エリザベス・バウエス=ライオン
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| エリザベス・バウエス=ライオン Elizabeth Bowes-Lyon |
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| 連合王国王妃 インド皇后 |
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1939年、ニューヨーク万国博覧会にて
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| 在位 | 1936年12月11日 - 1952年2月6日 |
| 戴冠 | 1937年5月12日 |
| 別号 | The Queen Mother |
| 全名 | エリザベス・アンジェラ・マーガレット・バウエス=ライオン |
| 出生 | 1900年8月4日 |
| 死去 | 2002年3月30日 |
| 埋葬 | 2002年4月9日 |
| 配偶者 | ジョージ6世 |
| 子女 | エリザベス王女 マーガレット王女 |
| 父親 | ストラスモア伯爵 クロード・ジョージ |
| 母親 | ストラスモア伯爵夫人 セシリア |
エリザベス・アンジェラ・マーガレット・バウエス=ライオン(Elizabeth Angela Marguerite Bowes-Lyon 1900年8月4日 - 2002年3月30日)は、連合王国(イギリス)の王妃(在位:1936年12月11日 - 1952年2月6日)、およびインド皇后(在位:1936年 - 1948年)。
現女王エリザベス2世の母后(王太妃)にあたる(Her Majesty Queen Elizabeth The Queen Mother, Elizabeth Angela Marguerite, Windsor,)。ストラスモア伯爵令嬢エリザベス・バウエス=ライオン(The Lady Elizabeth Bowes-Lyon)は結婚前の名。夫ジョージ6世の即位前の地位はヨーク公爵夫人(王族の)殿下(Her Royal Highness The Duchess of York)である。
目次 |
[編集] 生涯
[編集] 生い立ち
エリザベス・バウエス=ライオンはグラームス男爵(のちのストラスモア伯爵)クロード・ジョージとその夫人セシリア・ニナ・キャヴェンディッシュ=ベンティンク(イギリス首相を務めた第3代ポートランド公の曾孫にあたる)の四女。ロンドンの家に生まれたと報じられているが定かではない。ハートファードシャイルのヒッチンやセントポールズ・ウォルデン・ベーリで生まれたという記録もあり、この記述が様々な噂を引き起こした。評論家の中には、エリザベスが兄弟や親に酷似しなかったことから、実母がウェールズの家政婦であると主張する者もいる。養子説や労働者階級の女子の双子説もあるが、現在では否定的な見方が強い。
エリザベスは長くセントポールズ・ウォルデン・ベーリやグラームス城(父のスコットランドの伝来の生家)に住んだ。
エリザベスが14歳の時、第一次世界大戦が勃発、ブラック・ウォッチ連隊士官であった兄ファーガスがドイツ軍との戦闘で戦死するという悲劇にみまわれた。
[編集] ヨーク公アルバートとの結婚
1921年にジョージ5世の次男ヨーク公アルバートがエリザベスにプロポーズした時、彼女はそれを断った。アルバート王子は他の女性とは結婚する意志がないことを家族に告げたので、母メアリー王妃はグラーミスにエリザベスを訪ねた。王妃はアルバートのライバル、モレー伯爵を海外に派遣するなど、エリザベスとの結婚に尽力した。王妃にも気に入られたエリザベスは3度目のプロポーズで結婚を受諾した。アルバート王子は社交界の花形だった兄、後のエドワード8世とは対照的に病弱で内向的な性格だったが、大らかな性格のエリザベスと出会ったことで少しずつ改善されていった。
1923年4月26日にエリザベスとアルバートはウェストミンスター寺院で結婚した。エリザベスはヨーク公夫人と呼ばれることになった。ハネムーンはサリーの庄園、及びスコットランドだった。1926年に長女エリザベス(のちのエリザベス2世)が生まれ、4年後、次女マーガレットが誕生した。なお、2王女とも帝王切開により出産している。帝王切開で第2子を生むことがないに等しかった時代に(母子ともに危険にさらすとされた)、非常に勇気のいることだった。
[編集] 王妃時代
1936年1月30日にジョージ5世が崩じたため、アルバートの兄である王太子エドワードがエドワード8世として即位した。しかしエドワード8世は、離婚歴のあるアメリカ人女性ウォリス・シンプソンとの結婚を望み、議会と対立。結局、同年12月にエドワード8世はシンプソン夫人との結婚を選択して退位したため、アルバートがジョージ6世として即位、エリザベスは王妃となる。翌1937年5月12日に戴冠式が行われた。
