イングヴェイ・マルムスティーン
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| イングヴェイ・マルムスティーン | |
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| 基本情報 | |
| 出生名 | Lars Johan Yngve Lannerbäck |
| 別名 | イングヴェイ・ヨハン・マルムスティーン |
| 出生 | 1963年6月30日(46歳) |
| ジャンル | ネオ・クラシカル・メタル |
| 職業 | ギタリスト 作曲家 |
| 担当楽器 | ギター ベース・ギター 鍵盤楽器 歌 シタール チェロ |
| 活動期間 | 1982年~現在 |
| レーベル | ポリドール エレクトラ ポニー・キャニオン スピットファイア・レコード ユニバーサル・ミュージック ライジングフォース・レコード |
| 共同作業者 | ライジング・フォース スティーラー アルカトラス |
| 影響 | ジミ・ヘンドリックス リッチー・ブラックモア ウリ・ジョン・ロートなど |
| 公式サイト | yngwie.org |
イングヴェイ・マルムスティーン(Yngwie Malmsteen、本名Lars Johan Yngve Malmsten、1963年6月30日 - )は、スウェーデン・ストックホルム出身のミュージシャンであり、ロック・ギタリスト。「インギー」の愛称で親しまれている(ただ、本人はこの愛称をあまり好く思っていないとされる)。ロック・ギターにクラシック音楽の要素を盛り込み、驚異的な速弾きでギター奏法に大革命をもたらした。マイケル・シェンカーの「神」に対して「王者」と呼ばれる[1]。
目次 |
[編集] 略歴
1963年6月30日、4人兄弟の末弟として出生。生まれて間もなく両親が離婚し、画家の母に育てられる。10歳までは軍人である父方の「Lannerbäck」姓を名乗っていた(「Malmsteen」は母方の姓の英語読み)。5歳の誕生日にはプレゼントとしてアコースティック・ギターを、翌年の誕生日にはトランペットを母からもらうが、どちらも興味がなく、やっても長続きしなかったという。
1970年、世界的なギタリストジミ・ヘンドリックスが死去。TVで彼の特集番組を見て、ギターに興味を持ち練習を始める。また、姉からディープ・パープルのレコードを貰い、ここでもまた大きな影響を受け、ギターのコピーをし始める。彼が音楽から影響を受けたのには、姉も関係していたようである。この頃からクラシックも聴き始め、ヴァイオリンの楽譜をギターで弾くことにも挑戦していた。
少年時代は、英語と美術の成績はすこぶる良かったものの、甘やかされて育ち、粗暴な少年で不登校気味であった。母親は学校に行かずに家でギターの練習をする生活を許した為、自宅でたっぷりとギターの練習をした。やがて学校の廊下をバイクで走るような問題児になり、15歳のときに学校を退学、ギター修理店でリュート製作をしていた。しかし、姉であるロロ・レナーバックへのインタビューによると仕事はしておらず、いつも自宅地下の練習場でギターを弾いており、食事は祖母に頼っていたとのこと[2]
1983年、イングヴェイのデモテープを聴いたシュラプネル・レコーズのマイク・ヴァーニーの誘いでロサンゼルスへ渡る。地元のメタルバンド「スティーラー(Steeler)」に加入。同年これを脱退し、グラハム・ボネット率いる「アルカトラス(Alcatrazz)」に加入し名声を得る。
1984年、自らのバンド「ライジング・フォース(Rising Force)」を結成。デビューアルバム「Yngwie J. Malmsteen's Rising Force」をリリース。
1987年6月22日、彼の運転するジャガーが木に激突するという大事故を起こす。8日間にわたる意識不明の重体で、ギタリストの命である手(右手)に後遺症による麻痺も煩いリハビリで何とか克服するが、後のギタープレイに影響することになる。
1988年、4thアルバム「Odyssey」をリリース。同年、母リグマーが死去。
1989年、Rising Force解散。以降は彼自身の名で活動をしていく。
1990年、母に続き、兄ビヨンが鉄道事故により他界。
1993年、当時のイングヴェイの婚約者の母が、彼と婚約者との結婚に反対する中、「自分と娘は(イングヴェイに)暴力を受け監禁されている」と通報。一度は逮捕されるが、誤認と分かり釈放される。
1998年、現在のマネージャーである3度目の結婚相手・エイプリル夫人と間に長男が誕生。翌年、息子と共にBURRN!誌11月号の表紙を飾る。
1999年、アルバム「ALCHEMY」をリリース。これ以降はライジング・フォース名義で活動していく。
