アーネスト・ホースト
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | アーネスト・フリッツ・ホースト (Ernesto Frits Hoost) |
| 通称 | ミスター・パーフェクト フォー・タイムス・チャンピオン 戦う精密機械 黒い閃光 |
| 階級 | スーパーヘビー級(K-1) |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1965年7月11日(44歳) |
| 出身地 | |
| スタイル | ムエタイ キックボクシング サバット |
| プロキックボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 116 |
| 勝ち | 98 |
| KO勝ち | 61 |
| 敗け | 18 |
| 引き分け | 1 |
アーネスト・ホースト(Ernesto Hoost、男性、1965年7月11日 - )は、スリナム共和国出身、オランダ国籍の元キックボクサー。身長190cm、体重115kg。元ボスジム所属。
目次 |
[編集] 人物
1993年に初開催されたK-1 GRAND PRIX '93に参戦し、当時のキックボクシング界TOP2であったピーター・アーツを判定で、モーリス・スミスを左ハイキックでKOし一躍注目を浴びる。その後、巧みな試合運びと、速く正確なコンビネーションを駆使してK-1 GRAND PRIXを1997年、1999年、2000年、2002年と4度制覇。この記録は今も破られてはいない。突出した技術の高さから、畏敬の念を込めてミスター・パーフェクトと呼ばれる。また、勝利後に彼が踊るダンスは「ホースト・ダンス」と呼ばれて親しまれた。
無差別級のK-1において、当初ホーストは体格の面で他の強豪に比べて大きく劣っていた。しかし計画的なウェイトアップにより、スピードを維持したままヘビー級の体を造り上げることに成功した。ちなみに軽重量級トーナメントの「K-2 GRAND PRIX」の初代にして最後の王者である。
その完璧なまでの技術の前に対戦相手は自分の良さを出し切れず、ホーストのリズムで戦うことを余儀なくされる。現役末期こそ老獪な試合が多かったが、1996年から1997年にかけては7試合連続KO勝利という記録も残している。
4度の王座に就くなどずば抜けた戦績を残し、専門家にも評価の高いホーストではあるが、当時はアンディ・フグが日本人に通じる空手スピリットを示し、ジェロム・レ・バンナが派手な試合と過激な発言をすることにより、知名度・人気が高いことについて、ホーストはそれを「なんでみんな、アンディ、ジェロムばかりなんだ!」と嫉妬していた時期もあった。現在はK-1のトップ戦線から退いているボブ・サップに2連敗しているのも、ホーストの人気が今ひとつな理由であろう。とはいえ、ホースト現役の晩年においてはK-1運営が以前にも増してショー化する中で、相対的にホーストの持つトップレベルの技術が再評価されていた。
また、そのファイトスタイルと普段の発言から冷静なイメージのあるホーストだが、2002年のK-1パリ大会でステファン・レコと対戦した際、先にリングインしていたレコがホーストの入場中にリング上でホーストのトレードマークであるホースト・ダンスを踊っているのを見て激怒し、当初の作戦を変更して試合開始早々にラッシュをしかけて1RKO勝利したり、K-1経験の浅いボブ・サップをKOするために強引にパンチで打ち合ったりと、気が強い一面を見せることがある。
[編集] 来歴
1965年7月11日、オランダ領ギアナ(現在のスリナム共和国)で生まれる。
1970年、オランダに移住。1983年12月に初めて選手としてリングにあがる。肘なしムエタイルールでWim Scharren Bergを2RKOで倒し、初戦を勝利で飾った。
1987年10月、オランダのアムステルダムで行われたMTBNオランダタイトルマッチに出場。Kenneth Plakと対戦。1Rにダウンを奪い、判定勝ちし王座を獲得した。
1988年5月、オランダのアーネムで行われたMTBNヨーロッパタイトルマッチに出場。Francois Corremans(ベルギー)を判定で退け王座を獲得。6月、フルコンタクトヨーロッパ選手権大会(ISKA主催)優勝。6月、フランスのストラスブールで行われたヨーロッパサバット選手権大会コンバ部門ミドル級に出場。Sylvain Postel(フランス)を5RKOで下し優勝。9月、キックボクシングヨーロッパ選手権大会(WKA主催)優勝。