内気なアルバートは譲位されることを聞き及んだ時に泣いたという。エリザベスは夫の性格に対するその重責を案じた。また、ジョージ6世が若くして急逝した原因の1つに、身体が生まれつきあまり頑丈ではないのに王位を継ぎ、心身とも疲労したことがあるとして、エドワード8世とシンプソン夫人を終生許さなかったという。
1939年6月、ジョージ6世とエリザベス王妃はアメリカ合衆国、カナダを訪問している。
第二次世界大戦中、ジョージ6世とエリザベス王妃は、イギリスの抗戦の象徴とされた。ドイツ軍の激しい空襲を受ける中、夫妻はロンドンから避難することを拒み、国民の慰安に尽力した。また 英帝国政府は大戦中、エリザベスとマーガレットの両王女を安全なカナダに疎開させることを計画していた。しかしエリザベス王妃はこれを拒否し、「私の子供たちは私のもとを離れません。また私は国王陛下のもとを離れません。国王陛下はロンドンをお離れになりません」と語ったとされている。V2ロケットの直撃でバッキンガム宮殿が被災した時も、「爆撃された事に感謝しましょう。これでイーストエンドに顔向け出来る(=ロンドン東部、下町の低所得層・下層階級の人々と同じ境遇になれた)」("I'm glad we've been bombed. It makes me feel I can look the East End in the face.") と、超然としていた事を知らされ、ヒトラーが慄然とした話は有名である。ジョージ6世やエリザベス王妃がイギリスの士気に多大な影響を与えた為に、エリザベス王妃を『ヨーロッパで最も危険な女性』と評したという。
[編集] 王太后時代
1952年2月6日に、ジョージ6世は肺癌で亡くなった。これにより、エリザベスは王太后(HM Queen Elizabeth The Queen Mother)となった。この称号が選ばれたのは、即位した娘エリザベス2世女王(HM Queen Elizabeth II)とあまりに近かったので、区別する必要があったからである。大衆の間では、王太后(The Queen Mother もしくは The Queen Mum)と呼ばれるようになった。
公務で忙しいながらも、王太后はスコットランドのキャッスル・オブ・メイの修築を監修し、後にお気に入りの別邸とした。また、この頃から競馬にも興味を持ち、アスコットなど競馬場にしばしば姿を見せたが、公務をおろそかにすることはなかった。外遊も頻繁に行い、英国と諸外国との親善に大いに貢献した。
2002年3月30日、エリザベス王太后は、ウィンザー城で101歳で亡くなった。前年末から呼吸器系を患っていたが、母の面倒をよく看ていた次女のマーガレット王女が同年2月に亡くなったことを深く哀しんでおり、これにより著しく健康を損なったという。また、彼女は王家史上に残る長命であり、その誕生日は慶祝の節になったほどで、彼女の存在そのものが、英国王室の人気の源だったとも言われている[誰?]。死してなお、その人気は高い。
なお、英国王室最長寿はグロスター公爵夫人アリスの102歳(2004年没)。
[編集] その他
- グレートブリテン王国成立以降では初めてとなる同国出身の王妃である。合同以前を含めても、夫ジェームズ2世の即位以前に死去したアン・ハイド、女王でもあったメアリー2世を除けば、イングランドではヘンリー8世の最後の妃キャサリン・パー、スコットランドではジェームズ4世の妃マーガレット・テューダー(イングランド人を含める場合)まで遡ることになる。
- 2002年に英国で“Bertie & Elizabeth”というタイトルで、その生涯がドラマ化された。ジョージ6世との夫婦愛の物語である。
- 生涯競馬とジンとデュボネ (gin&dubonnet) をこよなく愛し、貴族的な嗜好の持ち主だったにもかかわらず(アスコット競馬、ジンとデュボネなどのカクテルは上流階級/地方地主などの上流中産階級の習い)、国民から高い人気を得る事が出来たのは、ユーモアに豊んだ性格[1]や、宮殿のゲイの男性スタッフ達をかばうなどのエピソードなどに起因する部分が大きかったと言われている[誰?]。しかし、王太后の贅沢なライフスタイルはジャーナリストをしばしば驚かせた。
[編集] 脚注
- ^ ピーター・ユスティノフによると、1968年、ある荘厳なパレード中に学生デモに出くわし、トイレのロールが王太后の方に投げつけられた。この時王太后は、トイレのロールを拾って、投げた学生に「これはあなたが落したのでしょ?取りにいらっしゃい」と言って優雅に威風堂々と対応し、学生達を沈黙せしめたという。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 王室公式追悼サイト (英語)
- BBCによる追悼サイト(英語)
- 結婚式の記録映画 - YouTube (Adobe Flash video)
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最終更新 2009年9月7日 (月) 06:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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