オバケのQ太郎

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オバケのQ太郎』(オバケのキューたろう)は、藤子不二雄藤子不二雄藤子・F・不二雄)による日本ギャグ漫画作品、及びそれを原作としたテレビ・劇場アニメ作品。

目次

[編集] 概要

ごく普通の家庭に住み着いた、1匹の間の抜けたオバケが引き起こす騒動を面白おかしく描く。藤子流生活ギャグ漫画の原点にして、初の大ヒット作で代表作。スタジオ・ゼロのメンバーである石ノ森章太郎らが手伝った。『オバQ』と省略されて呼ぶことも多い。3度にわたってアニメ化され、40年以上経った現在も根強い人気がある。また藤子漫画は、それまでシリアス志向の強い作品が多かったが、これを機に『ギャグ漫画の藤子不二雄』として広く認知されるようになっていく。

『オバケのQ太郎』の5年後に主に藤子・F・不二雄(藤子F)が描いた『新オバケのQ太郎』[1]や、オバケのQ太郎の後日談的な話の『劇画・オバQ』(藤子Fの単独作)という作品もある。

2人の藤子は、オバQ以前から合作をする一方で、いずれかの単独作も藤子不二雄名義で発表してきたが、両人の作風や絵のタッチの違いが次第に明確になってきたため、『オバケのQ太郎』が藤子不二雄の最後の合作作品となった。

[編集] 作品の歴史

[編集] 雑誌連載の開始

週刊少年サンデー』編集部に出入りしていた子供[2]の持ち込んだ自筆のお化け漫画「ケバ男くん」を見た編集者はお化け漫画を連載することを提案し[3]、藤子Fが怪談やオバケ好き[4]と聞いてオバケを主人公にした漫画を依頼した。

藤子Fと藤子は当時作ったアニメスタジオ「スタジオ・ゼロ」へ小田急線で通勤中に小田急→オバQ→「オバケのQ太郎」というタイトルを思いついた。以上は藤子Fの描いたマンガ『スタジオ・ボロ物語』やTBSにて2008年4月12日放送の番組『ブロードキャスター』における藤子のインタビュー発言によるものだが、タイトルの由来については、これとは異なる説明もある。それは藤子Fと藤子が共同で執筆した自伝『二人で少年漫画ばかり描いてきた』によるもので、まず最初に『オバケの○太郎』というタイトルが決まり、○の部分にはめる言葉を探していたとき、小説家安部公房の本をパラパラとめくっていたら、Qという文字が目に止まり、愛敬のある文字だという理由でQ太郎になったというものである。『アサヒ芸能』2002年9月5日号の藤子へのインタビュー記事やNHKラジオでも同様のことが本人の口から語られていたことがある。連載1回目の「忍者ごっこ」のストーリーは、ゼロの事務所の傍で、忍者ごっこをしている子供達を見てそのまま決めた。

無事タイトルも決まり、スタジオ・ゼロの財務を支えるスタジオ・ゼロ雑誌部の仕事として、スタジオ所属のメンバーが手伝い、『週刊少年サンデー』誌上で1964年にスタートしたが、読者の反応がまったく無く、連載は9回でいったん終了した。連載中は藤子もスタジオ・ゼロを救うための仕事としてあまり力が入らず、周囲の期待もなかったというが、連載終了後読者から再開を求める手紙が殺到し、3か月後に連載が復活。再開後は藤子Fがストーリーを全て担当し、他のゼロメンバーは作画協力に留まることになる(この体制は『週刊少年サンデー』での連載が終了する1966年末まで続いた)。当初は、藤子FがQ太郎、藤子が正太、赤塚不二夫が背景、石ノ森章太郎とつのだじろうがその他の人物を描いていた。

[編集] 1960年代 最初のアニメ化とブームの到来

翌年になって、連載は小学館の他の雑誌にも広がり、さらにアニメ化もされ、「オバQブーム」と呼ばれる社会的現象にまでなった。

鉄腕アトム』以来、それまで主流だったSFヒーローものが飽きられて視聴率が低下した中で生活ギャグアニメ『オバケのQ太郎』は登場。初回から視聴率30%以上の人気を得て、アニメ主題歌の「オバケのQ太郎」はミリオンセラーを記録[5]し、1966年第8回日本レコード大賞童謡賞を受賞。また声優の曽我町子が歌う「オバQ音頭」はレコード200万枚、スポンサーの不二家が行ったプレミアムキャンペーンでソノシート400万枚の大ヒットとなり[6]、レコードはジャケットと価格に若干の変更がなされつつ、1980年代まで生産され続けるというロングラン商品となった。そしてアニメソングにおける音頭曲の先駆けとなり、2009年現在でも子供向け音頭曲の定番のひとつとして親しまれている。

本作の商品化業務は、放映局であるTBSから「オアシのないものがオアシ(銭)を稼ぐはずがない」と否定的な見解が下されたため、原作を掲載していた小学館が行うことになった。この観測は関係各社でも共有され、放映当初は商品化する会社がほとんどいなかった。しかし放映開始半年ほどで人気が爆発し、商品化収入は巨額に昇り、小学館を潤した。1967年に建築された小学館の本社ビルはオバQビルの異名を取っている。

本作で培った小学館のキャラクタービジネスのノウハウは、後年の『ドラえもん』や『ポケットモンスター』でも生かされている[7]

1966年末に『週刊少年サンデー』の連載は終了し、1967年3月にはTVアニメも最終回を迎えた。円谷プロ制作の『ウルトラQ』『ウルトラマン』と共に爆発的な人気番組となり(TBSの日曜夜7時台は、他局から「恐怖のQQタイム」と呼ばれていた)、放送終了の時点で依然30%を超える視聴率を誇っていたものの、スポンサーの不二家から「オバQ商品の売れ行きはピークに達した。これ以上の売上は見込めないので、新しいキャラクター(の番組)にしてくれ」という強い要望が出たためである[8]。後番組は、原作者・制作会社ともに同じ『パーマン』となった。

1969年、『「オバケのQ太郎」あれから四年…』と題して『ビッグコミック』に後日談のエピソードが掲載された。

[編集] 1970年代 『新オバQ』の連載と2回目のアニメ化

前作の連載終了後も、「もう一度Qちゃんを見たい」という読者の要望が多く寄せられていた。その声に答える形で、小学館学年誌上で『新オバケのQ太郎(雑誌掲載時は『オバケのQ太郎』)』の連載が1971年から1973年まで続けられた。このとき同時にアニメ『新オバケのQ太郎』も放送された。

