ウオッカ

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ウオッカ
2007年5月27日 東京競馬場
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 2004年4月4日(5歳)
タニノギムレット
タニノシスター
母の父 ルション
生国 日本北海道静内町
生産 カントリー牧場
馬主 谷水雄三
調教師 角居勝彦栗東
厩務員 中田陽之
競走成績
生涯成績 20戦9勝(中央)
3戦0勝(ドバイ)
獲得賞金 10億4615万5800円(通算)
10億1746万6000円(中央)
2868万9800円(ドバイ)
WTRR T/M120 -2008年
  
第74回東京優駿1着入線後、レースを台覧した皇太子に最敬礼する勝利騎手・四位洋文

ウオッカ(Vodka)は日本競走馬である。主な勝ち鞍は2006年阪神ジュベナイルフィリーズ2007年東京優駿2008年安田記念天皇賞(秋)2009年ヴィクトリアマイル、安田記念。

目次

[編集] 戦績

[編集] 2006年(2歳)

10月29日京都競馬場新馬戦にて、鮫島克也を鞍上としてデビュー。スタート後すぐに先頭に立つと、直線で再び突き放して勝利を収めた。

二戦目の黄菊賞から四位洋文を鞍上に迎えた。レースはスタートで後手を踏み、2着に敗れた。

3戦目の阪神ジュベナイルフィリーズではスタート後先団に取りつき道中は馬群の中団からレースを進め直線で先に抜け出したアストンマーチャンを差し切り、GI制覇を収めた。この時の勝ちタイム1分33秒1は、レースレコードであると同時に2歳芝1600mの日本レコードであった。

[編集] 2007年(3歳)

2007年の緒戦にはエルフィンステークスが選択された。他馬より2キロ重い56kgの斤量を背負っての出走となったがレースでは直線に入ると馬なりで先頭に立ち、2着のニシノマナムスメに3馬身差の着差をつけて勝利した。続くチューリップ賞ではダイワスカーレットがウオッカとマッチレースを望むかのようにウオッカをひきつけたが、これをクビ差交わし優勝した。なお3着との着差は6馬身であり、2頭の力が突出していることを示す結果となった。桜花賞では前走の結果から瞬発力勝負では分が悪いと踏んだダイワスカーレットが早めに抜け出すという作戦をとり、これを捉えることができず2着に敗れた。

ウオッカには桜花賞に出走する以前から東京優駿に出走するプランが発表されていた。桜花賞で2着に敗れたことで断念するとの見方もあったが、谷水から判断を一任された調教師角居勝彦は牝馬として1996年ビワハイジ以来11年ぶりの出走を決断した。レースでは馬群の中団から直線で抜け出して優勝し、父仔2代での東京優駿制覇を達成した。また、牝馬の東京優駿制覇は1937年ヒサトモ1943年クリフジに続き史上3頭目、戦後初の出来事であった。(レース詳細は第74回東京優駿参照)

その後、初めての古馬との対決となる第48回宝塚記念へ出走。3歳牝馬が宝塚記念に出走するのは1996年のヒシナタリー以来11年ぶりのことであった。しかし、レースでは狙い通りの位置取りを取ることができずに、折り合いを欠いてしまい8着とデビュー以来初の大敗を喫してしまう。

同年秋の凱旋門賞への出走を目指し、ステップレースとしてヴェルメイユ賞から凱旋門賞というローテーションが考えられていた。しかし、8月7日に右後肢の蹄球炎を発症し、馬主サイドとの協議の結果、凱旋門賞出走を断念した。なお蹄球炎は4日間馬房内で治療に専念して回復したものの、この4日間の療養で調教ができなかったことで万全の状態でレースに挑めなくなったことが出走断念の理由となった。

その後8月26日には坂路入りを再開して調教が行われ、秋はトライアル競走を使わず直接第12回秋華賞に向かうことになった。レースでは後方に位置し3コーナーで外から進出していくものの、最後はダイワスカーレットだけでなくレインダンスも交わすことができず3着に敗れた。

