オウム真理教
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オウム真理教(オウムしんりきょう)は日本の新宗教(宗教団体)。松本サリン事件や坂本堤弁護士一家殺害事件、地下鉄サリン事件などのテロ行為を含む多くの反社会的活動を行った[1]団体である。
1996年1月に宗教法人としての法人格を失ったが活動を継続。2000年2月には破産に伴い「アーレフ」と改称。その後、さらなる改称と分裂を経て、現在は「Aleph」と称する団体、および「ひかりの輪」と称する団体が教義や信者の一部を引き継いでいる。
目次 |
[編集] 沿革
[編集] 前史
1984年、麻原彰晃(本名・松本智津夫)は後に「オウム真理教」となるヨーガ道場「オウムの会」(その後「オウム神仙の会」と改称)を始めた。この頃、オカルト系雑誌の『ムー』が、このオウムの会を「日本のヨガ団体」として取材、写真付きの記事を掲載していた。この写真は座禅を組んだまま跳躍するもので、後に同教団が言う所の「ダルドリー・シッディ(空中浮揚の原型)」とされる。
また、麻原は『ラーテル 』1985年11月号に酒井勝軍の予言書『神秘之日本』に基づき、超能力開発を可能にして霊的に進化するための石(ヒヒイロカネ)を発見したという記事を投稿していた。
[編集] オウム真理教の誕生
1987年、東京都渋谷区において、「オウム神仙の会」を改称し、宗教団体「オウム真理教」が設立された。また、同年11月にはニューヨーク支部も設立。1989年8月25日に東京都に宗教法人として認証された(登記上の主たる事務所は東京都江東区亀戸の新東京総本部)。
麻原はチベット亡命政府の日本代表であったペマ・ギャルポと接触し、その助力によって、1987年2月24日ならびに1988年7月6日にダライ・ラマ14世とインドで会談した。麻原側は両者の会談の模様をビデオならびに写真撮影し、会談でダライ・ラマ14世が「日本に真の仏教を広めなさい」と麻原に告げたとしてオウム真理教の広報・宣伝活動に大いに活用した。ペマ・ギャルポはその後まもなくオウム真理教との関係を絶って積極的に対立するようになり、チベット亡命政府に対しても今後は麻原と関係を持たないように進言した。
宗教法人として認可されて以降、日本全国各地に支部や道場を設置。ロシアやスリランカ等海外にも支部を置いていた。1989年当時には約1万人程度の信者が存在していたとされる[2]。
[編集] 非合法活動への道程
教団は奇抜な選挙活動等、一部で注目を浴びていた。1989年11月に起きた坂本堤弁護士一家殺害事件や1994年6月に起きた松本サリン事件、1995年2月28日に起きた目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件等では容疑団体と目され、それ以降警察から監視されていた。
1990年5月、熊本県波野村に進出するが、地元住民の激しい反対運動に会う。また、そのことに関連にして国土利用計画法違反事件で強制捜査を受ける。この事実が、オウム真理教の被害者意識を高めるきっかけとなり、その後の事件のきっかけになったという指摘も多い。
検察庁側の主張によれば、1995年3月に、警察の全国教団施設の一斉捜査の内部情報を入手したオウム幹部は、警察の目を逸らすために東京都で大事件を起こす事を思い付き、1995年3月20日、地下鉄サリン事件を起こしたとされている。よって、この事件そのものは内乱ではなかったとされるが、内乱を起こすための時間稼ぎと考える事も出来る。却って教団の事件関与の確信を深めた警視庁は1995年3月22日に山梨県上九一色村(現・富士河口湖町)の教団本部施設への強制捜査を行った。施設からはサリン等の化学兵器製造設備、細菌兵器設備、散布の為の軍用ヘリコプター等が見付かり、オウム真理教の特異な実態が明らかになった。事件との関与が指摘された教団の幹部クラスの信者が続々と逮捕された。東京地検は松本智津夫を17件の容疑で起訴したが、その内LSD・メスカリン・覚醒剤・麻酔薬等薬物密造に関わる4件に付いては裁判の迅速化を図るため2000年10月5日起訴を取り下げている。