2008年、自らのレコードレーベル「ライジングフォースレコード」設立。
[編集] プレイ・スタイル
楽曲の特徴は、古典的なハードロックにハーモニックマイナー・パーフェクト・フィフス・ビロウというスケール(本人が言うところのフリジアンスケール)とアルペジオを主とした高速なギター・ソロが加わる所である。スウィープ奏法や、エコノミーピッキングなどのテクニックの存在を広く知らしめたとも言われる。インストゥルメンタルに於いては、大部分がインプロヴィゼーションに基づいている。その超絶なスケーリングは、19世紀の名バイオリニストであるニコロ・パガニーニの技巧に多大なる影響を受けたとされる[3]。ジミ・ヘンドリックス、ウリ・ジョン・ロート、ジェネシス、ディープ・パープル、クイーン等の影響が強く、リッチー・ブラックモアが初期レインボーで展開した様式美路線を極端化させた作風で欧州や日本における人気を確立した。
自らが7歳の時にテレビで観てギターを始めるきっかけになったとされるのがジミ・ヘンドリックスである。またスケーリングやジミの解釈に多大なヒントを与えたのはウルリッヒ・ロートであるとの認識が一般的[要出典]。マルムスティーン自身は(スウェーデン時代に初期スコーピオンズをカバーしていた映像が残っているにもかかわらず)ウルリッヒからの影響を初期には否定していたが、現在は肯定に転じ、敬愛するギタリストの一人として挙げている[4]。
速弾きばかりが強調されがちであるが、メロディのセンスも秀逸で、かつブルースもプレイできる(アルバム「Live in Leningrad」の「Spanish Castle Magic」など)。
使用機材は一貫してフェンダー・ストラトキャスターとマーシャル・アンプで、リッチー・ブラックモアの影響が大きい。2008年11月には以前メインで使用していた「DUCK」を傷などの詳細まで再現されたレプリカがフェンダーより定価180万円で発売された。
弦は1弦が.008~からというかなり細い弦を使用している。また彼のトレードマークとなっている「スキャロップド指板」によって軽いタッチで押弦出来ることからあの驚異的な速弾きが生み出される。ピックは1.5mm厚のかなり分厚い物を使用している。
嫌いな音楽は数あれど特に好きではないのはフュージョンだといわれている[要出典]。理由は「ベースが調子に乗って前に出ているから」であるという[要出典]。
[編集] 出自
先祖はスウェーデンの貴族である。彼の先祖は1622年に銀の鉱山を発見し、その功績を称えられてスウェーデン国王から伯爵の位を与えられた。マルムスティーンの姓はこれにちなみ、「マルム」=「銀の」、「スティーン」=「鉱石」に由来するといわれる[5]。現在、彼の自宅には伯爵の紋章が飾られている。これをモチーフにした曲が 『Overture 1622』(『MAGNUM OPUS』収録)である。
これに関して、マルムスティーンがブルース・ディッキンソン(アイアン・メイデン)に「先祖が貴族なんだ」と言ったところ、「それがどうした?」と軽くあしらわれ激怒した(インタビューでは「非礼な奴」を連呼していた)という逸話がある[6]。
[編集] エピソード
- 所有するストラトの数は200本以上である。
- 彼のマーシャルは1971年製マーク2、50ワットである。
- バレットトラスロッドのついたラージヘッドストラトに拘っている理由は、それが他の年代のものよりリッチで満たされた音がするから、とインタビューで応えている。
- 1988年、日本ツアーに向かう飛行機内(ファーストクラス)で、メンバーは酷く酔っ払い周囲に迷惑をかけていた。酔っ払い眠ってしまったイングヴェイに、その場にいた女性が水を掛け、それに怒った彼は「What the f**k!You unleashed the fury!!」と言い放った。しかし、メンバーがその場面を録音し、2001年にインターネットで流された。この事は後に『アンリーシュ・ザ・フューリー - Unleash The Fury』のタイトルの元ネタにもなった。
- 1993年9月自宅にて誤認逮捕をされた際は、バスローブ姿で警察に連行された。
- 1992年頃から太り始め、2002年の『アタック!!』発売時には顎の肉に顔が埋もれるほどまで肥満したが、現在は太り始めた頃の体型に戻っている。2007年現在、喫煙と飲酒をやめている。
[編集] ディスコグラフィ
[編集] スティーラー
- Steeler(1983)
[編集] アルカトラス
- アルカトラス - Alcatrazz(1983)
- ライヴ・センテンス - Live Sentence [ライブ](1984)
[編集] ソロ名義
- ライジング・フォース - Rising Force(1984)
- トリロジー - Trilogy(1986)
