やまと新聞

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やまと新聞( - しんぶん)は日本新聞

  • 現在、東京都千代田区日本橋茅場町2丁目に本社を置く株式会社やまと新聞社が発行する新聞(後述のものとは関係ない)。国会・両院記者会所属。「代議士に直接配布できる数少ない新聞」であり、「日本国の日本人のための民族主義に立脚した報道姿勢を貫く」としている。
  • かつて発行していた新聞。後述参照。

やまと新聞』(やまとしんぶん)とはかつて発行された日本の日刊新聞である。本項ではその実質的な後継紙「新夕刊」、「国民タイムズ」についても記述する。

目次

[編集] 沿革

[編集] やまと新聞

1884年10月4日、條野伝平(東京日日新聞創始者)が『警察新報』を創刊。

1886年10月7日、『やまと新聞』に改題。花柳界や芸能界の記事を中心としたいわゆる小新聞として発展する。その後もゴシップ記事などを中心とした編集方針を貫くが第一次護憲運動では桂内閣の御用新聞となっていたため、暴徒に襲撃されたりもした。

1940年児玉誉士夫が経営を継承するも、新聞統制のため1944年4月を以て休刊した。

[編集] 新夕刊

1946年1月11日に児玉らの手によって、『やまと新聞』を発展させた新聞として『新夕刊』が創刊される。戦後創刊した新興夕刊紙の代表格とされ、一時期「サザエさん」も掲載されていた。

しかしまもなく児玉が戦犯として収監されると経営権は児玉の腹心である高源重吉に移譲されるが次第に経営に行き詰まり1949年に三浦義一に再度経営権が移譲され、1950年3月20日に『日本夕刊新聞』に改題。1952年7月10日、再び経営者が山崎一芳に移動し『新夕刊』に復題。山崎は経営するにあたり保全経済会をスポンサーに付けた。

ところが1954年にその保全経済会が引き起こした巨額詐欺事件(保全経済会事件)に巻き込まれ、『新夕刊』の業績は悪化の一途を辿る。そのため1958年4月16日に、新創刊の新聞として『新夕刊』を『国民タイムズ』に改題する。

[編集] 国民タイムズ

『国民タイムズ』は新創刊されたものの再び経営に行き詰まり、大映社長の永田雅一が経営に乗り出して新社を設立。永田はここで同紙をスポーツ新聞に切り替え、今日の『東京スポーツ』が誕生した。

最終更新 2009年6月28日 (日) 12:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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