エキスポランド

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株式会社エキスポランド
EXPOLAND
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 〒565-0826
大阪府吹田市千里万博公園1番1号
設立 1971年10月1日
事業内容 エキスポランドの運営
代表者 取締役社長 清水忠一
資本金 1億円
発行済株式総数 20万株
  

エキスポランドとは、大阪府吹田市にあった万博記念公園に付帯する遊園地である。1970年に開催された大阪万博のアミューズメントゾーンとして作られ、閉幕後、1972年3月15日に営業を再開。敷地面積は約20ha。 度重なる事故で客足が遠いた末に倒産し、2009年に閉園した。

目次

[編集] 概要

万博記念公園駅前より望むエキスポランド(2007年5月撮影)

万博開催時の建設にあたり阪急電鉄がプロデュースした経緯から、かつては阪急東宝グループに属していた[1]。現在の阪急阪神東宝グループの一覧にはエキスポランドは記載されておらず、関係はなくなったものとみられ、休園時の親会社はアミューズメント施設の開発をしている泉陽興業であった。

万博閉幕後のエキスポランドの運営、契約については売上げの95%が委託運営先会社のエキスポランドに交付されるという契約であるなど不明朗さがあり、1973年衆議院予算委員会でも取り上げられたことがある[2]

ジェットコースターダイダラザウルスは模様替えしながらも万国博開催当時から残存していたが、今回の休園に伴う改装により2008年5月から撤去されることになった。また、南口部には、当時のエキスポタワーが残されてシンボルとなっていたが、老朽化のために2003年に解体撤去された。

2007年に後述する『ジェットコースター「風神雷神II」の脱輪事故』の影響で客足が例年の2割以下に減少、また赤字もあり、同年12月10日から休園。2009年3月までに再開する予定であったが、営業再開が見込めないため、2008年10月28日民事再生手続の開始を申請した[3][4]負債総額は約16億円。ふれあい動物園を中心にさまざまな動物のパフォーマンスや新しく子ども用ゴーカートを設置し、園名を変えてファミリータイプの遊園地として再生する予定としていたが、支援企業が現れず、2009年2月24日の提出期限に再生計画の提出が困難となった。そのため、2009年2月9日に取締役会で再建を断念して閉園することを決定し[5]大阪地方裁判所に再生手続の廃止を求める上申書を提出した。翌10日に、大阪地裁が再生手続廃止決定を行い、今後破産手続に移行する予定である[6]

日本万国博覧会記念機構はエキスポランド側管財人に対し、敷地を更地にして返還するよう要求したことを受け、2009年8月現在各種施設の撤去工事が進められている。跡地の今後については決定していないが、敷地所有者の日本万国博覧会記念機構が検討をすることになるが、これより前の2008年7月18日には、老朽化が進み収容人数や設備が国際サッカー連盟(FIFA)のスタジアム国際基準を満たしていないなどの問題が生じた万博記念競技場に代わるJリーグガンバ大阪のホームスタジアムの建設候補地として浮上した[7]。また、2008年11月29日には、米映画大手パラマウント・ピクチャーズテーマパーク建設候補地として報じられた。

[編集] 主なアトラクション

ビスタライナー
風神雷神II
1990年大阪府大阪市の鶴見緑地で開かれた国際花と緑の博覧会(大阪花博)の会場内で運行していたスタンディングコースター「風神雷神」がモデル。初代のものは、熊本県荒尾市グリーンランド(旧:三井グリーンランド)に移設された。大阪花博では2本の軌道を使い、青を基調とした「風神」と、赤を基調とした「雷神」を同時走行することもあった。エキスポランドでは単独の軌道で、「風神」と「雷神」のいずれか1編成のみでの運行、多客時は1編成が走行中に相方の編成が出発準備をする形態をとっている。設計・製作・施工はトーゴ、2008年3月19日より撤去工事を開始。
テクノスター
1985年茨城県つくば市で開催された科学万博つくば85の目玉として製作された、高さ85mの大観覧車。製造は泉陽興業。閉幕後にエキスポランドに移設され、同園のシンボルになっている。
ビスタライナー
科学万博での会場内の移動手段として泉陽興業が製作した小型モノレール。テクノスターとほぼ同期に大阪へ移り、園内の遊覧列車(同じ駅に戻ってくる)として運行していたが、休園中に撤去された。