- トライアル・バイ・ファイアー:ライヴ・イン・レニングラード - Trial By Fire: Live In Leningrad [ライブ](1989)
- エクリプス - Eclipse(1990)
- ファイヤー・アンド・アイス - Fire And Ice(1992) オリコンチャート1位を獲得
- セブンス・サイン - The Seventh Sign(1994)
- アイ・キャント・ウェイト - I Can't Wait [MCD](1994)
- マグナム・オーパス - Magnum Opus(1995)
- インスピレーション - Inspiration (1996)
- フェイシング・ジ・アニマル - Facing The Animal(1997)
- ライブ!! - Live!! [ライブ](1998)
- エレクトリック・ギターとオーケストラのための協奏組曲 変ホ短調『新世紀』 - Concerto Suite for Electric Guitar and Orchestra in E flat minor Op.1 -Millenium-(1998)
- アンソロジー 1994-1999 - Anthology 1994-1999 [コンピレーション](2000)
- エレクトリックギターとオーケストラのための協奏組曲 変ホ短調:コンチェルト・ライヴ・イン・ジャパン・ウィズ・新日本フィルハーモニー交響楽団 - Concerto Suite for Electric Guitar and Orchestra in E flat minor LIVE with the New Japan Philharmonic [ライブ](2002)
- ザ・ジェネシス - The Genesis [デモ集](2002)
- 王者烈奏~インストゥルメンタル・ベスト・アルバム - Instrumental Best Album [コンピレーション](2004)
- エンジェルス・オブ・ラブ - Angels of Love [アコースティック](2009)
[編集] ライジング・フォース名義
- マーチング・アウト - Marching Out(1985)
- オデッセイ - Odyssey(1988)
- アルケミー - Alchemy(1999)
- ウォー・トゥ・エンド・オール・ウォーズ - War To End All Wars(2000)
- アタック!! - Attack!!(2002)
- アンリーシュ・ザ・フューリー - Unleash The Fury(2005)
- パーペチュアル・フレイム - Perpetual Flame(2008)
[編集] ビデオ(VHS/DVD)
- メタリックライブ 84 - Metallic Live'84 ※Alcatrazz名義
- ライブ'85 - Live'85【VHS】
- チェイシング・イングヴェイ/トーキョー・ライヴ'85 - Chasing Yngwie/Live in Tokyo'85 【VHS】※余計なエフェクトの掛かっていない方
- トライアルバイファイヤー : ライブインレニングラード - Trial By Fire : Live In Leningrad '89 【VHS】
- コレクション - the Yngwie Malmsteen Collection 【VHS/DVD】
- LIVE~レオ・フェンダーに捧ぐ~ - LIVE -Tribute to Leo Fender-【VHS】(1993)
- ライヴ・アット・武道館 - Live at Budokan【VHS/DVD】
- ライブ!! - Live!! 【VHS/DVD】
- ビデオクリップ - Video Clips 【VHS/DVD】
- コンチェルト・ライブ・イン・ジャパン・ウィズ・新日本フィルハーモニー交響楽団 - Concerto Suite for Electric Guitar & Orchestra【DVD】
- Rising Force : Live In Japan '85 (2006) 【DVD】
- Trial By Fire : Live In Leningrad '89(2006)【DVD】
- Far Beyond The Sun (2007)【DVD】
[編集] 趣味
車はフェラーリをこよなく愛し、ギターにフェラーリのロゴステッカーを貼っていることが多い。2008年発表のアルバム『PERPTUAL FLAME』に収録されている楽曲『Red Devil』はイングヴェイの愛車について書かれたものである。ちなみにアルバムの歌詞カード裏は赤いフェラーリをバックにポーズをとるイングヴェイのポスターになっている。
[編集] 歴代の名言(迷言)
音楽雑誌等における彼の発言を以下に列挙する。
- 『俺は貴族なんだ。正確には伯爵だ。』
