インテック
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| 種類 | 株式会社 | ||||||
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| 市場情報 |
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| 本社所在地 | 〒930-8577 富山県富山市牛島新町5番5号 |
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| 電話番号 | 076-444-1111 | ||||||
| 設立 | 1964年(昭和39年)1月11日 | ||||||
| 業種 | 情報・通信業 | ||||||
| 事業内容 | ITコンサルティング システムインテグレーション ソフトウェア開発 アウトソーシング ネットワーク |
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| 代表者 | 金岡克己(代表取締役執行役員社長) 盛田繁雄(代表取締役執行役員副社長) |
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| 資本金 | 208億30百万円(2007年6月30日現在) | ||||||
| 売上高 | 984億96百万円(2008年3月期 単体) | ||||||
| 従業員数 | 3,420名(2008年4月1日現在) | ||||||
| 外部リンク | http://www.intec.co.jp/ | ||||||
株式会社インテック (INTEC INC.) は、大手独立系システムインテグレーターである。
目次 |
[編集] 概要
ITコンサルティング、システムインテグレーション、アウトソーシング、ソフトウェア開発、ネットワークサービスを提供する、総合ITベンダーである。社名のINTECは、INformation TEChnologyが由来の一つである。
大型汎用機が高価だった時代に、共同利用する構想で1964年に「株式会社富山計算センター」(資本金1,000万円)として創立され、1970年に商号を「株式会社インテック」に変更している。
地方の情報処理会社から、積極的な全国展開を行い日本を代表する独立系システムインテグレーターへと成長していった。
企業向けのビジネスを展開しているため、一般消費者には馴染みが薄いが、過去に「Tri-P(トライピー)」というパソコン通信向けVANサービスを展開していた。電話料金が高く、全国にアクセスポイントが無い時代に、距離に関係なく一律料金でホスト局に接続できたため、重宝したユーザーも多かった(2005年1月31日サービス終了)。また、1989年から1990年代前半にかけて家庭用ゲーム機・PCエンジン用ソフトの開発・販売も行っていた。
研究開発にも取り組み、インテックシステム研究所(インテック・ウェブ・アンド・ゲノム・インフォマティクスと改名後、再びインテックシステム研究所と社名を戻した)を設立し「ネットワークのインテック」の基礎を築く。その後、IPv6の基盤研究を目的としたインテックネットコアを設立している。
研究開発により、通信事業者としては初のISDNサービスの実施や、通信カラオケシステムの構築を実施するなど、独自の技術開発力と通信へのノウハウをソフトウェア開発と結びつけたビジネス展開を得意とする。
1994年に本社ビルとなる23階建て超高層ビル・タワー111を建設した。 2005年に通信事業を行っていた、インテックコミュニケーションズを吸収合併。機器販売のアイ・ユー・ケイとソフトウェア開発のインテックソリューションパワーの株式を100%取得し完全子会社化。本体のユースウェア事業をアイユーケイに移管する、などのグループ会社再編を実施した。また、宮地専務取締役が代表取締役執行役員社長に昇格し、中尾哲雄社長が代表権のある会長に就任する人事を発表した。
また、インテック(東証1部)とインテック・ウェブ・アンド・ゲノム・インフォマティクス(東証マザーズ)は、2006年10月2日に株式移転による共同持株会社「株式会社インテックホールディングス」を設立した。純粋持株会社へ移行することにより、経営効率化と収益力向上を目指すとしている。これによりインテック株及びインテック・ウェブ・アンド・ゲノム・インフォマティクス株は上場廃止となり、それぞれの株主はインテックホールディングスの株主となった。
なお、ワールドインテックとは無関係である。
[編集] 沿革
- 1964年 - 富山計算センターを設立。
- 1970年 - 株式会社インテックに商号を変更。
- 1982年 - 名古屋証券取引所市場第2部上場。
- 1984年 - 東京証券取引所市場第2部上場。
- 1986年 - 東京・名古屋証券取引所市場第1部上場。
- 1989年 - インテック・システム研究所設立。
