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『へうげもの』(読みはひょうげもの、欧字表記はHyouge-mono)は、山田芳裕による日本の漫画作品。講談社刊『モーニング』にて隔号連載中。単行本は講談社よりモーニングKCとして9巻まで刊行されている(2009年7月現在)。
目次 |
[編集] 概要
戦国時代、織田信長、豊臣秀吉に仕えた古田織部を主人公として描いた作品である。雑誌掲載時の欄外のあらすじでは毎回「これは『出世』と『物』、2つの【欲】の間で日々葛藤と悶絶を繰り返す戦国武将【古田織部】の物語である」と紹介されている。
この時代を舞台にした作品は合戦などの「武」を描いたものが多いが、本作は茶道や茶器、美術や建築など、戦国時代の「美(文化)」に重きを置いた作品である。当時の歴史的な武将たちの戦いや天下をめぐる権謀などもそれと並行して描かれているが簡素に描かれることが多い。人が死んだり殺される場面でも直接的な描写は少なくなっている。
タイトルにもなっている「へうげる(ひょうげる)」は「剽げる」とも書き、「ふざけている」「おどけている」の意。「へうげる」は「剽」の字音仮名遣いからきている。
頁の端に「この物語はフィクションにて候」「実在の人物・団体名とは無関係にて候」と記されている。この定型文に、掲載内容にちなんだ一文(例:「天正大判はほぼ実物大にて候」[1])が付記されるのが定番となっている。
書籍「このマンガがすごい!」(宝島社)2007年オトコ版3位、2008年度オトコ編2位。第32回講談社漫画賞一般部門ノミネート。
[編集] 登場人物
リンク先にて史実に基づいた記述がある場合は、名前と独自の解釈の紹介にとどめる。
- 古田織部(連載開始時は古田左介)
- 本作品の主人公。正式には「古田織部正重然」。あだ名は「古左」「古織」。
- 茶の湯と物欲に魂を奪われた戦国武将。その一方で出世や戦国時代の武人としての本分もまっとうしようと考え、物欲との間で葛藤する。戦働きにおいては非情に徹しきれないこともあり不得意だが、数寄の方面では気に入った物を“お救いする”と称して頻繁に盗む、他人の弱みにつけ込んで借金を申し込むなど、まだその図々しいまでの発想・行動には底が見えない。特に気に入った名物を目の前にすると、金時殿が目を覚ますという癖を持つ。また名物を評するときは独特な擬音で表現する。
- 当初は信長の影響から華に魅せられていたが、信長没後は自然物や素朴な縄文土器、利休の影響によるわびを好み始める。信長の死後は数寄の天下を獲ることを目標とし「己の欲しいものは己で作るしかない」として美濃の陶工たちを後援する立場に回る。試行錯誤・七転八倒・紆余曲折の末、利休に次ぐ数奇者と天下に知られるようになった。利休死後は豊臣家筆頭茶頭となり「一見のみで腹よじれる器」の作製を目指す。
- 好きな色:グリーン&パーシモン。
[編集] 利休一門
- 千利休(初めは千宗易)
- 日本史上最も有名な茶人にして稀代の数奇者。本作では史実の背の高さがかなり強調されている。主人公・織部の茶の師匠であり、大きな影響を与える。織部のことは「素直で、面白い発想をする弟子」としてその成長に期待している。
- 日本を己の美学(数奇)に基づく理想国家へと作り変えたいという野心(利休本人は「業」と表現)のためから秀吉に信長殺しを持ちかけ暗躍、実行する。豊臣政権の樹立後は筆頭茶頭となりその天才的な創意を振るうも秀吉との摩擦が多くなり、宗二斬首への憎悪と絶望をきっかけに更なる業に己を染めていく。織部を巻き込まぬため絶縁を申し渡し、自らが作った豊臣政権を滅ぼすため再び暗躍するが、光秀の最期を家康に教えられ、死に臨む。