次走には第32回エリザベス女王杯が選ばれた。ダイワスカーレットとの決着が期待されたが、レース当日の朝、右関節破行の故障が発生したためレースへの出走を取り消した。しかし症状は軽症だったため、第27回ジャパンカップに出走。迎えたレースでは2番人気に支持され、道中最後尾の位置から最後の直線で猛追するも最後失速し4着だった。

第52回有馬記念‎ファン投票では、1位となる10万544票を獲得した。これは3歳牝馬(旧4歳牝馬を含む)としては初のファン投票1位であった。レースでは折り合いに苦労し、第3コーナーで早めに仕掛けたが早々と失速。マツリダゴッホの11着と大敗、デビュー以来初の2桁着順となってしまう。また、同レースで同じ3歳牝馬のダイワスカーレットは2着に粘り、同馬との直接対決では3戦連続で先着を許し、JRA賞最優秀3歳牝馬の座も奪われてしまった。しかし、牝馬による64年ぶりの東京優駿制覇を選考理由としてJRA賞特別賞関西競馬記者クラブ賞の特別賞を受賞した。

[編集] 2008年(4歳)

第3回ヴィクトリアマイル

京都記念から始動。同世代のアドマイヤオーラが1番人気、ウオッカが2番人気に支持される均衡した評価の中レースが始まる。レースでは好スタートを決めるものの、直後にトウカイトリックに馬体をぶつけられた結果、外側によれて馬群からはやや置いて行かれた形となる。その後、向こう正面ではまたも折り合いを欠き、4角地点で最後方から3頭目の位置から伸びあぐね、最後の最後で鋭い末脚を繰り出すも、6着に敗れた。

次走はドバイデューティーフリーを使う。ドバイで一番結果が出ている日本人騎手ということで武豊を鞍上に迎え挑戦したレースでは、積極的に前から進めるが4着。なお、レースは有力どころの牡馬勢(アドマイヤオーラリテラト、クレカドールなど)が大敗し大荒れとなった。レース後は短期放牧に出され、帰厩後、ヴィクトリアマイルに出走。単勝2.1倍の1番人気に支持されたが、レースでは伸びを欠き、エイジアンウインズを捕らえきれず2着に敗れた。

第58回安田記念

中2週で第58回安田記念へと向かった。なお、東京優駿優勝馬の安田記念出走は1989年サクラチヨノオー以来であり、きわめて異例であった。前走まで騎乗していた武豊が安田記念でスズカフェニックスへの騎乗が決まっていたことから、新たに乗り替わった岩田康誠を背に、レースでは3枠5番という好枠から好スタートを決め先行すると最後の直線、残り1ハロンから一気に抜け出し2着のアルマダに3馬身1/2の差をつけてゴール。東京優駿以来約1年ぶりの勝利でGI及びJpnI競走通算3勝目を飾り、復活をアピールした。グレード制を導入した1984年以降、牝馬による安田記念制覇は1994年ノースフライト以来14年ぶり3頭目であった。また2着につけた3馬身1/2の差はGI格付けされた84年以降の最大着差である。

第49回宝塚記念‎ファン投票では前年の有馬記念に続き1位となる7万5594票を獲得したが、宝塚記念には向かわず、栗東で休養することになった。休養中には、翌年も現役を続行し日本国外へ遠征するプランがあることがオーナーサイドより発表された。

秋初戦は毎日王冠に出走。唯一のGI馬という事もあり、圧倒的な1番人気に支持された。スタート直後に馬なりでハナを切り、そのまま最後の直線まで先頭に立ち、逃げ切りを図ったものの、ゴール前でスーパーホーネットに差され、2着に敗れた。

