エリーザベト・クリスティーネ (プロイセン王妃)

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エリーザベト・クリスティーネ王妃(1739年)

エリーザベト・クリスティーネ・フォン・ブラウンシュヴァイク=ベーヴァン(Elisabeth Christine von Braunschweig-Bevern, 1715年11月8日 - 1797年1月13日)は、プロイセンフリードリヒ2世の妃。父はブラウンシュヴァイク=リューネブルク公フェルディナント・アルブレヒト2世

1733年に王太子フリードリヒと結婚したが、夫はエリーザベトを完全に遠ざけていたため、夫婦生活は皆無であり、当然子供はできなかった。父王フリードリヒ・ヴィルヘルム1世が死去した後、王位を継承した夫フリードリヒ2世はエリーザベトを王妃にした一方、彼女と完全に別居するようになった。エリーザベトは美しい容姿で、信仰心が篤く善良な人柄であったが、フリードリヒは終生彼女に関心を持つことは全く無かった。控えめな性格でもあった彼女は、王に顧みられることの全く無い境遇を甘んじて受け入れ、かつひたすら夫を深く尊敬し続け、1786年のフリードリヒの死に際しては人一倍悲しんだと言われる。

エリーザベト・クリスティーネ自身は子を生さなかったが、妹ルイーゼが夫フリードリヒの弟アウグスト・ヴィルヘルムと結婚し、フリードリヒの後継者フリードリヒ・ヴィルヘルム2世らをもうけている。

[編集] 備考

神聖ローマ皇帝カール6世の皇后でマリア・テレジアを産んだ同名のエリーザベト・クリスティーネは、同じブラウンシュヴァイク=リューネブルク家(ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル家)の出身で、母方の伯母に当たる。

フリードリヒ・ヴィルヘルム2世の最初の妻で同名のエリーザベト・クリスティーネは、兄カール1世(ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公)の娘である。

最終更新 2009年1月30日 (金) 20:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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