オシャレ30・30
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| オシャレ30・30 | |
|---|---|
| ジャンル | トーク番組 |
| 放送時間 | 日曜日 22:00 - 22:30(30分) |
| 放送期間 | 1987年1月4日 - 1994年6月26日 |
| 放送国 | |
| 制作局 | 日本テレビ |
| 演出 | 大垣信良 倉増吉継 |
| プロデューサー | 大垣信良 倉増吉継ほか |
| 出演者 | 古舘伊知郎、阿川泰子 |
| 音声 | ステレオ放送 |
| オープニング | 伊集加代子グループ「オシャレ30・30のテーマ」 |
『オシャレ30・30』(おしゃれサーティーズ・サーティー)は、日本テレビ系列で1987年1月4日から1994年6月26日まで毎週日曜22:00 - 22:30(JST)に放送していたトーク番組である。
資生堂の一社提供番組。但し提供クレジットは英語でアナウンスされていた。前身として平日昼に放送されていた「おしゃれ」があったが、「午後は○○おもいッきりテレビ」の開始による同枠撤廃を控え、改めて日曜夜に資生堂枠が新設された。
目次 |
[編集] 番組概要
司会は古舘伊知郎、ジャズシンガーの阿川泰子。番組タイトルの30・30とは「30歳代のための30分のトーク番組」という意味があり、古舘と阿川が当時30歳代であったこともあり、番組は主に30代の芸能人・著名人をゲストに迎えた(但し、何度か29歳、40歳のゲストも出演している)。テーマ曲は前田憲男作曲で高橋達也&東京ユニオンが演奏し業界では有名なコーラス伊集加代子グループが担当した。のちに「オシャレ30・30のテーマ」と題し、アルバム収録される形でCD化された(バップから当時この番組のオムニバス・アルバムが発売)。
番組の最後には古舘がゲストに「あなたにとっておしゃれとは?」と聞いていく。それに対しゲストは(たとえば島田紳助の場合)「少年のこころを忘れない」と答えていく。阿川がゲストとのトークのあと、歌のプレゼントを披露したり、資生堂のインフォマーシャルにピアニストの鈴木宏昌と出演したのも話題を呼んだ。
[編集] スタッフ
- 構成:笠博勝、藤井青銅、腰山一生
- 音楽:前田憲男、服部克久、鳥山雄司
- 音楽協力:OFFICE NO.3
- 訳詞:星加ルミ子
- カメラ:南良郎
- 技術:竹内一也
- 調整:今井正
- 照明:松村登貴雄
- 音声:吾妻光良
- 音効:見浪史郎
- 美術:山浦俊夫
- デザイン:田原英二、道勧英樹
- 装置:和田俊輔
- 小道具:松崎純一
- タイトル画:北田哲哉
- スタイリスト:永作由美子、COCE
- ヘアメイク:浅井昭彦、尚司芳和
- 編集:宮原明男
- TK:野口かず実
- MA:中田順一
- 広報:保坂朱美
- 演出・プロデューサー:大垣信良、倉増吉継
- プロデューサー:高島一郎、宮坂博隆
- 製作著作:日本テレビ
[編集] 番組の終焉
1992年にTBS系列で「たけし・所のドラキュラが狙ってる」(MBS制作)がスタートした頃から次第に陰りが見え始めた。
また、阿川は40歳になっても引き続き司会をやっていたが、古舘が40歳を迎えるにあたって番組は終了。その後『おしゃれカンケイ』に引き継がれる。
[編集] 備考
- 番組開始当時はクロスネット局が多かった為、青森放送等一部NNS系列局では未ネット又は遅れネットで放送されていた。
- 日本海テレビでは1989年10月にNNSマストバイ局になるまでは、テレビ朝日から「日曜洋画劇場」を同時ネットしていたため、土曜22:00からの放送だった。
- 山形県では、番組スタートから山形テレビで放映されていたが、1993年4月の同局ネットチェンジで山形放送に移動。「日曜洋画劇場」とこの番組が入れ替わる、という現象が当時発生した。
- 一方、石川県では、NNS系列局のテレビ金沢開局まで、系列外の北陸放送(TBSテレビ系列)でも遅れネットで放送された。(~90年3月)
Template:日本テレビ系列日曜22時台の番組
| 日本テレビ系列 資生堂1社提供枠 | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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おしゃれ
(月曜 - 金曜13:15 - 13:30) |
オシャレ30・30
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最終更新 2009年12月7日 (月) 02:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【オシャレ30・30】変更履歴