11月2日、天皇賞(秋)に出走。ライバル・ダイワスカーレットは単騎で逃げ、ウオッカはディープスカイをマークする形でレースを進め、直線に入り残り300メートルからディープスカイとともにダイワスカーレットに並びかける。ゴール前は壮絶な叩き合いとなり、一時は先頭に立つも再びダイワスカーレットが差し返し2頭並んでゴールイン。15分に及ぶ写真判定の末、2cmという僅差で勝利した。また、勝ちタイムは1分57秒2とレコード決着となった。(レース詳細は第138回天皇賞を参照)

天皇賞後はジャパンカップへ出走し、鞍上は天皇賞で手綱を取った武豊がメイショウサムソンに騎乗予定であったため岩田康誠に乗り替わった[1]。最終的に2番人気に支持されたが、まれに見るスローペースに折り合いを欠き、最後の直線で内から伸びてくるものの、3着に敗れた。

第53回有馬記念のファン投票で136619票を獲得し2年連続で1位になったが、同競走を回避した。

2008年度のJRA賞で、年度代表馬と最優秀4歳以上牝馬に選出された。牝馬の年度代表馬選出は1997年のエアグルーヴ以来11年ぶりであった。

[編集] 2009年(5歳)

第4回ヴィクトリアマイル

2009年は再びドバイデューティーフリーを目標にドバイへ遠征。前哨戦としてジェベルハッタに出走したが、終始前を塞がれ結果はバリウスの5着だった。そして迎えたドバイデューティフリーに2年連続で出走。週末のレースまで雨が続いたことから重たい馬場でのレースとなった。レースでは、好スタートから2番手を追走したが、ゴール前で失速。逃げ切ったグラディアトラスから大きく離され7着に終わった。

帰国後は5月17日のヴィクトリアマイルに直行。1番人気に支持され、好スタートから中団の6番手くらいに抑えたが、最終直線で馬場の内側を通り抜けて先頭に立つと後続を突き放し、2着のブラボーデイジーに7馬身の差をつける圧勝。タイムも1分32秒4とヴィクトリアマイルのレースレコードでの勝利となった。この勝利で2歳から現在まで4年連続GI級勝利を挙げ、ホクトベガが有していた、牝馬による生涯獲得賞金の記録を12年ぶりに更新することとなった[2]。また、ヴィクトリアマイルの1番人気での勝利は初となった。

続いて、6月7日の安田記念に出走し前走に引き続き1番人気に支持された。好スタートから道中は中団を進むも、直線で前方を他馬に塞がれ、残り100メートル付近でようやく進路が開く厳しいレースとなったが、そこからディープスカイを差し切って優勝した[3]。安田記念の1番人気での優勝は1998年のタイキシャトル以来11年ぶりであった。このレースの勝利によってウオッカは牝馬として初めて獲得賞金が10億円に到達するとともに、牝馬では最多となるGI級競走6勝目となった。また、1993年ヤマニンゼファー以来3頭目、そして牝馬としては1952年及び1953年に連覇したスウヰイスー以来の安田記念連覇という記録も達成した。

第50回宝塚記念のファン投票で139507票を獲得し1位となったが、同競走を回避して放牧されることとなった。

休養明けの秋初戦は前年同様毎日王冠から始動。単勝1.3倍の圧倒的1番人気に推される。レースでは好スタートから自然にハナを切り、直線に向いても脚色は衰えずそのまま逃げ切るかと思われたが、残り100m付近でカンパニーに差され2着となった。 なお、このレース2着での賞金加算によりJRA通算獲得賞金が10億1746万円となり、JRAでの獲得賞金でも10億円を突破することとなった。 本番の第140回天皇賞(秋)、ここでもウオッカは2.1倍の圧倒的な人気を集める。レースは、好スタートも前哨戦と違って中団やや後方から追走し、直線では内をついて3Fを32秒9のいつもの末脚をみせるが、先に抜けたカンパニーも同じ32秒9の末脚を繰り出したため差は縮まらず1馬身3/4差つけられた上、2番手に粘っていたスクリーンヒーローも捕らえきれず、3着に敗れた。