- 1994年 - 本社ビル「タワー111(トリプルワン)」竣工。
- 1999年 - 東京ビル(東京都江東区新砂1-3-3)竣工。
- 2000年 - 東京電力ならびに東京通信ネットワークとインターネット・データセンター事業会社(株)アット東京設立。
- 2002年 - 次世代インターネット戦略企画・研究のインテック・ネットコア設立。
- 2003年 - 中国遼寧省に大連センター開設、中国湖北省武漢にINTEC武漢設立。
- 2006年6月 - インテック本社前ビル「ポートラムスクエア」竣工。
- 2006年9月 - 東京証券取引所市場1部への上場廃止。
- 2006年10月 - 純粋持株会社制へ移行。株式会社インテックホールディングス設立。同持株会社での東京証券取引所市場第1部へ上場。
- 2007年 - TISとの共同持株会社による経営統合を決定。
[編集] ゲームソフト
現在は、ゲーム開発は行っていない。
- これがプロ野球'89 / これがプロ野球'90
- ザ・プロ野球 / ザ・プロ野球SUPER / ザ・プロ野球SUPER'94
- 格闘覇王伝説アルガノス(フィルインカフェ開発。ジャケットにも使われたイメージイラストは、義仲翔子が手掛けている)
- GALAXY刑事GAYVAN(フィルインカフェ開発)
- 戦国関東三国志
- 太平記
- チャンピオンシップラリー(フィルインカフェ開発)
- 都留照人の実践株式倍バイゲーム
- 夢幻の如く
- おとぼけ忍者コロシアム
[編集] その他
[編集] インテック本社前駅
2006年4月に開業した富山ライトレール富山港線は、タワー111北側の都市計画道路に併用軌道が敷設され、停留場がタワー111前に設置された。富山ライトレールが販売した命名権をインテックが1,500万円で買い取り、「インテック本社前駅」となった。
[編集] ソフトウェア工場化
2003年に相次いで、中国二箇所にソフトウェア開発の拠点を設置し、オフショア開発を積極的に進める一方、本社のある富山市に人員リソースを集中させ、中国拠点を組み合わせた低コストなソフトウェア開発を目指す「ソフトウェア工場」構想を掲げ、推進している。2006年6月28日、本社ビルの北側にソフトウェア開発集約の拠点として、新しいオフィスビルが竣工、愛称は「ポートラムスクエア」となった。ポートラムは富山ライトレール富山港線とその車両の愛称である。
[編集] グループ企業
- ITホールディングス
- インテックホールディングス
- インテックシステム研究所
- アイ・ユー・ケイ
- インテックソリューションパワー
- 高志インテック
- インテック・ネットコア
- 英特克信息技術(武漢)有限公司(インテック武漢)
- 北国インテックサービス
- ウィズインテック
- 北海道インテック(2008年4月30日 解散)
- キーポート・ソリューションズ
- オーテック
- 中央システム
- エス・クルー
- ビット・クルーズ
- ネクスウェイ
- フレックス
- アイ・エヌ・キューブ
- アイデック
- インテックアメニティ
- スカイインテック
- ヒューマ
- エス・クルー
- マイテック
- インテック・アイティ・キャピタル
- プラネット
- イーソリューションズ
- アット東京
- 新川インフォメーションセンター
- インテックリース(2007年11月1日 高志インテックへリース事業譲渡)
- クラウド・スコープ・テクノロジーズ
[編集] インテックグループが出資している主な企業
上場企業
非上場企業
- チューリップテレビ - 筆頭株主
- エクシング - 主要株主(第2位)
- 富山エフエム放送 - 主要株主(第3位)
- テックファーム - 主要株主(第3位)
- 廣貫堂 - 主要株主(第6位)
- ケーブルテレビ富山 - 主要株主(第5位)
- 高岡ケーブルネットワーク - 主要株主(第5位)
- 富山観光開発 - 主要株主(第7位)
- 佐藤鉄工 - 主要株主(第8位)
- 日本海ガス - 新田八朗代表取締役社長はインテックホールディングスの取締役 - 主要株主(第9位)
- 富山第一銀行 - 金岡純二代表取締役頭取はインテックホールディングスの取締役 - 主要株主(第10位)
[編集] 平均年齢・勤続年数・年収
(有価証券報告書調べ)
- 2006年3月 35.7歳 11.6年 577.2万円
- 2005年3月 35.3歳 11.1年 576.0万円
- 2004年3月 34.8歳 10.7年 558.3万円
- 2003年3月 34.7歳 11.5年 542.6万円
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年8月1日 (土) 09:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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