エッチ・ケー・エス

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株式会社エッチ・ケー・エス
HKS Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報
JASDAQ 7219 1999年6月15日上場
略称 HKS
本社所在地 〒418-0103
静岡県富士宮市上井出2266
電話番号 0544-29-1111
設立 1973年10月3日
業種 輸送用機器
代表者 代表取締役社長 長谷川浩之
資本金 8億7,875万円
売上高 単独 57億23百万円
連結 70億35百万円
(2009年8月期)
純資産 単独 75億00百万円
連結 80億35百万円
(2009年8月)
総資産 単独 91億58百万円
連結 99億74百万円
(2009年8月)
従業員数 276名(2009年2月)
決算期 8月末日
外部リンク http://www.hks-power.co.jp/
  

株式会社エッチ・ケー・エス(HKS)は、静岡県富士宮市に本社を置く自動車部品製造販売会社。

目次

[編集] 会社概要

大パワーに執着を見せ、日本のターボチューン業界を引っ張ってきた。新社屋完成の際に自動車雑誌『Option』のコーナー中「これからはリッター500馬力の時代です」とスピーチしたことをネタにされている。それほど当時は大パワーに執着していたが、現在ではV-カムシステムを始め、乗りやすい車を目指すためのパーツを多く生み出している。

チューニング部品のみならず、超軽量飛行機用エンジンや天然ガス自動車用燃料供給システムの開発製造も行っている。

本社のほかにも、HKS関西S.C.、HKSテクニカルファクトリーを始めとしたサービスセンターを開いている(本社は新製品の研究開発施設ならびに製造工場としての位置付けのため、本社では顧客向けのチューニングは行っておらず、これらのサービスセンターで受け付けている)。

主にチューニングパーツの開発、販売をしているが、レース部門が作り上げた車はとんでもない製品になることが多い(後述するレーシングアルテッツァや、TRB-02が良い例)。このレース部門は以前『Option』の取材に対し「やれることは全てやる」とのコメントをしている。

2006年5月現在、ブランドはパーツ全般を販売する「HKS」と、エアロ関係を手がける「HKS Style」「HKS Line」の3つである。

以前からドラッグレースに挑戦していたことから、ユーザーにもドラッグミーティングという形で0-400の走行会を行っている。この走行会の成績上位者には、全国大会への出場が「宿泊料HKS持ち」という形でプレゼントされていた(現在は若干規模が縮小し、東日本/西日本大会となっている)。

その後、グリップランやドリフトにも力を入れてきたため、ハイパーチャレンジ/ドリフトチャレンジという走行会も開催している。

ちなみに社名のHKSは "H"は長谷川(現社長)"K"は北川(現専務)"S"はシグマ・オートモーティブ(創業時に出資等協力。同社は後に、サード・BLITZ等も創設した)。

[編集] モータースポーツ

過去には国内トップレースで活躍を見せたこともあり、アジアパシフィックラリー選手権(APRC)に参戦するワークス・ランサーのエンジン製作を請け負ったり、バブル期にはF1用3.5リッターV12エンジンを開発したこともある。

1994年からはオペル・ベクトラ(初年度前半のみボクスホールブランド)で全日本ツーリングカー選手権(JTCC)に参戦。1996年には日産自動車のワークスドライバーであった長谷見昌弘を移籍させ、レース界を驚かせたが、結局1997年を最後に撤退。

全日本F3選手権には三菱自動車工業のエンジンをチューンする形で古くより参戦していた。1999年には同社のGDIエンジン(ガソリン直噴エンジン)を利用した新エンジンを製作し実戦投入したこともある。新エンジンは、吸気ポートがエンジンの真上に来るというGDIエンジンの特長を生かしエアボックスがドライバーズシートの真後ろに来る構造で、他社のエンジン(エアボックスが車体の左右どちらかに突き出している)に比べ空力面で有利な特性を持っていたため、エンジンの熟成が進んだ際には高性能を発揮すると期待されていたが、三菱自動車本体の業績不振に伴い、熟成を待たずして同年限りで撤退した。