これら事件に関わったとされる最重要容疑者、平田信・高橋克也・菊地直子が未だ逃亡中であり警察は懸賞金付きの指名手配を行っている[3]。
1995年5月16日には、教団代表であった松本智津夫(麻原彰晃)が上九一色村の教団施設で逮捕される。その後村岡達子が代表代行となったが1995年10月30日、東京地裁により解散命令を受け[4]、同年12月19日の東京高裁において、即時抗告が[5]、翌1996年1月30日の最高裁において特別抗告が共に棄却され[6]、宗教法人としては解散させられた。
[編集] 事件後
1996年3月28日、東京地裁が破産法に基き教団に破産宣告を下し[7]、同年5月に確定する。1996年7月11日公共の利益を害する組織犯罪を行った危険団体として破壊活動防止法の適用を求める処分請求が公安調査庁より行われたが、同法及びその適用は憲法違反であるとする憲法学者の主張があり、また団体の活動の低下や違法な資金源の減少が確認された事等もあって、処分請求は1997年1月31日公安審査委員会により棄却されている。
破防法処分請求棄却後、教団は一転して活動を活発化、「私たちまだオウムやってます」と挑発的な布教活動[1]を行ったり、パソコン販売を通じて資金調達を進めていった。一方、一連の事件については「教団がやった証拠がない」とし、一切反省せず、被害者に対する損害賠償にも応じなかった。
この教団の姿勢は社会の強い反発を招き、長野県北佐久郡北御牧村(現・東御市)の住民運動をきっかけに、オウム反対運動が全国的に盛り上がりを見せ、国会でもオウム対策法として無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(いわゆる「オウム新法」)を制定するに至った。
2000年2月4日、オウム真理教を母体として、前年に出所した上祐史浩を代表とする「宗教団体・アレフ」が設立される。アレフは更に2003年2月に「宗教団体アーレフ」と改称した(2008年5月20日には更に 「Aleph」(アレフ)と改称)。「アレフ」への改名後、元から同じ名前で存在する無関係な企業が、オウム真理教と関係しているとの風評被害を浴びることになった(同様の風評被害はオウム真理教時代にも類似した名前の企業を対象に起きている。
近年では元信者または現アーレフ信者に対する転入届の受付け拒否や退去勧告・就入学拒否等が地方自治体による違法行為として社会問題になっている。住民票不受理裁判は全て自治体側の敗訴となっている。
麻原の裁判は、幹部の証言のみで死刑が言い渡されている。 ちなみに麻原は、一貫して「弟子たちが勝手にやった」といい続けていた。 坂本弁護士一家殺害はTBS幹部がオウム幹部の早川紀代秀に、オウムを批判しているビデオを見せたことがきっかけとされている。
[編集] 教義
- 無常
- オウム真理教は、修行による苦悩からの解放を説き、欲望・煩悩を一つずつ超越する事を解脱と呼んだ。そして、自ら日本で唯一の最終解脱者と称する松本の教説は、「無常」と「煩悩破壊」を根本とする。
- 「人は死ぬ、必ず死ぬ、絶対死ぬ、死は避けられない」という、仏教の無常観に即した松本の言葉に象徴されるとおり、この世の中のすべてのものは無常である。したがって、すべての喜びはいつか終わりが訪れるため、煩悩的な喜びにとらわれることは必ず苦しみを生み出す。
- 逆に、自己の煩悩を超越し、無常を越えた状態が、絶対自由・絶対幸福・絶対歓喜のニルヴァーナ(煩悩破壊)である。また、そこに留まる事なく、更に全ての魂を絶対自由・絶対幸福・絶対歓喜の状態に導くことによってマハーニルヴァーナ(大完全煩悩破壊)、あるいはマハーボーディニルヴァーナ(大到達真智完全煩悩破壊)へと至る。
- ポア
- ポア(ポワ)とは「意識を高い世界へと移し替えること」と定義されていた。これは生死とは関わりなく意識の中の煩悩的要素を弱めることと解釈できる。このポアの中で最も重要なものは死の直後、中間状態にある意識の移し替えで、これは次の生における転生先を決定することになる。
