アーガー・ハーン4世

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アーガー・ハーン4世

カリム・アーガー・ハーン4世(Kharimn Agha Khan IV、1936年12月13日 - )は、イスラム教イスマーイール派の分派ニザール派イマーム政治家実業家

目次

[編集] 略歴

[編集] 生い立ち

1936年12月13日に、スイスジュネーヴにおいて、アーガー・ハーン3世の息子のアリ・ハーン王子とラジュダウダ王女の間に生まれる。幼少時、ナイロビケニア)で過ごした後、9年間、スイスの寄宿舎学校ル・ロゼで学ぶ。1959年に、イスラム史専攻でハーバード大学を卒業した。

[編集] 第49代イマーム

父の死去を受けて1957年7月11日にカリムは、「第49代イマーム」となり「アーガー・ハーン4世」となった。世界25カ国に居住するイスマーイール派の精神的指導者となったアーガー・ハーン4世は、「全ムスリムの福祉の増大」を自分の使命と考え、多数の慈善プロジェクトのスポンサーになっている。1977年には優れたイスラーム建築に与えられるアーガー・ハーン建築賞も設立した。

また、これらの慈善プロジェクトの推進と、ヨーロッパの社交界における積極的な活動により、現在に至るまでヨーロッパの社交界を代表するセレブリティの1人としてその名を轟かせている。また、多くの女優などとの交際が伝えられ、父アリ王子と同様のプレイボーイとしても知られている。

祖父3世の代から行っているサラブレッドオーナーブリーダーとしての活動でも知られ、ブラッシンググルームシャーガー、アキーダ、ダルシャーンシャーラスタニカヤージデイラミセンダワール、ダリアプール、シンダーアラムシャーダラカニザルカヴァといった数々の名馬を生産し所有した。1989年オークスでは、生産所有馬のアリーサが1位入線も失格とされた判定に抗議し、5年間英競馬への出走をボイコットした。現在はアイルランドに所有する牧場で生産した馬を、フランスのド・ロワイユ=デュプレ厩舎に預ける場合がほとんどで、活躍馬はしばしば現役中に売却される。英ダービー凱旋門賞をともに4勝しているほか、プール・デッセ・デ・プーランについてはかつてのエドモン・ブランに並ぶ8勝を挙げており、これはあと1勝で単独史上最多勝となる。

[編集] アーガー・ハーン開発ネットワーク

アーガー・ハーン4世の指導の下、アーガー・ハーン開発ネットワーク(Aga Khan Development Network)が活動し、その下で多くの社会、経済、教育、文化施設が機能しており莫大な収益をもたらしている。

その一環として、1970年代にはイタリアサルディニア島の高級リゾート地「ポルト・チェルヴォ」の開発を行い、当地はその後世界的に有名な高級リゾート地として親しまれるようになった。

[編集] 関連項目

先代:
アーガー・ハーン3世
ニザール派イマーム
1957年 -
次代:
-

最終更新 2009年11月29日 (日) 02:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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