オートポリス

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日本の旗 オートポリス
概要
所在地 日本 大分県 日田市 上津江町1112-8
運営会社 株式会社オートポリス
営業期間 1990年 -
主なイベント SUPER GT
フォーミュラ・ニッポン
全日本ロードレース選手権
国際レーシングコース
コース長 4.674km
コーナー数 18
ラップレコード 1分27秒188 (1991年
テオ・ファビ
グループC
  

オートポリスAUTOPOLIS)は、大分県日田市上津江町上野田にあるサーキットである。

目次

[編集] 歴史

[編集] オープン

元々ゴルフ場建設予定地でオイルショックにより計画が頓挫していた広大な土地に、不動産開発業者で、オートポリスの運営会社である「日本オートポリス」の社長・鶴巻智徳の指揮により、バブル景気全盛期の1990年にオープンした。オープンに合わせて同年11月30日には、竹下登首相などを招待し東京全日空ホテルでオープニングパーティーが行われた。

なお鶴巻は、1989年に同ホテルで行われたオークションで、パブロ・ピカソの「ピエレットの婚礼」を5160万ドルで競り落としたことで世界的に有名となっていた。

1991年3月には、こけら落としイベントとも言える全日本F3000選手権が開催され、決勝日には7万人を超える大観衆が押し寄せ、スタンドを埋め尽くした。

1991年10月にはオートポリス初のFIA公認世界選手権レースとなるスポーツカー世界選手権(SWC)の最終戦が開催され、F1デビュー間もないミハエル・シューマッハも出走し、優勝を飾っている。

[編集] F1誘致

オートポリスは当初からF1開催を目指して建設されたサーキットで、一時はネルソン・ピケがドライブするベネトンチームのスポンサーとなるなど、積極的にF1の誘致活動を行っていた。この活動が実り、1993年にはF1第3戦に「アジアGP」として初開催される予定であった。

[編集] 充実した施設

F1開催に向けて、2万人の観客を収容できる最終コーナースタンドや、コースを見渡せるホテル「ベラ・ビスタ」、美術館、3回ワールドチャンピオンとなったネルソン・ピケの博物館カートコース、ヘリポートなどを備えていた。

なお、サーキット内のホテル「ベラ・ビスタ」は、わずか28室の高級ホテルとして建設され、他にも350室のリゾートホテルが建設される予定であった。また美術館には、鶴巻が購入したピカソの作品の他に、ルネ・マグリットクロード・モネフィンセント・ファン・ゴッホなどの作品を展示する予定であった。

また、オートポリス独自のワンメイクフォーミュラ「FC45」のレースが1991年から開催された。FCとは当時の社長の名前からフォーミュラ・クレーン(鶴)と言われている。45は排気量(4500cc)。

[編集] 倒産

しかし、バブル崩壊により1992年に「日本オートポリス」は倒産。当然F1開催はキャンセルとなった。美術館とホテルは閉鎖され、美術品は債権者に差し押さえられることとなった。また、「FC45」もこの年限りで終了となった。

翌1993年には、債権者であるゼネコンのハザマが「大分阿蘇レーシングパーク」として運営を続けるものの、アクセスの悪い山間奥地にあるため経営が成り立たず、サーキットそのものの存続自体が危ぶまれる状態に陥ってしまう。

[編集] 再建

1996年にハザマより上津江村(当時)に抵当権付きのままながらも無償譲渡された後は、地元住民によるボランティアの協力等を得つつ、第3セクターの有限会社かみつえグリーン商事によってサーキットの運営を継続。名称も、知名度の高かった「オートポリス」に戻された。その頃はビッグレースは開催不能で、走行会やアマチュアレース中心の運営であった。

1999年11月にはオールスター戦ではあるものの全日本GT選手権が初めて開催され、季節外れの大雪の中、5万人近い観客を集める。

2002年からは全日本ロードレース選手権2003年からは経営が行き詰った美祢サーキットに代わる形で全日本GT選手権が開催されるようになってきた他、2006年にはフォーミュラ・ニッポンも開催されるなど、徐々に運営は上向きとなった。

[編集] 現在

2005年3月に川崎重工が同サーキットを買収したことを発表。同月、市町村合併上津江村日田市に編入合併した事も関係あるといわれている。2008年現在、同社の二輪車の開発用テストコースとして活用する一方で、全日本格式をはじめとする各種レースイベントも継続して開催されている。なお、川崎重工は、同じ大分県内に「SPA直入」という二輪用サーキットを所有していたが、オートポリス買収後もSPA直入は運営を続けている。ホテル「ベラ・ビスタ」や美術館の建物は取り壊され空き地になっている。

2003年から7年続いたSUPER GTが2010年度は開催されない事が正式発表された。

[編集] コース

[編集] インターナショナルレーシングコース

全長4,674mの長さを誇る国際公認コース。ホームストレートは902m、高低差は52メートル、最大上り勾配7,2%、下り勾配10%のアップダウンの激しいテクニカルコース。日本では珍しく、ピットロードがコースの外側にある。よって、ピットから見るとマシンの走行方向が他のサーキットと逆になる。 元ホンダF1の責任者桜井淑敏がコース監修を行った。

[編集] レイクサイドコース

全長1,760m。 カートやドリフト走行会、市販車試乗会等に使われる。

[編集] コースレコード

オートポリス コースレコード
カテゴリー マシン ドライバー タイム 樹立年
グループC ジャガーXJR-14 テオ・ファビ 1'27.188 1991年
全日本F3000 TOSTEM LOLA T90 中谷明彦 1'30.124 1991年
フォーミュラ・ニッポン スウィフト・017.n FN09 小暮卓史 1'32.556 2009年
SUPER GT(GT500) ZENT CERUMO SC430 立川祐路 1'39.424 2007年
SUPER GT(GT300) 宝山 DUNLOP Z 佐々木孝太 1'48.847 2007年

[編集] 現在の施設

  • ロイヤルルーム
  • メイングランドスタンド
  • ファイナルコーナースタンド
  • コースサイドロッジ
  • ドライバーズサロン
  • メインコントロールタワー
  • ヘリポート
  • パドックビル
  • ガソリンスタンド

[編集] イベント

[編集] 1999年

[編集] 2002年

[編集] 2003年

  • 全日本GT選手権
  • 全日本ロードレース選手権

[編集] 2004年~2005年

[編集] 2006年

[編集] 2007年

  • SUPER GT
  • 全日本ロードレース選手権
  • 全日本プロドリフト選手権
  • 全日本F3選手権
  • AFOS(アジアンフェスティバルオブスピード)

[編集] 2008年

  • SUPER GT
  • 全日本ロードレース選手権
  • 全日本プロドリフト選手権
  • 全日本F3選手権

[編集] 2009年

  • SUPER GT
  • フォーミュラ・ニッポン
  • 全日本ロードレース選手権
  • 全日本F3選手権
  • 全日本プロドリフト選手権

[編集] 過去に開催された主なイベント

[編集] その他

  • ママチャリグランプリ - 自転車のうち「軽快車」を使用してオートポリスのコースを8人の選手がリレーして走る競技。夏の風物詩となっている。

[編集] アクセス

  • 公式サイトを参照

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月10日 (火) 10:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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