- したがって、死の際の意識の移し替えが狭義の「ポア」となる。これが転じて、「積極的に死をもたらし、より高位の世界へ意識を移し替え転生させる」という特殊な技法も「ポア」と呼ばれる事があり、これが「『ポア』なる言葉の下に殺戮を正当化する」と検察側が主張する根拠となっている(※これは、一連の犯行の際に、教団幹部らが教団内部で実際に使用した事例などに基づく解釈である)。
- シヴァ
- オウム真理教の主宰神は、シヴァ大神である。オウム真理教に於けるシヴァ大神は「最高の意識」を意味し、マハーニルヴァーナに住まう解脱者の魂の集合体であり、またマハーニルヴァーナそのものと同義としても扱われる。ヒンドゥー教(インド神話)にも同名のシヴァ神があるが、これはシヴァ大神の化身の一つに過ぎないとされる。また、麻原彰晃はこのシヴァ大神の弟子であると共にシヴァ大神の変化身とも見做された。
- 教義
- オウム真理教の教義は、原始ヨーガ、原始仏教を土台とし、パーリ仏典を土台に、チベット密教の技法を取り入れている。そして、「宗教は一つの道」として、全ての宗教はヨーガ・仏教的宇宙観の一部に含まれる、と説く。その結果、キリスト教の創造主としての神は梵天(オウム真理教では”神聖天”と訳す)の事である、等と説かれる。
- 従って、オウム真理教に於いては儒教・道教・キリスト教・ゾロアスター教等ありとあらゆる宗教・神秘思想を包含する「真理」を追求するという方針がとられた。結果として、キリスト教の終末論も、仏教的な「創造・維持・破壊」の繰り返しの中の一つの時代の破滅に過ぎない、として取り込まれた。
- 具体的な修行法としては、出家修行者向けには上座部仏教の七科三十七道品、在家修行者向けには大乗仏教の六波羅蜜、またヨーガや密教その他の技法が用いられた。
- 教義の柱
- オウム真理教の「五つの柱」として、以下の点が挙げられており、「実践宗教」であることが強調されている。
- 最終地点まで導くグル(霊的指導者)の存在
- 無常に基づく正しい教義
- その教義を実体験できる修行法
- その教義を実際に実践して修行を進めている先達の修行者の存在
- 修行を進めるためのイニシエーションの存在
[編集] 事件と関連するとされる教義
オウム真理教では修行の内容を3種類または4種類に分けて説く。小乗(ヒナヤーナ)、大乗(マハーヤーナ)、真言秘密金剛乗(タントラ・ヴァジラヤーナ)で、厳密に説かれるときはタントラヤーナとヴァジラヤーナを分ける。ここでは4つの修行体系に分けて述べる。また、以下は教団における定義であって、通常の仏教語の定義とは違う。
- ヒナヤーナ
- ヒナヤーナとは、外界とは離れて、自己の浄化・完成を目指す道である。ヒナヤーナはすべての土台である。
- マハーヤーナ
- マハーヤーナとは、自己だけでなく他の多くの人たちをも高い世界に至らしめる道(衆生済度、救済)である。教団全体はマハーヤーナと規定される。ただし、完全なる自己の浄化(ヒナヤーナの完成)がなければ、真の意味でのマハーヤーナは成立しないともいう。オウム出版発行の機関紙の名前にも使われている。『マハーヤーナ(MAHA-YANA)』参照。
- タントラヤーナ
- タントラヤーナとは、マントラを唱える等の密教的な修行を指す。ただし、左道タントラなど、現代日本では非倫理的・非道徳的とされる部分については、教団の公式見解において否定されていた。
- ヴァジラヤーナ
- ヴァジラヤーナとは、グルと弟子との1対1の関係においてのみ成り立つ道である。グルが弟子に内在する煩悩を突きつけ、それを理解できる状況を作り出し、その煩悩を越えさせるマハームドラーなどの激しい方法が含まれる。
- ヴァジラヤーナの教義の中には、「五仏の法則」と呼ばれるものがあり、「天界の法則であって人間界においてはなし得ない」という注釈のもとで説かれたことがあった。これは、一般的な戒律に反する行為・言動が、完全に煩悩なく、完全に心において利他心のみであるときには認められるとするもの。真言宗の金剛経などにも見られる教えである。
- 具体的には、悪業を積み続ける魂を救済するために殺害すること、貪り多き魂を救済するためにその財産を奪うこと、嘘を使って真理に導き入れることなどが、天界の菩薩の修行として説かれている、という解説であった。
