エイドリアン・スーティル

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エイドリアン・スーティル
基本情報
国籍 ドイツ
出身地 同・バイエルン州
生年月日 1983年1月11日(26歳)
F1での経歴
車番 20
所属チーム フォース・インディア '08-
活動時期 2007 -
過去の所属チーム '07 スパイカー
出走回数 39
優勝回数 0
通算獲得ポイント 6
表彰台(3位以内)回数 0
ポールポジション 0
ファステストラップ 1
F1デビュー戦 2007年オーストラリアGP
初勝利
2009年順位 18位 (5ポイント)
タイトル 0
(記録は2009年第13戦終了時)

エイドリアン・スーティルAdrian Sutil1983年1月11日 - )は、ドイツレーシングドライバーバイエルン州出身。血液型AB型、身長183cm。

姓名の日本語転写にはぶれがあり、姓はスティルスティールとも、名はアードリアンとも表記される。ドイツ語の原音にはアードリアン・ズーティルのほうが近い。

目次

[編集] 初期の経歴

バイオリニストピアニストという音楽一家に生まれ、スーティル自身もピアニストになる為の英才教育を受けていたが、14歳の時に今まで知らなかったゴーカートの存在を知る。そのエンジン音の虜となり、ピアニストへの道を中断しレーサーへの道へ進むことを決める。

2000年にドイツカート選手権に参戦し総合3位など各種カート大会で経験を積んだ。

2002年にはスイスフォーミュラ・フォードに参戦し、全12の選手権において全てのレースでポールトゥウィンを達成してチャンピオンに輝いた。2003年はドイツのフォーミュラBMWに参戦し、2回のポールポジションと4回の表彰台を獲得するも優勝には届かず、総合6位でシーズンを終えた。

2004年にはコリン・コレスのチームからユーロF3に参戦。2度のポールポジション獲得などの活躍を見せるが優勝には至らず、総合15位で初年度を終えた。最終戦ではASMに移籍し、翌2005年には同チームから参戦、チームメイトにはルイス・ハミルトンを迎えた。2勝をあげたものの15勝をあげたハミルトンに破れ、総合2位で同シリーズを終えた。同じ2005年冬には、初開催となる2005-2006A1グランプリにドイツチームとして、ポルトガルオーストラリアドバイのレースにも出場している。最高位は12位が2回、チームは総合15位に終わった。

2006年全日本F3選手権トムスから参戦すると、雨の富士では接触でリアウイングを失うも、4位で完走するなど驚異的な走りを見せ、18戦中5勝をあげてチャンピオンに輝いた。また、8月に行われたSUPER GTの鈴鹿1000kmレースに、同じくトムスの36号車のサードドライバーとして、脇阪寿一アンドレ・ロッテラーと共に出走した。この年は、F1に新規参戦したMF1のサードドライバーとなり、金曜日のフリー走行にも出走している。

[編集] F1での経歴

2007年、MF1を買収したスパイカーから、ティアゴ・モンテイロに代わりF1に参戦することになった。チームメイトはクリスチャン・アルバース第11戦ハンガリーGPからはアルバースに代わって山本左近がチームメイトになっている。マシンの競争力不足から、チームメイトと共にシーズンを通して予選では常に最後方を争うことになる。決勝ではミスも目立ち、7回のリタイアの内5回は、単独でのスピンや他車とのアクシデントによるものとなった。

そんな中、第17戦日本GPでは9位でレースを終え、後に8位のヴィタントニオ・リウッツィのペナルティにより8位に繰り上がり、F1での初入賞を果たすとともに、スパイカーに初ポイントをもたらした。

2008年はスパイカーを買収したフォース・インディアと契約。チームメイトはベテランのジャンカルロ・フィジケラ。チーム名こそ変わったものの、昨年同様マシンの競争力不足は変わらず、予選・決勝ともに苦しんだ。マシンの信頼性、自身のミス、不運によるもの、様々な要因があったが、結果的に全18戦中11回のリタイアを喫した。

そんな中でも、第6戦モナコGPでは雨の中、非力なマシンで終盤まで4位を走行し才能の片鱗を見せた。しかし、後方からキミ・ライコネンに追突されリタイアに追い込まれた上に、レース後には黄旗が振られている区間で3台をオーバーテイクしたとして警告を受けた[1]

2009年も引き続きフォース・インディアから参戦。相変わらずマシンの競争力は不足しており苦戦を強いられているが、雨の中でのレースとなった第3戦中国GPでは終盤に6位まで浮上し雨での強さを再び見せた。しかし、残り6周となった所でクラッシュし、入賞を逃した(17位完走扱い)。

イギリスGPではフリー走行で3位につけるなど好結果が期待されていたが、予選で赤旗中断となるほどの激しいクラッシュに見舞われた。しかし、決勝には無事出走している。

ドイツGPではQ1.Q2を余裕を持って勝ち上がり、Q3で自己最高の7番グリッドにつけた。驚きなのは、予選で8.9番手で終えたフェラーリの2台より多く燃料を積んでいたということだった。決勝では1回目のピットストップまでに2位まで順位を上げ、一位のバリチェロの真後ろに着き、入賞どころか優勝の期待もあったが、ピットアウト後の1コーナーでキミ・ライコネンと接触し15位までポジションを落としそのままチェッカーを受けた。 イタリアGPでは、自己最高位となる予選2位を獲得した。更に決勝ではマシンの特性を活かして初ファステストラップを記録し、自己最高位の4位を獲得した。

[編集] エピソード

トップチームで走ったことがないスーティルだが、好調なレースに限って不運なアクシデントに巻き込まれている。2009年中国GPでは、アクシデントで完走扱いだったが、2008年モナコGPや、2009年ドイツGPで入賞目前となった両レースでは、キミ・ライコネンに衝突されている。

[編集] F1での年度別成績

(2009年第10戦終了時)

所属チーム 車番 ランキング 獲得ポイント 決勝最高位・回数 表彰台回数 予選最高位・回数
2007年 スパイカー 20 19位 1 8位・1回 0回 19位・3回
2008年 フォース・インディア 20 20位 0 13位・1回 0回 17位・1回
2009年 20 16位 5 4位・1回 0回 2位・1回
所属チーム シャシー エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 WDC Points
2007 スパイカー F8-VII フェラーリ Tipo056H 2.4 V8 AUS
17
MAL
Ret
BHR
15
ESP
13
MON
Ret
CAN
Ret
USA
14
FRA
17
GBR
Ret
EUR
Ret
HUN
17
TUR
21
19位 1
F8-VIIB ITA
19
BEL
14
JPN
8
CHN
Ret
BRA
Ret
2008 フォース・インディア VJM01 フェラーリ Tipo056 2.4 V8 AUS
Ret
MAL
Ret
BHR
19
ESP
Ret
TUR
16
MON
Ret
CAN
Ret
FRA
19
GBR
Ret
GER
15
HUN
Ret
EUR
Ret
BEL
13
ITA
19
SIN
Ret
JPN
Ret
CHN
Ret
BRA
16
20位 0
2009 VJM02 メルセデス FO108W V8 AUS
9
MAL
17
CHN
17
BHR
16
ESP
Ret
MON
14
TUR
17
GBR
17
GER
15
HUN
Ret
EUR
11
BEL
10
ITA
4
SIN
Ret
JPN
13
BRA
Ret
ABU
-

16位 5

[編集] 脚注

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[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年11月17日 (火) 16:32 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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