アシッドジャズ
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アシッド・ジャズ(acid jazz)とは、イギリスのクラブシーンにてジャズ・ファンクやソウル・ジャズ等の影響を受けた音楽のジャンル。レコードレーベルの名称。
[編集] 概要
1981年に、DJのポール・マーフィーがロンドン・カムデンのクラブ「Electric Ball room」にて、ジャズを選曲したイベント「Jazz Room」を開催する。同時期にDJのコリン・カーティスもマンチェスターのクラブにおいてジャズのイベントを始めたことにより、ジャズに合わせて踊る文化がイギリスで生まれる。1980年代半ばに、ポール・マーフィーが主催する「Jazz Room」は、ロンドン・ソーホーのクラブ「The Wag Club」に移転し、ジャイルス・ピーターソン、バズ・フェ・ジャズらのDJを輩出した。その後、ジャイルス・ピーターソンが、クラブ「Dingwalls」でイベント「Talkin' Loud and Saying Something」を開催して話題となり、ジャズのムーブメントは定着していった。この頃、クラブシーンから派生したジャズの文化を「アシッド・ジャズ」と呼んだ。その語源は定かではないが、ジャイルス・ピーターソンが、クラブでアシッド・ハウスからジャズ・ファンクの楽曲へミックスした際に発言した「アシッド・ジャズ」との言葉が呼称の由来とされている[1][2]。アシッド・ジャズの普及に、ポール・ブラッドショーが編集長を務めるジャズ雑誌「Straight No Chaser」も貢献した。そのシーンを頻繁に記事で取り上げた同誌は、音楽同様にアートワークも重視し、ジャズ・イベントのフライヤーを手掛けるイアン・スウィフトを表紙のデザイナーに起用した。イアン・スウィフトは、のちにジャイルス・ピーターソンが設立したレーベル「トーキング・ラウド」のアートワークも数多く手掛けている。 アシッド・ジャズを掲げたクラブのイベントでは、ジャズ・ファンク、ソウル・ジャズを中心にボサノヴァ/ブラジリアン、ブーガルー等のラテン・ミュージックまで、様々な楽曲がDJにより選曲された。時代の経過とともに、ジャズをサンプリング・ソースに用いたヒップホップやハウス、ドラムンベース、トリップ・ホップ、ダブ等も選曲されるようになった。
1988年に、ジャイルス・ピーターソン、エディ・ピラー、サイモン・ブースによりレコード・レーベル「アシッド・ジャズ」が設立された。オムニバス盤「Totally Wired」シリーズをリリースしている。その他、主要なレーベルに「トーキング・ラウド」、「Mo' Wax」がある。カテゴリーの著名なアーティストとしてジャミロクワイ、インコグニート、ブラン・ニュー・ヘヴィーズ、US3、日本ではU.F.O.、モンド・グロッソ、Kyoto Jazz Massiveらが挙げられる。アーティストにより様々な作風を持ち、カテゴリーの統一性を持ち合わせていないが、ブルーノート・レコードのBNLA時代にリリースされたジャズ・ファンク[3]やギル・スコット・ヘロン、ファラオ・サンダース[4]らのスピリチュアル・ジャズ、1970年代に発表されたスティーヴィー・ワンダーら[5][6]のソウルをモチーフにしている。
[編集] ミュージシャン/アンサンブル/プロデューサー
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[編集] リファランス
最終更新 2009年7月24日 (金) 18:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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