[編集] 活動
教団の信者は在家信徒と出家修行者(サマナ)に分けられる。 在家信者は通常の生活を行ないながら、支部道場に赴いて修行したり説法会に参加する。また、休暇期には集中セミナー等も開かれる。
修行の達成度、精神性の度合いを示すものとして「ステージ」制度があり、時期にもよるが、1995年時点の出家者には、サマナ見習い、サマナ、サマナ長、師補、師(小師、愛師、愛師長補、愛師長、菩師、菩師長補、菩師長)、正悟師(正悟師、正悟師長補、正悟師長)、正大師の各ステージが存在した。師は「クンダリニー・ヨーガ」の成就者、正悟師は「マハームドラー」の成就者で仏教の阿羅漢相当、正大師は「大乗のヨーガ」の成就者と規定され、これらのステージに従って教団内での地位、役職等が定められた。オウム真理教幹部には名門大学の卒業者が多かった。中には弁護士資格を持つ青山吉伸、公認会計士資格を持つ柴田俊郎、医師免許を持つ林郁夫や中川智正など難関国家資格を持つ者もいた。
[編集] 関連年譜
一連の事件における被害者数は、死者28人・重軽傷者6000人以上。日本史上最悪の組織的犯罪である。
- 2月24日 - ダライ・ラマ14世とインドで会談
- 7月6日 - ダライ・ラマ14世とインドで会談
- 9月22日 - オウム真理教での修行中に、富士山総本部に来ていた在家信者が死亡。遺体は、護摩壇で焼かれた上に、旧上九一色村の精進湖へ遺棄された。(在家信者死亡事件)
- 2月18日 - 政治団体「真理党」を結成し、第39回衆議院議員総選挙に集団立候補するも全員落選。これ以降、社会敵視傾向に拍車がかかる。
- 5月 - 熊本県波野村で国土利用計画法違反事件。
- 9月 - 『朝まで生テレビ!』に出演。
- 12月 - 『ビートたけしのTVタックル』に出演。
- 漫画家の小林よしのり、幸福の科学の大川隆法総裁、衆議院議員の小沢一郎・細川護熙、タレントのデーブ・スペクターなどの暗殺を計画するも失敗。
- 6月6日 - 男性信徒が逆さ吊り修行により死亡。遺体は、幹部らによって遺棄された。
- 1月30日 - 薬剤師リンチ殺人事件が発生。
- 3月27日 - 宮崎県旅館経営者営利略取事件(被害者は5ヶ月間監禁され、解放後の9月に告訴)
- 5月 - 上九一色村の第7サティアンに化学プラント建設開始(7月完成)
- 5月9日 - 滝本弁護士サリン襲撃事件。
- 6月 - 省庁制導入。22省庁を開設し大臣と次官を設置。当時の教祖、麻原は神聖法皇に。
- 6月~1995年3月 - 旧ソ連製のAK-74をモデルとした突撃銃を密造(詳細はオウム真理教の兵器・自動小銃密造事件を参照)。
- 6月27日 - 松本サリン事件。長野県松本市でサリンを噴霧し、8人を殺害。重軽傷660人。
- 7月9日 - 第7サティアン周辺で異臭騒ぎ。警察当局が付近の土を採取し、警察庁科学警察研究所で調べたところ、サリン製造の際の副生成物が検知され、しかも松本サリン事件で現場に残留していた副生成物とほぼ一致したことが判明[8]。
- 7月10日 - オウム真理教男性現役信者リンチ殺人事件 発生。
- 7月15日 - 50℃の温熱療法修行による男性信者死亡事件。
- 9月20日 - 江川紹子ホスゲン襲撃事件。
- 12月2日 - 駐車場経営者VX襲撃事件。
- 12月12日 - 会社員VX殺害事件。
- 1月1日 - 読売新聞が上九一色村の第7サティアンでサリン残留物が検出されたとスクープ。
- 1月4日 - 「オウム真理教被害者の会」永岡弘行会長をVXガスで襲撃。(被害者の会会長VX襲撃事件)
- 2月28日 - 目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件で男性1人が死亡。
- 3月13日 - 「オウム真理教被害対策弁護団」の滝本太郎弁護士が警察庁長官と検事総長宛に「本当にオウムがサリンを撒く可能性がある」と速達で上申。
- 3月15日 - 東京・霞ヶ関の地下鉄駅構内で、不審なアタッシェケース(中身は超音波振動による自動式の噴霧器)が発見され、警視庁の爆弾処理班が出動する。