[編集] 競走成績

年月日 競馬場 競走名 頭数 枠番 馬番 オッズ
(人気)
着順 騎手
距離(馬場) タイム
3F
タイム
勝ち馬/(2着馬)
2006 10. 29 京都 2歳新馬 13 4 4 3.3(2人) 1着 鮫島克也 54 芝1600m(良) 1:35.0(34.5) -0.6 (レースドール)
11. 12 京都 黄菊賞 8 7 7 3.0(2人) 2着 四位洋文 54 芝1800m(良) 1:49.5(34.1) 0.2 マイネルソリスト
12. 3 阪神 阪神JF GI 18 1 2 11.1(4人) 1着 四位洋文 54 芝1600m(良) 1:33.1(34.2) 0.0 アストンマーチャン
2007 2. 3 京都 エルフィンS OP 9 8 9 1.7(1人) 1着 四位洋文 56 芝1600m(良) 1:33.7(34.0) -0.5 ニシノマナムスメ
3. 3 阪神 チューリップ賞 JpnIII 16 6 11 1.4(1人) 1着 四位洋文 54 芝1600m(良) 1:33.7(33.5) -0.1 ダイワスカーレット
4. 8 阪神 桜花賞 JpnI 18 7 14 1.4(1人) 2着 四位洋文 55 芝1600m(良) 1:33.9(33.6) 0.2 ダイワスカーレット
5. 27 東京 東京優駿 JpnI 18 2 3 10.5(3人) 1着 四位洋文 55 芝2400m(良) 2:24.5(33.0) -0.5 アサクサキングス
6. 24 阪神 宝塚記念 GI 18 1 2 3.5(1人) 8着 四位洋文 51 芝2200m(稍) 2:14.0(38.0) 1.6 アドマイヤムーン
10. 14 京都 秋華賞 JpnI 18 8 16 2.7(1人) 3着 四位洋文 55 芝2000m(良) 1:59.3(33.2) 0.2 ダイワスカーレット
11. 11 京都 エリザベス女王杯 GI 14 3 3 取消 四位洋文 54 芝2200m(良) 出走取消 ダイワスカーレット
11. 25 東京 ジャパンC GI 18 6 11 6.1(2人) 4着 四位洋文 53 芝2400m(良) 2:24.9(33.6) 0.2 アドマイヤムーン
12. 23 中山 有馬記念 GI 15 8 16 6.9(3人) 11着 四位洋文 53 芝2500m(稍) 2:35.7(37.9) 2.1 マツリダゴッホ
2008 2. 3 京都 京都記念 GII 16 8 16 3.4(2人) 6着 四位洋文 56 芝2200m(良) 2:13.9(33.8) 0.3 アドマイヤオーラ
3. 29 UAE ドバイDF G1 16 12 -(-人) 4着 武豊 55 芝1777m(良) - - Jay Peg
5. 18 東京 ヴィクトリアマイル JpnI 18 5 9 2.1(1人) 2着 武豊 55 芝1600m(良) 1:33.8(33.2) 0.1 エイジアンウインズ
6. 8 東京 安田記念 GI 18 3 5 4.1(2人) 1着 岩田康誠 56 芝1600m(良) 1:32.7(34.0) -0.6 アルマダ
10. 12 東京 毎日王冠 GII 16 2 3 1.5(1人) 2着 武豊 57 芝1800m(良) 1:44.6(33.8) 0.0 スーパーホーネット
11. 2 東京 天皇賞(秋) GI 17 7 14 2.7(1人) 1着 武豊 56 芝2000m(良) R1:57.2(34.4) -0.0 (ダイワスカーレット)
11. 30 東京 ジャパンC GI 17 2 4 3.7(2人) 3着 岩田康誠 55 芝2400m(良) 2:25.7(34.3) 0.2 スクリーンヒーロー
2009 3. 5 UAE ジェベルハッタ G2 16 7 7 -(-人) 5着 武豊 57.5 芝1777m(良) 1:49.18(-) 0.34 Balius
3. 28 UAE ドバイDF G1 16 3 3 -(-人) 7着 武豊 55 芝1777m(良) - - Gladiatorus
5. 17 東京 ヴィクトリアマイル GI 18 3 6 1.7(1人) 1着 武豊 55 芝1600m(良) 1:32.4(33.4) -1.2 (ブラボーデイジー)
6. 7 東京 安田記念 GI 18 2 3 1.8(1人) 1着 武豊 56 芝1600m(良) 1:33.5(35.7) -0.1 ディープスカイ
10. 11 東京 毎日王冠 GII 14 6 6 1.3(1人) 2着 武豊 56 芝1800m(良) 1:45.5(33.8) 0.2 カンパニー
11. 1 東京 天皇賞 (秋) GI 18 4 7 2.1(1人) 3着 武豊 57 芝2000m(良) 1.57.5(32.9) 0.3 カンパニー