2002年全日本GT選手権(JGTC)用メルセデスCLKの開発に失敗、それ以降メジャーレース参戦の動きは見せていない。

[編集] レース部門開発のレースカー

[編集] サーキットレース用車両

  • Gr.A GT-R
    全日本ツーリングカー選手権に参戦していた日産・スカイラインGT-R(BNR32)ベースのレーシングカー。他の参戦チームがレイニックチューンのエンジンを使用していたが、HKSのみ自社チューンのエンジンを使用していた。ここから用途限定、プロショップ限定発売のHRM-087というエンジンオイルが開発されている。
  • OPEL ベクトラ
    全日本ツーリングカー選手権(JTCC)に参戦していた。Gr.A同様に各自動車メーカーワークス勢がひしめく中、1994年は開幕戦連勝を含む通算3勝を上げる。
  • メルセデス・ベンツ CLK
    全日本GT選手権(JGTC)に2002年のみ第2戦から参戦した。マシン開発が難航し満足に戦える状況ではなかったが最終戦でようやく完走を果たす。

[編集] ドラッグレース用車両

  • プロストック180SX
    RRCプロストッククラスにて長い間レコードホルダーであった。プロストックカーなので外見は日産・180SXに似ているが、中身はパイプフレームで作られた別物。エンジンもSR20DETでなく、RB26DETT改2.7L+GT3037S×2という組み合わせであった。ドライバーは川崎哲哉。
  • プロGT-R
    RRCプロクラスに参戦していたBCNR33スカイラインGT-Rベースのドラッグカー。6速ドグミッションや、トリプルプレートクラッチなど、ここからも多くのパーツが開発されている。日本初のエアーシフターを搭載したのもこの車で、量産車改造のストックカーとして初めて7秒台へ突入した。パワーユニットはRB26DETT改RB28DETT+GT3540R×2で1300馬力。
  • ドラッグセリカ
    自動車雑誌『Option2』とのジョイント企画で製作されたトヨタ・セリカ(ST202)SS-IIベースのドラッグカー。FFで9秒台突入を目指し改良が進められ、日本初のFF9秒台マシンへと進化した。シフトチェンジのロスを少なくする、また強大なトルクステアに耐えるため、シフトレバーの代わりにペダルを蹴ってシフトするという特殊なシステムになっていた。ドライバーは当時『Option2』編集長であったマサ・サイトー。なお9秒台を記録した年のHKS0-400最速決定戦にてデモランを行おうとした時、バーンナウト中にエンジンブローさせるという失態を見せている。
  • ドラッグスープラ
    ドラッグ180SXを引退させ、新たに製作されたプロストックカー。RB26DETTではエンジンに限界があると感じたため、排気量がありパワーチューンに耐えるエンジンを探したところ3UZに白羽の矢が立ち、トヨタ車でスポーティな車ということでスープラが選択された。エンジンには強度アップのためスリーブが打ち込まれ4.2Lへボアダウン。これにGT3540Rを二機掛けし、推定1400ps以上のパワーを搾り出し、ひとまずシェイクダウンで6秒台を出している。ただ、仙台ハイランドでは路面が上手くできていないため、200m地点より先でホイルスピンが止まらない現象が起きている。そのためダウンフォースを多めにつけており、当時の記事によると、これさえ改善出来れば6秒台前半が出せるとドライバー川崎は語っていた。
    2007年次ではエンジンを2JZ-GTE改3.4L+T51R SPL仕様へと乗せ変えているが、1000psは軽く越えているとのこと。