- 3月17日 - 複数の教団幹部のステージ昇格を伝える尊師通達が発令される。
- 3月17日 - 警察庁において警視庁機動隊と捜査一課捜査員によるオウム真理教に対する一斉家宅捜索を3月22日に行う決定[8]。
- 3月18日 - 「オウム真理教から被害者を救出する会」主催による1万人集会
- 3月20日 - 地下鉄サリン事件。東京の営団地下鉄(現・東京地下鉄)でサリンを撒き、12人を殺害、5,510人が重軽傷を負った。
- 3月22日 - 警視庁が目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件でオウム真理教幹部の逮捕状を取り、上九一色村の教団施設など1都2県の施設25カ所を一斉家宅捜索。
- 3月30日 - 國松孝次警察庁長官狙撃事件。
- 4月23日 - 村井秀夫刺殺事件。
- 5月3日 - 青山吉伸弁護士が逮捕される。
- 5月16日 - 麻原彰晃こと松本智津夫を山梨県上九一色村の教団施設で逮捕。
- 5月16日 - 東京都庁小包爆弾事件
- 6月12日 - 長野県警が松本サリン事件に関して記者会見。「11日に署長が第一発見者宅を訪ねて、捜査過程における心労に対して遺憾の意を表した」と述べた。しかし「謝罪というものではない」と捜査の間違いは認めなかった。
- 10月30日 - 東京地裁が宗教法人法に基づく解散命令を決定(同年12月確定)。
- 12月 - 国会で宗教法人法改正法が成立。
- 6月19日 - 麻原(松本)に代わり、松本の長男(当時3歳)と次男(当時2歳)の二人を「教祖」とする。麻原の地位は「開祖」に。
- 1月31日 - 公安審査委員会、オウム真理教への破壊活動防止法の適用を棄却。
- 2月1日 - 団体規制法に基づく公安調査庁長官の観察処分(3年間)が効力発生。
- 2月4日 - 「宗教団体・アレフ」として再編。
- 7月1日 - ロシアで松本智津夫の武力奪還・対日テロを図ったオウム信者逮捕(シガチョフ事件)
- 1月 - 上祐史浩が教団代表に就任。麻原彰晃との決別を表明。
- 1月23日 - 団体規制法に基づく観察処分の期間更新(2月1日から3年)決定。
- 2月 - 「宗教団体・アーレフ」と改称。
- 2月27日 - 東京地裁が松本智津夫に死刑判決。
- 9月15日 - 最高裁判所は特別抗告を棄却し、1審通り松本への死刑判決が確定。
- 5月20日 - 「Aleph」(アレフ)と改称。
[編集] 公称信徒数
- 1985年12月 - 15人
- 1986年10月 - 35人
- 1987年2月 - 600人
- 1987年7月 - 1,300人
- 1988年8月 - 3,000人
- 1995年3月 - 15,400人(出家1,400人、在家14,000人)
- 1997年7月 - 5,500人(出家500人、在家5,000人)
- 1997年12月 - 2,200人(出家900人、在家1,300人)
- 2000年 - 1,115人(教団が公安調査庁に報告した数)
- 2003年2月 - 1,251人(教団が公安調査庁に報告した数)
[編集] オウム事件の謎
オウム事件では、徐裕行による村井秀夫刺殺事件など、真相の究明には至っていない点が多く残る。実行犯は暴力団幹部の指示により決行したとして有罪確定、指示したとして起訴された暴力団幹部は無罪となり、二つの内容対立する判決がそのままになっている。国松警察庁長官銃撃事件に至っては、自白したとされる元オウム信者の警察官の供述と物的証拠に矛盾点が多いなどとして最終的には不起訴処分となったという異例の事態となっている。
[編集] 事件が与えた影響とその後
あまりにも前代未聞な事件だったこと、オウム報道によって犯罪報道の比重が高まったために、犯罪が特に増えているわけでもないのに治安の悪化を感じる国民が増加し厳罰化など以後の刑事政策に影響を与えた。 犯罪被害者の救済制度が整備されるようになった。