- 著者はこの作品を描くにあたって最初は千利休から調べ始めたが、利休の宗教的・求道的ストイックな厳しさは自分には描ききれないと感じ、物欲の強さやエンターテインメント性に親近感が沸き、調べていくうちに面白くなっていった古田織部を主人公に据えたと述べている[2]。
- 好きな色:ブラック。
- 細川忠興
- 名門細川家の若き当主。血の気が多く直情径行な行動が多い一方で、抜けている面も多々見られる。光秀の娘、おたま(後の細川ガラシャ)を妻としている。千利休の弟子としてわび数寄を学ぶが、解釈がストレートすぎて相手が途惑うこともしばしば。本作では父親に似ず愛嬌のある顔立ちであり、性格のスキの多さもあって、左介に弄ばれる事もある。利休切腹より織部とは不仲になる。
- 好きな色:ネイビー。
- 高山右近
- 織部の妹を娶っており、同じ利休の弟子でもあることから、織部を義兄上と呼び、親しくしている。キリシタン大名で南蛮文化にも造詣が深い。ハートマークや食肉などの南蛮文化を織部に教える。本作では、左介が「織部」の官職を選んだきっかけは、右近が見せた襦袢の色「オリーベ」からである。秀吉が切支丹伴天連(キリスト教)を禁じた際、棄教せず大名の地位を捨てて出奔する。本作では、それは宗教的抵抗よりも、数寄者としての意地を通すことの方が大きかったと描写されている。後に北条攻めで織部と再会。性格的にひょうげたところが多くなった。
- 好きな色:アクア・ブルー。
- 蒲生氏郷(初めは蒲生賦秀)
- 千利休の弟子で織部の数寄仲間でもある。信長の娘婿であり、北野大茶湯では信長拝領の茶器で茶席を開き、義父を偲んでいた。自分ほど信長を敬う者はいないと自負、同じく信長に憧れる伊達政宗とは犬猿の仲。利休切腹より織部とは不仲になる。死の直前に政宗の生き方を認め、信長の遺志を託す。
- 山上宗二
- 利休の高弟。利休と同じく堺の町衆である。良く言えばひたむき、悪く言えば理想主義・排他的なため、言動が人の反感を買いやすい。自分たち商人の数寄こそ至上と自負し、実家が武士の掠奪で零落したため、武士が茶の湯を取り仕切る(そして自分たちも協力せざるを得ない)現状に不満を覚えている。後に利休とも決別し、世間とのしがらみを振り捨てて高野山に出奔する。流浪の末に相模の北条家に招かれるが、彼らの一心にわび数寄を求める姿勢に感銘、武人に対する偏見を払拭する。権力や権威におもねって己の価値観を曲げる事を良しとしない性分で、その事が後に自身の破滅へとつながって行く。
- 好きな色:グレー。
- 織田有楽斎(初めは織田長益)
- 信長の弟。優れた茶人で織田家の人間らしく華を好む。織部とは気が合うのかちょくちょく行動を共にする。一見貴公子然としていながら要領がよく、過酷な戦国時代を巧みな処世術で生き延びてゆく。作中屈指の洒落者で、衣装の数がたいへん多い。好色。
- 何かに縛られるのが嫌いな性格で、わび数寄・南蛮趣味のみならず織田家や武門にもこだわらず、ついには権勢を振りかざす姪の茶々(後述)に反抗、武士をやめて出家してしまう。織部はその選択を見て、己も武か数寄かを選ばされる時が来るかも知れぬと感じた。
- 好きな色:ビリジアン・グリーン。
- 伊達政宗
- 奥羽の大名。天下取りを狙う。わび数奇に興味を持ち、「奥州一」を自称する数寄屋敷に住み、わざとつぎのあたった衣服を身につけている。よく歌舞伎役者のような見得を切る。「D」の刺繍の入った眼帯を使用。小田原参陣の際、織部と高山右近と知り合い、以後たびたびトリオを組む。唯一尊敬する武将は織田信長で、己の半生を信長そのものと表する。そのせいか、信長の娘婿である蒲生氏郷を激しくライバル視、ついには殴り合いになる。
[編集] 織部の関係者
[編集] 血縁者
- 中川清秀
- 左介の妻おせんの兄。生真面目な武人であり戦傷が絶えない。義弟左介を信頼しつつも、数奇に傾倒する事には不安を抱いている。自身は数寄はまったく判らぬと宣言しており、必要な場合は左介を頼っているようである。作中では描かれていないが賤ヶ岳の戦いの前哨戦において戦死。
