アウトビアンキ・A111

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アウトビアンキ・A111
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドア・セダン
エンジン 直列4気筒・ガソリンOHV1438cc70馬力
変速機 4MT
駆動方式 FF
全長 4020mm
全幅 1610mm
全高 1400mm
ホイールベース 2363mm
車両重量 930kg
生産台数 56,984台
先代 アウトビアンキ・プリムラ
-このスペック表は試行運用中です-

The アウトビアンキ・A111(Autobianchi A111)イタリアフィアット傘下の自動車メーカー、アウトビアンキが1969年から1972年まで生産した小型乗用車である。全長4mを僅かに超える4ドアセダンはほぼフィアット・124並みの大きさで、エンジンも共通だが、A111はアウトビアンキのブランドで生産された中では最大型の乗用車であった。

[編集] 概要

1964年に登場して1970年まで生産されたプリムラ(全長3785mm・排気量1221-1438cc)の後継モデルと言え、設計者のダンテ・ジアコーサがプリムラで初めて実用化した横置きエンジンとトランスミッションを横一線に並べて配置したジアコーサ式前輪駆動方式を踏襲した。同じく1969年に登場した親会社のフィアット初のジアコーサ式前輪駆動車・128(全長3850mm・排気量1116/1290cc)よりは一回り大きいモデルであった。

ボディスタイルは角張ったノッチバックスタイルの4ドアセダン一種で、フィアット・125のものを二灯式にしたような矩形ヘッドライトが特徴であったが、全体的には128/124を始めとする当時のフィアット製4ドア車の典型的なデザインである。

プリムラが128の発売前の市場調査的な性格を担って登場したことを考えれば、A111は124の前輪駆動化のための観測気球であったとも考えられるが、実際に124の後継車となった131は後輪駆動車で、フィアットがこのクラスの乗用車を前輪駆動とするのはその次のレガータ(1983年登場)の代からである。A111に続くアウトビアンキ車にもフィアット車の中にも車格や機構的にA111の直接的な後継車となるものは無く[1]、A111は僅か3年後の1972年に累計生産台数56,984台をもって消滅した。エンジンやトランスミッション、ボディスタイルは発売から生産中止までずっと一種類のみであった。

その後のアウトビアンキはA112Y10などの所謂スーパーミニ級乗用車の生産に専念し、A110クラスの乗用車はフィアットを除けば、奇しくもA111担当と同じ1969年にフィアット傘下となったランチアが担当することとなった。[2]

[編集] 注釈

  1. ^ 当時、英国に駐在していた本田技研工業木澤博司がA111を購入し日本に持ち帰り、初代シビックの開発の参考にしたことが知られている。
  2. ^ ちなみにA111が生産中止された1972年に登場したランチア・ベータ(セダンの全長は4293mm)は、フィアット製エンジン(DOHC1438cc/1592cc/1756cc)を搭載する同社初のジアコーサ式前輪駆動車で、その成り立ちはA111に似ていたが、当時の報道ではベータの開発自体はランチア生え抜きの設計チームによって行われたとされている。

[編集] 関連項目


最終更新 2009年7月3日 (金) 16:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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