アルメニア人
アルメニア人の最新ニュースをまとめて検索!
アルメニア人(アルメニアじん)は、アルメニアの主要民族。中東系の民族で、インドヨーロッパ語族に属するアルメニア語を使用している。アルメニア人はユダヤ人・華僑・印僑に並ぶ商才を持つ移民集団として有名である。
目次 |
[編集] 歴史
古代から国家を建設し、世界で初めてキリスト教を国家宗教とした。また中世の東ローマ帝国ではアルメニア系の王朝が建てられたことがある[1]。なお、アルメニア人は単性論のアルメニア教会の信者がほとんどである。
12世紀にアルメニア王国や東ローマ帝国が衰退・崩壊した後は世界中に拡散し[2]、商工業の担い手として各地にネットワークを広げて活躍した。この点はよくユダヤ人[3]と比較されることも多い。移住先に於いても独自のネットワークを築き、宗教をアイデンティティとすることなど、両者には共通している側面もある[4]。オスマン帝国、サファヴィー朝、ムガル帝国の領内で独自のコミュニティを形成し、これらを結ぶ形でアルメニア商人の商業網が構築された。例えば、イランの絹を17世紀にはアレッポ、18世紀にはイズミル経由でヨーロッパ市場に供給した。
現在、シリアやイスラエル[5]及びイラン[6]には、比較的大規模なアルメニア人社会が存在する。ヨーロッパではフランスに40万から50万人といわれるアルメニア人が住み、政界・銀行・芸能など多方面に進出して、フランス社会に大きな影響力を持っている。アメリカにも80万人近いアルメニア系の住民がいる。
1915年から1917年までにオスマン帝国により「敵国ロシアに内通した」という理由で、アナトリア半島東部に住むアルメニア人が150万から200万人も虐殺された事(アルメニア人虐殺問題)で対立しており、トルコは謝罪と賠償どころか虐殺自体を否定しているために、アルメニア人のトルコに対する憎しみは強い。
[編集] 関連項目
[編集] 註
- ^ ヘラクレイオス王朝・マケドニア王朝の2つの王朝の始祖の親や先祖がアルメニア人であったが、彼らはギリシャ語を話す正教徒であり、完全にギリシャ化していた。
- ^ 一部は11世紀にトルコ南東部のキリキアに移住しキリキア・アルメニア王国を建国、14世紀末まで独立を保った。
- ^ 「ユダヤ人が三人いても、一人のアルメニア人に敵わない」という諺も存在する(藤田田が著作『ユダヤの商法』で紹介した)。
- ^ 但し、アルメニアという大規模な集住地域(土地)や言語を失ってはいない。
- ^ エルサレムにはキリスト教徒やアラブ人とは別にアルメニア人地域が存在する。
- ^ イランのエスファハーンにあるジョルファ地区には、16世紀エスファハーン造営に従事したアルメニア人を起源とする大規模コミュニティーが存在する。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月24日 (火) 02:32 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【アルメニア人】変更履歴


