イングランドの都市および非都市カウンティ
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都市および非都市カウンティ (metropolitan and non-metropolitan counties) は地方行政に使われるイングランドの行政区画の四階層の一つである。数回に渡る立法の結果、この階層には現在複数の行政区分が混在している。
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[編集] イングランドにおける現在の都市および非都市カウンティ
| イングランドの都市および非都市カウンティ | ||
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*単一自治体
†都市カウンティ (カウンティカウンシルを持たない)
‡カウンティカウンシルを持たない非都市カウンティ
'行政地区'かつリージョン (カウンティに非ず)
[編集] 都市カウンティ
詳細は「en:Metropolitan county」、「都市州」をそれぞれ参照
都市カウンティはグレーターマンチェスター、マージーサイド、サウスヨークシャー、タインアンドウィア、ウエスト・ミッドランズ、ウェストヨークシャーである。典型的人口は 120 万人から 280 万人。[1]
これらカウンティのカウンシルはサッチャー政権により、実際的な理由というよりは政治的事情により1986年に廃止されたが、法的にはまだ存在している。[2]これらは行政上や地理上の目的で使われ、現在でもセレモニアル・カウンティである。かつてのカウンティカウンシルの権限の殆どは都市バラ (現在では事実上単一自治体に移譲されているが、緊急サービス、市民防衛、公共交通については現在でも都市カウンティレベルでの連合体によって運営されている。[3]
[編集] グレーターロンドン
詳細は「グレーター・ロンドン」、「Greater London」をそれぞれ参照
グレーターロンドン行政地区ならびにグレーターロンドンカウンシルは1965年に1963年のロンドン行政法に基づいて創設された。[4] グレーターロンドンカウンシルは1986年に都市カウンティと同時に廃止された。2000年以降、グレーターロンドンに公選によるロンドン議会と大ロンドン市長が置かれ、イングランドのロンドンリージョンを構成している。
[編集] 非都市カウンティ
[編集] シャイア・カウンティ
詳細は「シャイア・カウンティ」、「Shire county」をそれぞれ参照
'シャイア・カウンティ'は複数のディストリクトからなる非都市カウンティである。名前が'シャー'で終わっている必要はない。
シャイア・カウンティは 35 ある:
ベッドフォードシャー、バークシャー、バッキンガムシャー、ケンブリッジシャー、チェシャー、コーンウォール、カンブリア、ダービシャー、デヴォン、ドーセット、ダラム、イーストサセックス、エセックス、グロスターシャー、ハンプシャー、ハートフォードシャー、ケント、ランカシャー、レスターシャー、リンカンシャー、ノーフォーク、ノーサンプトンシャー、ノーサンバーランド、ノースヨークシャー、ノッティンガムシャー、オックスフォードシャー、シュロップシャー、サマセット、スタッフォードシャー、サフォーク、サリー、ウォリックシャー、ウェストサセックス、ウィルトシャー、ウスターシャー バークシャー以外の全てにカウンティカウンシルがある。カウンティカウンシルを持たないバークシャーを除外するために'シャイア・カウンティ'ということもある。典型的人口は 109,000 人から140万人。[5]
[編集] 単一自治体
詳細は「単一自治体」、「en:Unitary authority」をそれぞれ参照
単一自治体(unitary authority) はカウンシルを一つだけ有する地区である。そのうち 40 が非都市カウンティと地域的に一致している:
バス・アンド・ノースイーストサマセット、ブラックバーン・ウィズ・ダーウェン、ブラックプール、 ボーンマス、Brighton and Hove、 ブリストル、 ダービー、 ダーリントン、 イースト・ライディング・オブ・ヨークシャー、 ハルトン、 Hartlepool、 ヘレフォードシャー、 ワイト島、 Kingston upon Hull、レスター、 ルートン、メドウェイ、ミドルズバラ、Borough of Milton Keynes、ノースイースト・リンカンシャー、ノース・リンカンシャー、 ノースサマセット、ノッティンガム、ピーターバラ、 プリマス、プール、 ポーツマス、 レッドカー・アンド・クリーヴランド、 ルートランド、 サウスハンプトン、 サウスエンド-オン-シー、 サウスグロスターシャー、 ストックトン-オン-ティー、ストーク-オン-トレント、 スウィンドン、テルフォード・アンド・レキン、サーロック、トーベイ、ウォリントン、ヨーク