1973年、『ビッグコミック』誌上で、15年振りに人間界にやって来たQ太郎と、大人になった正太のすれ違いと別れの様を描いた異色作『「劇画」オバQ』が掲載された。その後1976年、『月刊少年ジャンプ』に読み切り作品が掲載された。藤子本人が手がけた「オバQ」は事実上これが最後の作品となった。

1977年、『コロコロコミック』が創刊。他の藤子作品とともに『オバケのQ太郎』も掲載される。ただし、新作は描かれず過去の作品の再収録のみだった。1979年には藤子・F・不二雄がネームを担当し、しのだひでおの作画による番外編『ドラ・Q・パーマン』も描かれ、翌年には『ドラえもん』の特番でアニメ化される。

[編集] 1980年代 3回目のアニメ化

1985年から『ドラえもん』以来の藤子アニメブームに乗り、シンエイ動画により3度目のアニメ化がなされる。この際に新作連載の依頼が作者の下に来たが、「もうオバQのようなタイプのギャグ漫画を描くのは難しい」と、この申し出を断っている。結局、作者が示した新設定のキャラクターイラストの描き下ろしと、単行本(てんとう虫コミックスの傑作選全6巻と新オバQ全4巻)のカバーをリニューアルし、『コロコロコミック』(当時『コロコロ』での再掲載は終了していたが、再び復活する形で)や学習雑誌に過去の作品を再掲載する形が採られた。

[編集] 掲載誌

  • 週刊少年サンデー:1964年6号 - 14号、1964年24号 - 1966年51号
  • 別冊少年サンデー:1964年秋季号・12月号、1965年1月号
  • 少年サンデー増刊:1965年正月号 - 1967年正月号
  • よいこ:1965年1月号 - 1967年6月号、1971年4月号 - 1973年4月号
  • 幼稚園:1965年1月号 - 1967年3月号、1971年4月号 - 1973年2月号
  • 小学館の学習雑誌
    • 小学一年生:1965年1月号 - 1967年2月号、1971年4月号 - 1973年3月号
    • 小学二年生:1965年1月号 - 1967年2月号、1971年4月号 - 1973年2月号
    • 小学三年生:1965年1月号 - 1966年10月号、1971年4月号 - 1973年2月号
    • 小学四年生:1965年1月号 - 1966年11月号、1971年4月号 - 1973年3月号
    • 小学五年生:1965年1月号 - 1966年10月号、1971年4月号 - 1973年3月号
    • 小学六年生:1965年1月号 - 1966年10月号、1971年4月号 - 1973年3月号・6月号
  • 小学館コミックス:1965年夏季号 - 1966年春季号
  • 女学生の友:1966年1月号 - 12月号(番外編『オバケのP子日記』)
  • ボーイズライフ:1966年3月号
  • ビッグコミック:1969年3月号(『「オバケのQ太郎」あれから四年…』)、1973年2月25日号(『劇画・オバQ』)
  • めばえ:1971年4月号 - 1974年3月号
  • ベビーブック:1971年4月号 - 1973年3月号
  • 小学館ブック:1966年7月号(創刊号) - 1967年2月号
  • 月刊少年ジャンプ:1976年5月号

[編集] 長期にわたる絶版

本作は人気が高いにもかかわらず、1988年を最後に単行本の増刷が停止。その後も『21エモン』や『エスパー魔美』と異なり、文庫版や新装版が出版されることもなかったため、古本の価格は高騰した。この絶版状態は、本作を再び収録した「藤子・F・不二雄大全集」(第1期)が刊行される2009年7月まで、20年以上も続くこととなった。

この間に新刊で購入可能だったものは、SF短篇集に収録された後日談である『劇画オバQ』と『新 - 』の一編「サテハラタカ」(小学館ワンダーライフ・スペシャル『藤子・F・不二雄の世界』)、赤塚不二夫との合作である『オハゲのKK太郎』(竹書房文庫 『おそ松くん』22巻)、さらに藤子不二雄、赤塚不二夫、つのだじろうの3人の合作『ギャハハ西遊記』(赤塚不二夫漫画大全集 オンデマンド版 1960年代 その2 Web注文のみ)、2007年5月25日発売の『熱血!!コロコロ伝説』で、文庫版サイズの単行本別冊付録として復刊された『新オバケのQ太郎』[9]だけであった。

絶版の理由はこれまで明確にされたことがなく、さまざまな憶測がある。以下、諸説を示す。

[編集] 著作権説

本作は藤子不二雄の2人のほかに、石ノ森章太郎やスタジオ・ゼロが関わっている。藤子不二雄がコンビを解散し、さらに石ノ森、スタジオ・ゼロが関わっているため、四者の間で著作権料の割合で揉めているのではないかという説。

ただし、台湾や香港では1997年頃までは公式に単行本が発売されていたし、CSなどでもコンビ解消以前の「藤子不二雄」とクレジットが入った上で、現在でもアニメ(3作目)が放映されているため、漫画の単行本が出ない理由とするにはこの説は弱い。また、石ノ森・藤子合作(風田朗とスタジオ・ゼロ名義。藤子F他スタジオ・ゼロ系の漫画家も一部手伝っていた)の「レインボー戦隊」は、現在石森プロ(石ノ森のプロダクション)に権利があり、「石ノ森章太郎萬画全集」で復刊が決まっている。この場合はメインが石ノ森、藤子アシスタントという立場で、本作の場合はその逆、というような形で捉えることも出来、権利問題が原因ならレインボー戦隊が出版されているのはこれも矛盾するとも言える。

ライターの安藤健二は『新潮45』(新潮社)2004年11月号でこの問題を取り上げ、追加取材を行なって『封印作品の謎2』として2006年に出版。それによると、スタジオ・ゼロからコンビ解消前の藤子不二雄と藤子スタジオへ著作権は戻され、石森プロも『オバケのQ太郎』の著作権に関して主張したことはないとして、石ノ森やスタジオ・ゼロとの著作権問題という説は否定されている。小学館では「作者サイドが表に出さないことにしている」と主張。原作者サイドの藤子スタジオは「藤子プロに任せている」、そして藤子プロは「権利問題ではなく作者の意志を守りファンを優先に活動している」、「遺された作品が膨大なので今はたまたま出していないだけ」という見解であった。

