アストンマーチン・DP212/DP214/DP215
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アストンマーチンDP212/DP214/DP215は、アストンマーチン・ラゴンダ社が1962年および1963年に製造レース用ワークスカーであり、DP212/DP214/DP215は、プロジェクト・ナンバーでもある。
ベースはDB4GT、DB4GTザガートであるが、シャーシ・ボディともに殆ど別物に進化している。DP212は1962年のル・マン24時間レースに、DP214およびDP215は1963年のル・マン24時間レースにそれぞれ出場したが、すべてリタイアを喫した。後に、DP215はアストンマーチン・V8用のエンジンを開発するにあたり、テストベッドとして使用された。
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[編集] 機構・スタイル
‘DP212/214/215’の‘DP’は、‘ディヴェロプメント・プロジェクト’の略字であり、当時のアストン・マーチンのオーナーであるDavid Brown(デビット・ブラウン)の頭文字から取られた‘DB’の名称とは関係がない。ボディ・デザインはDBR1と同じくテッド・カッティングによるものである。
[編集] DP212
DP212は、アストン・マーチンの1962年のルマン24時間レースに出場した車両である。DB4GTの6気筒3749ccエンジンを96mmにボア・アップして3996ccとし、9.5:1の圧縮比から345hpを出力したエンジンを搭載した。5段ギアボックスとド・ディオン式のリアサスペンションを備え、DB4GTザガートを空力的に洗練したボディを架装していた。62年のルマンではDP212は好成績を期待されていた。ドライバーにグラハム・ヒルとリッチー・ギンザーを起用し速かったが(事実6時間経過時にはフェラーリに次ぐ2位を走っていた)7時間後にエンジン・トラブルによりリタイアした。車体が重い事に加えテールのリフトが酷い等、エアロダイナミクスにも問題があったとの事である。
[編集] DP214
1962年の反省をもとに、翌1963年には全く新しい3台のマシンが準備された。DP212の空力リフトの悪癖を抑える為、空力的に見直したカム・テールとスポイラーを備え、全体的に長く・低くなり、フレームも軽く造形された。GTカテゴリーから出場した2台のDP214と、翌年へ向けての先行試作車であるプロトタイプ・マシーンDP215。スペシャルの軽量フレーム・シャシーを持つDP214は、DB4GT 用のエンジンを1mm拡大した93mmボアの3749cc.314hpエンジンを通常より25cm後方に搭載し、リアサスペンションも‘半’独立懸架のド・ディオン・アクスルから、ウィシュボーン+コイルの独立懸架に進化した。 1963年のル・マン24時間レースに2台のDP214(うち1台はブルース・マクラーレンのドライブ)と1台のDP215が出場した。 しかし6時間経過後にブルース・マクラーレンのDP214は炎上してリタイアを喫する。残る1台のキンバリー・シュレッサー組のDP214は10時間目までは総合3位を走行していたが、11時間経過後にエンジン・トラブルでリタイアとなった。
[編集] DP215
DP215は、DP212と同様の3996ccのドライサンプ345hpエンジンを搭載し、5段ギアボックスをファイナル・ドライブと一体化したトランスアクスルを採用した。サスペンションはDP214と同様に前後ともダブルウィッシュボーン+コイルの独立懸架である。外装もDP214と同様であった。1963年のル・マン24時間レースにDP215はフィル・ヒルのドライブで出場した。DP215は期待通りに速い車でミュルサンヌのストレートではルマン史上初めて300km/hの壁を破り、198.6mph(319.6km/h)の最高速度は、現在に至るまでフロント・エンジン・カーとしてはルマンにおける最高速度記録である。しかし4時間経過後にトランスミッション・トラブルでリタイアとなった。わずか1台だけしか作られず、アストンのワークス活動中止により後継車も生まれなかったDP215は、ルマン以外に一戦のみ出場したレイムスでのレースでもルマン同様にトランスミッションのトラブルによりリタイアで終わっている。 レースキャリアを終えた後のDP215は、アストン・マーチンの新規開発V8エンジンのテストベッドとして活用される予定だったが高速での事故により廃車となってしまう。しかし完全にレストアされ現在に至るが、エンジンは当時のオリジナルの4リッターではなく(オリジナルのDP215エンジンは、唯一現存しているDP214に搭載)、同じ1963年のインディ500用に作られたドライサンプ4.2リッターエンジンを搭載しているとの事である。
| アストンマーチン・ラゴンダ ロードカータイムライン 1948-<- 戦前モデル | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| タイプ | '40 | 1950年代 | 1960年代 | 1970年代 | 1980年代 | 1990年代 | 2000年代 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 8 | 9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | |
| GT | DB1 | DB2 | DB2/4 | DB MkⅢ | DBS/ヴァンテージ | DB7 i6 | DB7 ヴァンテージ |
V8ヴァンテージ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| DB4/DB4GT | DB5 | DB6 | V8 | ヴィラージュ/V8 | DB9 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| V8ヴァンテージ | V8ヴァンテージ | V12ヴァンキッシュ | DBS V12 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| スーパーカー | DB4GT ザガート |
V8 ザガート |
DB7 ザガート |
AR1 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 4ドア | 2.6-Litre | 3-Litre | ラパイド | ラゴンダ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| オーナー | David Brown Limited | William Willson| | Sprague & Minden | Pace Petroleum & Gauntlett | Gauntlett & Livanos | Gauntlett, Livanos & Ford | フォード | Richards, Sinders, Dar, Adeem | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| レーシングカー: DP212・DP214・DP215 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| コンセプトカー: AMV8・ラピード | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 人物: ライオネル・マーチン, ロバート・バンフォード(創業者)・デイビッド・ブラウン | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 公式WEBサイト: Aston Martin | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
最終更新 2009年11月12日 (木) 11:47 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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