      • 「さくら」は長崎鉄道事業部長崎運輸センター所属の14系客車の6両編成、「はやぶさ」は熊本鉄道事業部熊本運輸センター所属の24系客車9両となり、東京駅 - 鳥栖駅間で「はやぶさ」・「さくら」として併結運転を行った。
      • 従来「はやぶさ」・「富士」は共通運用であったため、「富士」編成は「はやぶさ」編成の24系25形客車9両と「さくら」編成の14系客車6両を併結した15両編成となった。
      • また、編成単位での14系客車と24系客車の併結運転は史上初であり、サービス用電源はそれぞれ各編成の連結する電源車(カニ24形及びスハネフ14・15形)から供給された。なお、14系客車には非常時等に備え、併結運転対応工事が施された。
      • 6両編成となった「さくら」には、従前「はやぶさ」及び「富士」に連結されていたオハネ25形1000番台を改造し、新たにオハネ15形2000番台1人用B個室寝台車「ソロ」が連結されたが、開放型A寝台車(オロネ14形)と食堂車(オシ14形)の連結は終了した。オロネ14形、オシ14形の運用離脱により、残る14系14形はスハネフ14形のみとなり、これ以降、24系25形からの編入改造車を含む14系15形が主体の編成となった。
      • なお、「富士」・「はやぶさ」には個室A寝台「シングルデラックス」・「ロビーカー」は引き続き24系編成に連結されたが、個室B寝台「ソロ」については、オハネ25形1000番台をオハネ15形2000番台に改造の上、14系編成に移された。また、オハネ25形2両をオハネ15形1100番台に追加改造し、14系編成に組み込んだ。
    • なお、12月3日発の「富士」・「はやぶさ」・「さくら」の運行状況は以下の通りであった。
      • 「富士」・「はやぶさ」は下り列車は従前の編成で運行。但し、上りについては編成図の「はやぶさ」編成をそれぞれ単独で運行。
      • 「さくら」については車両運用の都合上、佐世保編成について下りのみ東京駅 - 門司駅間の運転とした。門司駅で分割後、大分駅へ回送し、12月4日発の上り「富士」に連結。上掲の編成での運行となった。また、上りについては、編成図の「さくら」編成を長崎・佐世保両駅より運行し、肥前山口駅で2本繋げる形で運行。


    • なお、この「さくら・はやぶさ」の運行形態は1968年 - 1975年までの「はやぶさ」、1975年 - 1994年の「みずほ」の運転形態と同様となった。
  • 2002年(平成14年)3月23日 - 「はやぶさ」の開放式B寝台車を2両減車し7両編成となる。併結相手の「さくら」もB寝台車(開放式)が1両減車され5両編成になる。
  • 2004年(平成16年)2月 - 九州新幹線開業に伴い西鹿児島駅が鹿児島中央駅に改称するのを記念し、西鹿児島駅→東京・品川駅間の団体専用列車「思い出のはやぶさ号」として「はやぶさ」を上り列車のみであるが復活運転させた。なお、定期列車も平常通り運行。
  • 2005年(平成17年)3月1日 - この時のダイヤ改正で、「はやぶさ」は併結相手の「さくら」廃止に伴い、新たに東京駅 - 門司駅間で「富士」と併結する2階建て列車とした。これにあわせて、使用車両を24系25形客車から14系客車に変更。また「ロビーカー」とブルトレ便も同時に廃止した。
末期のヘッドマークとテールマーク
 