1989年5月、フランスのパリで開催された第1回世界サバット選手権大会コンバ部門に出場。Francis Dauvin(ベルギー)を3RKOで下し優勝。これが初の世界タイトルとなった。この試合の写真は、オランダの武道雑誌ゼンドーカン誌の表紙を飾った。10月、ムエタイ世界選手権大会優勝。
1990年1月、キックボクシング世界選手権大会(WKA主催)優勝。11月8日にロブ・カーマンと再戦。前回の試合では判定負けしていたが、今回も5RKOで敗北した。しかし本人によればKO直前に急所をフックで打ったからだと主張している。
1992年、フランスで行われたISKAフルコンタクト世界ライトヘビー級タイトルマッチでリック・ルーファス(王者/アメリカ)と対戦。ローキックが使えないというルールに慣れず、ルーファスのフットワークについていけなかったことで12R判定負けを喫した。
1993年4月30日、K-1初興行「K-1 GRAND PRIX '93」に出場。1回戦でピーター・アーツに判定勝ち、準決勝でモーリス・スミスに左ハイキックで失神KO勝ちするも、決勝でブランコ・シカティックに右ストレートでKO負け。準優勝に終わった。
1993年12月19日、両国国技館で行われた「K-2 GRAND PRIX '93」に出場。1回戦でマンソン・ギブソンに延長R判定勝ち。続く準決勝でアダム・ワットに1R右ハイキックでKO勝ち。決勝はチャンプア・ゲッソンリットに4R右ハイキックでKO勝ちし、優勝を果たした。
1994年5月8日、オランダのアムステルダムで行われた「K-2 PLUS TOURNAMENT」に出場。決勝戦でボブ・シュライバーを1RKOで破り優勝。
1994年11月、ISKAフルコンタクト世界ライトヘビー級タイトルマッチ(2分12R)で、リック・ルーファス(王者/アメリカ)と再戦。9Rにパンチでスタンディングダウンを奪うと、11Rに右ハイキックでKO勝ちした。負けたルーファスは失神してしばらく立ち上がれないほどダメージを負っており、酸素マスクが必要なほどだった。
1994年12月10日、「K-1 LEGEND 〜乱〜」でシカティックと再戦するも、2Rに右ストレートでKO負け。
1997年11月9日、K-1 GRAND PRIX '97 優勝。K-1初優勝を果たした。
1999年12月5日、K-1 GRAND PRIX '99 優勝。2度目のK-1優勝。
2000年12月10日、K-1 WORLD GP 2000 優勝。3度目のK-1優勝。
2002年10月5日、K-1 WORLD GP 2002 開幕戦でボブ・サップに敗北したが、セーム・シュルトの欠場により決勝大会に出場。準々決勝でサップと再戦するもKO負け。勝利したサップの右拳中指骨骨折により準決勝に進みレイ・セフォーにKO勝ち、決勝でもジェロム・レ・バンナにKO勝ちし、4度目のK-1優勝を果たした。
2003年1月19日、プロレス興行「WRESTLE-1」にアーネスト・"ビースト"として出場し、因縁のサップとプロレスルールにより再戦。白のガウン、黒のロングタイツといったコスチュームで戦い、STF、卍固め、パイプイス攻撃などを繰り出し、最後はスクールボーイ(横入りエビ固め)で3カウントを奪った。
2004年12月4日、K-1 WORLD GP 2004 決勝戦に出場。1回戦で前大会王者のレミー・ボンヤスキーに判定負けするも、ジャッジの評価に怒りを露わにした。
2005年9月23日、K-1 WORLD GP 2005 開幕戦は持病のアトピー性皮膚炎と膝の怪我で欠場。その大会中に今後はワンマッチのみを行い、1日に数試合戦わなければならない過酷なグランプリには出場しないと宣言し、その後2006年中に引退試合を行う予定だった。
2005年12月31日、K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!で11月19日にK-1王者になったばかりのセーム・シュルトとの新旧王者対決でTKO負けを喫した。
2006年5月13日、K-1 WORLD GP 2006 in AMSTERDAMにおいてオランダでの引退試合を行う。だが、対戦予定だったボブ・サップが契約問題のこじれから試合直前になって試合をボイコットしてしまったため、地元テレビの解説として来場していたピーター・アーツとの対戦に急遽変更になり、判定勝ち。
