アヤックス・アムステルダム

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アヤックス・アムステルダム
原語表記 Amsterdamsche Football Club Ajax
愛称 Superjoden、Godenzonen
Joden、Lucky Ajax
クラブカラー 赤と白
創設年 1900年
所属リーグ エールディヴィジ
所属ディビジョン 1部
ホームタウン アムステルダム
ホームスタジアム アムステルダム・アレナ
収容人数 51,133
代表者 オランダの旗 ウリ・コロネル
監督 オランダの旗 マルティン・ヨル
公式サイト 公式サイト
  サッカークラブPJ

アヤックス・アムステルダムAmsterdamsche Football Club Ajax、略称はアヤックス)は、オランダ北ホラント州アムステルダムに本拠地を置くサッカークラブ。エールディヴィジに所属。

エールディヴィジ優勝はリーグ最多の29回、UEFAチャンピオンズリーグでは3連覇を含む4回、インターコンチネンタルカップ2回の優勝をしており、リーグ優勝14回のフェイエノールト、21回のPSVとともに、オランダの強豪クラブとして認知されている。

1900年に創立。1971から1973年にかけUEFAチャンピオンズカップ3連覇を達成、優勝カップ「ビッグイヤー」の永久保持を認められた。1972年にはエールディヴィジKNVBカップ、チャンピオンズカップを制覇。トレブルを達成したオランダ唯一のクラブ。また、1972年インターコンチネンタルカップで優勝。同じ年にリーグ、チャンピオンズカップ、コンチネンタルカップ優勝を果たした3つのクラブの1つ(他にユベントスバイエルン・ミュンヘンが達成している)。

目次

[編集] 歴史

[編集] 1900-1950

1900年3月18日にアムステルダムの小さなカフェからアヤックスは生まれた。創設者はフロリス・ステンペル(FlorisStempel)。

1902年 クラブ名をFCアイウスと名づける。名前の由来はギリシャ神話に登場するアイアスと言う人物で(Aiasをオランダ語でAjaxと読む)、ステンペル自身この人物をとても尊敬している。

1908年 クラブ名をAmsterdamsche Football Club Ajaxに改名(通称AFCアヤックス)。

1910年 初のコーチとしてジョン・キーワン氏を雇う。とてもフットボールと呼べる状態ではなかったこのチームを監督の指導によって常勝チームにまで押し上げる。そして1911年クラブ史上初の1部昇格を果たす。

1917年 創立から17年、イギリス人監督ジャック・レイノルズのもとで初のリーグ優勝とカップタイトルを獲得する。当時の彼のトレーニング方法は現在に至る世界有数の育成プログラムの基礎となっている。その後28年から40年の間5度のリーグ優勝へ導き、最初の黄金時代を迎える。しかし第二次世界大戦の影響で一時クラブは弱体化。約10年間タイトルから遠ざかる低迷期へと続く。戦争中、オランダ人が立て篭もるデ・メールスタジアムだけは制圧できなかったという逸話もある。


[編集] 1950-2000

1957年 オランダのプロリーグ化が進む。プロ第一号はピート・カイザーである。

1965年リヌス・ミケルスが就任。ミケルス監督がトータルフットボールと呼ばれる戦術を作り、ヨハン・クライフピート・カイザーシャーク・スワルトらがそれを実践した黄金時代の始まりである。ミケルス就任当時のアヤックスはまだヨーロッパの第一線を行くクラブではなかった。ヨーロッパ・チャンピオンズカップは一度も獲得したことがなく、オランダリーグの代表といえば全能のフェイエノールト・ロッテルダムであった。ミケルスの最初の2年間は厳しく、困難なものであった。チームはうまく機能せず、イタリア、スペイン、イングランドといった国の有力クラブのような、巨大な経済力は持ち合わせていなかった。クラブ生え抜き選手、そしてオランダ人だけという限られた条件のもと、最高レベルの試合に挑戦していった。

