カイコ
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| カイコ | ||||||||||||||||||||||||
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![]() 幼虫 |
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| 分類 | ||||||||||||||||||||||||
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| 学名 | ||||||||||||||||||||||||
| Bombyx mori (Linnaeus, 1758) |
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| 和名 | ||||||||||||||||||||||||
| カイコ(蚕)、カイコガ(蚕蛾) | ||||||||||||||||||||||||
| 英名 | ||||||||||||||||||||||||
| Silk moth, Silkworm |
カイコ(蚕)はチョウ目(鱗翅目)・カイコガ科に属する昆虫の一種。正式和名はカイコガで、カイコはこの幼虫の名称だが、一般的にはこの種全般をも指す。クワ(桑)を食餌とし、絹を産生して蛹の繭を作る。
目次 |
[編集] 家畜化された昆虫
カイコは家蚕(かさん)とも呼ばれ、家畜化された昆虫で、野生には生息しない。またカイコは、野生回帰能力を完全に失った唯一の家畜化動物として知られ、ヒトによる管理なしでは生育することができない。カイコを野外の桑にとまらせても、ほぼ一昼夜のうちに捕食されるか、地面に落ち、全滅してしまう。幼虫は腹脚が退化しているため樹木に自力で付着し続けることができず、風が吹いたりすると容易に落下してしまう。繭を作る際も人工的な枠(まぶし)に入れてやらないとうまく繭を作れない。成虫も翅はあるが小さく退化しており、飛ぶことはできない。また、成虫はヒトが近付いても逃げようともせず、逆にヒトの方に自ら近付いてくる、という習性を有する。
[編集] 起源
カイコは中国大陸北部で発生したとされ、カイコの祖先は東アジアに生息するクワコ (Bombyx mandarina) であると考えられているが、詳しいことはよくわかっていない。カイコとクワコは別種とされるが、クワイコと呼ばれるこれらの交雑種は生殖能力をもつ。養蚕は少なくとも5000年の歴史を持つ[1]。
[編集] 生育過程
完全変態の昆虫である。
孵化したての1齢幼虫は、黒色で疎らな毛に覆われるため「毛蚕」(けご)と呼ばれ、また、アリのようであるため「蟻蚕」(ぎさん)とも呼ばれる。桑の葉を食べて成長し、十数時間程度の「眠」(脱皮の準備期間にあたる活動停止期)を経て脱皮する。2齢以降の脱皮後も毛はあるが、体が大きくなる割に、毛はあまり育たないのでイモムシ様の虫となり、幼虫の体色や模様は品種によって様々であるが、通常は青白く、頭部に眼状紋が入る。幼虫の白い体色が天敵に発見されやすいこともあって、幼虫は自然下では生育できない。脱皮を品種により4回前後繰り返すが、産毛が最後まで足の辺りに生えている。また2齢幼虫になるころに毛が目立たなくなるのを昔の養蚕家は「毛をふるいおとす」と考え、毛ぶるいと表現した。
多くの品種の幼虫は、5齢で終齢を迎え、蛹となる。蛹化が近づくと、体はクリーム色に近い半透明に変わる。カイコは繭を作るに適した隙間を求めて歩き回るようになる。やがて口から絹糸を出し、頭部を∞字型に動かしながら米俵型の繭を作り、その中で蛹化する。絹糸は唾液腺の変化した絹糸腺(けんしせん)という器官で作られる。絹糸腺にはセリシンという糸の元になるタンパク質がつまっており、これを吐ききらないとアミノ酸過剰状態になり、死んでしまうのでカイコは歩きながらでも糸を吐いて繭をつくる準備をする。また蛹になることを蛹化というが、養蚕家は化蛹(かよう)という。