[編集] 遺族の意向説

藤子Fの遺族(藤本夫人は藤子プロの現会長でもある)は、当時と現在の価値観の違い(差別描写説参照)から作品が誤解されたり非難されたりすることを恐れてか、故人の作品が表に出ることをかなり警戒している(漫画コラムニストの夏目房之介も同様の見解をしている)。その証拠に本作以外でも、藤子F本人が他界してからは、短編集や一部の児童向け作品が出版されたのみであり、全集『藤子不二雄ランド』もの作品だけを集めた『藤子不二雄ランド』として復刊され、Fの作品は復刊が見送られた。また他にも、藤子両人はコンビ解消後も仲が良かったものの、Fの遺族との家族が実は不仲であり、権利の取り分で揉めているという説もある。『封印作品の謎2』の安藤も、封印の理由の1つとして「藤子両人の周囲で起きている感情の問題」ではないかと指摘している。

[編集] 差別描写説

1980年代半ばより始まった差別表現への抗議やそれに対しての自主規制が原因だとする説。黒人差別が原因だとする説と差別用語が原因とする説、またはその両方が原因だという説もある。

[編集] 黒人差別説

1980年代に「黒人差別をなくす会」という団体が黒人の描写について差別的だとして多くの漫画や絵本を出版している出版社に抗議をした。

本作については、てんとう虫コミックス「オバケのQ太郎(傑作選)」第5巻などに収録されていた「国際オバケ連合」に登場する「バケ食いオバケ」が人食い人種を思わせるとして1989年7月に抗議を受け、同じ作品を掲載したてんとう虫コミックス藤子不二雄ランドの該当の巻が回収された。これ以降、オバQの増刷は全面的に止まっている。なお同様にして絶版になった藤子作品に『ジャングル黒べえ』がある。きっかけとしてはこの「黒人差別をなくす会」による抗議が原因と考えられるが、『封印作品の謎2』によると、この時回収されたのは「国際オバケ連合」が収録された巻のみで、作品全てを封印する理由には繋がらないとしている。

[編集] 差別用語説

また本作には、連載当時は普通に使われていた「きちがい」「こじき」などの、現在ではできるだけ使わないよう避ける言葉が多く使われている。これらについて出版社の圧力は避けたいという事なかれ主義で出版を止めているという説がある。だが、同様の表現がされている作品としては『パーマン』や初期の『ドラえもん』もあるものの、それらについては差別表現を修正したり、該当する話を削除した上で単行本が発売されているため、作品の全面封印の理由としては根拠が薄い。

さらには、Q太郎が無芸大食なのが教育上良くないという説もあるが、ギャグ漫画においてこの見解は、信憑性に乏しい。

[編集] 総括

この様に「Fとの間で起きた権利問題」と、「その周囲の人々で起きている問題」で出版が見送られているとの説が最も有力であった。2007年になって安藤健二の『封印作品の謎2』が『封印作品の闇』と改題の上、文庫化された際になされた小学館の元幹部への追加取材を通じて、の側は再版の許諾を出しており、増刷を拒否しているのはF夫人であることを明らかにし、その理由としてFとが共同で著作権を持つ作品を出したくないとの意向をF夫人が持っているためであると安藤は結論づけている。

2009年7月に「藤子・F・不二雄大全集」でFとの共著扱いという形で出版がなされた。21年に及ぶ休刊がいかにして決着がついたのかは不明だが、安藤の取材が事実であれば権利問題は和解に至ったと考えられる。