降格の危機にあったクラブだが、ミケルス就任の翌年からアヤックスはリーグ3連覇を成し遂げた。 ヨーロッパにおいてはチャンピオンズカップ1968-69シーズン、決勝でACミランに1-4で敗れたものの、この敗戦が、それから続く全ての栄光の始まりとなる。翌シーズンはクライフのほかヨハン・ニースケンスアドリアナス・ハーンなどの若手が育ち、1970-71シーズンからチャンピオンズカップ3連覇を果たす。ロンドン(ウェンブリー)でのパナシナイコスとの決勝戦2-0、監督はステファン・コヴァチに代わるも、ロッテルダムでの対インテル戦2-0、ベオグラードでの対ユヴェントス戦1-0。アヤックスにとって輝かしい3シーズンであった。これらの成功の多くは選手達を鍛え上げたミケルスの功績にあった。

<4-3-3>、1971年、チャンピオンズカップ制覇時のメンバー

1985年ヨハン・クライフが、クラブのテクニカルディレクターに就任。アヤックス・ユースアカデミー(Ajax Yoyth Academy)を設立。

1986-87シーズンにロナルド・クーマンマルコ・ファンバステンらでUEFAカップウィナーズカップを獲得。

1991-92シーズンにはUEFAカップを獲得。

チャンピオンズリーグ1994-95シーズン決勝では、エドウィン・ファン・デル・サールミハエル・ライツィハーダニー・ブリントフランク・ライカールトロナルド・デ・ブールフランク・デ・ブールの兄弟、エドガー・ダーヴィッツクラレンス・セードルフヤリ・リトマネンパトリック・クライファート、フィニディー・ジョージ、マルク・オーフェルマルスなどを率いてイタリアの名門ACミランを1-0で降し4度目の欧州制覇を成し遂げている。またこの年には、トヨタカップで来日しブラジルの名門グレミオをPK戦の末辛くも勝利、クラブ世界一のタイトルを手にしている。

翌年1995-96シーズンには、再びチャンピオンズリーグ決勝の舞台に上がって来たが、ペルッツィ、デル・ピエロ、ジダンなどを擁した名門ユベントスにPK戦の末敗れている。なお1994-95シーズンから1995-96シーズンでユベントスに敗れるまでチャンピオンズリーグ19戦無敗という記録を打ち立てている。当時ルイス・ファン・ハール監督が「我々は負けることに慣れていない」という名言を残しているぐらい当時のアヤックスは強すぎた。しかし、この第二次黄金期のメンバーは、ボスマン判決の影響を受け、チームの主力、有望な若手をごっそりとられ世代交代がうまくいかず、それ以後なかなか欧州の大会でいい成績を残せていない。

[編集] 2000-

ボスマン判決以降、ユース育成に「谷間の世代」ができた分、それを外国籍選手でカバーした。アヤックスのスカウト網は世界中に及んだ。 そして獲得してきたのがイブラヒモビッチトラベルシミドといった選手たちである。

2002-03シーズンのチャンピオンズリーグ準々決勝ACミラン戦の激闘は記憶に新しい。ACミランのサポーターが健闘を称え、ロナルド・クーマン率いるアヤックスのイレブンにスタンディングオベーションを送っている。これ以降のシーズンも、2005-06シーズンまでチャンピオンズリーグ本戦に連続出場をし、2005-06シーズンにおいては決勝トーナメント1回戦まで進出している。

しかし、2006-07と2007-08シーズンは、予備戦3回戦にてそれぞれFCコペンハーゲンSKスラヴィア・プラハといったクラブに敗れ、チャンピオンズリーグ本戦出場を逃した。特に2007-08シーズンは、チャンピオンズリーグ予備戦3回戦の敗退により出場することとなったUEFAカップにおいて、1回戦にてディナモ・ザグレブに敗れる失態を演じた。

2007年クルゼイロEC2008年3月にFCバルセロナ両クラブと業務提携を結んだ。

[編集] タイトル

[編集] 国内タイトル

  • リーグ : 29回
    1917-1918、1918-1919、1930-1931、1931-1932、1933-1934、1936-1937、1938-1939、1946-1947、1956-1957、1959-1960、1965-1966、1966-1967、1967-1968、1969-1970、1971-1972、1972-1973、1976-1977、1978-1979、1979-1980、1981-1982、1982-1983、1984-1985、1989-1990、1993-1994、1994-1995、1995-1996、1997-1998、2001-2002、2003-2004
  • オランダ・カップ : 17回
    1916-1917、1942-1943、1960-1961、1966-1967、1969-1970、1970-1971、1971-1972、1978-1979、1982-1983、1985-1986、1986-1987、1992-1993、1997-1998、1998-1999、2001-2002、2005-2006、2006-2007