これらのうち 39 はディストリクトカウンシルを一つだけ有し、カウンティカウンシルは持たないと定められている。ワイト島は法律上はカウンティカウンシルを有しディストリクトカウンシルは持たないが、実際上は同じことである。
バークシャーのディストリクトは単一自治体であるが、カウンティとしての地位はない。
シリー諸島は行政上はコーンウォールの一部ではないが、これらはカウンティを構成してはいない。
[編集] 歴史
現在の都市および非都市カウンティという行政構造は1974年4月1日に発効し、同時に行政カウンティとカウンティ・バラは廃止された。グレーターロンドンは 1965 年に別の法律によって創設された。
1990年代に新しいタイプの非都市カウンティ、すなわちカウンティとディストリクトの機能と権限をまとめた単一自治体が創設された。既存の非都市カウンティは、単一自治体との区別のためシャイア・カウンティと呼ばれる様になった。
[編集] 1972年の地方行政法
詳細は「en:Local Government Act 1972」を参照
1960年代の終わりまでには、イングランドおよびウェールズの地方行政機構に改革が必要であることがはっきりしてきた。ハロルド・ウィルソンの労働党政権は大規模改革の提案を目的としたレドクリフ-モード委員会を設置した。 委員会の報告書はイングランドの殆ど全域で地方行政機構の二層構造を廃止し、既存の行政区画を無視しむしろ地理的境界を優先した 58 の単一自治体を設置して地図をすっかり書き換えてしまう事を提案した。マージーサイド、サウスイースト・ランカシャーおよびノースイースト・チェシャー、バーミンガム地域の三都市地区では、三つの都市地区に20のディストリクトレベルの行政体を設置する様想定されていた。
時の野党であるエドワード・ヒース率いる保守党 はこの提案に反対した。保守党は1970年の総選挙で勝利をおさめ、独自の地方行政機構を定める作業に着手した。これにより単一自治体という概念は放棄され (カウンティ・バラはあったものの) — イングランドおよびウェールズ全域は一様にカウンティとディストリクトへと分割された。イングランドでの新区画は基本的には伝統的カウンティを規範としていたが、都市部以外では抜本的な地区再編が進められた地域もあった。
地方行政再編の結果として誰の忠誠にも影響はなかろうとの再三の政府からの保証にもかかわらず、地方からの強い反対があがり、最も過激な変更は取り下げられた。政府が固執した点の一つは規模の小さいカウンティの統合である。ルートランドとヘレフォードシャーの存続キャンペーンは不首尾に終わったが、ワイト島はその伝統的カウンティであるハンプシャーに編入されたものの地理的隔離ゆえに独自のカウンティカウンシルの維持を認められた。
この地方行政法は1972年に議会を通過し、イングランドのカウンティならびに都市ディストリクトを規定したが、非都市ディストリクトについては規定がなく、既に活動を始めていた境界委員会によって規定された[6]
都市カウンティは以下の通りである:
- マージーサイド - リヴァプール周辺を基本に、ランカシャー南西部、チェシャー北西部のウィラール周辺、マージー川対岸
- グレーターマンチェスター - マンチェスター市街地ならびに周辺の町多数
- サウスヨークシャー - ウェスト・ライデイング・オブ・ヨークシャーのシェフィールド-ロサーハム地区を基本
- タインアンドウィア - ノーサンバーランドのニューカッスル-アポン-タイン、ダラムのサンダーランド周辺を基本とするタインサイド都市圏
- ウエスト・ミッドランズ - ブラック・カントリーならびにコヴェントリーを含むバーミンガム都市圏
- ウェストヨークシャー - ウェスト・ライデイングのリーズ-ブラッドフォード地区
それ以外の主要な変更点は以下の通り:
サマセット北部、グロスターシャー南部、ブリストルならびに バースよりエイヴォンを構成
- ダラム南部、 ガイズバラおよびハートリプール周辺を含むティーズサイド都市圏を中心としたノース・ライディング北部よりクリーヴランドを構成
- ウェストモーランド、カンバーランドならびにランカシャーおよびヨークシャーの一部よりカンブリアを構成
- ヘレフォードシャーとウスターシャーを併合してヘレフォード・アンド・ウスターに
- ヨークシャー東部およびリンカンシャー北部よりハンバーサイドを構成
- ハンティンドン・アンド・ピーターバラをケンブリッジシャー
- ルートランドを一ディストリクトとしてレスターシャーに編入
