カニ族

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カニ族(カニぞく)とは、大型リュックサックを負った旅装、およびそのような出で立ちの者たちを指した日本での俗称。

1960年代後半から1970年代末期にかけ、登山者や、長期の低予算旅行をする若者に多く見られた。

目次

[編集] 語源

1960年代当時、長期旅行や本格的登山に適する、大量に荷物の入る大きなリュックサックは、キスリング型リュックサックと呼ばれる横長のものしかなかった。これは幅が80cm程度あり、背負ったままでは列車の通路や出入り口は前向きに歩くことができず、カニのような横歩きを強いられたこと、またリュックサックを背負った後ろ姿がカニを思わせることから、この名が自然発生した。

[編集] 旅行スタイル

登山者を除いたカニ族の主体は、余暇の多い大学生等の若者であった。1970年代以前の日本では、自分の自動車オートバイを持つ若者は少なく、長距離・長期間の国内旅行には鉄道が利用された。

「暇はあるが金はない」若者たちは、費用を切り詰めながら、「カニ族」スタイルで多くの荷物を背負って長旅を行い、独特の「貧乏旅行」文化を構築していった。特に彼らの間では北海道の人気が高く、夏の北海道内ではジーンズにリュックサックという「カニ族」たちの姿が随所に見られた。

[編集] 周遊券と夜行列車

日本国有鉄道(国鉄)は1950年代中期以降、北海道九州などへ往復でき、目的地域で極めて広範囲にわたる自由乗降が可能な均一周遊乗車券(のちに「ワイド周遊券」の名称が付く)を発売した。これらは往復の経路および目的地域において、急行列車普通車自由席を追加料金不要で無制限に利用できる、という極めて割安な乗車券であり、なおかつ、東京や大阪など本州の大都市発着の場合は、有効期間が最大20日間と非常に長く設定されていた。しかもこれらは学生割引の対象にもなった。

また1970年代以前の国鉄線では、東京から東北方面に、関西から九州・北陸方面等に直通する長距離夜行急行列車が盛んに運行され、北海道内や九州島内のみを往来する夜行急行列車・普通列車も多かった。それらのほとんどが、周遊券で利用可能な自由席の普通車を連結していたのである。

利便性の高い周遊券、そして移動時間と宿泊費の節約になる夜行列車は、カニ族たちに好んで用いられた。

[編集] 旅費節約

交通費の大方は周遊券で賄えたが、国鉄線・国鉄バス(周遊券利用可能)で行けない地域には一般の路線バスを利用せねばならず、ヒッチハイクを用いる事例もあった。

宿代と食費は、カニ族にとっての難題であった。

食事と就寝場所が廉価に提供されるユースホステルは、旅行者同士の交流場所となることもあって人気は高く、各人お気に入りのユースホステルでは長期滞在をすることもあった[1]。畳やカーペットなどが敷かれているだけで、最低限雑魚寝できるのみの簡易な民宿がカニ族向けに開設される例もあった。また、帯広市の「カニの家」のように、駅の近くに簡易宿泊所が出きた例もあった。

しかし、ユースホステルや簡易宿泊所ですら費用がかかると考える者は、より徹底した節約策を用いた。当時、深夜・早朝帯に夜行列車が発着するため、待合室を終夜利用可能としていた駅もあり、このような駅の待合室もカニ族によく利用された。これはSTB(ステーションビバーク)と呼ばれ、書籍も発行されている。無論、テント寝袋を用いて野宿する者も少なくなかった。

また旅程中、旅費が乏しくなると、旅先で牧場の作業手伝い、昆布取りなどの泊まり込みアルバイトを行い、宿代・食費を節約しつつ金銭を稼ぐ者もあった。

食費は概して切り詰められがちで、各地の名物を食べる余裕もなく、食パンインスタントラーメン、立ち喰いそば・うどんなどで腹を満たす侘びしいカニ族が珍しくなかった。

[編集] 消滅

国鉄財政の悪化に伴う合理化の進展により、1975年以降は国鉄のダイヤ改正ごとに急行列車が削減されるようになり、1980年代に入ると昼行・夜行を問わず、主要拠点間の急行列車は大幅に減少する。結果、カニ族の活動が自然と制約されるようになった。ワイド周遊券については、目的地域の周遊区間内で特急列車自由席が利用できるような改善も為されたが、大都市を起点に目的地へ往復する手段であった長距離夜行急行列車の廃止進行が大きな制約となったことは否定し難い。

この間、日本では国民一般の生活水準の向上が続いた。1970年代、若い女性の間ではアンノン族に代表されるファッショナブルな軽装での旅行スタイルが普及し、若い男性の旅行形態でも、貧乏旅行を楽しむような雰囲気が薄れていった。カニ族の目的地として人気のあった北海道への交通手段も、従来の鉄道と青函連絡船の乗り継ぎに代わり、航空機の比重が年々高くなっていった。

同時期、リュックサックはキスリング型から新たに出現した円筒形のインターナルフレームパック型が主流に移るとともに、伝統的カニ族スタイルからは遠ざかっていった(円筒形リュックサックを背負った旅行者・登山者は「エビ族」と呼ばれる場合がある)。

こうして、旅装と旅行形態の両面から「カニ族」スタイルは消滅に向かった。1980年代以降、「カニ族」の語は徐々に死語となっていった。

代わりに、リュックサックを用いる者も含めて鉄道利用の低予算旅行者を指す「じぇいあーらー」(またはジェーアーラー)という呼称が日本国内のユースホステル利用者間で使用された時期もあったが、さほどメジャーな呼び方とはならなかった。

カニ族の減少とともに、日本国内での若者の低予算旅行は、青春18きっぷ高速バスによる旅行が主体となってきた[2]。1990年代半ばまでに、本州内で夜行急行列車の多くが廃止され、また同時期の周遊券制度変更によって、かつてのように極めて有効期限の長いフリーパス的周遊券が廃止されたことで、日本国内で放浪的な2-3週間の格安旅行を(公共交通機関のみに頼って)行うことは難しくなっている。 ただし、インターネットカフェなど、終日利用できる場所を利用するという、新しい旅の形も生まれている。


[編集] その他

カニ族と同時期に見られた、初期の若者による北海道バイク旅行および自転車旅行のスタイルは、彼らの2ストロークバイクの排気音がミツバチの羽音に似ていたために、「ミツバチ族」と呼ばれた。彼らの北海道への移動には多くの場合長距離フェリーが利用され、宿泊にはライダーハウス、とほ宿などが利用されている。1986年には、北海道へのバイク旅行の便宜を図るため、夏季に大阪・上野駅から二輪車と共に北海道へ向かう列車「モトとレール」・「MOTOトレイン」も運行されるようになったが、1998年限りで運行を中止している。こちらもブームとしては減少しているものの、現在も一定の人数が旅に出ている。 上述した帯広市によるカニ族向けの簡易宿泊所「カニの家」は、場所を駅近辺から郊外に移した上で、バイクや自転車の人間が利用できる観光施設「大正カニの家」として期間限定の上開館している。

リュックサックを用いて費用を節約する長期旅行では、低価格の国際線航空券が多く流通するようになったことで、日本国外でバックパッキングをする日本人の若者が増加した。これは一種、カニ族の系譜を汲む旅行形態であるとも言える。

[編集] 注釈

  1. ^ さとう宗幸の項も参照。
  2. ^ 青春18きっぷで長距離の普通列車旅行をする者は「18きっぱー」などと呼ばれている。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月20日 (金) 05:46 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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