アントーニオ本多
アントーニオ本多の最新ニュースをまとめて検索!
| アントーニオ本多 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | アントーニオ本多 |
| 本名 | 本多宗一郎 |
| ニックネーム | 燃える毛根 燃えるオリーブオイル |
| 身長 | 168cm |
| 体重 | 73kg |
| 誕生日 | 1978年1月2日 |
| 出身地 | イタリア |
| 所属 | DDTテック |
アントーニオ本多(アントーニオほんだ、本名本多宗一郎、1978年1月2日 - )は、日本のDDTプロレスリングやマッスルを中心に活動するプロレスラー。通称アントン。父は俳優の渡辺哲。双子の兄は俳優の本多英一郎。
目次 |
[編集] 経歴
武蔵野美術大学在学中はプロレス研究会所属の傍ら、演劇あるいは前衛演劇に出場し、卒業後、俳優業と学生プロレスを続けていた。武蔵野美術大学芸術祭におけるマン・ツィンポーとの試合でマッスル坂井にスカウトされ「マッスル」で頭角を現す。
DDTマットにおいてはキューバ軍団のマネージャーを経てイタリア人ユニット「イタリアン・フォー・ホースメン」で確固たる地位を築くと共にプロレスの技量も着実に成長。
言葉の端々に「ジョルノ」「カルパチョ(カルパッチョ)」「ルネサンス」「ミゼラブル」とうさんくさい単語を混ぜながらハイテンションでまくしたてるマイクアピールには定評がある。
イタリア軍帰国後、ハワイ軍団「aWo(アロハ・ワールド・オーダー)」のアントーニオ“ザ・ドラゴン”本多として活動し、プリンス・トーゴーとのコンビでKO-Dタッグ選手権を獲得する。
2007年末、ディック東郷の裏切りに遭ってからはお笑い要素を封印し、東郷率いるメタル・ヴァンパイアと抗争を続け正規軍入り。
2008年9月、イタリアン・フォー・ホースメン再結成にともないヒールターンした。
またユニオンプロレスでは別キャラクター「A.YAZAWA」として不定期参戦している。
2007年8月11日に開催されたAOMORI ROCK FESTIVAL. 07'のMCに抜擢され、翌年以降も同イベントに出演を続けている。
[編集] 得意技
- 卍固め
- 延髄斬り
- イタリアン・パウダー
- ルーテーズ・プレス
- この技から1ダースのナックルを打ち込み、ロープに飛んでからエルボードロップを放つ。
- アリキック
- トラースキック
- リッキー(バックハンド・チョップ)
- ダスティ(エルボー・スタッブ)
- フィスト・ドロップ
- フライング・ヘッドシザース・ホイップ
- 南部式ナックル
- アントン曰く、表現の粋を尽くした技。
[編集] タイトル歴
- アイアンマンヘビーメタル級王座(第254代、第270代)
- CMLL認定KO-Dタッグ選手権(第25代)
[編集] 入場曲
- 「本多ボンバイエ」
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年8月25日 (火) 05:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【アントーニオ本多】変更履歴


