りょうもう

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200系りょうもう号(2006年12月6日、新越谷駅にて撮影)
200系りょうもう号車体側面エンブレム(2008年10月4日、浅草駅にて撮影)

りょうもう (EXPRESS RYOMO) とは、東武鉄道が主に浅草 - 赤城間を伊勢崎線桐生線経由で運行する特別急行列車の愛称。

"日光線特急「スペーシア」"に対して"伊勢崎線特急「りょうもう」"と呼称されることが多い。

目次

[編集] 運転概況

浅草駅から館林駅太田駅赤城駅葛生駅あるいは伊勢崎駅間を、東武伊勢崎線東武桐生線あるいは東武佐野線を経由して運行されている。運転本数は、赤城駅発着便が毎日15往復、伊勢崎発着便と葛生発着便がそれぞれ毎日1往復、これらの区間便となる太田駅発着便が下り7本上り6本、館林発着便が1往復となっている。高度経済成長以来の自動車製造業の堅調により、富士重工業企業城下町である群馬県太田市と浅草を結ぶビジネス客・所用客の足として定着している。現在では東京圏生活輸送としての利用が期待される東武動物公園駅(全便)や久喜駅等(一部)にも停車するほか、あしかがフラワーパーク群馬県立つつじヶ岡公園などへの観光客誘客にも一役買っている。なお、伊勢崎駅発着便は、2006年3月18日のダイヤ改正以降、伊勢崎線全線を走破する唯一の列車となっている。

[編集] 運行区間・停車駅・使用車両・料金体系など

停車駅一覧
路線名 駅名\発着駅名 赤城駅 伊勢崎駅 葛生駅 太田駅 館林駅
伊勢崎線 浅草駅
北千住駅
東武動物公園駅
久喜駅
加須駅
羽生駅
館林駅
足利市駅
太田駅
木崎駅  
境町駅  
新伊勢崎駅  
伊勢崎駅  
桐生線 藪塚駅    
新桐生駅    
相老駅    
赤城駅    
佐野線 佐野市駅      
佐野駅      
田沼駅      
葛生駅      
凡例
  • ●:全列車停車、▲:一部列車通過(概ね下り浅草駅15時以前と上り赤城駅8~15時始発列車が通過)、∥:経由せず、空欄:運行せず
使用車両
200系・250系が使用されている。ただし、両系列が故障もしくは検査入場で不足した場合、予備車である1800系 (1819F) が代走することがある[1]
  • 全車座席指定席制を採用。なお、概ね浅草駅始発12時から16時の下り列車および始発駅17時以降に出発する上り列車については特急料金の割引(「午後割」「夜割」)が行われる。
  • 特急料金
    40km以内または、浅草~久喜間(特定区間) - 500円(割引300円)
    41km - 60km - 750円(割引500円)
    61km以上 - 1,000円(割引800円)
  • 詳細は東武鉄道公式サイト「特急『りょうもう』号 特急料金」を参照。

[編集] 歴史

急行時代のりょうもう号(1997年12月19日、太田駅にて撮影)

東武本線系統の優等列車は戦前から存在し、東武日光線の開業直後から日光鬼怒川方面へ向かう特急には展望車やデハ10系など優等車両が投入され、観光輸送目的の比重が大きい列車あったのに対し、1933年昭和8年)より「無料急行」として一般車を使用して運転が開始された伊勢崎線桐生線方面への速達列車は中島飛行機(現在の富士重工業)関連工場が多く所在した太田地区や織物産業が盛んな足利桐生地区(両毛地区)への便を図ったものであった。

戦後、東武本線では日光・鬼怒川方面で5310系電車を充当した特急列車「華厳」「鬼怒」の運行を再開、折からの国鉄東北本線日光線準急行列車日光」との競合関係により新型車両の新製投入が繰り返された。その都度型落ち(5310系、5700系1700系、1720系「デラックスロマンスカー」)が発生したため、その余剰車は東武日光線・鬼怒川線の有料急行列車として運行・増発されることとなった。1953年(昭和28年)10月には伊勢崎線にも急行料金が新設され、翌11月、有料急行「りょうもう」(当時は無名)は東武宇都宮線有料急行「しもつけ」(当時は無名、1953年8月より運転開始)に併結される形で日光線・鬼怒川線有料急行の間合い運用(早朝上り便と夜間下り便)として浅草駅 - 新桐生駅間で運行を開始した。その後、「りょうもう」は利用が好調で運転区間を新大間々駅に延長、国鉄優勢の宇都宮方面「しもつけ」が廃止されたのとは対照的に、増発・車両新造(1800系)のうえ東京 - 両毛地区間のメインルートとして定着することとなる。

この間、専用車両である1800系が1969年に落成する以前は、「りょうもう」が増発されるとともに(1967年時点の運転本数は7往復:赤城便5往復、伊勢崎便1往復、葛生便1往復)、本線全線での特急・急行・快速列車の増発などによる車両不足から、元日光線特急車である5310系5700系だけではなく、現役の日光線特急専用車両であった1700系も充当され、5700系急行向けの「青帯車」のみならず特急専用車両とされた「白帯車」も運用に就くこともあった。

特急車両に准じた内装を備える1800系の使用開始により「東武のビジネス列車」としての位置付けが強化され、1990年代にはホームライナー格の列車として「ビジネスライナー」の設定もなされた。1991年には日光線特急の100系「スペーシア」への置き換えが完了して余剰となった1720系「デラックスロマンスカー」の車体更新により200系が就役し、1800系との置き換えが完了した後の1999年平成11年)のダイヤ改正で、現行の特急へと格上げされた。