注意以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。


[編集] 主なキャラクター

Q太郎(キューたろう)
通称:Qちゃん。竹藪で生まれたオバケ。大原家に居候し、いつも正太と行動を共にしている親友の仲。大飯食らい(電気釜を空にして「おかわり」と催促してママに怒られる、など)でお人よし、鈍くさくて頭はあまり良くないが、意外と繊細で落ち込んだり傷ついたりすると、時々家出を企てては、腹を空かせるなどの理由であっさり帰って来る。身長111cm。が大の苦手だが、自分そっくりな子犬を守ってやったこともある。空を飛び力も割と強いが、他のオバケのように化けることが苦手で、消える(=透明になる)ことと靴になることくらい(原作では苦手な犬に化けたことがある)。他に、四角い容器の中に入っていると体が四角に固まる、眼球を飛び出させることができる(「書類に目を通してくれ」と言われて紙に眼球を通す場面がある)といった「特技」もある。腹の中にはポケットがあり、口や服の下からどんな物でも出し入れが出来る。一枚布(バケトロン・バケミロンという架空の素材)に目・口用の穴を開けた白い服(同じ物が何枚もあり、よそゆき用もある)を頭から被っており、実際に見えているのは服を除くと、3本の毛と、足、目、口だけである。また服の中を見られることを極端に嫌う。U子に対して好意を抱くものの、非常にシャイで好意の伝達方法を間違えてU子を怒らせてしまったこともある。作者曰くQ太郎のモデルは、ペンギンとベビー服であるという。『週刊少年サンデー』で『オバケのQ太郎』の連載が開始した1964年2月28日が誕生日と設定されている。連載当初は毛が10本以上あったが、次第に減って行き連載5回目頃から3本に落ち着いた。これは作画の手間から都合がいいということである。最初のシリーズ最終回では単身オバケの世界へと帰って行った。絵は藤子Fが担当。
大原正太(おおはら しょうた)
通称:正ちゃん。大原家の次男。小学生。身長135cm。弱虫で成績も余り良くなく一時はクラスで下から2番目だった。ある日友人達と忍者ごっこをして遊んでいるところ、竹藪の中でQ太郎の卵を偶然見つける(掲載誌によって最初の出会いの設定がやや異なる。アニメ版も同様で下記の『#アニメ版』を参照のこと)。卵から孵ったQ太郎に付きまとわれ初めは困惑するが、色々と世話を焼かれ次第に友情を深めていくようになり、いつもQ太郎と行動を共にしている。当初はQ太郎のことを家族に隠して住まわせていたため、何とか家族の一員として認めてもらおうと苦戦するが、やがてQ太郎の誠実さに家族も次第に打ち解けていくようになっていった。絵は藤子が担当。名前の由来は石ノ森章太郎から。
アニメ第3作では、『ドラえもん』ののび太との差別化を図るため、ガキ大将のゴジラに対して少々好戦的な性格に変更されている。
大原伸一(おおはら しんいち)
通称:伸ちゃん。大原家の長男で正太の兄。中学生で3枚目キャラ。弟と違って成績はそこそこよい。当初は猫を連れて来て飼いたいと切り出し、正太の連れて来たQ太郎と猫、どちらが役に立つかを競わせていた。オーディオマニアで、自宅にいる時は大抵音楽を聴いて過ごしている。好きな女の子が出来るとすぐに告白するが、大体振られている。『新オバQ』では、同級生の河伊伊奈子にアプローチしているが、いつも空回りに終わっている。絵は藤子が担当。名前の由来は鈴木伸一から。
西郷強(さいごう つよし)
通称:ゴジラ。学校、町内でのガキ大将。大柄な正太のクラスメート。身長150cm。実家は酒屋を営んでいる。いつもキザオ、イナリ、タヌキを子分として引き連れている。正太によく意地悪をしているが、基本的には正太とは仲がいい。妹がいる。絵は石ノ森が担当。
ドラえもん』のジャイアンや『キテレツ大百科』のブタゴリラなどの原型キャラ。
映画作品の怪獣の名称である「ゴジラ」を使用した件について権利者の東宝から特に抗議などはなかったようである。
ハカセ
正太のクラスメート。発明好きで知識・学力の点では頭のいい人だと思われているが、実際は間が抜けている。小柄でいつもダブダブの服を着ている。『新オバQ』では両の眉毛が「ハ」、左目が「カ」、右目が「セ」の字。テレ朝版アニメでは旧作同様に普通の顔立ちになった。若ハゲ。乗り物に極端に弱く、バスの絵を見ただけで乗り物酔いを起こす。絵は石ノ森が担当。
木佐キザオ(きざ キザオ)
正太のクラスメート。裕福な家庭で、名の通り気障で新しい物を買っては自慢する癖がある。ゴジラを「親分」と呼んでいる。身長127cm。『ドラえもん』のスネ夫にも通じるキャラ。なお、同名のキャラが藤子作品の『怪物くん』、『フータくん』、『オヤジ坊太郎』にも登場する。またこの顔のキャラクターは藤子によって『ミス・ドラキュラ』の上司に受け継がれる。ただし、この作品の絵は藤子Fが担当。
小泉美子(こいずみ よしこ)
通称:よっちゃん。正太のクラスメートで優等生。身長140cm。アップにした髪のリボンがチャームポイントの優しい美少女。正太やゴジラ達が憧れているが、本人は友達程度としか思っていない節がある。絵は石ノ森(ときに藤子F)が担当。
イナリ
ゴジラの子分。キツネ顔。絵は石ノ森が担当。
ブンブク・タヌキ
ゴジラの子分。タヌキ顔。絵は石ノ森が担当。
小池さん(こいけ)
近所のおじさん。インスタントラーメンが好物で、いつもQ太郎に食事中を邪魔されている。職業はアニメーター。絵は藤子が担当。他の藤子作品にも多く登場している。連載中に結婚し、子供も2人いる。
神成さん(かみなり)
本名:神成雷蔵。大原家の隣に住んでいる老人男性。名の通り「カミナリ親父」。短気で頑固だが、本当は寂しがり屋で情け深い。ドロンパが来るまでは、一軒家で一人暮らしをしていた。ドロンパに住み着かれそうになり最初は追い出そうとしたが、やがて意気投合し居候させることに。そしてドロンパを実の子供のようにかわいがっている。
藤子作品藤子・F・不二雄)にも登場する。『劇画オバQ』内の正太とQ太郎の会話において、死去したことが確認できる。
大原正助(おおはら しょうすけ)
正太、伸一の父親で、少々太り気味の大黒柱。Q太郎からは「パパ」と呼ばれている。トレードマークはチョビ髭にメガネだが、一度床屋で居眠りをしている間に髭を落とされ、子供達に八つ当たりしたこともあった。ヘビースモーカーで、吸っているタバコは「ハイライト」。禁煙にチャレンジするも挫折する。いつも飲む酒はビール。商事会社に勤務し、作中で課長に昇進。テレ朝版アニメでは、正太郎という名であった。Q太郎を実の子供のように思っている。『新オバQ』ではアパートを所有していることになっている。同作の第2巻128ページで正太が「うちのアパート」という表現をしている(「うらの」と原稿に書いてあった所を「うちの」と植字の人が読み違えた単純ミスという読み方もある)。
大原節子(おおはら せつこ)
正太、伸一の母親で、美人かつ優しき専業主婦。Q太郎からは「ママ」と呼ばれている。Q太郎の大食らいにはいつも頭を抱えているが、夫・正助と同様、Q太郎のことを実の子供のように思っている。
ドロンパ
アメリカ・テキサス出身のオバケ。神成家に居候している。頭が良くて運動神経がいい上、さまざまな物・人に化けられる。いつもQ太郎のことをバカにしている。少々ニヒルなひねくれ者だが、実際は寂しがり屋で心優しい。お腹にある赤い星型(脱着可能)が能力の源。一度、その星型が危うくなったことがあったが、Q太郎によって取り返された。糠味噌が大の苦手。P子に思いを寄せているが、デートの際には、P子の身を案ずるQ太郎に、いつも邪魔されている。話のまとめ役が多く、演劇や新聞製作など色々と挑戦するが、Q太郎が引っ掻き回してしまうため長続きしないことが多い。絵は藤子Fが担当。
U子(ユーこ)
人間の世界に憧れてやって来た、小泉家に居候しているおてんば娘のオバケ。柔道に入れ込んでいるが、がさつで乱暴、家事が一切出来ない。Q太郎が好意を寄せているが、逢うたびにQ太郎を柔道の稽古相手にしたり、家事を任せてしまっている。しかし、内心ではQ太郎に想いを寄せている部分も。エレキギターのように弾いたりするなど、典雅、可憐に対する理解がない。太ることを著しく気にしており、それを指摘されると烈火の如く怒りを現にする。化けることも出来るが余り上手ではない。絵は藤子Fが担当。アニメ版の『新 - 』では、作画の都合からか原作と口のデザインが異なる。
P子(ピーこ)
Q太郎の妹。オバケの世界から人間界へ留学、河合家に居候している聡明で可憐な美少女オバケ。Q太郎より頭の出来が良く、化けるのも得意。料理や裁縫は苦手。P子とユカリがメインのエピソード『オバケのP子日記』というスピンオフ作品もある。絵は藤子Fが担当。
O次郎(オーじろう)
Q太郎、P子の弟。『新オバケのQ太郎』で登場したキャラクターで、オバケの世界へ一度帰っていったQ太郎が、再び人間界へ戻って来た際に連れて来た。まだ赤ん坊のオバケなので、「バケラッタ(この言葉は「オバQ音頭」の歌詞から来ている)」しか言えないが、「ナニラッタ?」「バカラッタ!」「ダメラッタ」「アホラッタ」など、多少のバリエーションがある。このため、意思伝達にはQ太郎の翻訳(テレパシー?)が必要。大原家の人々がQ太郎から「バケラッタ」ごとのニュアンスの違いを教わるエピソードがある。また「ボム!」または「パァ!」と叫ぶことで目の前のあらゆる物をパンクさせる特技の持ち主(ライオンを退けたこともある)。手先が器用で、世界中の多くの国名を言える(全てバケラッタになるが)ほど頭はよい。電話も直したことがある。化けるのも上手で、なかなかの兄思いである。絵は藤子Fが担当。
ユカリ
P子が居候している家に住む女子高生。『オバケのP子日記』では正太的な役回り。テレ朝版アニメでは、「河合ユカリ」という名の中学生。河伊伊奈子の設定が組み込まれて伸一の憧れるクラスメートという設定にされている。絵は藤子Ⓐが担当。
河伊伊奈子(かわい いなこ)
『新オバQ』のみに登場した伸一のクラスメート。休日のたびに何人もの男子から誘われるほどのモテモテぶりで、伸一も好意を寄せているが本人は友達感覚でしかない。伸一がスイカを丸呑みできるというのを止めもせず、けしかけたこともある。ミミズとオバケが苦手だったがQ太郎とは仲がよい。将来の夢はイラストレーター。
先生
正太達の通う小学校のクラス担任。容貌がカバそっくりの中年男性教員。「 - だっちゅうに」、「 - ってな」などが口癖。あだ名は"威張り豚"、"ヒネブタ"。
X蔵(エックスぞう)
Q太郎、P子、O次郎の父親。Q太郎からは「オバケの国のパパ」と呼ばれている。やや細身で毛が4本、口ひげがある以外はQ太郎にそっくり。Q太郎に似て少々常識外れのオバケ。時折子供達を預かってもらっている大原家へお礼にと、妻のおZと共にやって来ては騒動を起こす。絵は藤子Fが担当。
おZ(おゼット)
Q太郎、P子、O次郎の母親。Q太郎からは「オバケの国のママ」と呼ばれている。間の抜けたX蔵を支えるしっかり者の妻。絵は藤子Fが担当。