- 好きな色:アイボリー。
- おせん
- 左介の妻であり中川清秀の妹。ものに動じないおっとりした性格で、よく出来た嫁であると万人に認められている。武よりも数寄に目が行ってしまう夫に、「それでいい」と言ってくれる得難い女性。左介自身も信頼と愛情を注いでいる。
- 古田重継
- 作中では言及されていないが、織部の養父(伯父)である古田重安の子。織部の長女・千と結婚し、織部に代わって中川家の補佐役を命じられる。
- 史実通りなら豊後岡藩の家老となり、現代まで続く豊後古田家の初代ということになる(史実では「古田重続」)。
- 千
- 織部の長女。母親似の顔立ちをしている。織部の義弟・古田重継に嫁ぐ。
[編集] 弟子・その他
- 加藤景延
- 美濃の陶匠。釜大将を務める。織部とは古くから親交があり、美濃の窯元を集めた「織部十作」の指揮を任される。
- 上田左太郎
- 無骨な若武者だったが、織部の悪影響を受けて数奇に傾倒、よく行動を共にするようになる。しかし根は武人であり、節約を心がけ、槍の腕前を誇りとしている。織部については、それまでの自分の人生では全く縁のなかった経験をさせてくれる「胸躍らせる怪人」と評している。先祖は信州人だと述べている。史実通りなら宗箇流の創設者となる。
- 好きな色:チョコレートブラウン。
- 長谷川等伯
- 千利休の紹介で織部の知己となる絵師。狩野派に押され、生活には苦労しているらしい。大名となった織部から聚楽第の屋敷の襖絵を依頼される。織部の好みを独自の解釈で表現して織部を激怒させるが、利休には絶賛されたため事なきを得た。
- 小堀作介(後の小堀遠州)
- 豊臣秀長の小姓。おかまのようなしゃべり方をする。石垣山城の築城に提案したアイデアが織部に認められ、褒められたことを喜ぶ。まだ元服前だが独自の美意識をもっており、明智光秀によって白く塗られた安土城がその原点と述懐している。
- 本阿弥光悦
- 刀砥ぎ職人。小田原の役に登場して織部の刀の手入れについて駄目だししていた。彼もまた数奇者で、織部の新作を心待ちにしている。織部の元に出入りするうち織部の悪巧みに翻弄されることもしばしば。
- 岩佐又兵衛
- 絵師。荒木村重の子。有岡城の戦いで一族郎党殺されるが乳母に助け出され奇跡的に生き残る。長谷川等伯の元で学ぶも我が強く長く続かない。
- 新兵衛
- 織部プロデュースの店「瀬戸屋」を任されている商人。織部から五芒星型の看板を託され困惑する。
[編集] 織田家
- 織田信長
- 豪壮な芸術文化を好み、奨励する天下人。その天才的な物質・精神両面の世界は左介ら同時代の武将・茶人達を魅了する。その一方で親族を可愛がりすぎるきらいがあり、有力家臣の反感を買っている。壮大なスケールで世界制覇を目指し、「風雲躍り華咲き乱るる世」を築こうとする。死後もその影響は強く残る。
- 本作では本能寺の変において自害したのではなく、羽柴秀吉に殺害されている(表向きは史実通り“光秀の謀叛によって死んだ”ことになっている)。
- 好きな色:レッド&ブラック。
- 柴田勝家
- 織田家家臣筆頭。秀吉の実力と時代の流れを理解しつつも、織田家中のけじめとして秀吉に立ち向かう。数寄への理解は皆無であり、信長の死の直後、織田長益も「(自分が)織田でなければ明智に付いた」と発言したほど。また、長益は彼を「肉体馬鹿」との表現もしていた。本人もそれは自覚しているが、意外にひょうげた面もあり、織田家の継承問題でピリピリしていたお市の方を、自分をタネにした冗談で笑わせている。
- 丹羽長秀
- 織田家臣。数寄に疎いらしく、第1席冒頭で左介に内心で甲冑姿を馬鹿にされていた。信長追悼のハートの幟を掲げることにも難色を示し、家臣の上田左太郎が自分が掲げたいと進言したのを叱っている。
- 滝川一益