- 『俺はルックスは悪くないし、金持ちだし、有名だ。』
- 『俺以外の奴等はみんなカス』
- 『俺の音楽が分からない奴等はクズ』
- 『俺はアンチ・クライストだ!!』(※初めてロン・キールに彼が会ったとき、「666」とペイントされたギターケースやスーツケースを見せながら言った言葉。ロンは、「こいつは気×いだ」と恐れたらしい。)
- 『俺にとっての最大のファンクは、ジミ・ヘンドリックスだ。』
- 『スウェーデンでは俺は嫌われているんだ。理由は、俺が成功していて金持ちだからさ。』
- 『スウェーデンでフェラーリに乗っていると「税金を誤魔化したのか!?」とからかわれる。(税金が高いため)』
- (手のひらがでかくて指が長いことをインタビュアーに指摘されて)『そうかい?○○もでかいけどね。(笑)』
- 『“ブラック・スター”と“ファー・ビヨンド・ザ・サン”、この2曲は俺が死ぬまでプレイする!』
- 『“ネヴァー・ダイ”っていうのは結局のところ俺のポリシーかもしれない』
- 『「誰々に似ないようにする」っていうのが,俺の1つのポリシーなんだ。』
- 『スティーヴはアンチクライストだぜ!』 (※スティーヴ・ヴァイとの対談で。スティーヴは1960年6月6日生まれ。)
- 『(スティーヴ・ヴァイとの対談で『私は「セブンス・サイン」のジャケットも好きだ』と言われ)キツい冗談だな?』
- 『俺のスタイルに影響を受けたギタリストが大勢いることは光栄だけど、それを自分のスタイルだと主張する奴等があまりにも多すぎる。』
- 『例えばドリーム・シアターってバンドがあるだろ?彼らは結構良いよね。』
- 『ドリーム・シアター?あのドラムには時々イライラさせられるね。変化が多い。忙しすぎる。ああいうのは好きじゃない。』
- 『ジョー・リン・ターナーは唯一の相棒だ』
- 『ジョー(リン・ターナー)は本当にパワフルで、かつソウルフルだよ』
- 『ジョー(リン・ターナー)がソウルメイトだって? あんなヤツがソウルメイトだなんて聞いてあきれるよ。』(※これに対しジョーは『彼が「僕が曲を作った」と言っているのは気に入らないね。単にリフがたくさんあっただけで、そこから僕が曲を作ったんだ。彼が傲慢なときは本当に嫌いだね。「嘘を言うなよ」、と言いたいね。』と反論した)
- 『リッチー(・ブラックモア)のいないディープ・パープルは成立しないよ。リッチーの代わりになれるのは俺だけさ。』(2009年にはリッチーのいないディープ・パープルと共にツアーを行っている。当初はディープ・パープルと一緒に演奏する予定であったが、実際のライブでは別々の演奏となった。最終日の東京公演で「Smoke on the Water」に飛び入りで演奏した。)
- 『ジミー・ペイジが3大ギタリストとして認められている事は、とんでもないジョークとしか思えない!』(※ペイジの人柄に触れてからは複雑な心境らしい)
- 『ジェフ・ベックはゲイリー・ムーアの真似をしているのか?』(※ゲイリーの方がジェフの影響を受けたと語っている)
- 『ハッハー! スレイヤーなんてお笑いだぜ!』
- 『エクソダス?ウェー、ひどいな。これだけたくさんのミスがあると一晩中かかっても指摘しきれないぜ!! まるで才能がないね』
- 『フランク・ザッパの音楽は、はっきり言って不協和音に聞こえる。』
- 『クリス・インペリテリは俺のプレイを端から端までパクっているだけ。』
- 『ヌーノ・ベッテンコートにはカリスマ性が感じられない。』
- 『カモン・ベイベー! イエイ! ロックンロール! なんて歌詞は大嫌いだ!』(2005年)
- 『バッハが死んでから誰も作曲はしてこなかった。みんなバッハの真似なんだ。それ以後、初めて作曲をしたのは俺なのさ。』
- 『グラハム・ボネットには音楽的才能が何もなかったから、良い踏み台になると思って(アルカトラスに)加入した。』
- 『(アルカトラスの)メンバーはみんな年をとって車椅子状態だからなぁ。こんな感じで(笑)(点滴を腕にさした老人の身振りをする)』
- 『イングヴェイが駄目なら他へ行っちまえ』("Yngwie or Highway" ※イング-WAYという発音を利用した掛詞)
- 『(店員に)ピックね~か? 俺のアダ名は "早くピックよこせ" だぜ』(ギターショップにて試奏申し出の発言)
- 『速弾きっていうのは、チョーキングと同じように強力な音楽的表現法の1つだと思う。』
- 『流行ものの音楽なんて、マクドナルド・シンドローム(症候群)だ。』(1994年)
- 『(グランジ等の90年代当時の音楽シーンに対し)ジミ・ヘンドリックスやディープ・パープルで育った俺には信じられないものが多すぎる。』(1994年)
- 『(これまで高い評価を受けた数々のギタープレイに対し)技術的な難易度やユニークさという点でのインパクトは今となれば当時程感じられない。』(2006年)