絵の担当は『オバケのQ太郎』についてである。『新オバケのQ太郎』では石ノ森は参加しておらず、藤子不二雄の2人で描かれている。ただし、『新オバケのQ太郎』における絵の分担は明らかにはされていない。絵柄の違いから、正太と伸一以外の大部分が藤子Fとされており、中には全てFによる執筆の作品もある。

[編集] アニメ版

3作とも1回目の放送での内容が異なっている。1作目ではQ太郎が大原家に既に住んでいるところから始まっている(この本放送前には、前夜祭のような特番が組まれた。ここでは、舞台劇としてQ太郎誕生のエピソードが放送されている)。2作目からはQ太郎誕生から描かれたが、忍者ごっこをしているという部分は省かれ、正太がQ太郎の卵を拾い、自宅に持ち帰り孵したという設定になった。3作目では、正太が野球をしている最中にボールを追いかけて転び、草むらに落ちていたQ太郎の卵を偶然割って孵したというもの。

[編集] キャラクター設定の変遷

1作目では正太やP子など、キャラクター設定が原作と若干異なっている。2作目は原作よりの絵に近づいたが、U子の口元がドロンパのような口に修正された。3作目はほぼ原作に近い顔付き(どちらかというと『新オバQ』)だが、ハカセの目が縦長の藤子調の黒目にされている。他にもキャラクターの服装や、美術設定などが時代に合わせてリニューアルされた。

[編集] オバケのQ太郎

  • 放映期間
    • 1965年8月29日 - 1967年3月26日TBS系(毎週日曜日19時30分 - 20時・不二家の時間枠)
    • 1967年4月5日 - 1967年6月28日、TBS系(毎週水曜日18時 - 18時30分)。放送終了後も1969年3月まで同枠で再放送。ただし「不二家の時間」枠での放送とは異なり、この時間帯の同時ネットは、大都市圏以外の放送局ではほとんどなかった。
    • 全97話。モノクロ作品。
  • 初回視聴率(ビデオリサーチ調べ)
    • 関東地区 : 31.5%
    • 関西地区 : 34.6%
  • 最高視聴率(ビデオリサーチ調べ)
    • 関東地区 : 36.7%(1966年4月24日放送)

[編集] スタッフ

[編集] キャスト

[編集] 主題歌

  • 前期オープニング(以下OP) : 『オバケのQ太郎』(作詞 : 東京ムービー企画部、作曲 : 広瀬健次郎、歌 : 石川進
  • 後期OP : 『オバQ音頭』(作詞 : 藤子不二雄、作曲 : 広瀬健次郎、歌 : 石川進&曽我町子)
  • 開始直後エンディング(以下ED) : 『オバケのQ太郎』(作詞 : 東京ムービー企画部、作曲 : 広瀬健次郎、歌 : 石川進)
  • 前期ED : 『ぼくとQちゃん』(作詞 : 遠藤隆智、作曲 : 広瀬健次郎、歌 : 吉田亜矢)
  • 後期ED : 『オバQ音頭』(作詞 : 藤子不二雄、作曲 : 広瀬健次郎、歌 : 石川進&曽我町子)

[編集] 劇場版

  • 1965年12月25日、「まんが大行進」内の1本として、第3回Aパート「台風が来るぞの巻」と第8回Bパート「忍者修行の巻」のブローアップ再編集版が上映された。

[編集] 新オバケのQ太郎

[編集] スタッフ

[編集] キャスト

[編集] 主題歌

  • OP : 『オバケのQ太郎』(作詞 : 東京ムービー企画部、作曲、編曲 : 山本直純、歌 : 堀絢子&ニューロイヤル)
  • ED : 『オバQえかきうた』(作詞 : 東京ムービー企画部、作曲、編曲 : 山本直純、歌 : ザ・グリンピース)

[編集] オバケのQ太郎(新)

