よみうり

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読売新聞中部支社 かつては株式会社よみうりが運営していた

株式会社よみうり1934年12月26日 - 2002年6月30日)は、かつて存在した日本コングロマリット複合企業)である。読売新聞社(現・読売新聞東京本社読売新聞グループ本社)の子会社であり、本社は東京都千代田区にあった。

[編集] 歴史・概要

もともとは、プロ野球球団大日本東京野球倶楽部(現・読売ジャイアンツ)を運営する「株式会社大日本東京野球倶楽部」として1934年12月26日に設立された。当時は読売新聞社の子会社ではなく、同社の社主である正力松太郎の関連企業であった[1]。その後1947年に読売新聞社が全面的に株式を買収し「読売興業株式会社」と商号(社名)を変更。その後一旦1950年にジャイアンツ(野球部)を分社化し「株式会社読売巨人軍」(第1期)を設立するも、わずか1年2ヶ月で読売興業に再統合している。

また、読売新聞の発行事業も手がけ、1963年福岡県北九州市で当社が読売新聞西部本社を発足(翌1964年9月23日に読売新聞西部版を九州地域・山口県島根県の一部向けに発刊)。更に有楽町の読売会館[2]を運営するビル管理会社・読売会館を吸収合併させてジャイアンツ(野球部)、新聞発行、更に不動産管理[3]の3本柱による複合企業となる。

また、1988年には経営不振だった中部読売新聞社[4]を当社の支援により読売新聞本体に統合し、読売新聞中部本社となる。

1992年に、社名を「読売興業」から「よみうり」に改めたが、2002年7月1日に、読売新聞社[5]大阪読売新聞社(大阪本社)と経営統合した上で持株会社へ移行し読売新聞グループ本社として再スタートを切り、よみうりが管轄していたジャイアンツ(野球部)は「株式会社読売巨人軍」(第2期)として、また新聞発行部門の中部本社は企業分割をした株式会社読売新聞東京本社中部支社に格下げ。西部本社は株式会社読売新聞西部本社に企業分割を行った。

[編集] 会社再編のあらまし

グループ再編にあたっては、「よみうり」社は事業ごとに分割されて消滅した。改めて整理する。

  • 統括機能→株式会社読売新聞グループ本社に吸収
  • 読売ジャイアンツ→再独立(株式会社読売巨人軍)
  • 読売新聞西部本社→単独法人化させグループ本社に全株割り当て
  • 読売新聞中部本社→株式会社読売新聞東京本社に吸収し、同社の支社に格下げ
  • 不動産分野→その後数年をかけ読売不動産やプランタン銀座など関係法人に吸収させた

[編集] 脚注

  1. ^ 当時の筆頭株主は京成電気軌道。以下東京芝浦電気目黒蒲田電鉄~東京横浜電鉄~東京急行電鉄阪神電気鉄道吉本興業などとなっており、読売新聞社の名は上位大株主には無かった。
  2. ^ そごう東京店がキーテナントだったが、そごう撤退後はビックカメラ有楽町店が入居。
  3. ^ 銀座の読売新聞社東京本社ビル(1971年大手町へ移転するまで本社として使用。現在のプランタン銀座)も管理運営することになる。
  4. ^ 東海3県=三重県一部除く=向けに中部読売新聞、報知スポーツを発行する会社。
  5. ^ 北海道札幌市)・北陸高岡市)両支社を含む。

最終更新 2009年5月18日 (月) 05:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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