- バークシャーのかつてのカウンティ・タウンであるアビンドンを含むヴェール・オブ・ホワイトホースをオックスフォードシャーに編入し、ワリンフォードならびにディドコット周辺地域とともにサウスオクスフォードシャーディストリクトの西半分に
- ボーンマスをハンプシャーからドーセットへ移し、姉妹市プールと合併
[編集] 1974年から1995年の区分図
| 1974年から1995年にかけてのイングランドのカウンティ | ||
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[編集] 都市カウンティカウンシルの廃止
詳細は「en:Local Government Act 1985」を参照
1986年、サッチャー政権は中央政府での論争に続いて都市カウンティカウンシルならびにグレーターロンドンカウンシルを廃止したが、カウンティそのものは法的に存続した。
[編集] 1992年の地方行政法
詳細は「en:Local Government Commission for England (1992)」を参照
1990年代、カウンティ・バラは新名称単一自治体のもとに再編され、イングランドの行政地図は大きく変化した。再編は数次に渡っておこなわれた。
1995年4月1日、ワイト島が単一自治体となった。かつてはワイト島カウンティカウンシルと、メディナバラ・カウンシル、 サウスワイトバラ・カウンシルよりなる二層構造であった。同日グレーターロンドンとの境界にあるサリーならびにバッキンガムシャーの小地域がバークシャーへ移された。
1996年4月1日、人口の少ないエイヴォン、ハンバーサイド、クリーヴランドの三カウンティが廃止され、各地域は単一自治体に分割された。同日、ヨークが拡張の上ノースヨークシャーから分離された。
1997年4月1日、ボーンマス、ダーリントン、ダービー、レスター、ルートン、ミルトンキーンズ、プール、ポーツマス、ルートランド、サウスハンプトンの各ディストリクトが単一自治体となった。また、ブライトンおよびホーヴディストリクトが併合されて新しい単一自治体ブライトン・アンド・ホーヴとなった。
1998年4月1日、ブラックプール、ブラックバーン・ウィズ・ダーウェン、ハルトン、メドウェイ、ノッティンガム、ピーターバラ、プリマス、スウィンドン、ストーク-オン-トレント、サウスエンド-オン-シー、テルフォード・アンド・レキン、トーベイ、サーロック、ウォリントンが単一自治体となり、ヘレフォード・アンド・ウスターが廃止されヘレフォードシャー単一自治体とウスターシャーシャイアカウンティに置き換えられた。バークシャーは6単一自治体に分割されたが、法的な廃止はなされなかった。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- ウィリアム・ハンプトン著/君村昌監訳 『地方自治と都市政治』 敬文堂 1996年(原書1991年) 382頁 ISBN 4-7670-0016-5
- 下條美智彦著 『イギリスの行政』 早稲田大学出版部 1995年 246頁 ISBN 4-657-95936-0
- 高寄昇三著 『現代イギリスの地方自治』 勁草書房 1996年 204頁 ISBN 4-326-30105-8
- 山田光矢著 『パリッシュ −イングランドの地域自治組織 (準自治体) の歴史と実態』 北樹出版 2004年 172頁 ISBN 4-89384-942-5
- ^ Jones, B. et al, Politics UK, (2004)
- ^ Elcock, H., Local Government, (1994)
- ^ Her Majesty's Stationary Office, Aspects of Britain: Local Government, (1996)
- ^ Bryne、T.、Local Government in Britain、(1994)
- ^ Jones, B. et al, Politics UK, (2004)
- ^ Arnold-Baker, C., Local Government Act 1972, (1973)
[編集] 外部リンク
- European Parliamentary Elections Act 1999 - Schedule 2 - Electoral Regions in England 1999 年に廃止されたカウンティの多くのリスト
最終更新 2009年11月18日 (水) 07:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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