  • 放映期間
    • 1985年4月1日 - 1987年3月29日テレビ朝日ほか(毎週月曜日 - 土曜日18時45分 - 19時、任意ネット)。全510話。カラー作品。
    • ※毎週日曜日9時30分 - 10時に同じ週の放送を再構成して、テレビ朝日系で全国放送。
    • 前2作と違い、唯一メディアで触れることが出来るアニメ作品である。『テレ朝チャンネル』で放映され、また一部のエピソードがレンタルビデオソフトとして出回っている。
    • 新作の放送が終了した後も、「藤子不二雄劇場」の後半、「パオパオチャンネル」の木曜日で引き続きリピート放送された。

[編集] スタッフ

[編集] キャスト

[編集] 主題歌

  • 前期OP(第1話 - 第134話まで) : 『大人になんかならないよ』(作詞 : 阿木燿子、作曲 : 宇崎竜童、編曲 : 青木望、歌 : 天地総子)
  • 後期OP : 『ぼくはオバQノンキなオバケ』(作詞 : 藤子不二雄、作曲 : 菊池俊輔、編曲 : 菊池俊輔、歌 : 天地総子)
  • 前期ED(第1話 - 第134話まで) : 『BELIEVE ME』(作詞 : 阿木燿子、作曲 : 宇崎竜童、編曲 : 青木望、歌 : 浜田良美)
  • 後期ED : 『あいうえオバQ』(作詞 : 麻尾るみこ、作曲、編曲 : 菊池俊輔、歌 : 天地総子)
    • 現在テレ朝チャンネルでの放送は134話以前の作品も後期のOP/EDで放送された。

日曜枠でエンディングテーマの直前に流されていた曲

  • Qちゃん音頭(作詞 : 及川潤一郎、作・編曲 : 菊池俊輔、歌 : 天地総子、こおろぎ'73
  • Qちゃんえかきうた(作詞 : 楠部文、作・編曲 : 菊池俊輔、歌 : 天地総子)

[編集] 劇場版

1985年からのテレビシリーズ放送中に作られた、15分程の短編映画。3次元映像で、赤と青のメガネを着用するアナグラフ方式の作品。入場特典として、この作品の視聴用のメガネが配布された。

  • オバケのQ太郎 とびだせ!バケバケ大作戦(1986年
    • 総監督 : 笹川ひろし
    • 監督 : 原田益次
    • 脚本 : 桜井正明
    • 作画監督 : 森下圭介
    • 美術 : 宮野隆
    • 撮影 : 三沢勝治
    • 編集 : 岡安肇
    • 音楽 : 菊池俊輔
    • 協力 : 藤子スタジオ
    • 同時上映 : 『ドラえもん のび太と鉄人兵団』、『プロゴルファー猿 スーパーGOLFワールドへの挑戦!!』
  • オバケのQ太郎 進め! 1/100大作戦(1987年
    • 総監督 : 笹川ひろし
    • 監督 : 塚田庄英
    • 脚本 : 桜井正明
    • 作画監督 : 森下圭介
    • 美術 : 宮野隆
    • 撮影 : 三沢勝治
    • 編集 : 岡安肇
    • 音楽 : 菊池俊輔
    • 同時上映 : 『ドラえもん のび太と竜の騎士』、『プロゴルファー猿 甲賀秘境!影の忍法ゴルファー参上!』

[編集] ゲーム

オバケのQ太郎 ワンワンパニック
1985年12月16日、バンダイより発売。ファミリーコンピュータ用ソフト。アクションゲーム

[編集] エピソード、こぼれ話

[編集] アニメ関連

  • 1作目の放送後半からスタジオ・ゼロがアニメ制作協力として関わっているとされていることがあるが、鈴木伸一によると制作したのは『オバQ』のパイロットフィルムのみで、現場では能力不足と言われ関われなかったということである。このパイロットフィルムの内容は、『鉄腕アトム』風の未来的な街に住んでいるという設定にされた。その映像を見た藤子両人は内容の改変に違和感を覚えたという。後に東京ムービーで制作が決まり、原作通りの設定で作られた。ヒーローものアニメがまだ全盛期の時代であったため、放送初期はQ太郎の性格が多少好戦的なものになっていた。
  • アニメ第1作の「不二家の時間」枠での最終回には、次の新番組である『パーマン』の宣伝としてパーマン1号がゲスト出演をしている。Q太郎と正太がギャング団に誘拐され、Q太郎が助けを求めると、パーマンが駆けつけて2人が助け出されるという内容。この時のQ太郎とパーマンの会話は「君は来週からじゃないか」「僕、あわてんぼうだから1週早く出てきちゃった」というものである。
  • 『新 - 』のQ太郎役は当初、初代の曽我町子に演じてもらう予定であったが、曽我が多忙であったこと、TBS系であった初代との差別化(『新オバQ』は日本テレビ系)などで堀絢子に決まったという。
  • 劇場短編アニメ『パンダコパンダ』のラスト近くのモブシーンで、Q太郎が登場する。
  • シンエイ版では1980年に『ドラ・Q・パーマン』で共演の他、特番などで他の藤子キャラクターとしばしば共演を果たしている。

