エルネスト・エブラール
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エルネスト・エブラール(Ernest Michel Hebrard 1875年-1933年)は、フランス人都市計画家、建築家。考古学者。ベトナムやカンボジアなど、フランス統治時代のインドシナや、ギリシャなどで活躍。
ボザールの出身で、1904年に織物工場の課題で、ローマ大賞を受賞する。1912年、彫刻家で作家のヘンドリック・クリスチャン・アンデルセンとともに「コミュニケーション世界センター」の計画を構想し、都市計画にかかわりをもつ。
その後は、短期にカサブランカ、Diocletian宮殿の保存改修などの、古代都市遺産保存プロジェクトにかかわる。ギリシア・テッサロニキ市都市改良計画では、テッサロニキの東洋的特徴を掃き捨て洋風の都市に変える都市プランを破棄させ、自身の計画案が承認されるまで、都市遺産の保持を主張し、時のギリシア首相ベニゼロスに都心部の再建を禁じさせた。
さらにインドシナでの都市形成に活動の場を移し、エブラールがインドシナで設計していった建築に用いた、フランスの建築にインドシナ特有の木造に似せたベランダコロニアルや屋根の支えなどの要素を加味して折衷した様式は、インドシナ様式と呼ばれた。自身が手がけたインドシナの都市では、どれも美しいヨーロッパ建築の街並みを形成し、これが現在にまで残っている。
[編集] 代表建築作品・都市計画業務
- テッサロニーキ市都市改良計画 1917年
- 都市整備計画、ハノイ、ダラットおよびプノンペン 1925年
- ハノイ国家大学(ベトナム国家大学ハノイ校、旧インドシナ大学)1926年
- 歴史博物館・旧フランス極東学院ルイ・フィノー博物館、ベトナム・ハノイ 1925-1932年
- ホーチミン廟・バーディン広場前外務省庁舎(旧インドシナ連邦政府財務省庁舎) 1927年
[編集] 参考文献
- The Beaux-arts and Nineteen Century French Architecture, London, 1982
- 建築のハノイ ベトナムに誕生したパリ、増田彰久写真・大田省一著、白揚社、2006年
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最終更新 2008年8月25日 (月) 18:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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