末期のヘッドマークとテールマーク
末期のヘッドマークとテールマーク
末期の「はやぶさ・富士」(東海道本線 根府川~早川にて)
    • この関係で個室A寝台「シングルデラックス」のオロネ25形はオロネ15形3000番台に改造する必要があるため、下りは1月14日 - 2月28日、上りは1月11日 - 2月28日の間連結を中止。
    • このダイヤ改正で「さくら」が廃止され、1,315kmの運行距離を有する「はやぶさ」が定期列車の日本一の長距離列車の座に2度目の返り咲きを果たした。また「あさかぜ」廃止に伴い、当時47年継続という国鉄→JRの現役特急愛称としての最長1位にも躍り出た。
    • しかし、「はやぶさ・富士」の運行形態は1963 - 1964年の「みずほ」に近い運行形態とされ、東京駅 - 京都駅間では「(東京対)九州特急」・「九州ブルートレイン」は1往復のみの運行となった。
    • また国鉄時代から全区間を担当していた博多車掌区・熊本車掌区(現・熊本車掌センター)の乗務区間が九州内に短縮され、本州内の乗務を下関地域鉄道部下関乗務員センターが担当した。
    • なお、運行変更に伴う車両回送は以下のような手順で実施。
    • 2005年3月1日定刻に東京駅到着後、田町車両センターへ回送し旧「さくら・はやぶさ」、旧「富士」の14系客車を分割後、2編成併結の上、下り「はやぶさ・富士」とする。24系客車については3月2日発で品川から熊本へ2編成併結で返却回送。
  • 2009年(平成21年)2月 列車廃止間近の特需への対応策として、上り列車の熊本駅→博多駅間を、乗車券指定席特急券でB寝台に乗車を可能とした。[8]
  • 2009年3月13日 - 同日始発駅を発車した列車をもって「富士」と共に廃止[1][2][3]。これにより東京駅発着の客車寝台特急および九州発着の寝台特急は全廃。ただし、東京駅発着の寝台特急列車としては285系電車「サンライズエクスプレス」で運行する「サンライズ出雲」と「サンライズ瀬戸」が残っている。

[編集] 列車愛称の由来

五十音順

  • 霧島・きりしま」 - 鹿児島県宮崎県の県境に広がる火山群である霧島山から。なお霧島連山、霧島連峰、霧島山地、霧島火山群の異称があるが日本語版Wikipediaにおける項目では「霧島山」が採用されている。曖昧さ回避記事霧島も参照。
  • 桜島」(さくらじま) - 鹿児島県の錦江湾(正式には鹿児島湾)にある半島であり活火山でもある桜島から。海の中にそびえるその山容は特に異彩を放っており、鹿児島のシンボルの1つとされる。
  • さつま」 - 現在の鹿児島県西部に相当する令制国(いわゆる旧国名)の薩摩国から。
  • 筑紫」(つくし) - 現在の福岡県東部を除く部分に相当する令制国(いわゆる旧国名)の筑紫国または、日本神話国産みにおける「筑紫島」と呼ばれた九州全域を指す「筑紫」に由来する。ただし、一般的には前者のみとされる。
  • はやぶさ」 - ハヤブサにちなむが運行開始当初では特別急行列車の愛称として鳥類のものが充てられただけではなく、東京駅 - 大阪駅間ビジネス特急の愛称として公募した際に佳作として選定され特別急行列車に使用することが決定されていた名称でもある。また、鹿児島県の男子を指す美称「薩摩隼人」にちなむ命名とも言われている。
  • みずほ」 - 日本国の美称でもある、「瑞穂国」(みずほのくに)にちなむ。ただし、特別急行列車の愛称には抽象名詞を用いるという慣例があったことや戦前の特別急行列車愛称公募時に日本の意味合いがある「大和」があるため、それによるものともされる。

[編集] 「はやぶさ」が登場する作品

[編集] 脚注

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  1. ^ ブルトレ、東京駅から消える 3月に富士・はやぶさ廃止 - 朝日新聞 2008年12月19日
  2. ^ 2009年3月ダイヤ改正についてPDF - 東日本旅客鉄道プレスリリース 2008年12月19日
  3. ^ 平成21年3月ダイヤ改正について 別紙PDF - 東海旅客鉄道プレスリリース 2008年12月19日
  4. ^ 三宅俊彦「ブルートレイン - 夢を運んで半世紀」JTBパブリッシング 2009 ISBN 978-4-533-07350-2 による。
  5. ^ のち熊本機関区と統合し熊本運転所。2006年平成18年)より、熊本鉄道事業部熊本車両センターとなる
  6. ^ なお、「はやぶさ」の運行区間である東京駅 - 西鹿児島駅間の距離については、運賃計算上の経路である岩徳線経由の営業キロ(運賃計算キロ)である1,493.6kmとされている資料もあるが、実際の運行距離は山陽本線柳井駅経由の1,515.3kmであった。
  7. ^ 平成11年12月 ダイヤ改正について II. 在来線 3. 東海道線寝台特急「さくら」「はやぶさ」を併結運転します - 東日本旅客鉄道プレスリリース 2003年09月24日
  8. ^ 平成21年2月限定 寝台特急「富士」「はやぶさ」に寝台券なしでご乗車になれます! - 九州旅客鉄道プレスリリース 2008年12月25日

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月20日 (金) 05:28 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【はやぶさ (列車)】変更履歴

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