インノケンティウス6世 (ローマ教皇)
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インノケンティウス6世(Innocens VI, 1282年 - 1362年)は、アヴィニョン捕囚の時期のローマ教皇(在位1352年 - 1362年)。
フランス出身で、本名はエティエンヌ・オベール(Étienne Aubert)。元は法律家で、トゥールーズで大学教授、判事をしていた。
1353年、インノケンティウス6世は、かつてローマの護民官でアヴィニョンに捕らえられていたニコラ・ディ・リエンツォ(通称コーラ)を釈放した(ペトラルカの助言があったという)。アヴィニョン捕囚後、教皇領内も分裂していたため、1354年、コーラとアルボルノス枢機卿をイタリアに派遣した。コーラは政情不穏な状態にあったローマに戻り、市民の歓呼の声を浴びて市政を担当する。しかし専制的な政治を行ったため、まもなく民心は離れ、暴徒と化した群集が押し寄せ、コーラを殺してしまった。
一方、元軍人のアルボルノス枢機卿はフィレンツェで軍勢を集めて教皇領を平定し、教皇領の代理教皇に任命された。
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最終更新 2009年4月22日 (水) 10:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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