- 織田家臣。甲州攻めで信忠の副将を務め、信長から真の功労者と労われる。その恩賞として名物「珠光小茄子」を所望するも認められず、結局上野一国と信濃二郡を与えられる。左介に慰められたが「都落ち」と自嘲しており、本作では功を正当に評価されない「外様の功労者」として描かれている。
- 弥助
- 信長の従者として仕える黒人。本作ではマイルス・デイヴィス似の容貌をしている。大きな体と身体能力を生かした無類の強さを誇り、度々織部を救っている。ゾウにまたがる信長をハンニバルになぞらえた。義に篤い性格で、信長を殺した秀吉を目撃していたため、山崎の合戦では秀吉の陣に乱入しようとして取り押さえられた(合戦の場で、左介に信長の死の真相を伝えている)。その後は解放され、「義は果たした」と国外へ去った模様。
[編集] 明智家
- 明智光秀
- 家臣や民、日本の行く末を案じる織田家重臣。野心家や強欲な人物が多い本作において、珍しい無私の人として描かれている。このため清貧を旨とする家康からは好意を持たれ、秀吉からは「偉いやつだが世間からは理解されまい」と評される。数奇者としてはわびを好み、数寄への理解は深い。民を第一に考え「波風立たぬ泰平かつ淡麗な世」を造ろうとする。死後もその影響は強く残る。
- 信長の暴走を止め世を正さんと決起したが、それは秀吉と利休の謀略によって追い込まれたものであった。史実の定説である小栗栖では死なず、居城である坂本城付近で比叡山の僧兵から随風を庇って深手を負い、まもなく息を引き取った。
- 好きな色:パープル。
- 明智秀満
- 明智家臣。左介と口論した際に光秀から窘められたため、左介をよく思っていない。坂本城が落ちる時、名物を秀吉側に引き渡したが、その時、目利きに派遣されていた左介に八角釜を思い切り投げつけて憂さを晴らしている。
- 斎藤利三
- 明智家臣で副将にあたる人物。光秀が信長を討つと宣言した際は、感動のあまり落涙した。山崎の合戦では敗北を悟りつつ光秀のために奮戦する。
[編集] 豊臣(羽柴)家
- 豊臣秀吉(初めは羽柴秀吉)
- 愛嬌の下で冷徹な計算を働かせる野心家。一方で数奇や名物に対するセンスは乏しく、織部らに内心で酷評される事が多い。極度の女好き。左介とは信長が美濃に進出した頃からの付き合いであり、後に大名に取り立て、織部正(おりべのかみ)の官位を与えている。天下人となってからも、比較的気楽に対することができる相手と見なしているようである。
- 天下を取るため千利休(当時は千宗易)と弟・羽柴秀長と共に、明智光秀を主犯に見せかけた主君織田信長の殺害を画策、実行した。だが天下人となってからは、信長をなぞるように華を重んずるようになり、わびを貫く利休とは距離が生じ始めていきながらも、心底は利休を頼りにしていた。己の手で殺めた信長の意志を継ぐため世界進出を狙う。
- 好きな色:ゴールド。
- 豊臣秀長(初めは羽柴秀長)
- 秀吉の異父弟。常に兄の影のように付き従い、その覇業を補佐する。秀吉も他の重臣たちには明かさない陰謀を彼だけには打ち明ける事が多いなど、兄から絶対の信頼をおかれている。また、兄に比べ利休のわびの美学への理解も深い。やや病弱であり、作中の時間経過とともにやつれていく。大和郡山城にて黒田孝高の毒の一言にて憤死。
- 好きな色:シルバー。
- 石田三成
- 秀吉の側近。細かな数字にこだわり、愛想も悪く、ほとんど無感情な人物として描かれている。秀吉の治世を支えるため全力を尽くそうとしており、偽りを言わないため秀吉には気に入られているが、それ以外の者からは頭が固い堅物と批判されることもある。数寄に対しても、感覚より理屈で理解しようとしているため、茶がつまらないと評されている。主君である豊臣の権威を重んじ、それを侵すと判断した者には容赦が無い。織部とは衝突することも多いが、忍城攻め以降、織部に対する評価も上がっている
- 好きな色:特になし。
- 茶々