※タイム欄のRはレコード勝ちを示す
※競走成績は2009年11月1日現在

[編集] 馬名の由来

父・タニノギムレットの馬名の由来であるギムレットジンがベースのカクテルであるが、父よりも強くあってほしいとジンよりもアルコール度数が高い(強い)酒であるウォッカから「ウオッカ」と名付け、同様にストレート(に命名すること)の方がアルコール度数が高い(強い)という意味で「タニノ」の冠名を付けなかった。

[編集] 血統表

ウオッカ血統 ロベルト系/Graustark 4×5=9.38%(父系))

タニノギムレット
1999 鹿毛
* ブライアンズタイム
Brian's Time
1985 黒鹿毛
Roberto Hail to Reason
Bramalea
Kelley's Day Graustark
Golden Trail
タニノクリスタル
1988 栗毛
* クリスタルパレス
Crystal Palace
Caro
Hermieres
* タニノシーバード
Tanino Sea-Bird
Sea-Bird
Flaxen

タニノシスター
1993 栗毛
* ルション
Rousillon
1981 黒鹿毛
Riverman Never Bend
River Lady
Belle Dorine Marshua's Dancer
Palsy Walsy
エナジートウショウ
1987 鹿毛
トウショウボーイ * テスコボーイ
* ソシアルバターフライ
コーニストウショウ * ダンディルート
ローズトウショウ F-No.3-l
  • 父・タニノギムレットについては同馬の項を参照。馬主の谷水家が経営するカントリー牧場の育てた牝系から出た東京優駿勝ち馬である。
  • 母・タニノシスターは中央競馬5勝。JRAが購入、育成した後に馬主に譲渡される抽せん馬として谷水が入手した。
  • 母・タニノシスターの仔は全て角居厩舎に預けるというのがあり全て角居厩舎の所属となっている。
  • 祖母エナジートウショウの産駒(本馬の叔父)にスリーアベニュー。三代母コーニストウショウの産駒にシスタートウショウ1991年桜花賞勝ち馬)、孫にシーイズトウショウ。四代母ローズトウショウの孫にマチカネフクキタル1997年菊花賞勝ち馬)。日本競馬史における大牝系の祖であるシラオキを六代母にもつ。

[編集] 脚注

  1. ^ 武豊は落馬負傷したため、レースではメイショウサムソンは石橋守に乗り変わりとなっている。
  2. ^ ホクトベガの獲得賞金は地方競馬での獲得分を含む。中央競馬での獲得賞金のみで見た場合は、エアグルーヴ以来11年ぶりの記録更新。
  3. ^ レース後、2着に敗れたディープスカイ鞍上の四位は「向こうは残り100mくらいしか仕掛けていない。まともだったら5、6馬身は離されていたかもしれない」と語った。[1]

最終更新 2009年11月22日 (日) 15:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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