オックス
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オックス (OX) とは、グループ・サウンズ(以下GS)全盛期の1968年(昭和43年)にデビューしたグループ。
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[編集] 経歴・概要
「ガール・フレンド」でデビュー。その後「ダンシング・セブンティーン」「スワンの涙」「僕は燃えてる」などのヒット曲を飛ばし、甘くメルヘンチックなルックスと歌声が多くの少女ファンを夢中にさせ、1969年のブロマイド年間売上実績が第1位に輝いた。
またステージ上での『失神パフォーマンス』でも、社会現象と言っていいほど名を馳せた。メンバーの『失神』はあくまで演技であったが、熱狂的なファンが触発され、ローリング・ストーンズのカヴァー「テル・ミー」の演奏で実際の失神者が現れたのをきっかけに、1968年11月10日に東京の日比谷公会堂で行われたコンサートに詰めかけた女子中高生約2000人のうち、興奮した約30人が次々に失神、15人が病院に搬送される事態になった。
この一連の失神騒動により、教育関係者の横槍が入ることも頻発し、コンサート会場としての使用を劇場や自治体から拒否されることも多かった。
ザ・タイガースやザ・テンプターズと共に、GSブームの中期から後期を担ったが、GSブームの終焉に合わせる様に人気が下降、他のGS同様に細々と活動を続けるも1971年(昭和46年)5月31日に池袋のジャズ喫茶ドラムでの公演を最後に解散。
昭和から平成初期を代表する作曲家筒美京平と作詞家橋本淳のコンビによる楽曲が多い。
[編集] メンバー
- 福井利男(リーダー・ベースギター)
- 岩田裕二(ドラムス)
- 岡田志郎(ギター)
- 野口ヒデト(ヴォーカル)解散後、演歌歌手に転向し真木ひでとを名乗る。
- 赤松愛(オルガン、ヴォーカル)野口とともに人気を博したが1969年5月に失踪・脱退。現在は会社経営者。
- 田浦幸(オルガン)赤松の後任、1970年より夏夕介の名で俳優活動を始め、解散後はソロ歌手を経て完全に俳優へ転向。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] シングル
- ガール・フレンド (1968.5.5) 作詞:橋本淳/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平
- (c/w) 花の指環
- ダンシング・セブンティーン (1968.9.5) 作詞:橋本淳/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平
- (c/w) 僕のハートをどうぞ
- スワンの涙 (1968.12.10) 作詞:橋本淳/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平
- (c/w) オックス・クライ
- 僕は燃えてる (1969.3.25) 作詞:橋本淳/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平
- (c/w) 夜明けのオックス
- ロザリオは永遠に (1969.6.25) 作詞:橋本淳/作曲:筒美京平/編曲:筒美京平
- (c/w) 真夏のフラメンコ
- 神にそむいて (1969.10.10) 作詞:なかにし礼/作曲:鈴木邦彦/編曲:渋谷毅
- (c/w) 夜明けの光
- 許してくれ (1970.2.5) 作詞:あぼくみこ/作曲:中村泰士/編曲:渋谷毅
- (c/w) ジャスト・ア・リトル・ラブ
- 僕をあげます (1970.5.5) 作詞:阿久悠/作曲:佐々木勉/編曲:馬飼野俊一
- (c/w) 花の時間
- もうどうにもならない (1970.12.5) 作詞:多木比佐夫/作曲:淡の圭一
- (c/w) ふりむきもしないで
[編集] アルバム
- オックス・ファースト・アルバム
- テル・ミー/オックス・オン・ステージ
[編集] 非売品
電電公社記念盤(1968年)B面
- ひとりの電話 作詞:上田公彦/作曲:筒美京平
A面は「お世話になりますダイヤルさん」佐良直美
[編集] メディア
パッチギ!・・・2004年製作、2005年1月22日公開の日本映画。オープニングでオックスのコンサート風景が登場。ファンの失神シーンなどリアルに再現。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年9月16日 (水) 12:07 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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