[編集] 年表

  • 1933年昭和8年) - 無料急行列車(ロングシート車)が浅草駅 - 新桐生駅間で運行を開始。
  • 1953年(昭和28年)10月 - 伊勢崎線にはじめて急行料金が制定される。
  • 1953年(昭和28年)11月 - 5310系により自由定員制有料急行として浅草 - 新桐生駅間で運行開始。朝上り1本、夜下り1本、浅草駅 - 杉戸駅間は宇都宮線有料急行に併結する形での運行であった。
  • 1956年(昭和31年) - 新大間々駅(現・赤城駅)まで運行区間を延長。また、この年より上毛電気鉄道上毛線中央前橋駅まで直通運行する急行「じょうもう」運行開始。
    • 「じょうもう」の運用には1700系が用いられることもあったが、同系列は全電動車であるため電力消費が多く、上毛線内では変電所の容量不足や電圧降下の問題が生じた。また、前橋 - 東京間輸送は元々距離の短い国鉄線が圧倒的優位で、1957年には両毛線が前橋まで電化されたことにより上野までの直通列車も運行が開始されており、(一時期は)「じょうもう」の成績は振るわなかった。
  • 1963年(昭和38年) - 急行「じょうもう」上毛線の乗り入れ終了。また、北千住駅に上り列車の停車開始。
  • 1969年(昭和44年) - 専用車両である1800系が落成。同時に1列車乗車ごとではなく距離による地帯制を採用。これにより「りょうもう」の名称に固定される。同系列時代の営業最高速度は105km/h。
  • 1989年平成元年)10月 - ホーム延伸とわたらせ渓谷鐵道わたらせ渓谷線との連絡により、相老駅に停車開始。
  • 1991年(平成3年) - 200系使用開始。この時に現行の「Ryomo」のロゴが初めて登場する。
  • 1997年(平成9年)3月25日 - 北千住駅に下り全列車停車開始。また、すべての列車が定期券で乗車可能となったため、「ビジネスライナー」の指定終了。
  • 1999年(平成11年)3月16日 - 200系に全面的に置き換わったことにより「特急」に昇格。最高速度を110km/hに向上(1800系での運転は1998年3月31日で終了)し、館林駅発着列車が廃止された。
  • 2001年(平成13年)3月28日 - 金、土曜・休日に限り伊勢崎駅発着列車運行開始。当初上りは北千住行だった。
  • 2003年(平成15年)3月19日 - 東武動物公園駅に全列車停車開始。また、伊勢崎駅発の上り列車が浅草行に変更され毎日運転となる。
  • 2006年(平成18年)3月18日 - 久喜駅に一部停車開始。また、伊勢崎駅行下り列車が毎日運転となる。
  • 2007年(平成19年)
    • 3月18日 - 全車両禁煙になる。
    • 9月1日 - 特急券予約システムの拡充により、10月1日乗車分から電話およびEメールでの予約が「りょうもう」号でも可能になる[2]
  • 2008年(平成20年)11月11日 - 「特急券チケットレスサービス」開始により、販売窓口を経由せずに購入・乗車が可能になる[3]
  • 2009年(平成21年)6月6日 - 久喜駅に停車する列車本数が増加し、夕方の下りダイヤが変更され、館林駅発着列車が再度設定された。

[編集] 列車名の由来

列車名として、「りょうもう」の他に「あかぎ」「おりひめ」「こうづけ」「じょうもう」なども使用されていたが、専用車両である1800系の就役後は「りょうもう」に統一されている。各列車名の由来は下記の通りである(五十音順)。

  • 「あかぎ」 終着駅である赤城駅赤城山観光の拠点としていたことから。なお、国鉄JR東日本にも同名の列車が存在する。
  • 「おりひめ」 桐生市および一帯が絹織物の産地であることにちなむ(桐生市と足利市には「織姫神社」がある)。
  • 「こうづけ」(こうずけ) 群馬県の旧称「上野」国("こうづけ"のくに)から。
  • 「じょうもう」 群馬県の異称「上毛」(上野国の古称、「上毛野国」の略)から。
  • 「りょうもう」 主たる目的地である群馬県東部(桐生+太田+館林=東毛)および栃木県南西部(足利佐野)を指す「両毛」から。

[編集] その他

「りょうもう」は、伊勢崎線の線形の良さの割には所要時間が長いことから、特急としての位置付けとしてはさらなるスピードアップを求める声も聞かれている[4]

[編集] 関連事項

[編集] 脚注

  1. ^ 1800系時代は「急行 りょうもう」のプレートを装着するとともに前面左上に行先表示板を装着していた。これは、1819Fでも受け継がれたが、側面に行先表示器を設け、側面に行き先が表示されるようになった。200系・250系になってからは正面の行先表示板が廃されたが、側面に行先表示器を設けてあり、それで案内されている。
  2. ^ これまでは日光線系統の列車のみ予約可能であった。なお、予約回答日から7日以内(予約回答日から乗車前日までが7日に満たない場合は乗車日の前日まで)に東武トラベル各支店または東武線取り扱い各駅にて購入する必要がある(特急券の予約|特急列車のご案内|東武鉄道)。
  3. ^ 特急券チケットレスサービス・東武携帯ネット会員
  4. ^ 館林以北は単線のため普通列車との交換で最長5分程停車する駅があるものの、北千住駅 - 館林駅間の表定速度は最速で85km/hであり速度が低いわけではない。

最終更新 2009年8月17日 (月) 21:44 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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