事件以後、問題がある新宗教団体に対する世間の目は、一層に厳しくなった。特に巨額の献金を要求したり、信者の離脱を許さなかったりなど、信者を抑圧しているとされる団体に対しては、情報の公開を求める動きが広がった。白装束で話題になったパナウェーブ問題への対応などにも影響を与えている。
「オウム特番」等連日連夜繰り広げられたオウム報道によって報道のワイドショー化が一層進んだ。特に麻原逮捕までは毎晩どこかの局で2時間程度(日によって異なるが場合によっては3~4時間の場合も)オウム関連の特番が組まれていた。その影響で1995年4月~6月クールの連続ドラマの視聴率が低下した(21時から特番を組んだ事もあり、その影響で休止になったり繰り下げとなることも多かったためである)。
「オウム真理教を扱った番組は簡単に視聴率が取れる」として、『オウムの法則』(オームの法則と掛けたパロディとも思われる)なる用語まで登場した。実際、1995年の年間視聴率(ビデオリサーチ調べ)の上位50本の中にオウム真理教関連の番組は関東地区で16本、関西地区では10本登場している。ちなみに、この年発生した阪神・淡路大震災関連の番組は関東地区で2本、関西地区でも7本だった[10]。
TBS『ブロードキャスター』のコーナー「お父さんのためのワイドショー講座」によると、1995年の1年間にワイドショーがオウム真理教関連の話題を報じた時間数は延べ1272時間19分5秒。2位の阪神・淡路大震災の126時間8分53秒に約10倍の差をつけての首位だった。ちなみに、この年のワイドショー全体の67.8%をオウム真理教関連の話題が占めていた。
1995年に週刊新潮が発表した「今年を代表する男」の読者アンケートで、麻原彰晃が野茂英雄に次いで2位を獲得。また上位10人には麻原以外にも坂本堤・村井秀夫・上祐史浩とオウム事件の関係者が4人ランクインした。
森達也は 『ご臨終メディア-質問しないマスコミと一人で考えない日本人』で報道機関が視聴者・読者から教団を擁護していると非難されることを恐れるあまり、教団を排斥する運動の不当性や、別件や微罪による信者の不当逮捕を報道することすらタブーになっていると指摘している。森は事件後に成立した「組織犯罪対策法」等の中に社会の治安維持上の必要がある場合に個人の私権を制限したりプライバシーを侵害する事を認めるような条項がある事を、報道機関の運動に乗せられた行き過ぎではないかと主張する。
上祐代表を中心とする「代表派」(少数派)と、麻原回帰を強める非代表派(多数派)が分裂した。代表派によれば、代表派と非代表派の会計規模は1:5とされている[要出典]。
フランスにも影響を与え、セクト(カルト)団体対策の推進の理由のひとつとなり(他にスイスにおける集団自殺、フランス国内でのセクト被害報告の増加もある)、各省庁が連携してのセクト対策が立てられ、フランスはセクト団体対策の先進例の1つとなった。1995年、1999年にフランスは、国内で活動中で犯罪の多い団体のリストを作成した。当然フランスに於いてもオウムは特に危険な団体として取り扱われたが、オウムはフランスに支部を持っていなかったのでセクトのリストからは漏れている(ただし、テロ事件を引き起こす前の麻原はノストラダムスの予言書を手に入れるために訪仏し、現地の学者と意見を重ねていた。サリン事件後には、当時の学者達はフランス警察から事情聴取を受けている)[要出典]。
[編集] 参考文献
- 共同通信社会部 『裁かれる教祖』(株式会社共同通信社 1997年2月) ISBN 978-4-7641-0378-8
- 河上和雄 『犯罪捜査と裁判―オウム事件を追って』(悠々社 1996年4月) ISBN 978-4-946406-40-9
- 治安制度研究会 『オウム真理教の実態と「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」の解説(立花書房 2000年6月)ISBN 978-4-8037-2217-8
- 東京キララ社編集部 編 西村雅史・宮口浩之監修 『オウム真理教大辞典』(東京キララ社 2003年11月)ISBN 978-4-380-03209-7