2006年7月30日、K-1 WORLD GP 2006 札幌大会での発表で、9月に行われるグランプリ開幕戦を経て12月2日のグランプリ決勝大会で優勝し、「ファイブ・タイムス・チャンピオン」になった上での現役引退を目指すと宣言した。
そして、2006年12月2日、K-1 WORLD GP 2006 決勝戦に出場。1回戦では、ハリッド"ディ・ファウスト"と対戦。小柄でスピードがありパンチが得意なハリッドに対して、リーチの差や的確なタイミングのローキックを活かし、判定勝利。準決勝では2005年末にTKO負けしたセーム・シュルトと対戦し、今度は3ラウンド戦い抜いたものの、シュルトに有効な攻撃を与えることができずに判定負け。この試合を最後に現役を引退した。
2008年2月23日、北アイルランドのベルファストで開かれたWKNの興行で、WKNアワードという賞を授与された。
[編集] 戦績
| キックボクシング 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 116 試合 | (T)KO | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 | |
| 98 勝 | 61 | 1 | 0 | |||
| 18 敗 | ||||||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| × | セーム・シュルト | 3R終了 判定0-3 | K-1 WORLD GP 2006 in TOKYO 決勝戦 【準決勝】 |
2006年12月2日 |
| ○ | ハリッド"ディ・ファウスト" | 延長R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2006 in TOKYO 決勝戦 【準々決勝】 |
2006年12月2日 |
| ○ | 藤本祐介 | 3R 2:09 KO(右ローキック) | K-1 WORLD GP 2006 in OSAKA 開幕戦 【1回戦】 |
2006年9月30日 |
| ○ | ピーター・アーツ | 3R終了 判定2-0 | K-1 WORLD GP 2006 in AMSTERDAM | 2006年5月13日 |
| × | セーム・シュルト | 2R 0:41 TKO(左膝蹴り) | K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!! | 2005年12月31日 |
| × | レミー・ボンヤスキー | 延長R終了 判定0-3 | K-1 WORLD GP 2004 決勝戦 【準々決勝】 |
2004年12月4日 |
| ○ | グラウベ・フェイトーザ | 3R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2004 in TOKYO 開幕戦 【1回戦】 |
2004年9月25日 |
| ○ | ジャビット・バイラミ | 3R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2004 in SAITAMA | 2004年3月27日 |
| ○ | モンターニャ・シウバ | 3R終了 判定3-0 | K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!! | 2003年12月31日 |
| ○ | シリル・アビディ | 2R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2003 in FUKUOKA | 2003年7月13日 |
| ○ | マーティン・ホルム | 5R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2003 in PARIS | 2003年6月14日 |
| ○ | ジェファーソン"タンク"シウバ | 1R 2:55 KO(左ボディフック) | K-1 WORLD GP 2003 in SAITAMA | 2003年3月30日 |
| ○ | ジェロム・レ・バンナ | 3R 1:25 KO(3ノックダウン:右ミドルキック) | K-1 WORLD GP 2002 決勝戦 【決勝】 |
2002年12月7日 |
| ○ | レイ・セフォー | 1R 1:49 KO(右ローのブロック) | K-1 WORLD GP 2002 決勝戦 【準決勝】 |
2002年12月7日 |
