エレナ・デメンティエワ

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 エレナ・デメンティエワ
エレナ・デメンティエワ
基本情報
ラテン文字名 Elena Dementieva
フルネーム Elena Vyacheslavovna
Dementieva
国籍 ロシア ロシア
出身地 同・モスクワ
生年月日 1981年10月15日(28歳)
身長 180cm
体重 64kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1998年
ツアー通算 19勝
シングルス 13勝
ダブルス 6勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト4(2009)
全仏 準優勝(2004)
全英 ベスト4(2008・09)
全米 準優勝(2004)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 3回戦(2005-07)
全仏 3回戦(2004)
全英 ベスト4(2003)
全米 準優勝(2002・05)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 3位
ダブルス 5位
  
オリンピック
女子 テニス
2008 シングルス
2000 シングルス

エレナ・デメンティエワElena Dementieva, ロシア語: Еле́на Вячесла́вовна Деме́нтьева, 1981年10月15日 - )は、ロシアモスクワ市出身の女子プロテニス選手。2008年北京五輪で女子シングルスの金メダルを獲得した選手である。強靭で粘り強いフットワークと、強力なフォアハンド・ストロークが特徴である。自己最高ランキングはシングルス3位、ダブルス5位。これまでにWTAツアーでシングルス13勝、ダブルス6勝を挙げている。(最近の新聞一般表記は「エレーナ・デメンチェワ」となっている。)

デメンティエワはモスクワ市内にある名門クラブ「スパルタクラブ」で、アンナ・クルニコワアナスタシア・ミスキナと幼なじみだった(3人とも同じ年である)。1998年8月にプロ転向。1999年から女子国別対抗戦・フェドカップロシア代表選手になる。2000年夏から頭角を現し、全米オープンで初のベスト4に進出する。同年のシドニー五輪で銀メダルを獲得した時は、決勝でビーナス・ウィリアムズに 2-6, 4-6 で敗れた。この活躍により、デメンティエワは2000年WTAアワードの「最も進歩した選手賞」を受賞した。

2002年、デメンティエワはダブルスでツアー年間3勝を遂げ、ヤネッテ・フサロワスロバキア)とのコンビで多くの好成績を出した。デメンティエワとフサロワは2002年全米オープンの準優勝ペアになり、女子ツアー年間最終戦「WTAツアー選手権」のダブルス部門で優勝した。シングルスではしばらく足踏みが続いたデメンティエワだが、シドニー五輪銀メダルから3年後、2003年4月に女子ツアーでシングルス初優勝を果たす。2003年ウィンブルドンでは、デメンティエワは同じロシアリナ・クラスノルツカヤとペアを組んだ女子ダブルスで活躍した。2人のペアは3回戦でビーナスセリーナのウィリアムズ姉妹ペアを破り、第1シードのビルヒニア・ルアノパスカルパオラ・スアレス組との準決勝まで進出した。

2004年、デメンティエワは全仏オープン全米オープンの2大会で準優勝した。どちらも「ロシア対決」の決勝戦になったが、前者はアナスタシア・ミスキナに 1-6, 2-6 で敗れ、後者はスベトラーナ・クズネツォワに 3-6, 5-7 で敗れている。2005年全米オープンの女子ダブルスで、フラビア・ペネッタイタリア)とペアを組んだ準優勝がある。デメンティエワは2004年2005年とフェドカップのロシア・チーム2連覇に貢献した。

2006年2月5日、デメンティエワは日本の「東レ・パン・パシフィック・テニス」決勝戦で、当年度から現役復帰を果たした元世界ランキング1位のマルチナ・ヒンギスを 6-2, 6-0 で破って初優勝した。2002年10月にヒンギスはドイツ・フィルダーシュタットの「ポルシェ・グランプリ」2回戦敗退を最後にテニス界から退いたが、その時の対戦相手がこのデメンティエワであった。(当時のスコア:デメンティエワの 6-3, 6-1)ヒンギスは前日のマリア・シャラポワ戦で快勝した時のようなプレーが全くできなかった。この年の4大大会では、ウィンブルドンで初めてのベスト8進出があった。準々決勝ではウィンブルドンを得意とするマリア・シャラポワに 1-6, 4-6 で敗れた。8月第2週にアメリカロサンゼルス大会で優勝し、年間2勝目を挙げる。決勝戦ではセルビアエレナ・ヤンコビッチに 6-3, 4-6, 6-4 で競り勝った。

2008年、デメンティエワはウィンブルドンで初のベスト4に進出した。準々決勝で同じロシアのナディア・ペトロワと対戦した時は、第2セットでデメンティエワが 6-1, 5-1 とリードした場面からペトロワに追いつかれたが、最後は 6-1, 6-7, 6-3 で試合を締めた。初進出の準決勝では、大会前年度優勝者のビーナス・ウィリアムズに 1-6, 6-7 で敗れた。8月の北京五輪で、デメンティエワは女子シングルスの金メダルを獲得した。V・ウィリアムズに敗れたシドニー五輪から8年の歳月を経て、2大会ぶり2度目のオリンピック女子シングルス決勝戦に進み、同じロシアのディナラ・サフィナに 3-6, 7-5, 6-3 で逆転勝ちを収めた。このオリンピックでは、女子シングルスの銅メダルをベラ・ズボナレワが獲得し、3つのメダルすべてをロシア勢が独占した。

デメンティエワはプロ転向後、リンゼイ・ダベンポートとの対戦機会が多い。本人はマルチナ・ヒンギスの頭脳プレーを理想像に描いているという。

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arz:ايلينا ديمنتييڤا

最終更新 2009年10月4日 (日) 04:17 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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