[編集] 歌・レコード

  • 初代Q太郎の声を演じた曽我町子は、コロムビアのスタジオで『オバQ音頭』のレコーディングの際、風邪をこじらせていたのでスケジュールの延期を申し出ていた。しかしデュオ相手の歌手、石川進のスケジュールの都合と、当時のコロムビアの社員がストライキを起こしていたために、立ち会ったスタッフのほとんどが管理職であったという。しかしスタッフはやる気満々で、その熱意に押され曽我は渋々歌ったという。また、これら主題歌、挿入歌はコロムビア盤と朝日ソノラマなどのソノシート盤でカバーやテイク違いが数多く存在しており、この『オバQ音頭』も例外ではない。
  • 本作のアニメ(1作目)は不二家が一社独占のスポンサーに付いたため、本作を含む一連の藤子アニメは、OPとEDでペコちゃん(声:斉藤尚子)と共演している。オバQではフィルムが散逸しているため映像で見ることは出来ないが、EDで使用された『オバQ音頭』のシネテープでは共演していることが伺える。また、次作『パーマン』のED、次々作『怪物くん』でも共演した。
    • なお、現在残っている『オバQ』のOPフィルムでは、ラストシーン(犬に驚いたオバQが木の枝に頭をぶつけて気絶)がズームアウトして、テレビの中にOPフィルムが映っている所で終わっている。その後がどうなっているかは不明。
  • 1966年暮れには『オバQクリスマス』というレコードが発売された(P子や正太も登場するコロムビア盤と、Q太郎のみが歌う勁文社盤がある)。スポンサーの不二家がオバQを通じて自社のケーキを買ってもらおうというタイアップ企画でもあった。ペコちゃんとQ太郎がクリスマスソングを歌う、景品のソノシートも制作された。このクリスマス企画は同時間帯の次々作である『怪物くん』でも行われた。
  • 『新オバケのQ太郎』の絵描き歌は、口を葉っぱに見立てて書き始めて、途中で上下をひっくり返すという、型破りな絵描き歌だった。2番のO次郎まではEDとして放映された。レコードバージョンの3、4番はP子とドロンパであるが、いずれも途中の同じフレーズで紙をひっくり返す必要があった。これに対し3作目のオバQでは、体全体をロケットに見立て、腕を羽として書き足すという着想で新たに絵描き歌が作られた。
  • モダンチョキチョキズ(ボーカル:濱田マリ)のメジャーデビュー曲は、『新オバケのQ太郎』の主題歌のカバーだった。この曲のミュージック・ビデオには犬の着ぐるみが登場して踊っている。

[編集] パロディ作品・客演

  • 1960 - 1970年代に製造された観光バスで前面がQ太郎に似ている(特にヘッドライト周りがQ太郎の唇に似ているという)理由で「オバQ」の愛称が付いた車がある(詳細は「いすゞバス製造」の項参照)。
  • 映画『喜劇 駅前漫画』(1966年東京映画)では、Q太郎とP子らがアニメと着ぐるみで登場。劇中に登場する玩具工場では当時のオバQグッズが作られている。その工場の社長(伴淳三郎)の息子は久太郎(頭師佳孝)という名で、いつもオバQの「Q」の字と唇をモチーフにした白いトレーナーを着ている。この作品に登場する漫画工房で描かれている漫画は『おそ松くん』である。
  • 映画『日本一のゴリガン男』(1966年、東宝渡辺プロダクション作品)では主演の植木等がオバケのQ太郎の着ぐるみを着る。
  • 岡本喜八監督作品『殺人狂時代』(1967年東宝)では、「オバQ」という名の殺し屋が登場する。
  • 『週刊少年サンデー』でオバQと人気を二分していた『おそ松くん』ではたびたび登場してきたが、竹書房文庫版22巻の巻末で「オハゲのKK(ケケ)太郎」という題でチビ太と共演をし、言葉をしゃべった(赤塚不二夫との合作)。
  • 逆に原作版『オバQ』では、『おそ松くん』をネタにした作品が2作ある。1つはオバQ一家が初登場した時、X蔵が『週刊少年サンデー』を見て、正太のママに六つ子の服や『ブラック団』の可藤骨蔵の服を着せる(だがオバQは「あんなのだめ!」「なおさらだめ!」と否定)。2つはドロンパが初登場した時、ドロンパが化ける時のポーズを教えるふりをして、シェーをしている。
  • 水木しげるの漫画『ゲゲゲの鬼太郎』の『妖怪大戦争』で、西洋妖怪を倒す為に集まった日本の妖怪達の中にQ太郎がいる。
  • 『ドラえもん』の『なんでも空港』(てんとう虫コミックス32巻)の回にQ太郎が登場している。ジャイアンスネ夫はQ太郎のことを知っているようで、「オバケなんかに用はないんだ」と語っている(逆にQ太郎は用も無いのに呼び出され憤慨している)。また、『ほんもの図鑑』(てんとう虫コミックス6巻)の回では、「オバケ」の図鑑からしずかが出してしまったオバケ達の中にQ太郎がいる。『ドラえもん のび太のドラビアンナイト』でも、オバケ達の中にQ太郎が登場し、ランプの精を見て「オバケ怖い」と言って逃げ出している。ランプの精には「そっちだってオバケのくせに」と返されている。『おりたたみハウス』(てんとう虫コミックス24巻)、『ジャイアンよい子だねんねしな』(てんとう虫コミックス27巻)、『ジャイ子の新作まんが』(てんとう虫コミックス44巻)では、テレビ番組として、Q太郎が登場している。
  • 小学館の学習雑誌『小学二年生』の1974年版にはほぼ毎月、漫画と漫画絵形式でなぞなぞを載せた豆本が付録でついて来た。この豆本の主役は「なぞえもん」と言う、ちょんまげ頭の小学生であるが(首から下は現代の普段着、舞台も現代で、通っている小学校でちょんまげは彼一人だけ)、なぜかQ太郎が同居しており、仲間のオバケ達もなぞなぞを出す話の都合上出演している。大原家は全く登場せず、パラレルワールドと解釈出来る。作画はドラえもん関係の協力執筆が多い元アシスタントのヨシダ忠
  • フジテレビバラエティ番組ダウンタウンのごっつええ感じ』で1994年から1995年にかけて、本作のパロディーアニメ「きょうふのキョーちゃん」というアニメが放送された。また同番組では、東野幸治(Q太郎)とほんこん(O次郎)が扮する『リアルQさん』というコントも披露された。
  • 香港でも人気は高いようで、周星馳主演の映画『魔界ドラゴンファイター』では着ぐるみで登場している。
  • 『週刊少年ジャンプ』の漫画・アニメの『ボボボーボ・ボーボボ』や『銀魂』、『珍遊記』でもQ太郎に似たキャラクターが存在する。また、『ジョジョの奇妙な冒険』の第3部の主人公である空条承太郎が宿に泊まった際に、敵を欺く目的で、宿帳に「空条Q太郎」と書いたことがある。
  • 海藍の漫画『トリコロ』では、犬が苦手な人物が犬に怯えている際に「頭頂部の髪の毛の一部が3本放射状に逆立つ」という描写がある。
  • ゆでたまごの漫画『キン肉マン』に登場するテリーマンは、本作品のドロンパから強く影響を受けており、キザなアメリカ人、テキサス出身、体に大きな星マークがあるなどの設定で共通点が見られる。
  • コミック版『機動警察パトレイバー』ではシリアスなシーンであるにもかかわらず車体にQ太郎が描かれた「オバQ運輸」なる運送会社のトラックが登場する。