| × | ボブ・サップ | 2R 2:53 KO(2ノックダウン:パンチ連打) | K-1 WORLD GP 2002 決勝戦 【準々決勝】 |
2002年12月7日 |
| × | ボブ・サップ | 1R終了時 TKO(左眉カット) | K-1 WORLD GP 2002 開幕戦 【1回戦】 |
2002年10月5日 |
| △ | セーム・シュルト | 5R終了 判定0-0 | Dynamite! SUMMER NIGHT FEVER in 国立 | 2002年8月28日 |
| ○ | ヤン"ザ・ジャイアント"ノルキヤ | 3R 1:29 KO(右ローキック) | K-1 WORLD GP 2002 in LAS VEGAS | 2002年8月17日 |
| ○ | ステファン・レコ | 1R 1:48 KO(パンチ連打) | K-1 WORLD GP 2002 in PARIS | 2002年5月25日 |
| ○ | 中迫剛 | 1R 1:46 KO(3ノックダウン:パンチ連打) | K-1 BURNING 2002 〜広島初上陸〜 | 2002年4月21日 |
| ○ | ステファン・レコ | 3R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2001 決勝戦 【準々決勝】 |
2001年12月8日 |
| ○ | マット・スケルトン | 3R終了 判定2-0 | K-1 WORLD GP 2001 in MELBOURNE 【決勝】 |
2001年6月16日 |
| ○ | マーク・ハント | 3R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2001 in MELBOURNE 【準決勝】 |
2001年6月16日 |
| ○ | セルゲイ・グール | 1R 3:02 TKO(左ボディフック) | K-1 WORLD GP 2001 in MELBOURNE 【1回戦】 |
2001年6月16日 |
| ○ | 武蔵 | 5R終了 判定2-0 | K-1 BURNING 2001 〜火の国熊本初上陸〜 | 2001年4月15日 |
| ○ | ジャビット・バイラミ | 判定 | 2H2H - Simply The Best【K-1ルール】 | 2001年3月18日 |
| ○ | レイ・セフォー | 3R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2000 決勝戦 【決勝】 |
2000年12月10日 |
| ○ | フランシスコ・フィリォ | 3R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2000 決勝戦 【準決勝】 |
2000年12月10日 |
| ○ | ミルコ・クロコップ | 延長R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2000 決勝戦 【準々決勝】 |
2000年12月10日 |
| × | ジェロム・レ・バンナ | 1R終了時 TKO(右膝負傷、タオル投入) | K-1 WORLD GP 2000 in NAGOYA 【決勝】 |
2000年7月30日 |
| ○ | ロイド・ヴァン・ダム | 3R終了 判定2-0 | K-1 WORLD GP 2000 in NAGOYA 【準決勝】 |
2000年7月30日 |
| ○ | パリス・バシリコス | 3R 2:20 KO(右ストレート) | K-1 WORLD GP 2000 in NAGOYA 【1回戦】 |
2000年7月30日 |
| ○ | ラニ・ベルバーチ | 3R終了時 TKO(タオル投入) | K-1 SURVIVAL 2000 | 2000年5月28日 |
| ○ | サム・グレコ | 3R終了時 TKO(タオル投入) | K-1 THE MILLENNIUM | 2000年4月23日 |
| ○ | ミルコ・クロコップ | 3R 1:09 KO(左ボディフック) | K-1 GRAND PRIX '99 決勝戦 【決勝】 |
1999年12月5日 |
| ○ | ジェロム・レ・バンナ | 2R 0:26 KO(右フック) | K-1 GRAND PRIX '99 決勝戦 【準決勝】 |
1999年12月5日 |
| ○ | アンディ・フグ | 3R終了 判定3-0 | K-1 GRAND PRIX '99 決勝戦 【準々決勝】 |
1999年12月5日 |