- 信長の姪。母お市の死後、天下人となった秀吉の側室となる。派手好みのじゃじゃ馬で、地味にしている事が我慢ならない。秀吉のお手つきとなってからは、派手さに磨きがかかった。大坂城で彼女とすれ違った家康は「危険よの…この城中には正しき道を踏み外しかねぬものばかりぞ」と評した。
- 好きな色:バイオレッド。
- おね
- 秀吉の正室。純朴な人柄で貧しい頃の気持ちを忘れず、夫が天下人となってからも下働きをし、動きやすく地味で汚れてもよい衣服を好む。飾らない物の言い方をし、おおらかな性格だが、洞察力は高く、規律に厳しいところがある。その豊かな母性には家康も感服し、恋心を抱いている。
- 好きな色:スカイブルー。
- 加藤清正
- 秀吉子飼いの武将。虎好きで、幼少のころから虎の話ばかりしている。城造りにおいても虎の美しさを手本とする。本作では具志堅用高似の容貌をしており、「ちょっちゅね(そうですね)」の口癖も同様である(ただ顔立ちは束帯姿の肖像画のものに近い)。
- 福島正則
- 秀吉子飼いの武将。加藤清正と共に北野大茶湯の門番をつとめる。
- 前田利家
- 小田原に参陣した伊達政宗と秀吉の取次役として登場。昭和こいる似の風貌をしている。相手に言質を取らせない(こいるのように同じ言葉を繰り返していい加減な相槌を打つ)、老獪とも適当ともいえる政治家として描かれている。
- 黒田官兵衛
- 秀吉の軍師。杖を使用。利休に本能寺の変のあらましを聞かされてからは己の下克上を狙う。
- 細川幽斎(初めは細川藤孝)
- 冷静沈着で読みの深い人物。この時代屈指の教養人なのは史実同様。息子の忠興を折檻するために武芸の腕前を披露する場面が多い。若き日の織部に歌や書を教えていた。
- 数寄者としては古典を重視し、わび数寄もあまり評価していないが、これは芸術性の評価というよりも、新しい権威となったわび数寄と権力者の軋轢から距離を置こうと冷静に判断しているためである。このため秀吉と利休の離間に気づいたときも、「忠興を巻き込むな」と利休に釘を刺すのみであった。本作では子孫の細川護熙似の顔に描かれている。
- 真田信繁
- 数多の間者を使い山の神の申し子と呼ばれる調略の名手。俗にいう「真田幸村」である。手柄以上に楢柴が欲しい織部に懇願されて間者を貸し、そのおかげで秋月の姫を奪取する功を挙げさせた。なお、織部は秀吉からの褒賞を約束通り信繁と等分している。
- 石田正澄
- 三成の兄。下働きを実直にこなしている。弟思い。
[編集] 徳川家
- 徳川家康
- 三河の大名。福耳の持ち主で、緊張すると便意を催す癖がある。正義と質素倹約を何より重んじ、家臣や領民のためだけを思って政治を行うべきだと考える情熱的で生真面目な人物。その質実さに家臣たちは惚れており、結束力は非常に高い。必要以上の贅沢には怒りを露にし、華やかな安土城や大坂城の雰囲気に不快感を抱く。一方利休のわび茶には得体のしれないものを感じ、純朴さを失わず女たちを統制する秀吉の正室・おねや、万民のために決起した光秀らには好印象を抱く。よくも悪くも田舎者で垢抜けておらず、家臣が光秀から贈られた「初花」を捨てようとしたり、使者として訪れた織部らを贅沢の意味を勘違いした「質より量」の接待で迎えた事もある。本能寺の変の際に、光秀を助けるため出兵、その最期を看取る。以後は「正義のためなら腹黒い狸にもなろう」と決意し行動しようとしている。
- 織部には安土城での饗応に激怒したこともあったが、その後幾度かの交流を経て親しくなった。
- 好きな色:そんなものはない。
- 南光坊天海(初めは随風)
- 光秀を延暦寺に匿おうとした僧侶の一人。結果的に味方の僧兵たちの裏切りに遭い、致命傷を負った光秀の最期を看取る事になった。自身も間一髪の所を徳川の者に救われる。その後は家康と共に光秀の理想の実現を目指す。
- 酒井忠次
