アレクサンダー・オニール
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| アレクサンダー・オニール | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | Alexander O'Neal |
| 出生 | 1953年11月15日 |
| 出身地 | |
| ジャンル | R&B/ソウル |
| 職業 | 歌手 |
| 担当楽器 | ヴォーカリスト |
| 活動期間 | 1984-現在 |
| レーベル | タブー (1984-1993) One World Records (1996-2001 ) Eagle Records (2001-2003) ) Eminence Records (2005-2008 ) |
| 共同作業者 | ザ・タイム, SOS バンド, シェレール |
アレクサンダー・オニール (Alexander O'Neal)は、アメリカ合衆国のソウル歌手。ダンスチューンも都会的なバラードも歌いこなせる、ブラック・コンテンポラリー音楽の代表格であった。愛称はアレックス。アメフトの選手のような巨漢である。
20歳の時にミネアポリスへ移住。この時にジミー・ジャム、テリー・ルイス(音楽プロデューサーのジャム&ルイス)と出会い、バンド『ザ・タイム』を結成。プリンスの紹介でバンドはワーナー・ブラザーズと契約。しかしプリンスがアレックスをヴォーカルに据えることに難色を示し、モーリス・デイと交替させてしまう(その後ザ・タイムは商業的に成功)。
アレックスは1984年にタブー・レコードと契約。1985年から1991年までのアルバムは、全て盟友ジャム&ルイスのプロデュースであり、特に『ヒアセイ』は名盤の誉れ高い作品であった。また、本国よりもイギリスで人気が高く、リミックス・アルバムやクリスマス・アルバムはイギリスの市場を意識しての作品である。同じタブー・レコード所属の女性R&B歌手シェレール(ジャム&ルイスのプロデュース)とは、彼女のアルバム収録曲『サタデー・ラブ』がヒットして以降、恒例のように互いのアルバムでデュエット曲を収録するのが長く恒例となっていた。シェレールとともに1988年には来日して『タブー・ナイツ』というライヴを行っている。シェレールとのデュエットは名デュオと言われていたが、1990年代半ば以降は彼女の活動が停滞しているため行われていない様子である。
1993年のアルバム『ラヴ・メイクス・ノー・センス』から、ジャム&ルイス以外のプロデューサーを選択するようになり、セルフ・プロデュースも行うようになってきている。日本盤は1996年の『ラヴァーズ・アゲイン』以降リリースされていない。
現在もイギリスでの人気は衰えず、ミネアポリスを拠点としながらも全英ツアーやテレビ番組出演を続けている。
8子の父で、2度の離婚歴がある。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] スタジオ・アルバム
- 1985年 - イノセント(Alexander O'Neal) #19 UK, #91 US
- 1986年 - ヒアセイ(Hearsay) #4 UK, #29 US
- 1988年 - オール・ミックスト・アップ(All Mixed Up) - ヒット・シングルのリミックス集
- 1988年 - マイ・ギフト・トゥー・ユー(My Gift to You) #53 UK, #149 US - クリスマス・ソングのコンピレーション
- 1991年 - オール・トゥルー・マン(All True Man) #2 UK, #52 US
- 1992年 - ベスト・オブ・アレクサンダー・オニール(This Thing Called Love: The Greatest Hits) #4 UK
- 1993年 - ラヴ・メイクス・ノー・センス(Love Makes No Sense) #14 UK
- 1995年 - The Best of Alexander O'Neal
- 1996年 - ラヴァーズ・アゲイン(Lovers Again)
- 2002年 - Saga of a Married Man
- 2004年 - Greatest Hits #12 UK
- 2005年 - Live At The Hammersmith Apollo, London
- 2008年 - Alex Loves.. #49 UK
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月1日 (日) 03:28 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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