蛹繭の中でカイコの幼虫は丸く縮んで前蛹になる。これはアポトーシス(プログラムされた細胞死)が体内で起こっているのであり、体が幼虫から蛹に作りかわっている最中なのである。その後脱皮し、蛹となる。蛹は最初飴色だが、だんだんと茶色く硬くなっていく。
羽化すると、尾部から茶色い液(蛾尿という尿。つかんだりしても敵を驚かせるために出す)を出し、絹糸を溶かすタンパク質分解酵素を口から出して自らの作った繭を破って出てくる。成虫は全身白い毛に覆われており、小さく退化した翅を有する。成虫は飛翔能力を全く持たない上、口吻が無いため餌を取ることは無い。交尾の後、やや扁平な丸い卵を約500粒産み、約10日で死ぬ。
[編集] 利用
[編集] 絹の採取
カイコは、ミツバチなどと並び、愛玩用以外の目的で飼育される世界的にも重要な昆虫であり、主目的は天然繊維の絹の採取にある。日本でも、古事記にも記述があるほどの長い養蚕の歴史を持ち、戦前には絹は主要な輸出品であった。地方によっては「おカイコ様」といった半ば神聖視した呼び方が残っている。またカイコは家畜として扱われているため、「一匹、二匹」ではなく牛などと同じように「一頭、二頭」と数える。
繭は一本の糸からできている。絹を取るには、繭を丸ごと茹で、ほぐれてきた糸をより合わせる。茹でる前に羽化してしまった繭はタンパク質分解酵素の働きで絹の繊維が短く切断されているため紡績には向かず、真綿(絹綿)にする。
繊維用以外では、繭に着色などを施して工芸品にしたり、絹の成分を化粧品に加える例もある。
[編集] 餌用 、食用
絹を取った後の蛹は熱で死んでいるが、日本の養蚕農家の多くは、鯉のえさや鶏・豚のえさとして利用した。現在でもそのままの形、もしくはさなぎ粉と呼ばれる粉末にして、魚の餌や釣り餌にすることが多い。また、貴重なタンパク源として人の食用にされる例もある。90年前の調査によると、昔の日本の長野県や群馬県の一部では「どきょ」などと呼び、佃煮にして食用にしていたと報告されている[2]。朝鮮半島では蚕の佃煮を「ポンテギ」と呼び、また、中国でも山東省、広東省などでは蚕蛹(ツァンヨン)と呼んで素揚げにしたり、煮付けにして食べる。タイ王国でも、北部や北東部では素揚げにして食べる。
また、蛹の脂肪分を絞り出したものを蛹油と呼ぶ。かつては食用や、石けんの原料として利用された。現在では主に養殖魚の餌として利用される。
[編集] 薬用
また、昆虫病原糸状菌(白殭菌)に感染した蚕(白殭蚕)は死んでしまい、絹を取る事は出来ないが、漢方医学では癲癇や中風、あるいは傷薬として用いた方法が『医心方』などにあり、1919年の農商務省調査でも普通の蚕を含めて民間療法の薬として様々な病状の治療に用いられているとされている。
[編集] 実験動物
学術目的では変態やホルモンの生理学などのモデル生物として用いられる。飼育の歴史が長く生態・生理学上の知見が蓄積されており系統も豊富に確立されているためにモデル生物としての価値は大きい。エクジソンはカイコを用いて単離された代表的な昆虫ホルモンである。また、教育課題としてカイコの幼虫の飼育や解剖観察を行うことも多い。
[編集] カイコを巡る伝説
[編集] 日本
日本にカイコから糸を紡ぐ技術は、稲作などと相前後して伝わってきたと言われているが、古来においては様々な言い伝えがあり、日本神話が収められている『古事記』や『日本書紀』の中にもいくつかが収められている。
- 『古事記』上巻にて高天原を追放されたスサノオ(須佐之男命)が、食物神であるオオゲツヒメ(大気都比売神)に食物を求めたところ、オオゲツヒメは、鼻や口、尻から様々な食材を取り出して調理して差し出した。しかし、スサノオがその様子を覗き見て汚した食物を差し出したと思って、オオゲツヒメを殺してしまった。すると、オオゲツヒメの屍体から様々な食物の種などが生じた。頭に蚕、目に稲、耳に粟、鼻に小豆、陰部に麦、尻に大豆が生まれたという。
- 『日本書紀』神産みの第十一の一書にてツクヨミ(月夜見尊)がアマテラス(天照大神)の命令で葦原中国にいるウケモチ(保食神)という神を訪問したところ、ウケモチは、口から米飯、魚、毛皮の動物を出し、それらでツクヨミをもてなした。ツクヨミは口から吐き出したものを食べさせられたと怒り、ウケモチを斬ってしまった。これを知ったアマテラスがウケモチの所にアメノクマヒト(天熊人)を遣すと、ウケモチは既に死んでいた。ウケモチの屍体の頭から牛馬、額から粟、眉から蚕、目から稗、腹から稲、陰部から麦・大豆・小豆が生まれた。アメノクマヒトがこれらを全て持ち帰ってアマテラスに献上した。