- 徳川四天王の一人。光秀より贈られた「初花」を小汚いといい、価値を疑って痰を吐きかけた。その後、光秀に加勢しようとした家康を強く諫めている。「海老すくい」という踊りを得意としており、小牧・長久手の戦いでの和睦の宴で舞って織部の爆笑を誘った。したたかになりつつある主君を見て、他の家臣ともども嬉し泣きをすることもある。
- 本多忠勝
- 徳川四天王の一人。光秀より贈られた「初花」を「こんな物があるから迷うのでござる!」と割って捨てようとしたことがある。頬骨が高く眉毛のないいかめしい顔つきで、甲冑も容姿も肖像画に忠実である。織部に「本多様とそれがしとは仲睦まじきこと夫婦が如し!」(世田谷城の調略時)と勝手に言われる。
- 榊原康政
- 徳川四天王の一人。徳川の使者として大阪城に赴き、その後千利休の仲立ちで石川数正と対面した。利休が家康に贈る茶器を見て「武人には妙味は不要」と感想を述べ、家康の家臣らしいところを見せる。
- 石川数正
- 徳川家臣。総髪、鯉の形をした兜を着用。利休の調略によって秀吉のもとに出奔した。豊臣の臣下となってからは数寄に傾倒しているようで、出奔を非難する榊原康政に「毎年の桜の花」を例にして語り、自らの信念で出奔したことを告げる。
- 服部半蔵
- 徳川家臣。伊賀出身で忍びを指揮する。
- 徳川秀忠(初めは長丸)
- 徳川家康の嫡子。父親似の顔立ちをしている。織部と細川忠興は、長丸に教養や都の作法の伝授を家康から依頼される。織部はその第一歩として自作の茶杓を贈ったが、長丸は数寄に興味を示さず、逆に父親と似た贅沢への反発がある模様。
[編集] その他
- 松永久秀
- 第1席(第1話)に登場。降伏の使者として現れながら、交渉そっちのけで名物「平グモの釜」に目を奪われる左介に対し、武か数寄か、自分の生き方をいずれ決めねばならないと諭す。羽柴秀吉にそそのかされ、爆薬を仕掛けた平グモの釜と共に自ら爆死した。カツラを使用している。
- 荒木村重(後に荒木道糞)
- 織部以上の物欲の権化。信長に反旗を翻したものの、敗色濃厚となるや己の収集した名物群を携え、家臣や家族を見捨てて逃亡する。その後は名を変え、秀吉に取り入って茶の湯三昧の生活をしていた。業病に冒され余命幾ばくもなくなってもその強欲ぶりはまったく衰えることはなかった。信長に反逆した際一族は皆殺しにされていたが、奇跡的に一児(後の岩佐又兵衛)が生き延びたことを知り、死期を悟った道糞(村重)は、織部を呼び出し、その子に己の生きざまを伝えてくれと依頼した。松永久秀と共に、織部に自分の生き方やあり方を考えさせるきっかけになった人物である。
- 丿貫
- 利休の兄弟子。相手をリラックスさせてもてなすことを信条としており、茶席では半ば強引ともとれる手法で客の緊張を解きほぐす。利休をして「一番のわび数奇者」「野点の趣向では自分以上」と評するほどの超一流の数奇者である。素朴で飄々とした性格で、身の丈にあった慎ましい暮らしをよしとする。北野大茶湯で秀吉によって日本一の数奇者と認められ、扶持米と高い身分を送られそうになるが、富さえもわびを楽しむには邪魔と拒絶する。一方で、自らの野心(業)の為にひた走る弟弟子利休を諌めた。
- 最期は自らの茶道具、記録、自邸に至るまで焼き払って生涯を終え、利休は「お見事な死に様です」と感嘆した。
- 好きな色:カーキ。
- 古渓宗陳
- 大徳寺住持。禁中での茶席に参じるための「宗易」に代わる「利休」の居士号を選ぶ。一時期利休とともに豊臣政権転覆を狙った。
- 秋月種実
- 九州の大名。ナマズのような髭をはやしている。織部に娘を拉致され、島井宗室から奪った楢柴との交換を強要されるが、蓋だけは手元にとって置こうと偽物を差し出し、織部に見破られて一喝されている。やがて降伏の印として剃髪して秀吉に拝謁し、娘と無事に対面した。
- 秋月の姫