[編集] 国際タイトル

  • UEFAカップ : 1回
    1991-1992
  • インターコンチネンタル・カップ / トヨタカップ : 2回
    1972年、1995年

[編集] 過去の成績 =

アムステルダム・アレナ
  • 1975-1976 エールディヴィジ 3位
  • 1976-1977 エールディヴィジ 1位
  • 1977-1978 エールディヴィジ 2位
  • 1978-1979 エールディヴィジ 1位
  • 1979-1980 エールディヴィジ 1位
  • 1980-1981 エールディヴィジ 2位
  • 1981-1982 エールディヴィジ 1位
  • 1982-1983 エールディヴィジ 1位
  • 1983-1984 エールディヴィジ 3位
  • 1984-1985 エールディヴィジ 1位
  • 1985-1986 エールディヴィジ 2位
  • 1986-1987 エールディヴィジ 2位
  • 1987-1988 エールディヴィジ 2位
  • 1988-1989 エールディヴィジ 2位
  • 1989-1990 エールディヴィジ 1位
  • 1990-1991 エールディヴィジ 2位
  • 1991-1992 エールディヴィジ 2位
  • 1992-1993 エールディヴィジ 3位
  • 1993-1994 エールディヴィジ 1位
  • 1994-1995 エールディヴィジ 1位
  • 1995-1996 エールディヴィジ 1位
  • 1996-1997 エールディヴィジ 4位
  • 1997-1998 エールディヴィジ 1位
  • 1998-1999 エールディヴィジ 6位
  • 1999-2000 エールディヴィジ 5位
  • 2000-2001 エールディヴィジ 3位
  • 2001-2002 エールディヴィジ 1位
  • 2002-2003 エールディヴィジ 2位
  • 2003-2004 エールディヴィジ 1位
  • 2004-2005 エールディヴィジ 2位
  • 2005-2006 エールディヴィジ 4位
  • 2006-2007 エールディヴィジ 2位
  • 2007-2008 エールディヴィジ 2位
  • 2008-2009 エールディヴィジ 3位

[編集] 歴代監督

氏名 国籍 期間
ジョン・キーワン 1910-1915
ジャック・レイノルズ 1915-1925
ハロルド・ローズ 1925-1926
スタンリー・キャッスル 1926-1928
ジャック・レイノルズ 1928-1940
ヴィルモス・ハルパーン 1940-1941
ドルフ・ファン・コール 1941-1945
ジャック・レイノルズ 1945-1947
ロバート・スミス 1947-1948
ウォルター・クルーク 1948-1950
ロバート・トムソン 1950-1953
ウォルター・クルーク 1953-1954
カール・ヒューメンベルガー 1954-1959
ビク・バッキンガム 1959-1961
ケイス・シュプルゲオン 1961-1962
ペピ・グルーベル 1962-1963
ジャック・ローレイ 1963-1964
ヴィック・バッキンガム 1964-1965
リヌス・ミケルス オランダ 1965-1971
ステファン・コバクス 1971-1973
ジョージ・クノベル 1973-1974
ハンス・クラーイ 1974-1975
リヌス・ミケルス オランダ 1975-1976
トミスラフ・イビッチ 1976-1978
コル・ブロム 1978-1979
レオ・ベーンハッカー 1979-1981
クルト・リンデル 1981-1982
ア・デモス オランダ 1982-1985
ヨハン・クライフ オランダ 1985-1988
クルト・リンデル 1988-1989
レオ・ベーンハッカー オランダ 1989-1991
ルイス・ファン・ハール オランダ 1991-1997
モアテン・オルセン デンマークの旗 デンマーク 1997-1998
ヤン・バウタース オランダ 1998-2000
ハンス・ベッセルホフ オランダ 2000
コー・アドリアーンセ オランダ 2000-2001
ロナルド・クーマン オランダ 2001-2005
ダニー・ブリント オランダ 2005-2006
ヘンク・テン・カーテ オランダ 2006-2007
アドリー・コスター オランダ 2007-2008
マルコ・ファン・バステン オランダ 2008-2009
マルティン・ヨル オランダ 2009-

