アンディ・ベクトルシャイム
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アンディ・ベクトルシャイム(Andy Bechtolsheim, 1955年[1] - )は、アメリカ合衆国で活動するドイツ出身のコンピュータ技術者、実業家。サン・マイクロシステムズの共同創業者で、現在は新興企業アリスタ・ネットワークスの会長。
本名アンドレアス・マリア・マキシミリアン・フォン・ベヒトルスハイム(Andreas Maria Maximilian von Bechtolsheim)。姓は英語読みでベクトルシャイムとなる。
[編集] 経歴
ミュンヘン郊外のアマー湖畔に生まれる[2]。アメリカ合衆国に渡り、1976年にカーネギーメロン大学で計算機工学の修士号を取得。1977年、スタンフォード大学の計算機科学と電気工学の博士課程に入学。
スタンフォード大学在学中、大学のメインフレームは使える時間が少なく、パーソナルコンピュータでは力不足なため、市販の部品を集めて校内のネットワーク用のワークステーションを自作した。これを同じスタンフォード大学の学生であったビノッド・コースラが商業化を持ちかけ、スタンフォード大学経営大学院で経営学修士を取得したスコット・マクネリ、カリフォルニア大学バークレー校で BSD を開発したビル・ジョイを誘い、1982年にサン・マイクロシステムズ社を共同設立した。
1995年にサンを退社後、デビッド・チェリトンと共に Granite Systems 社を設立し、ギガビットイーサネット技術の開発に従事する。1996年に2億2000万ドルでシスコシステムズに買収され、ベクトルシャイムは2003年12月まで同社のギガビットスイッチング事業部ゼネラルマネージャー兼副社長を務めた[3]。
1998年、スタンフォード大学の学生であったラリー・ページとセルゲイ・ブリンに10万ドルの小切手を渡し、まだ会社も設立されていなかった Google に投資を行った。なお、この時ページらは当座預金口座を開設していなかったため現金化できず、数週間の間小切手はページの机の中に眠っていた[4]。
2001年、チェリトンと共に Opteron 搭載サーバメーカーの Kealia 社を共同設立。2003年12月にシスコシステムズを退社し正式に参加。2004年2月、サン・マイクロシステムズに買収され[5]、それに伴いベクトルシャイムも古巣へ復帰。
2008年10月にクラウドコンピューティングソリューションを生業とする新興企業アリスタ・ネットワークスへ移籍、会長兼最高開発責任者に就任することになった。2度目のサン退社である。
[編集] 出典
- ^ "Andreas von Bechtolsheim : Vom Bodensee nach Silicon Valley" (ドイツ語). stern.de (2008年5月26日). 2009年5月24日 閲覧。
- ^ "Andreas Bechtolsheim & William Joy Oral History". The Computerworld Honors Program (1999-03-18). 2007年8月15日 閲覧。
- ^ "止まらぬ米シスコの頭脳流出 - A・ベクトルシャイム、新興企業へ". CNET Japan (2003-12-17). 2007年2月11日 閲覧。
- ^ "Google Corporate Information: Google Milestones" (英語). Google. 2007年2月11日 閲覧。
- ^ Shankland, Stephen (2004-02-12). "サン、Opteronサーバ専業メーカーを買収へ--A・ベクトルシャイムも古巣へ復帰". CNET Japan. 2007年3月25日 閲覧。
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年8月5日 (水) 06:00 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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