[編集] 人物

  • シドニー五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子は、「Qちゃん」のあだ名で呼ばれている。その由来は、リクルート(当時)の陸上部新入部員歓迎パーティーで、全身にアルミホイルを巻き、カラオケで『新オバQ』の主題歌を歌ったことによる。
  • 大洋ホエールズの中心打者だった田代富雄(現・横浜ベイスターズ監督代行)は、プロ入りした1973年に間の抜けたような受け答えをしたことから、当時の2軍コーチだった沖山光利に「オバQみたいなヤツだな」と言われたことが「オバQ」と呼ばれた始まりだった。それまで言われていた、その風貌や「オバケのように打球が遠くへ飛んでいく」などの説は違うという[10]。当時、打席に立つ時にアニメのテーマ曲がエレクトーンで演奏された時期もあった。
  • オレたちひょうきん族』の中の西川のりおのにらめっこネタは、顔にペイントしてQ太郎に扮したもので、本家顔負けの人気を得ていた時期があった。
  • 元大相撲力士の栃乃和歌(現・春日野親方)は、その風貌と厚い唇から兄弟子の舛田山(現・千賀ノ浦親方)から「Qちゃん」と呼ばれていた。後に、その仇名が広まり「角界のオバQ」と呼ばれるようになった。

[編集] その他

  • 藤子不二雄は犬好きで、昔飼っていた秋田犬の名を「Q太郎」と名づけたこともある。
  • TVアニメ版HAPPY★LESSONに登場する八桜はづきは大食い道の免許皆伝に当たる「オバ級」の称号を保持している。
  • 1966年、本作のヒットにより、白いビニール袋を被って遊ぶ「オバQ」ごっこが流行。しかし、女児がこれを行い窒息死するという事故が起きている。当時の関係者らはこの遊びに関して注意を呼びかけた[11]
  • 1967年公開された東映動画(現:東映アニメーション)制作の長編アニメ版『ひょっこりひょうたん島』で、ライオン君(声:滝口順平)のノミで犬がパニックになったのを見た博士(声:中山千夏)が、「そうだ!ナメクジは塩に弱い、オバQは犬に弱い、そして犬はノミに弱い」なるセリフを言っている。
  • 1969年に刊行された虫コミックス版は、原作者ですら全巻持っていないといわれる。(藤子Fによると、うちには1冊しか残っていないとのこと)[12]

[編集] 書籍情報

  • 『オバケのQ太郎』 虫プロ商事虫コミックス〉全12巻
  • 『オバケのQ太郎』(傑作選) 小学館てんとう虫コミックス〉全6巻
  • 『オバケのQ太郎』(藤子不二雄自選集)小学館 全2巻(1巻は旧、2巻は新より収録)
  • 『新編集オバケのQ太郎』 中央公論社藤子不二雄ランド〉全20巻
  • 『新オバケのQ太郎』 小学館〈てんとう虫コミックス〉全4巻
  • 『新オバケのQ太郎』 中央公論社〈藤子不二雄ランド〉全7巻
  • 『Q The Spook』(オバケのQ太郎 英訳版) ラボ教育センター

※以上の単行本シリーズは2009年現在、全て絶版。

[編集] 脚注

  1. ^ コンビ解消後、『新オバQ』は著作権上、藤子Fの単独作となっているが、研究者の間では旧作と同様、藤子も関わっていたとするのが定説である。
  2. ^ のちの小山田つとむ。
  3. ^ NHK『ザ・ライバル「少年サンデー・少年マガジン物語」』
  4. ^ 藤子Fの結婚披露宴におけるつのだじろうの発言によるとされるが、つのだ自身は覚えていないという
  5. ^ 長田暁二『昭和の童謡アラカルト―戦後編』ぎょうせい、1985年、253頁。ISBN 4-324-00124-3
  6. ^ 曽我町子コレクション・ステラインターネット・アーカイブのミラー)
  7. ^ ポケモンの成功法則
  8. ^ 太田出版「うしおそうじとピープロの時代」101ページ(1999年)。洋泉社「封印作品の憂鬱」91 - 92ページ(2008年)
  9. ^ 『新 - 』は著作権上、Fの単独作品ということになっているため、復刊が容易であるとの見解がある。
  10. ^ ついに明かす『オバQ』命名秘話(『夕刊フジ』2009年5月23日)
  11. ^週刊昭和タイムズ』(デアゴスティーニ・ジャパン刊)より。
  12. ^文藝春秋』1994年2月増刊号でのよしもとばななとの対談より。

[編集] 関連書籍

  • 藤子不二雄『二人で少年漫画ばかり描いてきた -戦後児童漫画私史』(文藝春秋社、1980年)
  • 月刊「創」編集部編『音羽vs一ツ橋』(創出版、1983年) - 小学館本社ビルがオバQビルと呼ばれているとの記述。
  • 中野晴行編『鉄腕アトムワールド』(ぴあ、1993年) - マーチャンダイジングの歴史。オバQブームと怪獣ブーム。
  • 米澤嘉博『藤子不二雄論 Fとの方程式』(河出書房新社、2002年)
  • 安藤健二『封印作品の謎2』(太田出版、2006年) ISBN 4-7783-1006-3 - 絶版の真相について関係者の取材を行っている。

[編集] 関連項目

[編集] 前後番組の変遷

TBS 日曜日19:30枠・不二家の時間
前番組 番組名 次番組
オバケのQ太郎(第1作)
(1965年8月29日 - 1967年3月26日)
TBS 水曜日18:00枠
ゴリラのゴンちゃん
オバケのQ太郎(第1作・再放送含む)
(1967年4月5日 - 1969年3月)
パーマン(第1作・再放送)
日本テレビ 水曜日19:30枠
いじわるばあさん(アニメ第1作)
ytv読売テレビ制作、土曜19:30枠から移動)
※19:30~19:56
NNNニューススポット
※19:56~20:00。30分繰上げ
新オバケのQ太郎
ゲンコツの海
(KNB北日本放送制作)
ここからドラマ枠
テレビ朝日 月 - 金曜日18:45-19:00
パーマン(新)
〈→藤子不二雄ワイドに編入〉
オバケのQ太郎(新)
テレビ朝日系 日曜日9:30枠
パーマン(新)
〈→藤子不二雄ワイドに編入〉
オバケのQ太郎(新)
(単独番組として)
藤子不二雄劇場
〈→コンプレックス枠化〉


最終更新 2009年11月2日 (月) 14:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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