- 城に忍び込んだ織部に篭絡されて身柄を預けるが、その足で秀吉に引き渡されかける。しかし「名門の出でも美しくない」と内心思った秀吉によって、秋月氏の降伏後父の元へ送り返される。自分を騙した織部には怒り心頭に発し、父と再会した直後、織部に強烈な鉄拳を見舞って報復した。
- 北条氏直
- 北条家当主。気骨ある鎌倉武士。宗二を悟らせた人物。宗二の歯に衣着せぬ言動を怒るどころか大いに気に入り、家臣たちにわび数寄を指南するよう乞う。
- 片倉景綱
- 政宗の家臣。主君こそが天下の覇者たるべしと信じている。主人同様つぎのあたった衣服を着用。無茶をやらかそうとする主君を度々諫める。
- 虎哉宗乙
- 伊達政宗の師僧。「ナメられちゃあいかん」が口癖。小田原に赴こうとする政宗に、この言葉と共に"D"の刺繍が入った眼帯を託す。NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』で虎哉禅師を演じた、大滝秀治そのものの容貌をしている。
- 毛利輝元
- 毛利元就の嫡孫で中国地方120万石の大名。井戸茶碗を所有し、満潮の厳島神社より引き潮の姿が好みと言っている。利休に天下盗りを唆された。
- おくに
- 「ややこおどり」を踊る女。伊達政宗に魅せられている。
[編集] 登場する名物・業物
作品中における読み仮名と簡単な紹介を記す。
- 蘭奢待(らんじゃたい) - 香木
- 平グモ(ひらぐも) - 茶釜
- 九十九髪茄子(つくもなす) - 茄子形の茶入。天下三茄子のひとつ
- 志野茶碗(しのぢゃわん) - 美濃の窯大将が作った茶碗
- 関の孫六兼元(せきのまごろくかねもと) - 業物の刀
- 荒木高麗(あらきこうらい) - 大名物の染付茶碗
- 南蛮漆器蒔絵箱(なんばんしっきまきえばこ) - 小箱
- 唐物熊川形青色茶碗(からものこもがいなりあおいろぢゃわん) - 茶碗
- 黒茶碗(くろぢゃわん) - 千宗易の依頼で長次郎が作った今焼の茶碗
- 新田(にった) - 肩衝形の茶入。天下三肩衝のひとつ
- 初花(はつはな) - 肩衝形の茶入。天下三肩衝のひとつ
- 楢柴(ならしば) - 肩衝形の茶入。天下三肩衝のひとつ
- 馬麟の雀絵(ばりんのすずめえ) - 馬麟作・雀が描かれた絵の掛軸
- 砧の花入(きぬたのはないれ) - 花入(今で言う花瓶)
- 朝倉肩衝(あさくらかたつき) - 肩衝形の茶入
- 大覚寺天目茶碗(だいかくじてんもくぢゃわん) - 茶碗
- 尼崎の天目台(あまがさきのてんもくだい) - 天目茶碗を置くための台
- 珠徳の茶杓(しゅとくのちゃしゃく) - 珠徳作の茶杓
- 鉄羽の火ばし - 文字通り火箸
- 高麗茶碗(こうらいぢゃわん) - 茶碗
- 珠光小茄子(しゅこうこなす) - 茶入
- 八角釜(はっかくがま) - 茶釜
- 牧谿の夏椿図(もっけいのかちんず) - 牧谿作・椿の絵の掛軸
- 勢高肩衝(せいたかかたつき) - 肩衝形の茶入
- 円座肩衝(えんざかたつき) - 肩衝形の茶入
- 万歳大海(まんざいたいかい) -
- 松本茶碗(まつもとぢゃわん) - 茶碗
- 引拙茶碗(いんせつぢゃわん) - 茶碗
- 七台(ななつだい) -
- 珠光茶碗(しゅこうぢゃわん) - 茶碗
- 珠徳象牙茶杓(しゅとくぞうげちゃしゃく) - 珠徳作の茶杓
- 竹茶杓(たけちゃしゃく) - 茶杓
- 蕪無花入(かぶらなしはないれ) - 花入
- 貨狄花入(かてきはないれ) - 花入
- 松島茶壺(まつしまちゃつぼ) - 茶壷
- 三日月茶壺(みかづきちゃつぼ) - 茶壷
- 宗達平釜(そうたつひらがま) - 茶釜
- 藤波平釜(ふじなみひらがま) - 茶釜
- 高麗火箸(こうらいひばし) - 火箸
- 紹鷗鉄火箸(じょうおうてつひばし) - 火箸
- 空海の千字文軸(くうかいのせんじもんじく) - 空海が書いた掛軸
- 古銅花生桃尻(こどうはないけももじり) - 花生
- 芋頭の水指(いもがしらのみずさし) -
