アメリカ統合参謀本部議長
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アメリカ統合参謀本部議長 (アメリカとうごうさんぼうほんぶぎちょう、Chairman of the Joint Chiefs of Staff)は、アメリカ統合参謀本部の長。アメリカ軍を統率する軍人(制服組)のトップ。大統領および国防長官の最高軍事顧問である。なお、作戦指揮権は有していない。任期は二年だが、通常は二期(四年・大統領の任期と同じ期間)務める。
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[編集] 就任資格
1986年のゴールドウォーター=ニコルズ国防総省再編法 (Goldwater-Nichols Department of Defense Reorganization Act of 1986) によれば、議長は現役の陸海空軍および海兵隊大将の中から選ばれるが、就任資格があるのは、現議長の留任を除くと、統合参謀本部(以下JCS)の議長以外の議員5人および地域別統合軍 (Unified Combatant Command)・機能別統合軍 (Specified Combatant Command) 司令官に限定される。ただし、大統領が国益に考慮して必要と判断した場合には、特例としてこれ以外の大将ポストから議長を選ぶこともできる。
2006年、ピーター・ペース海兵隊大将が、海兵隊出身者では初めて議長に選ばれた。
- 統合参謀本部議長(JCSメンバー、続投の場合)
- 統合参謀本部副議長(JCSメンバー)
- 陸軍参謀総長(JCSメンバー)
- 海軍作戦部長(JCSメンバー)
- 空軍参謀総長(JCSメンバー)
- 海兵隊総司令官(JCSメンバー)
- 以下の各統合軍司令官
[編集] 権限
ゴールドウォーター=ニコルズ国防総省再編法の施行以前は、統合参謀本部議長は統合参謀本部の意見のまとめ役に過ぎなかった。大統領及び国防長官に提出する軍事的助言は各軍参謀長たちの合意に基づくものでなければならず、実質的権限はあまりなかった。しかし、同法では議長を「主たる軍事顧問」と認めており、従って議長は参謀長たちの合意にかかわらず大統領、国防長官に直接自分自身の意見を助言することができるようになった。統合参謀本部は実働部隊の指揮権限は持っておらず、指令は国防長官から各統合軍司令官に下される。同法の施行後に初めて統合参謀本部議長に就任したのがコリン・L・パウエルである。
[編集] 歴代議長
| 代 | 氏名 | 階級 | 在任期間 | 出身校 | 前職 | 後職 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 着任 | 退任 | |||||||
| 1 | オマー・ブラッドレー | 陸軍大将(在任中に元帥に昇進) | 1949年8月16日 | 1953年8月15日 | 陸軍士官学校 | 陸軍参謀総長 | 朝鮮戦争時の議長。 | |
| 2 | アーサー・ラドフォード | 海軍大将 | 1953年8月15日 | 1957年8月15日 | 海軍兵学校 | 太平洋艦隊司令長官 | ||
| 3 | ネーサン・トワイニング | 空軍大将 | 1957年8月15日 | 1960年9月30日 | 陸軍士官学校 | 空軍参謀総長 | ||
| 4 | ライマン・レムニッツァー | 陸軍大将 | 1960年10月1日 | 1962年9月30日 | 陸軍士官学校 | 陸軍参謀総長 | 欧州軍総司令官兼NATOヨーロッパ連合軍最高司令官 | ベトナム戦争、ピッグス湾事件時の議長。 |
| 5 | マクスウェル・テイラー | 陸軍大将 | 1962年10月1日 | 1964年7月1日 | 陸軍士官学校 | 陸軍参謀総長 | 駐南ベトナム大使 | キューバ危機時の議長。 |
| 6 | アール・ホイーラー | 陸軍大将 | 1964年7月3日 | 1970年7月2日 | 陸軍士官学校 | 陸軍参謀総長 | ベトナム戦争時の議長。 | |
| 7 | トーマス・モーラー | 海軍大将 | 1970年7月2日 | 1974年7月1日 | 海軍兵学校 | 海軍作戦部長 | ベトナム戦争時の議長。 | |
| 8 | ジョージ・ブラウン | 空軍大将 | 1974年7月1日 | 1978年6月20日 | 陸軍士官学校 | 空軍参謀総長 | ||
| 9 | デイヴィッド・ジョーンズ | 空軍大将 | 1978年6月21日 | 1982年6月18日 | マイノット州立大学(中退) | 空軍参謀総長 | ||
| 10 | ジョン・ヴェッシー・ジュニア | 陸軍大将 | 1982年6月18日 | 1985年9月30日 | ローズヴェルト高校 | 陸軍参謀次長 | グレナダ侵攻時の議長。 | |
| 11 | ウィリアム・クロウ・ジュニア | 海軍大将 | 1985年10月1日 | 1989年9月30日 | 海軍兵学校 | 太平洋軍総司令官 | 駐イギリス大使 | |
| 12 | コリン・パウエル | 陸軍大将 | 1989年10月1日 | 1993年9月30日 | ニューヨーク市立大学シティカレッジ(ROTC) | 陸軍総合戦力集団司令官 | 国務長官 | 黒人、ジャマイカ移民二世。パナマ侵攻、湾岸戦争時の議長。 |
| 代行 | デイヴィッド・ジェレマイア | 海軍大将 | 1993年10月1日 | 1993年10月24日 | オレゴン大学 | 統合参謀本部副議長 | ||
| 13 | ジョン・シャリカシュヴィリ | 陸軍大将 | 1993年10月25日 | 1997年9月30日 | ブラッドリー大学 | 欧州軍総司令官兼NATOヨーロッパ連合軍最高司令官 | ポーランド移民。 | |
| 14 | ヘンリー・シェルトン | 陸軍大将 | 1997年10月1日 | 2001年9月30日 | ノースカロライナ州立大学(ROTC) | 特殊作戦軍総司令官 | 9・11テロ時の議長。 | |
| 15 | リチャード・マイヤーズ | 空軍大将 | 2001年10月1日 | 2005年9月30日 | カンザス州立大学(ROTC) | 統合参謀本部副議長 | アフガニスタン侵攻、イラク戦争時の議長。 | |
| 16 | ピーター・ペース | 海兵隊大将 | 2005年10月1日 | 2007年9月30日 | 海軍兵学校 | 統合参謀本部副議長 | イタリア移民二世。 | |
| 17 | マイケル・ミューレン | 海軍大将 | 2007年10月1日 | 現任 | 海軍兵学校 | 海軍作戦部長 | ||
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月15日 (日) 12:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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