[編集] デモカー

  • M-300
    トヨタ・セリカXXベースの最高速チューンカー。キャブ仕様の5M-Gにツインターボを組み合わせ、日本車初の300km/hオーバーを達成する。スリックタイヤ、しかもフェンダーからはみ出すという状態で登場し、テスト走行でフェンダーにタイヤがこすれることが発覚、急遽タイヤを別の物に交換するというトラブルを抱えながらの300km/hオーバーであった。
  • ZERO-R
    日産・スカイラインGT-R(BNR32)ベースのチューニングカー。『Option』とのジョイント企画で誕生。総工費1億円とも言われている。空力を重視しすぎたために、バンパーからマフラーが顔を出すという(当時としては)ユニークな外観が特徴。
    フルカスタマイズカーとして市販するという話であったが、あまりにも高価な値段なため、販売台数は結局全部で3台であった。
  • T-002
    日産・スカイラインGT-R(BCNR33)ベースのチューニングカー。パワー系はRB26DETT改2.8L+GT3037Sツイン。ビデオオプション企画、0-300km/hアタックの絶対レコードホルダー。他にも筑波サーキットにて58秒台を記録している。
  • レーシングアルテッツァ
    トヨタ・アルテッツァの名前を冠してはいるが、使用されているのはヘッドライト、テールランプ、ABCピラーのみで、キャビンはパイプフレーム化され、外装はカーボンで作り直され、サスペンションも前後プッシュロッド式に改められている。殆どレースカーなのだが、どのレースのレギュレーションにも当てはまらないが、なぜか助手席があることから一応はチューニングカーとして扱われている。エンジンは内部フル強化の3S-GTE改2.2L+GT3037S。走るたびにオーバーホールされる。筑波サーキットにて54秒台を出すが、スリックタイヤ使用のため、スーパーラップレコードにはなっていない。『Option』には「黒い怪物」と書かれたことがある。
  • 筑波アタックエボVII(TRB230>CTR230)
    『Option』に筑波スーパーラップ最速企画として連載され、前回レーシングアルテッツァの反省からか「あくまでストリートカー(エアコン、パワステ、内装有り)、使ったパーツをすべて市販する」という縛りを設け、条件的にはかなり厳しいものだったが、飯田章の手により当時のレコードタイムを更新することに成功する。このプロジェクトから4G63改2.2Lキットが生まれている。タービンはGT3037S。
  • HIPER SILVIA RS-I
    日産・シルビア(S15)ベースのドリフトマシン。谷口信輝の手により、全日本プロドリフト選手権(D1グランプリ)にて優勝2回(2002年ラウンド2、2003年ラウンド7)を記録。タービンはサーキットによって変わっていたが、エンジンはSR20DET改2.2L仕様。
  • Genki HIPER SILVIA RS-II
    RS-Iで積み上げてきた経験をつぎ込まれて製作されたS15シルビアベースのドリフトマシン。色々な人間に「この車を越える車はない」「D1のベンチマーク」などと言われるほど、究極のチューニングが施されている。D1グランプリへの投入は2003年ラウンド5からだが、優勝は2004年ラウンド4での1回に留まっている。ドライバーは同じく谷口信輝。エンジン系統のスペックはRS-Iとさほど変わっていない。
  • Racing Performer IS-220R