- 麻生幾 『極秘捜査―政府・警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」』(文藝春秋 2000年8月) ISBN 978-4-16-764401-7
- 江川紹子 『「オウム真理教」追跡2200日』(文藝春秋 1995年7月) ISBN 978-4-16-350580-0
- 島田裕巳 『オウム―なぜ宗教はテロリズムを生んだのか』(トランスビュー 2001年7月30日) ISBN 978-4-901510-00-4
- 一橋文哉 『オウム帝国の正体』(新潮社 2002年10月) ISBN 978-4-10-142623-5
- 森達也 『A―マスコミが報道しなかったオウムの素顔』(角川書店 2002年1月) ISBN 978-4-04-362501-7
- 森達也・安岡卓治 『A2』(現代書館 2002年3月) ISBN 978-4-7684-7682-6
- 森達也・森巣博 『ご臨終メディア-質問しないマスコミと一人で考えない日本人』(集英社 2005年10月) ISBN-13: 978-4087203141、P75、P105-108、P120、P151-153、P196。
- 渡辺脩 『麻原を死刑にして、それで済むのか?―本当のことが知らされないアナタへ』(三五館 2004年3月) ISBN-13: 978-4883202874
- 下里正樹 『オウムの黒い霧―オウム裁判を読み解く11のカギ』(双葉社 1995年10月) ISBN-13: 978-4575285130
- 渡辺脩, 和多田進 『麻原裁判の法廷から』(晩聲社 1998年3月) ISBN-13: 978-4891882822
[編集] 脚注
- ^ 自動小銃や化学兵器の量産も行い、独立国家の創造も目指していたとされる。
- ^ a b 未曾有のテロ(警視庁公式ウェブサイト)
- ^ オウム真理教関係特別手配被疑者(警視庁公式ウェブサイト)
- ^ 『判例時報1544号』43頁、『判例タイムズ890号』38頁
- ^ 『判例時報1548号』26頁、『判例タイムズ894号』43頁
- ^ 『判例時報1555号』3頁、『判例タイムズ990号』160頁
- ^ 『判例時報1558号』3頁、『判例タイムズ907号』98頁
- ^ a b 文藝春秋1995年5月号
- ^ はじめに(警視庁公式ウェブサイト)
- ^ 引田惣弥 『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』(講談社、2004年、199頁) ISBN 978-4-06-212222-1
[編集] 関連項目
- テロリズム
- 日本シャンバラ化計画
- 皇位簒奪
- サリン
- オーム (聖音)
- カルト
- 洗脳
- マインド・コントロール
- オカルト
- ヒヒイロカネ
- 公安調査庁
- 内乱罪
- 破壊活動防止法(破防法)
- 無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(「オウム新法」)
- 上九一色村
- 1Q84(村上春樹の長編小説。物語に登場する宗教団体はオウム真理教をヒントにしている。なお、物語の時代にあたる1984年はオウム真理教の前身団体が設立された年でもある)。
[編集] 外部リンク
[編集] 公式ウェブサイト
- 宗教団体アーレフ 反上祐派(主流派)
[編集] その他
- オウム裁判対策協議会
- オープンディレクトリー: アーレフ([ http://www.dmoz.org/ dmoz])
- オープンディレクトリー: オウム真理教(dmoz)
- カナリヤの詩(脱会者の集い -「カナリヤの会」公式サイト)
- オウム真理教 ~反社会的な本質とその実態~(警察庁)
- オウム真理教関係特別手配被疑者(警察庁)
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最終更新 2009年9月7日 (月) 03:32 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【オウム真理教】変更履歴