| ○ | ジャビット・バイラミ | 5R終了 判定3-0 | K-1 GRAND PRIX '99 開幕戦 【1回戦】 |
1999年10月5日 |
| ○ | イゴール・ボブチャンチン | 3R 0:51 KO(右ローキック) | K-1 DREAM '99 | 1999年7月18日 |
| × | フランシスコ・フィリォ | 1R 1:37 KO(右フック) | K-1 REVENGE '99 | 1999年4月25日 |
| × | サム・グレコ | 2R終了時 TKO(タオル投入) | K-1 GRAND PRIX '98 【準々決勝】 |
1998年12月13日 |
| ○ | トスカ・ザ・キング・オブ・スティング | 4R終了時 TKO(タオル投入) | K-1 GRAND PRIX '98 開幕戦 | 1998年9月27日 |
| ○ | モーリス・スミス | 5R終了 判定3-0 | K-1 THE NEW FIGHTING SPIRIT '98 | 1998年8月7日 |
| ○ | 武蔵 | 3R 2:52 TKO(右アッパー) | K-1 DREAM '98 〜7対7全面対抗戦〜 | 1998年7月18日 |
| ○ | ジャン・リビエール | 1R 2:17 KO(右ハイキック) | K-1 BRAVES '98 | 1998年5月24日 |
| × | ピーター・アーツ | 5R終了 判定0-2 | K-1 KINGS '98 | 1998年4月9日 |
| ○ | アンディ・フグ | 3R終了 判定2-0 | K-1 GRAND PRIX '97 【決勝】 |
1997年11月9日 |
| ○ | フランシスコ・フィリォ | 3R終了 判定2-0 | K-1 GRAND PRIX '97 【準決勝】 |
1997年11月9日 |
| ○ | ジェロム・レ・バンナ | 1R 1:15 KO(右ストレート) | K-1 GRAND PRIX '97 【準々決勝】 |
1997年11月9日 |
| ○ | ステファン・レコ | 2R 0:34 KO(右ストレート) | K-1 GRAND PRIX '97 開幕戦 【1回戦】 |
1997年9月7日 |
| ○ | ショーン・ジョンソン | 1R 1:12 KO(右ローキック) | K-1 FIGHT NIGHT 〜THE DECISION〜 | 1997年6月7日 |
| ○ | マイク・ベルナルド | 4R 1:03 TKO(左フック) | K-1 BRAVES '97 | 1997年4月29日 |
| ○ | バンダー・マーブ | 3R 1:49 TKO(右ローキック) | K-1 KINGS '97 | 1997年3月16日 |
| ○ | レイ・セフォー | 4R 0:25 TKO(タオル投入) | K-1 HERCULES '96 | 1996年12月8日 |
| × | ジェロム・レ・バンナ | 2R 2:57 KO(右フック) | K-1 STAR WARS '96 | 1996年10月18日 |
| ○ | カール・ベルナルド | 2R 0:20 KO(左フック) | K-1 REVENGE '96 | 1996年9月1日 |
| × | アンディ・フグ | 延長2R終了 判定1-2 | K-1 GRAND PRIX '96 【準決勝】 |
1996年5月6日 |
| ○ | ミルコ・タイガー | 3R 1:27 KO(右ローキック) | K-1 GRAND PRIX '96 【準々決勝】 |
1996年5月6日 |
| ○ | スチュアート・グリーン | 2R 0:09 KO(右ローキック) | K-1 GRAND PRIX '96 開幕戦 【1回戦】 |
1996年3月10日 |
| ○ | モーリス・トラビス | 1R 2:13 TKO(タオル投入) | K-1 HERCULES | 1995年12月9日 |
| ○ | マイケル・トンプソン | 2R 2:45 TKO(3ノックダウン:左膝蹴り) | K-1 REVENGE II | 1995年9月3日 |
| ○ | アンディ・フグ | 3R終了 判定2-0 | K-1 LEGEND 〜翔〜 | 1995年7月16日 |
| × | ピーター・アーツ | 延長1R終了 判定0-3 | K-1 GRAND PRIX '95 【準決勝】 |
1995年5月4日 |
| ○ | ジョニー・クレイン | 2R 0:45 KO(右ストレート) | K-1 GRAND PRIX '95 【準々決勝】 |