[編集] 事故・トラブル

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[編集] ジェットコースター「風神雷神II」の脱輪事故

2007年5月5日午後0時48分頃、ゴールデンウィークで入場客の多い日に、ジェットコースター「風神雷神II」の「風神」の車体から、車輪と関連する部品が外れ落下。当該車両が45度傾く事故が発生した。

この事故で女性1名が、コースターとコースター左の手すりに挟まれ死亡。その他、男性4人、女性17人の合計21人が病院に搬送された。さらに事故の目撃者で気分が悪くなった13人も病院で手当を受けたが、過度の恐怖や興奮でPTSDが懸念されている。この事故に伴いエキスポランドは同日の事故発生直後から休園となり、事故を起こしたコースターの点検などを行った。

事故の原因は、コースター車軸の金属疲労による折損で2両目が脱線し、急停止したことが事故につながったのではないかとみられている。また直前に、事故車両の部品が飛び散ったのが周囲の客に目撃されている。その後の調査で、同型車である「雷神」の車軸からも同様の亀裂が発見された。

外部機関等が全遊具を点検し、当局の捜査進展につれ、会社側の杜撰な管理体制が明るみに出て、監督官庁に再発防止策(フールプルーフ等を採り入れた多重安全構造等)を報告するよう求められ、長期間の営業休止となった。

なお、エキスポランド以外の遊園地でも遊具の緊急点検や運行休止を余儀なくされた。

社長ら関係者は遺族に面会しようと、通夜や葬儀に訪れるも断られていた。6月17日に社長ら幹部5人が自宅を訪れ、初めて霊前で手を合わせることを許された。

7月20日からのプールのみ営業再開のため、茨木保健所が水質検査などを行い「安全」と確認した。しかし阪口善雄吹田市長は「全施設の安全が認められなければ、プールのみの営業再開はしてはならない」としたため、プールのみの営業再開は断念。

8月9日に、株式会社エキスポランドの社長が吹田市役所で記者会見を行った。そして、全施設の点検が終了したことや、亡くなった女性の遺族から一定の理解を得たため、翌8月10日からエキスポランド側は安全宣言を出した上で「風神雷神II」を除く全50遊戯施設とプールで営業を再開した。また、事故の起きた「風神雷神II」を廃止し、撤去を行うことも発表。

しかし、客足が伸びなかったため12月9日を持って再び休園し、上述の「風神雷神II」ほか4施設を撤去すると共に、改修工事に入るとしている。2009年春を目処に再開される予定[8]であったが、2008年10月に自主再建を断念。民事再生法を申請し、今後破産手続に移行する見込み。

[編集] その他

  • 2006年8月20日13時35分頃、回転式遊戯施設「Gフォース」が運転中にほぼ水平状態で突然停止し、乗客の男女9人が一時、地上約9.7mで取り残された。約25分後に救助され、けが人はなかった。
  • 2007年8月10日(ジェットコースター事故からの再開初日)、小型コースター「ワイルドマウス」が緊急停止する事態が発生。発車直後にコースの最も高い位置まで車両を引き揚げる斜面の途中で、コンピュータに不具合が生じ安全装置が作動したため、車両が緊急停止した。
  • 同年9月15日14時頃、宙づり式ジェットコースター「OROCHI(オロチ)」が周回を終えホームに戻ってきた後、通常通りホーム直前で減速。乗客に腰の安全ベルトを外すよう指示する場内アナウンスが流れたが、停止せず2周目に突入、もう1周するトラブルがあった。その後に安全装置が作動して停止し、乗客約10人にけがはなかった。エキスポランド社は、オロチの運行を急遽取りやめた[9]。翌日16日に点検を行い、さらに10月19日の吹田市建築指導課の職員による点検で、センサーの誤反応が原因と判明。なぜ誤反応が発生したかは突きとめられなかったが、再発防止策として二重の自動車両停止システムを導入し、10月20日正午に運転を再開した[10]
  • 同年10月7日14時半頃、急流すべり「バックスピン」にてボートがコース最後の急流部分を下った直後、乗船中の小学1年の男児がボートの縁に頭を打ち付け、救急車で搬送される事故が発生。事故を受け同園は、遊具の運転を中止し市に報告。安全ベルトが何らかの原因で伸びた可能性もあるとして、ベルトの伸びしろを30センチ短くし、市の了解を受け10日に運転を再開した。

[編集] 交通アクセス

[編集] 脚注・出典

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[編集] 関連項目

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世界測地系34°48′20″N, 135°32′10″E

最終更新 2009年8月17日 (月) 13:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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