    2004年ラウンド6からD1グランプリに投入されたアルテッツァベースのドリフトマシン。マイナートラブル、クラッシュなどにより、最高成績は2005年ラウンド2での準優勝。HKSのD1グランプリ撤退により、表舞台に立つ事はなくなったが、HKS主催のドリフトチャレンジでのデモランなどで見ることが出来る。ドリ車として作ってはいるが、筑波スーパーラップで59秒台を出すなど、グリップランでも速さを見せる。エンジンはレーシングアルテッツァから生まれた3S-GTE改2.2L+GT2835を使用。
    IS220-Zが製作された現在では2JZ-GE改3.4L+T04Zという組み合わせになった(3S-GTE改2.2Lは220-Zに移植された)。レスポンス重視のためのインタークーラーレス仕様という面白い構成になっていて、低回転からトルクがある。
  • Racing Performer IS220-Z
    D1から完全撤退したと思われていたHKSが、突如2006年度の十勝夏祭り&HKSハイパーミーティングでデビューさせたドリフトマシン。シルビアRS-IにおけるRS-IIのように高度なチューニングが施された。具体的には220Rで行わなかったアーム加工、メンバー加工を始め、サイドブレーキを油圧式に変更、タービンをGT2835からGT3037Sに変更しパワーを560馬力まで引き上げている。特にアーム加工は高い効果を生み出し、車高F80mm/R90mmダウンの状況でもストロークを確保している。また220Rでは行なわれなかったロールケージの溶接止めによって元々強固だった220Rのボディー剛性をさらに向上させている。ダッシュボードとセンターコンソール、そしてメーター類も一から作り直し、機能美あふれるレイアウトに生まれ変わった。シェイクダウンであのNOB谷口を興奮させるほどだったが、2008年のD1にスポット参戦した際ドライバーNOB谷口に「パワーが足りないよ、パワーが!」と言われてしまうほど回りは進化していた。
  • TRB-02
    ランエボVIIで得たレコードホルダーの座を取り戻すために製作された、ランサーエボリューションVIIIベースのチューニングカー。TRBはTsukuba Record Breakerの略称。外装はカーボンで作り直しているが、サスペンション形式の変更は行わず、タイヤもSタイヤという事で一応チューニングカーの体裁は保っている。チューニングカーによる筑波サーキット55秒切りを達成した当日、クラッシュによりスクラップになっている。エンジンはエボVIIと同一スペック。
  • CT-230R
    TRB-02のクラッシュにより製作された。今回はターゲットを筑波以外にも広げ、各サーキットのレコード更新を狙っている。エンジンも4G63改2.3L+GT3037Sとなるなど、今までの4G63を使ったデモカーとは異なるエンジンを用いる。馬力的には560馬力とハイパワーとは言えないが、早速富士スピードウェイにて1分43秒4でレコードタイムを樹立。そして気温30度と超極悪なコンディションの中、十勝サーキットクラブマンコースのレコードを4秒以上更新する1分21秒735を記録し(ドライバーのNOB谷口曰く「気温が低ければさらに2秒縮まる」とのこと)た。。
    そして関西出張した際、セントラルサーキット岡山国際サーキットにてまたしても記録更新を達成。後日にはスポーツランドSUGOでもサイバーエボが持っていた記録を塗り替えた。最終目標は筑波での53秒台としていたが53秒999を達成し、さらにOption誌主催の筑波スーパーラップでは53秒589を記録。
    2009年1月24日のHKSプレミアムデイ@フジスピードウェイにて当日同時に走行したWedsSport IS350 2008ver(1分44秒450)や、初音ミクStudie GLAD BMW Z4(1分49秒880)というGT300の現役マシンですら上回る1分43秒236で記録更新した。ただドライバーのNOB谷口によればこれでも2秒ロスしているらしく、どこまで伸びるのかは未知数である。

