アナトリア語派

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アナトリア語派(アナトリアごは、Anatolian languages)とは古代小アジアアナトリア:現在のトルコ)で話されていたインド・ヨーロッパ語族の言語群で、すべて死語である。中でヒッタイト語の資料が多く最もよく研究されている。その周辺で使われた言語もいくつか知られるが、これらについては資料が少ない。

目次

[編集] 起源

アナトリア語派はインド・ヨーロッパ祖語(印欧祖語)から最も早期に分かれたとの説が有力で、一部では「インド・ヒッタイト語族」という言い方もされる。この時期については紀元前4千年紀半ばとするクルガン仮説があるが、さらに古いとする説(レンフリュー説、また語彙統計学による報告[1])もある。

クルガン仮説によれば、初期のアナトリア語派話者が黒海の北からアナトリアに移住したルートには2つの可能性がある:東のカフカス山脈を越えた可能性、および西のバルカン半島を経た可能性である。マロリー[2]とスタイナー[3]によればバルカン説の方がやや優勢である。彼らがアナトリアに入ったのは紀元前2千年頃、またはそれ以前といわれる。

ただしコリン・レンフリューにより、印欧祖語の源郷をアナトリアとする説も提唱されている。この説をとれば移住を仮定する必要はない。その他アルメニアを源郷とする説をとれば、すぐ東から移動しただけということになる。

[編集] 言語

  • ヒッタイト語nesili):紀元前1600年から1100年の頃使われたヒッタイト帝国の公用語。
  • ルウィ語(luwili):ヒッタイト語に近く、ヒッタイト帝国内でヒッタイト語に隣接する地域で話された。
    • 楔形文字ルウィ語:ヒッタイト文書の中に楔形文字で書かれている。単語・短文のみ。
    • 象形文字ルウィ語:印章・碑文にアナトリア象形文字で書かれている。
  • リュキア語(リュキア語Aまたは標準リュキア語)鉄器時代リュキアで話された、ルウィ語の子孫言語。断片的。紀元前1世紀頃消えた。
    • ミリヤ語(リュキア語B):リュキア語の方言で、碑文1つしか知られていない。
  • カリア語:カリアで話され、エジプトで見つかっている紀元前7世紀頃のカリア人傭兵の落書きで知られる。紀元前3世紀頃消えた。
  • ピシディア語とシデ語(パンフィリア語):断片的。
  • パラ語:アナトリア中北部で話され、紀元前13世紀頃消えた。ヒッタイト文書の中に祭文が引用されるのみ。
  • リュディア語:リュディアで話され、紀元前1世紀頃消えた。断片的。

他に、文字は残さなかったが、ミシア、カッパドキアやパフラゴニアにも同じ語派の言語があったようである。

ヒッタイトの先住民が話していた原ハッティ語は、別系統である。

[編集] 消滅

アナトリアは紀元前4世紀のアレクサンドロス大王による征服でヘレニズムに席巻され、この地域の土着言語は紀元前1世紀までには消滅したと考えられる。これによりアナトリア語派は知られている限り初めて消滅した印欧語族の語派となった(もう一つの消滅した語派であるトカラ語派は8世紀頃まで続いた)。

アナトリア語派に由来する単語は現在のトルコ語にもごくわずかに残っており、特にシデアダナなどの地名がある。このほかギリシアの一部地名の形(パルナッソスなどの語尾-ssos)についてもこの語派に由来するとの考えがある。

[編集] 言語の特徴

ヒッタイト語は形態論的には他の古い印欧語より単純で、活用格変化語幹接尾辞をつけるだけのものが多い。ヒッタイト語ではいくつかの印欧語の特徴が消え、他の系統では異なる特徴が発達したようである。

一方ヒッタイト語には他の印欧語には消えた古風な点が多数ある。特に印欧語に特徴的な男性・女性・中性というはヒッタイト語にはなく、代わりに生物・無生物という原始的な名詞クラスがあった。また他言語の比較からフェルディナン・ド・ソシュールにより予言された古い喉音がヒッタイト語には実際にあった。

エトルリア語やエーゲ海諸語も関係があるとする説がある。エトルリア人が小アジアから来たとするヘロドトスの記述や人名の類似に基づくが、言語学的に同系とは認められない。

[編集] 文献

  1. ^ Russell D. Gray and Quentin D. Atkinson, Nature 2003, 426(6965):435-9.[1]
  2. ^ J.P. Mallory, In Search of the Indo-Europeans, Thames and Hudson Ltd., London (1989).
  3. ^ G. Steiner, The immigration of the first Indo-Europeans into Anatolia reconsidered, Journal of Indo-European Studies 18 (1990), 185–214.

最終更新 2009年11月27日 (金) 00:30 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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