アサヒビールシルバースター
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アサヒビールシルバースターはXリーグに所属する社会人アメリカンフットボールのクラブチームである。アサヒビールをスポンサーとし、現在、クラブ事務局を横浜市中区に、練習場は川崎市川崎区の川崎球場に置いている。
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[編集] チームのあゆみ
1970年、当初日大、日体大OBを中心にクラブチームとしてシルバースター創部。チーム名は「日本のアメリカンフットボール界の輝ける星を目指し、日本の頂点で輝く銀の星になる」事を目標に名付けられた。現在は関東・関西等出身、色々な大学出身者で構成されている。
1989年、当時、アサヒビール代表取締役社長だった樋口廣太郎は、母校のチームである京都大学ギャングスターズの活躍を通じてアメリカンフットボールへの関心を高めていたが、折りしも関西学院大学ファイターズOBの鈴木智之を介して、クラブチーム運営の苦境を知らされ、シルバースターへのスポンサー参加を決意する。以後、アサヒビールは20年以上にわたりチームをサポートしている。
これまで、社会人日本一を4回、ライスボウル制覇を3回経験。リーグ戦では苦しみながらもFINAL6には常連出場のチームであるが、2007年シーズンはリーグ最終戦でオービックシーガルズに敗れ、プレーオフ進出を逃している。アサヒビールのスポンサード開始の1989年以降、下位リーグとの入替戦出場、及び下位リーグへの降格は一度もない。創部以来チームを率いる阿部敏彰は過去3回のアメリカンフットボールワールドカップでいずれも日本代表チームの監督を務めている。
創部以来、チームカラー及びヘルメット、ジャージのデザインにも大きな変更がないが、これも社会人チームでは希有な例である。アサヒビールのスポンサー参加に際し、ヘルメットのデキャルの銀の星が、同業他社であるサッポロビールを連想させるとして、同社内でデザイン変更が検討されたが、阿部監督以下スタッフの熱意ある説得により、一切手を加えられることなく維持された、とも伝えられる。
[編集] 練習拠点
現在は川崎市の川崎球場を練習グラウンドに使用しており、平日は選手は勤務後に自主練習している。全体練習が行われる週末も、日中はリーグ戦の試合会場として使われることも多く、ナイター練習が多い。フィールドのエンドゾーンには、アサヒビールとシルバースターの文字が書かれてある。川崎球場が使用できない場合に他の会場で練習を行うこともある。
[編集] 著名な選手
- ライスボウルライス2連覇に貢献、第40・41代ポール・ラッシュ杯受賞。「怪物くん」の愛称。
- 金岡禧友
- 東海の後継QBとしてチームを牽引。現在はコーチに就任。
- 中村友
- 立命館大学の初優勝に貢献、「関西学生史上ナンバーワンQB」と呼ばれた。
- TBSアナウンサーを辞してチームに参加。
- ※2008年度からアサヒ飲料チャレンジャーズに移籍。
- 木村拓哉の実弟。日本代表になり、W杯大会日本の連覇に貢献した。
- 玉井摂人
- 三原雄太
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年8月26日 (水) 06:08 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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