- また、日本書紀における神産みの第二の一書にて火の神カグツチ(軻遇突智)を生んだために体を焼かれたイザナミ(伊弉冉)が亡くなる直前に生んだ土の神ハニヤマヒメ(埴山媛)は後にカグツチと結ばれてワクムスビ(稚産霊)を生むが、出産の際にワクムスビの頭の上に蚕と桑が生じ、臍の中に五穀が生まれたという説話がある。
これらの神話はいずれも食物起源神話と関連している事から戦前の民俗学者である高木敏雄は、これは後世においてシナ(中国)の俗説に倣って改竄したものであり、植物から作られた幣帛を用いる日本の神道には関わりの無い事であり、削除しても良い位だと激しく非難している。だが仮にこの説を採るとしても、『古事記』・『日本書紀』が編纂された7世紀の段階で養蚕が既に当時の日本国家にとって重要な産業になっているという事実までを否定する事は出来ないと言えよう。
なお、蚕は『古事記』下巻の仁徳天皇記に再び登場し、韓人(百済からの帰化人)奴理能美(ぬりのみ)が飼育していた「一度は這う虫になり、一度は鼓になり、一度は飛ぶ鳥になる奇しい虫」(蚕)を皇后磐之媛命に献上する逸話が語られる。
[編集] 中国
東晋時代の中国(4世紀)に書かれたとされる『捜神記』巻14には次のような話がある。
- その昔、ある男が娘と飼い馬を置いて遠くに旅に出る事になった。しばらく経っても父親が帰ってこない事を心配した娘は馬に向かって冗談半分で「もし、お前が父上を連れて帰ったら、私はあなたのお嫁さんになりましょう」と言った。すると、馬は家を飛び出して父親を探し当てて連れ帰ってきた。ところが馬の様子がおかしい事に気付いた父親が娘に問いただしたところ事情を知って激怒し、馬をその場で射殺してしまった。その後、父親は馬の皮を剥いで毛皮にするために庭に放置して置いた。そんなある日、娘は庭で馬の皮を蹴りながら「動物の分際で人間を妻にしようなどと考えるから、このような目にあうのよ」と嘲笑した。すると、娘の足が馬の皮に癒着してそのまま皮全体で娘の全身を覆いつくした。身動きが取れなくなった娘は転倒してそのまま転がりだして姿を消してしまった。これを見た父親が必死に探したものの、数日後に見つけたときには馬の皮は中にいた娘ごと一匹の巨大なカイコに変化していたという。
この話をモチーフとしたと思われる伝説は日本国内にも伝わっており、柳田国男の『遠野物語』にもおしら様信仰にからんで類似した話が載せられている。
[編集] その他
漢字の「蚕」は Shift JIS において2バイト目に "5C" が割り当てられており(8E5C)、この "5C" をエスケープ文字として認識するプログラムの誤動作を引き起こす。通称「ダメ文字」の一つである。詳細はShift_JIS#2バイト目が5C等に成りうることによる問題を参照。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ Goldsmith, Marian R.; Shimada, Toru & Abe, Hiroaki (2004): The genetics and genomics of the silkworm, Bombyx mori. Annu. Rev. Entomol. 50: 71-100. PMID 15355234. DOI: 10.1146/annurev.ento.50.071803.130456 (HTML abstract)
- ^ 1919年の農商務省による調査では、23府県で蛹を食する地域が存在し、成虫でも2県、幼虫でも食する県が1件報告されたと言う
[編集] 参考文献
- 『古事記』倉野憲司校注 岩波書店、1963年。ISBN4−00−300011−0
[編集] 外部リンク
- 福島県農業試験場梁川支場(旧福島県蚕業試験場)
- SilkBase - カイコ完全長cDNAデータベース(英語)
- カイコ(みんなで作る日本産蛾類図鑑V2)