[編集] 豆知識

2007年をもって創業35周年を迎えたHKSだけに、さまざまな都市伝説的な豆知識が存在する。ここでそれらを紹介していく。

  • 1979年にはオートレース界に進出し、「フジ」という名エンジンを生み出し,一時期は「フジ」でないとレースに勝てないと言われる程に業界を席巻した事がある。
  • ツインパワーという商品があるが、これはHKS関西がまだ独立したチューニングショップであったときの店名。
  • 東京オートサロン表彰式の際、皆スーツで正装していたのにもかかわらず、HKSの社員はスタッフジャンパーで登場している。
  • 日産・ステージア260RS(WCNC34)を『Option』で取材するために借りてきた時にHKS商品開発スタッフが助手席の内装を剥がし、コンピューターを確認。そして「大丈夫です、GT-R用のF-CONハーネスそのまま使えます!」と発言した(260RSはRB26DETT+アテーサ4WDを搭載し、ワゴン版GT-Rと言える物だった。またF-CONとはHKSが発売しているエンジンコントロールユニット)。
  • 本社の周囲を回る道路は、距離もありセッティングするのに使えるほどなのだが、騒音により「隣の養鶏場にいる鶏が卵を生めなくなるため」禁止されている。同じ理由でシャーシーダイナモチェックも養鶏場の顔を伺いながら行っている。
  • 下手に品薄になる新型車を買ってしまうと、会社に開発車両として取り上げられてしまい、しばらく乗る事ができなくなる。色々なパーツが勝手に装着されるため嬉しいのだが、複雑な心境になるらしい。
  • 以前キャンディボールという、マフラーの穴を見せないマフラーが販売されているのだが、1年ほどでカタログ落ちしてしまい、『Option』に「時代を先取りしすぎたパーツ」として取り上げられてしまった。
  • 最新トヨタ系車両のコンピュータ解析に社外メーカーとして世界で初めて成功し、新たなコンピュータ制御装置を開発して特許を取得する。チューニング業界では無理とされていたレクサス・SC430、トヨタ・マークX等のスピードリミッター解除やコンピュータチューンに成功し、HKSの技術力の高さを知らしめる。
  • 1990年代初頭に違法改造車(チューニングパーツの開発車輌)のS13シルビアに乗ったHKSの社員が、富士宮市内の公道で百数十キロで走行し、一般車輌への追突事故を起こした。この事故によりHKS社員は重傷、追突された車の同乗者は死亡。車輌が違法改造車であることと、会社ぐるみで公道をサーキットの様に走行する行為を認めているという、常識では考えられない行為がクローズアップされた。この富士宮の事件まで長谷川社長の実弟はHKSを共同経営していたが、会社運営に対する相違が生じ、弟はアペックスを創業することになる。その際に多くの弟派のHKS社員がアペックスへと流出したと言われている。
  • さらに数年前、HKSは本社側にゼロヨンマシンのセッティングなどに使うドラッグコースと、子会社であるHKSアビエーションが販売している超軽量飛行機の試験用滑走路ならびに海外に置く支店からパーツやマシンを空輸するための飛行場の建設素案をまとめ、本社の7倍もある広大な森林地帯を購入し伐採しようとしたが、その森林地帯は国が保護指定した防風林だったため、国家から厳重注意を受けて新聞沙汰になり、当時は大幅なイメージダウンを被ってしまった。
  • 一方で、日本の自動車マニアに多く見受けられる「車検対応の範囲内での性能向上」という命題から、排気抵抗の低減、日本の高過給ターボ車におけるチューニングにしばしば見られる燃焼温度極大による溶融リスクの回避、そして環境対応をうたった「スポーツ触媒」(メタルキャタライザー)の開発にも熱心で、業界にて初めてラインナップに乗せた上、純正触媒よりも高い排ガス浄化効率を実現している。
  • レーシングアルテッツァが生まれた背景には、『グランツーリスモ2』にてドラッグGT-R・プロストック180SXの2車が収録されたことが挙げられる。同ゲームにおいて両車両はセッティングどうこうでは対応しきれず、チューニングメニューにドラッグスリックタイヤがなかったため、その性能を完全に発揮することができなかった。これに長谷川社長が怒り、曲がりのスペシャリストを生もうとしたことからレーシングアルテッツァが生まれたと言われる。
  • 2006年シーズンからワークス体制でのD1グランプリ参戦を行っていないのだが、2006年第5戦の予選でかつて参戦していたハイパーシルビアと同じカラーリングの180SXが参加したことで話題となった。ドライバーである斉藤健太郎選手がHKSの営業部社員ということで、社内有志で参加チームを結成し参戦している(会社自体もサポートを行っているものの、あくまでもパーツ面や整備などのサポートのみでありHKSワークス体制ではない)。カラーリングから会社所有と思われがちだが、斉藤選手個人の所有である。
  • 同社の最新式車高調である『ハイパーマックスIII』シリーズの広告は日本刀がモチーフに使われ、なかなかの精巧さを醸し出しているが、都市伝説では“その日本刀の先端が指し示すものは、ライバルのサスペンションメーカーの人気車高調である”との事実がOption企画内の『チューニング都市伝説』にて判明した。(因みに、その後そのライバルメーカーの宣伝広告では、暗にHKS車高調の機構に対しての反論を述べているような文面が記載された)
などお茶目(?)な社員が多い為、よく『Option』誌上にてネタにされる事が多い。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月2日 (月) 22:30 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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