カディマ党
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カディマ
קדימה |
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|---|---|
| 党首 | ツィッピー・リヴニ |
| 成立年月日 | 2005年 |
| クネセト議席数 |
28 / 120 (23%)
(2006年) |
| 政治的思想・立場 | 中道主義、世俗主義 |
| 公式サイト | Kadima |
カディマ(Kadima、ヘブライ語: קדימה)は、イスラエルの政党。
「カディマ」は「前進」を意味するヘブライ語。
目次 |
[編集] 概要
アリエル・シャロンによって2005年11月21日に創設された「中道主義」を掲げるシオニスト政党。日本語ではカディマ、カディーマ、カーディーマとも呼称される。シャロンが脳卒中により意識不明となった後はエフード・オルメルト、次いでツィッピー・リヴニが党首を務めている。党名はヘブライ語で前進を意味する。当初は国家責任党(National Responsibility Party)という名称が検討されたが、同名称では省略すればNRPとなることから、国家宗教党(National Religious Party)が激しく反発し、最終的にカディマに落ち着いた。また、「カディマ」の名称に対しても、カディマがヘブライ語で「前進」を意味するところから、ベニート・ムッソリーニがイタリア社会党に所属していた際に同党の機関紙・「アヴァンティ(イタリア語で前進の意)」の編集長をつとめていた経緯から問題視する声が上がったが、これは大勢にはならなかった。
[編集] 政策
カディマの政策はシャロン首相による対パレスチナ政策を受け継いでいる。ガザ地区からは植民者、軍部隊を完全撤退させ、その代わりにヨルダン川西岸の大規模入植地アリエルやマアレ・アドゥミームを維持することを目的としている。オルメルト首相(党首)は現在西岸で建設が進んでいる防護フェンス(「分離壁」) 内部の大規模入植地を併合、それ以外の小規模入植地を撤退させ、分離壁を国境とすることを主張している。また、治安上の観点からヨルダン渓谷とその周辺の入植地保持の必要性も訴えている。 2006年9月4日、オルメルト首相は、国会の外交防衛委員会で、ヨルダン川西岸からの追加撤退を凍結する考えを表明。政権公約は事実上破られたことになり、レバノン侵攻で傷ついた政権への威信にさらに追い打ちをかけることとなった。
[編集] 2006年の総選挙
2006年3月28日に行われたイスラエル議会(クネセト)総選挙では、事前の予想通り他党を抑えて第一党となるものの、最終的には29議席の獲得にとどまる。この数字は1999年の労働党に次ぐ、建国後ワースト2という結果である。 イスラエルがかかわったすべての戦争に従事し、抜群の指導力と政局を読みきる洞察力を兼ね備えたシャロンと異なり、オルメルトの軍歴と指導力に国民が不安感を抱いたものと思われる。
同年5月4日、オルメルトを新首相とする連立政権が発足した。労働党、年金者党、シャスなどが参加している。
[編集] 近況
イスラエル国会は2006年10月30日、オルメルト首相が率いるカディマと労働党の中道左派連合政権に極右政党「我が家イスラエル」が参加した新内閣を賛成多数で承認した。中道政党カディマ(29議席)を中心とする政権は「我が家」(11議席)の参加で5党連立となり、国会定数120のうち78議席を確保した。「我が家」リーバーマン党首は、イランの脅威への対応を担当する新設閣僚を兼任する。
2007年1月16日イスラエル検察当局は警察当局に対し、大手銀行の民営化に絡む不正疑惑で当時財務相だったオルメルト首相に対する捜査に着手するよう指示した。オルメルト政権はカツァブ大統領のレイプ疑惑のほか、最近では国税当局の収賄疑惑が発覚するなどスキャンダルが相次いでおり、昨夏のレバノン戦争での不手際も重なって同首相の支持率は急落している。
オルメルト首相は財務相を務めていた05年、国内2位の「レウミ銀行」民営化の際の政府保有株の売却を巡り、知人2人に入札の便宜を図るなどした疑いが持たれている。最終的には米国の企業グループが落札した。オルメルト首相は一貫して不正行為を否定していたが2008年7月30日、党首選終了後辞任する旨を記者会見で表明。党首選終了後の同年9月21日に党首・首相を正式に辞任(現在、選挙管理内閣として暫定的にその地位に留まっている)。9月18日の党首選で僅差で勝利を収めたツィッピー・リヴニ外相が新党首となった。リヴニは新内閣組閣を目指したが、エルサレムの帰属などで宗教政党・シャスが激しく反発。組閣の失敗により国会は自動的に解散となり、2009年2月10日に総選挙が実施される運びとなっている。また、オルメルトは2008年11月現在、通産10回の事情聴取を受けている。同年11月26日、最高検はオルメルトの容疑を固め、正式に立件する方針を固める。ただ、最高検は前述のレウミ銀行汚職に関しては証拠が不十分だとし、立件を断念している。
2009年2月の総選挙において28議席を獲得、第一党の座をかろうじて維持した。しかし、連立政権交渉は不調に終わり、組閣を要請されたリクードのベンヤミン・ネタニヤフは、カディマとの連立交渉を断念、カディマは野に下ることとなった。
[編集] 参加者
カディマにはイスラエルの二大政党であるリクードおよび労働党双方から多くの議員が参加している。下にあげた肩書きは総選挙前のものである。
リクードより参加
- アリエル・シャロン 首相
- エフード・オルメルト 首相代行 産業貿易労働大臣
- シャウル・モファズ 国防大臣
- ツィッピー・リヴニ 外務大臣 司法大臣
- ツァヒー・ハネグビ リクード党首代行
- ギデオン・エズラ 国内治安大臣
- アブラハム・ヘルシェンソン 観光大臣
- メイール・シトリト 運輸大臣
- オムリ・シャロン アリエル・シャロンの息子
労働党より参加
- シモン・ペレス 元首相
- ハイム・ラモン 前大臣
- デリヤ・イティズク 前大臣
[編集] 党首
- 初代:アリエル・シャロン 2005-2006
- 第2代:エフード・オルメルト 2006-2008
- 第3代:ツィッピー・リヴニ 2008-
[編集] 関連項目
- イスラエルの政治
- イスラエルの政党
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月25日 (日) 05:01 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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