1995年5月4日 |
| ○ | フーベルト・ヌムリッヒ | 4R 2:25 TKO(タオル投入) | K-1 GRAND PRIX '95 開幕戦 【1回戦】 |
1995年3月3日 |
| × | ブランコ・シカティック | 2R 1:18 KO(右ストレート) | K-1 LEGEND 〜乱〜 | 1994年12月10日 |
| ○ | リック・ルーファス | 11R KO(右ハイキック) | ISKAフルコンタクト世界ライトヘビー級タイトルマッチ | 1994年11月 |
| ○ | マーク・ラッセル | 2R 2:42 TKO(3ノックダウン:右膝蹴り) | K-1 REVENGE | 1994年9月18日 |
| ○ | ボブ・シュライバー | 1R 3:00 KO(右フック) | K-2 PLUS TOURNAMENT 【決勝】 |
1994年4月30日 |
| ○ | マーク・ラッセル | 2R 2:05 TKO(3ノックダウン:左ボディフック) | K-2 PLUS TOURNAMENT 【準決勝】 |
1994年4月30日 |
| ○ | トニー・ルシアーノ | 3R終了 判定 | K-2 PLUS TOURNAMENT 【準々決勝】 |
1994年4月30日 |
| ○ | 佐竹雅昭 | 2R 2:45 KO(左ハイキック) | K-1 CHALLENGE | 1994年3月4日 |
| ○ | チャンプア・ゲッソンリット | 4R 0:40 TKO(右ハイキック) | K-2 GRAND PRIX '93 【決勝】 |
1993年12月19日 |
| ○ | アダム・ワット | 1R 2:13 TKO(2ノックダウン:右ハイキック) | K-2 GRAND PRIX '93 【準決勝】 |
1993年12月19日 |
| ○ | マンソン・ギブソン | 延長1R終了 判定2-0 | K-2 GRAND PRIX '93 【準々決勝】 |
1993年12月19日 |
| ○ | タシス・ペトリディス | 3R 0:45 TKO(パンチ連打) | K-1 ILLUSION 風林火山 "林の章" 【WKA&WMTA世界ライトヘビー級ダブルタイトルマッチ】 |
1993年9月4日 |
| × | ブランコ・シカティック | 1R 2:49 KO(右ストレート) | K-1 GRAND PRIX '93 【決勝】 |
1993年4月30日 |
| ○ | モーリス・スミス | 3R 1:18 KO(左ハイキック) | K-1 GRAND PRIX '93 【準決勝】 |
1993年4月30日 |
| ○ | ピーター・アーツ | 3R終了 判定2-0 | K-1 GRAND PRIX '93 【準々決勝】 |
1993年4月30日 |
| × | リック・ルーファス | 12R終了判定3-0 | ISKAフルコンタクト世界ライトヘビー級タイトルマッチ | 1992年 |
| ○ | ブランコ・シカティック | 3R 反則 | - | 1989年10月 |
| ○ | ピーター・アーツ | 5R終了 判定3-0 | - | 1988年11月20日 |
| ○ | フランソワ・コレマンズ | 5R終了 判定 | MTBNヨーロッパ王者決定戦 | 1988年5月 |
| ○ | ケネス・プラック | 5R終了 判定 | MTBNオランダ王者決定戦 | 1987年10月 |
[編集] 獲得タイトル
- アマチュア
- ヨーロッパサバット選手権大会コンバ部門ミドル級優勝
- 第1回世界サバット選手権大会コンバ部門優勝
- プロ
[編集] 関連項目
- 男子キックボクサー一覧
- K-1王者一覧
- K-1選手一覧
- パトリック・バリー - ホーストの弟子
- ポール・スロウィンスキー - ホーストの弟子
[編集] 外部リンク
- The Official Ernesto Hoost Website
- アーネスト・ホースト Official Site
- アーネスト・ホースト新たな挑戦 TEAM PERFECTオフィシャルサイト
- K-1 選手データ
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最終更新 2009年12月8日 (火) 04:11 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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