- 瓢形青色花生(ふくべなりあおいろはないけ) - 花生
- 青木肩衝(あおきかたつき) - 肩衝形の茶入
- 落葉の大壺(らくようのおおつぼ) - 壷
- 霜夜天目茶碗(しもよてんもくぢゃわん) - 茶碗
- 織部十作- 茶碗
[編集] その他
- 荒縄の味噌汁
- 芋茎とは、サトイモの茎である。生のものを「ズイキ」干したものを「イモガラ」と区別する場合もある。ズイキは茹でておひたしにしたり味噌汁などで、イモガラは油揚げと共に煮るなどして現在も食べられている。作品中のように合戦に携行する際には保存が利くように干して乾燥させ、長くつないで縄のようにしたものを携行したため「荒縄」と呼ばれている。実際に縄として使用したとも思われる。
- 作品中では味噌で味付けをして味噌汁にしているが、最初から芋茎に味噌を塗って乾燥させ、味噌味の染み込んだ縄を作ることもあったようだ。この場合は適度な長さに切って湯に浸すだけで簡単な味噌汁が出来上がる。現代でいうインスタント味噌汁のようなものであろう。
- 鉄甲船について
- 史実の鉄甲船は全長12~13間(約24m)、幅7間(約12.6m)の1500石積み(約417総トン)、船体に厚さ3mmの鉄板を張り、大砲3門と多数の大鉄砲を積む、とされている(出典:多聞院日記。ただしこのままだと寸胴すぎるため、実際は全長30~50m程と考えられている)。
- これと比べると、本作で描かれている鉄甲船は明らかに巨大すぎるため(周辺の建物や船と比較すると大砲の直径が人の背丈ほどもある)、大きさを強調するためのアレンジと思われる。
- 「へうげもの」の出典
- 本作品にも登場する九州博多の豪商、神谷宗湛が著した茶会記『宗湛日記』に、慶長4年(1599年)2月8日に古田織部の茶会に招かれたときの様子が記されている。
- 「セト茶碗ヒツミ候也。ヘウケモノ也」(瀬戸茶碗ひずみ候なり。ひょうげものなり)
- これが本作品のタイトルの由来となっている[3]。
[編集] 刊行されている単行本
- へうげもの1服 - 2005年12月22日発行 ISBN 4-06-372487-5
- へうげもの2服 - 2006年4月21日発行 ISBN 4-06-372512-X
- へうげもの3服 - 2006年8月23日発行 ISBN 4-06-372545-6
- へうげもの4服 - 2007年1月23日発行 ISBN 978-4-06-372575-9
- へうげもの5服 - 2007年8月23日発行 ISBN 978-4-06-372625-1
- へうげもの6服 - 2008年3月21日発行 ISBN 978-4-06-372672-5
- へうげもの7服 - 2008年8月22日発行 ISBN 978-4-06-372727-2
- へうげもの8服 - 2009年2月23日発行 ISBN 978-4-06-372774-6
- へうげもの9服 - 2009年7月23日発行 ISBN 978-4-06-372801-9
[編集] 脚注
- ^ 『モーニング』2007年49号より引用。秀吉が諸大名に金配りをする内容だった。
- ^ 『芸術新潮』2007年4月号 speak low 山田芳裕「織部は茶席でギャグを狙っていたと思う」P148
- ^ 参考:桑田忠親「古田織部の茶道」
[編集] 外部リンク
- へうげもの official blog - 公式ブログサイト
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最終更新 2009年11月21日 (土) 13:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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