オスカー・ロバートソン
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オスカー・ロバートソン Oscar Robertson |
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|---|---|
| 名前 | |
| 本名 | オスカー・パルマー・ロバートソン |
| 愛称 | The Big O |
| ラテン文字 | Oscar Robertson |
| 基本情報 | |
| 国 | |
| 誕生日 | 1938年11月24日 |
| 出身地 | テネシー州・シャーロット |
| 身長 | 196cm |
| 体重 | 100kg |
| 選手情報 | |
| ポジション | ポイントガード |
| 背番号 | 1,14(永久欠番) |
| オリンピック | ||
|---|---|---|
| 男子 バスケットボール | ||
| 金 | 1960 ローマ | バスケットボール |
オスカー・ロバートソン(Oscar Palmer Robertson、1938年11月24日 - )は、アメリカ合衆国テネシー州シャーロット出身の元バスケットボール選手。北米プロバスケットボールリーグのNBAでプレイした。ニックネームはThe Big O。6フィート5インチ、220ポンド(1.96m、100kg)と体格にも恵まれており、年間平均トリプル・ダブルを記録した伝説的な選手として知られる。
目次 |
[編集] 経歴
インディアナ州インディアナポリス市のクリスパス・アタックス高校(Crispus Attucks High School)に入学し、3度、州代表に選ばれる。この頃からビッグ・オーというニックネームで呼ばれるようになる。高校を卒業後、シンシナティ大学に進学し、19のシンシナティ大学記録と14のNCAA記録を作る。さらに1959年と1960年の連続で全米バスケットボール記者協会 (USBWA) が選出するカレッジ年間最優秀選手に選ばれ、その全ての年で得点王になった。このUSBWAが選ぶMVPは1959年から創められ、彼は初代の受賞者となった。そのため現在は彼を称えて「オスカー・ロバートソン・トロフィー」と呼ばれている。ロバートソンは、ジェリー・ウェストと共に1960年のアメリカのバスケットボールオリンピック代表の共同キャプテンを務め、金メダルを獲得する。このチームはアマチュアのオリンピック代表チームとしては、最も優れた選手を揃えていたと評価されている。
[編集] NBAキャリア
NBAで14年間の選手生活を送り、シンシナティ・ロイヤルズ(現在のサクラメント・キングス)でポイントガードを務める。1年目の1961年にチームを前年から14勝も勝ち星を増やしてルーキー・オブ・ザ・イヤー(新人王)になったほか、1961年、1964年、1969年の3度、オールスターゲームでMVPを、1964年にシーズンMVPを獲得した。6年間ジェリー・ルーカスとのコンビでチームを率いるが当時のボストン・セルティックスを破ることはできなかった。1961年-1962年のシーズンに最高の記録を残し、年間を通しての平均トリプル・ダブルを記録した。その年の記録は、1試合当たり30.8得点、11.4アシスト、12.5リバウンドであり、未だに誰も同じ記録を達成してない。
コーチのボブ・クージーと意見が合わず70年にミルウォーキー・バックスにトレードされた。そこにはプロ2年目を迎えた天才センターのルー・アルシンダー(のちのジャバー)がいた。すでに32歳と円熟期を迎えていたロバートソンとのピックアンドロールは絶品でバックスは強豪チームとなる。シーズン66勝と前年を10勝も上回る成績を残しNBAファイナルではワシントン・ブレッツを下し念願の優勝を経験した。74年には再びファイナルに進むが3勝4敗でセルティックスに敗れた。
オールスターに12度、オールNBAチームに11度選ばれ、ロイヤルズとバックスを10度プレイオフに導いている。しかし、優勝は1971年にバックスでカリーム・アブドゥル=ジャバーと組んだ時だけである。
ロバートソンの通算成績は、26,710得点、9,887アシスト、7,804リバウンドであり、1試合当たりでは25.7得点、9.5アシスト、7.5リバウンドである。引退した当時は、アシストとフリースローの最多記録を保持していた。トリプル・ダブルの達成回数はNBA史上最多の181回である。
1980年にバスケットボール殿堂入りした。
通算成績
- 出場試合1040試合
- 通算得点26710得点
- 通算アシスト9887
- 通算リバウンド7804
主な受賞トピックス
- シーズンMVP(1964)
- アシスト王6回(1961、1962、1964、1965、1966、1969)
- FT成功率2回(1964、1968)
- オールNBAファーストチーム9回(1961、1962、1963、1964、1965、1966、1967、1968、1969)
- オールNBAセカンドチーム2回(1970、1971)
- 1980年にNBA35周年オールタイムチームに選ばれる
- 1996年には「NBA50年間の50人の偉大な選手」に選ばれる
[編集] 評価
当時としては珍しい196センチの長身ポイントガードだった。ひじを開く独特のフォームでシュートを打ち長距離シュートも得意だった。リバウンドが強く、視野も広くパスの上手いオールラウンダーであり、ジェリー・ウェストから「状況判断の上手い選手」と評された。ビル・ラッセルは、「心理戦は得意だが、ロバートソンには裏を書かれてしまう」と述べている。伝説的なコーチ、レッド・アワーバックはロバートソンを今まで見た中で最も才能のある選手と評価した。上記の様な高いバスケットIQに加え、大柄な体格からは想像できない程のスピードとクイックネスで小型でスピーディなガード達をあっさり抜き去る。接触されても相手をはじき返せるパワーも持っている。ESPNで偉大なポイントガードを選ぶランキングではマジック・ジョンソンに次いで2番目にロバートソンが選ばれている。またESPNが選んだ20世紀の100人の最も偉大なスポーツ選手でも36番目に選ばれた。
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年9月18日 (金) 09:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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