[編集] 現所属選手

2009年8月29日現在
No. Pos. 選手名
1 オランダの旗 GK マールテン・ステケレンブルフ
2 オランダの旗 DF グレゴリー・ファン・デル・ヴィール
3 スペインの旗 DF オレゲール・プレサス
4 ブラジルの旗 MF ゼ・エドゥアルド
5 ベルギーの旗 DF ヤン・フェルトンゲン
6 スウェーデンの旗 DF ラスムス・リンドグレン
7 カメルーンの旗 DF ティモシー・アトゥバ
8 オランダの旗 MF ウルビー・エマヌエルソン
9 セルビアの旗 FW マルコ・パンテリッチ
10 セルビアの旗 FW ミラレム・スレイマニ
11 オランダの旗 MF イスマイル・アイサティ
12 オランダの旗 GK ケネト・フェルメール
15 ウルグアイの旗 DF ブルーノ・シルバ
16 ウルグアイの旗 FW ルイス・アルベルト・スアレス主将captain
17 オランダの旗 DF ロブ・ヴィーラールト
18 スペインの旗 MF ガブリ
No. Pos. 選手名
19 ベルギーの旗 DF トビー・アルデルヴァイレルト
20 アルゼンチンの旗 FW ダリオ・ツヴィタニッチ
21 カメルーンの旗 MF エヨング・エノー
22 オランダの旗 MF シーム・デ・ヨング
23 オランダの旗 MF フルノン・アニタ
26 オランダの旗 MF ジェフリー・サルポンク
27 オランダの旗 MF ダレー・ブリント
28 デンマークの旗 FW デニス・ロンメダール
29 オランダの旗 MF ミッチェル・ドナルト
30 ルーマニアの旗 DF ゲオルゲ・オガラル
32 ブラジルの旗 FW ケルロン
33 オランダの旗 FW ヤヴィエル・マルティナ
34 スウェーデンの旗 FW ケネディ・バキルジョール
40 オランダの旗 MF デミー・デ・ゼーウ
41 オランダの旗 GK イェルン・フェルホーフェン
※2008-2009シーズン新加入

[編集] ローン移籍選手

No. Pos. 選手名
24 オランダの旗 DF ヤン=アリー・ファン・デル・ハイデン (ヴィレムII)
25 オランダの旗 MF エファンデル・スノ (ブリストル・シティFC)
No. Pos. 選手名
39 クロアチアの旗 FW ダルコ・ボドゥル (スパルタ)

[編集] ユースチーム

No. Pos. 選手名
オランダの旗 GK セルヒオ・パット
オランダの旗 GK ロイ・オウワーカーク
トルコの旗 DF デニス・アスラン
オランダの旗 DF ヴィト・ウォームフール
オランダの旗 DF カルヴィン・マッキントッシュ
オランダの旗 DF クリスティアン・サプセパ
オランダの旗 DF ナサニエル・ウィル
デンマークの旗 MF ミカエル・クローン=デリ
南アフリカ共和国の旗 MF デイロン・クラーゼン
No. Pos. 選手名
オランダの旗 MF ジョルディ・シェル
ブラジルの旗 FW ダニーロ
セルビアの旗 FW ヴラコ・ラジッチ
オランダの旗 FW マーヴィン・ハッセルバインク
南アフリカ共和国の旗 FW スタントン・ルイス
アルメニアの旗 FW エドガル・マヌチャリアン
オランダの旗 FW ヨン・ホーセンス
ルーマニアの旗 FW ニコラエ・ミテア
オランダの旗 FW レナルド・ヨングブルート

[編集] 2009-10シーズン移籍

詳細は「en:List of Dutch football transfers summer 2009」を参照

[編集] 歴代所属選手

[編集] GK

[編集] DF


[編集] MF



[編集] FW


[編集] その他

[編集] サテライトクラブ

[編集] 下部組織

[編集] スタジアム

[編集] 永久欠番

[編集] スポンサー

メイン

テクニカル

サプライザー

2008-2009シーズンスポンサーシップ

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ


最終更新 2009年9月16日 (水) 04:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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