- 『世間はソ連で初ライヴを行ったのは、ボン・ジョヴィということで認知されてしまい、それを知ったイングヴェイは「レコード会社の謀略だ!クソ!****!」と言い放った。』
- 『「インスピレーション」は“インスピレーション・アルバム”であって、カヴァー作品じゃない。』
- 『マーク・ボールズは(「トリロジー」の頃は)変な行動が多かったね。変わっていたよ。手に負えなかったね。クレイジーだったよ。』
- 『(「ファイアー・アンド・アイス」に対して)今まで、自分らしいといわれてきたエッセンスをすべて集結し、まとめあげてみた。100%イングヴェイ・マルムスティーンと言える内容さ!!(グッと親指を立てる)』
- 『(マイク・テラーナに向かって)お前はただのドラムなんだよ!』
- 『死んだ魚みたいになった奴等(過去のメンバー達)と一緒に音楽を作る事はできない。不感症の女を相手にしているみたいで…。俺が好きなのは色情狂だ(笑)。』
- 『奴ら(メンバー)は給料をもらう為だけにいるんだ。』
- 『俺はいつも奴等(メンバー)に言っているんだ。「ヘマをするんじゃない。やるべきことをやっていれば個人的評価も得られるようになる!」ってね。確かに俺のバンドのメンバーでいるってのは、難しいシチュエーションだと思う。俺はリーダー以上の存在…いわば「絶対的存在」だからね!』
- 『(解雇したドラマー、ボー・ワーナーについて)彼はドラマーとしては最高だったが、とんでもない馬鹿だった。生まれてこのかた、あれ以上頭の悪い奴には会った事がないっていうくらい酷くて、この俺でさえ手に負えなかったんだ。そんじょそこいらの馬鹿とは訳が違うぜ!あれは世界でも1・2を争うほど凄まじい馬鹿だ。脳みそがあるとはとても思えなかったね。』
- 『マッツ・レヴィンは素晴らしい。本当に巧いよ。』
- 『マッツ(・レヴィン)の起用は間違いだった。電話ボックスの中でしか唄った事がなくてね。』
- 『俺のこれまでのアルバムが帆船だとしたら、ニュー・アルバムは原子力潜水艦さ!』BURRN ! 2008年 06月号
脱退した(解雇した)メンバーについては、ほぼ例外なく激しくこき下ろしているが、近年は脱退後もマーク・ボールズやデレク・シェリニアンらの実力を誉めるなど、軟化した態度も見られる。また、ここに列挙した名言はあくまで一部であり、他にも数多くの名言が存在する。
参考文献:『BURRN!』「イングヴェイ・マルムスティーン名(迷!?)言集」(34頁~37頁)2004年5月号
[編集] 時代別関係者
バンドメンバー構成はアルバムごとに大幅に替わり、安定して在籍するメンバーは基本的に存在しない。第四期ライジング・フォース期の編成(イェンス&アンダース・ヨハンソン兄弟、ジョー・リン・ターナー)がいわゆる「黄金期」と目されている。また、ツアー中にメンバーが替わることもある。
- ヴォーカル
- ジェフ・スコット・ソート→マーク・ボールズ→ジェフ・スコット・ソート→ジョー・リン・ターナー→ヨラン・エドマン→マイク・ヴェセーラ→マッツ・レヴィン→マーク・ボールズ→ヨルン・ランデ→マーク・ボールズ→ドゥギー・ホワイト→ティム・オーウェンズ
- ベース
- マルセル・ヤコブ→ウォーリー・ヴォス→バリー・ダナウェイ→スヴァンテ・ヘンリソン→バリー・スパークス→バリー・ダナウェイ→ランディ・コーヴェン→ミック・セルヴィーノ→ルディ・サーゾ→ミック・セルヴィーノ→ビヨルン・エングレン
- ドラム
- バリモア・バーロウ→アンダース・ヨハンソン→マイケル・フォン・ノリング→ピート・バーナクル→ボー・ワーナー→マイク・テラーナ→シェーン・ガラース→トミー・アルドリッヂ→コージー・パウエル→ヨナス・オストマン→ジョン・マカルーソ→ティム・ドナヒュー→パトリック・ヨハンソン
- キーボード
- イェンス・ヨハンソン→マッツ・オラウソン→デレク・シェリニアン→ヨアキム・スヴァルベリ→デレク・シェリニアン→マイケル・トロイ
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- YOUNG GUITAR 1998年4月号増刊 『The 100% イングヴェイ・ヨハン・マルムスティーン』(シンコーミュージック・エンタテイメント 1998年)雑誌08838-4
- 天才ギタリスト イングヴェイ・マルムスティーン(シンコーミュージック・エンタテイメント)ISBN 978-4-401-63121-6
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月20日 (金) 16:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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