アドマイヤコジーン

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アドマイヤコジーン
英字表記 Admire Cozzene
香港表記 喜高善
品種 サラブレッド
性別
毛色 芦毛
生誕 1996年4月8日(13歳)
死没 (現役種牡馬)
コジーン
アドマイヤマカディ
母の父 ノーザンテースト
生国 日本北海道大樹町
生産 大樹ファーム
馬主 近藤利一
調教師 橋田満栗東
競走成績
生涯成績 23戦6勝(うち海外1戦0勝)
獲得賞金 3億8126万4000円
  

アドマイヤコジーン日本の元競走馬持込馬)である。

目次

[編集] 戦績

1998年にデビュー。デビュー2戦目を大差で勝ち上がり、東京スポーツ杯3歳ステークス朝日杯3歳ステークスと3連勝でGIを制した。これらの活躍により、この年のJRA賞最優秀3歳牡馬(旧称。現在のJRA賞最優秀2歳牡馬)に選ばれる。

しかし、翌年の1月に右トモを骨折し(手術でボルトが埋め込まれる)、長期休養を余儀なくされると、復帰を前に今度は左トモを骨折。休養は1年7ヵ月もの間レースから遠ざかることになった。

2000年、UHB杯から始動するも4着に敗れ、それからも函館記念札幌記念富士ステークス京阪杯シリウスステークスと立て続けに重賞に出走するが、結局この年は1勝も挙げることができなかった。

2001年阪急杯を皮切りに、短距離競走に出走し続けるが、この年も勝ち星は無かった。

2002年主戦騎手上村洋行から後藤浩輝に替わる。すると、この年の初戦となった東京新聞杯で10番人気ながら久々の勝利を挙げる。次走の阪急杯も快勝して重賞を連勝し、ようやく短距離路線で頭角を現し始めた。久々のGIレースとなった高松宮記念は2番人気に推されたが、ショウナンカンプの後塵を拝し3馬身半差の2着、しかし続く安田記念では大外枠からのスタートながら直線は早めに抜け出し、追い込んできたダンツフレームを首差抑えて優勝。朝日杯3歳ステークス以来約3年半ぶりのGI勝利で見事に完全復活を遂げた。騎乗した後藤浩輝にとってはデビュー11年目にして初の中央GI勝利であり、レース後は人目も憚らないうれし泣きが感動を呼んだ。安田記念後の夏は全休。秋はスプリンターズステークスにぶっつけで挑み勝ち馬ビリーヴから半馬身差の2着、この時点で2002年は1度も連対をはずしていなかった。しかし1番人気に推されたマイルチャンピオンシップでは7着に敗れ、初の海外挑戦となった香港マイルに出走。鞍上には武豊を迎えるが4着に敗退し、この競走を最後に引退。この年のJRA賞最優秀短距離馬に選ばれた。

[編集] 主な勝ち鞍

  • 東京スポーツ杯3歳ステークス
  • 朝日杯3歳ステークス
  • 東京新聞杯
  • 阪急杯
  • 安田記念

[編集] 引退後

現役引退後は北海道安平町社台スタリオンステーション種牡馬として繋養されている。2006年の新種牡馬サイアーランキング1位。2007年には初年度産駒のアストンマーチャンがスプリンターズステークスを制し、産駒のGI初勝利をあげた。

[編集] 主な産駒

[編集] 血統表

アドマイヤコジーン(喜高善 / Admire Cozzene)血統 グレイソヴリン系ナスルーラ系)/Nasrullah5×5=6.25%、Lady Angela4×5=9.38%(母内))

Cozzene
1980 芦毛
Caro
1967 芦毛
*フォルティノ
Fortino
Grey Sovereign
Ranavalo
Chambord Chamossaire
Life Hill
Ride the Trails
1971 鹿毛
Prince John Princequillo
Not Afraid
Wildwook Sir Gaylord
Blue Canoe

アドマイヤマカディ
1991 栗毛
*ノーザンテースト
Northern Taste
1971 栗毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Lady Victoria Victoria Park
Lady Angela
*ミセスマカディー
Mrs.Mcardy
1974 鹿毛
*トライバルチーフ
Tribal Chief
Princely Gift
Mwanza
Hanina Darling Boy
Blue Sash F-No.14-b

祖母ミセスマカディーは1977年1000ギニー馬。本邦輸入種牡馬トライバルチーフがイギリス供用時代に残した代表産駒である。産駒に本邦輸入種牡馬のアーティカス、チャンピオンステークス2着のシティダンサーがいる。晩年の1990年にダンスオブライフの仔を抱えた状態で大樹ファームに輸入され、持込馬のミセスタイキと本馬の母アドマイヤマカディの二頭の仔を残した。

母は橋田厩舎に所属していたが不出走のまま繁殖入りし、すぐさまアメリカに渡りCozzeneを配合して大樹ファームに戻り、本馬を産んだ。本馬は持込馬だったが、肝心のクラシックシーズンは故障で長期休養していた上、短距離向きの馬だったため、持込馬としての特権を活かす機会は競走生活ではほとんどなかった。

最終更新 2009年11月22日 (日) 11:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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