カラスヤサトシ

カラスヤサトシの最新ニュースをまとめて検索!

画像:Logo serie manga.png
ウィキポータル
漫画作品日本
漫画家日本
漫画原作者
漫画雑誌
カテゴリ
漫画作品
漫画 - 漫画家
プロジェクト
漫画作品 - 漫画家
漫画雑誌
お知らせ
漫画記事での括弧の使用方法の変更が提案されています。

カラスヤ サトシ1973年11月 - )は、日本漫画家。本名片岡 聰(かたおか さとし)。大阪府枚方市出身。男性、独身。関西大学卒業。現在は東京都豊島区[1]在住と思われる。『月刊アフタヌーン』などに自身の生活を題材にした4コマ漫画を描いている。

目次

[編集] 経歴

[編集] 「片岡聰」時代

1995年、『海辺の人々』ほか3編により第6回COMICアレ![2]漫画賞優秀賞を受賞し、ギャグマンガ家としてデビュー。会社勤めの傍ら本名の片岡聰名義で同誌に作品を発表する。この頃は主に10ページ前後のショートコミックを描いていた。1997年にそれらをまとめた作品集『石喰う男』を出版、江口寿史より大絶賛を受けた[3]が、同年に雑誌休刊のため作品発表の場を失う。また『おのぼり物語』によればこのとき同時に会社も辞めており、その後はアルバイトなどをして生計を立てていた。

なお雑誌休刊を受けて、単行本の巻末に「このまま終わる気などさらさら無く、密かに復活の機会をうかがっている」と記している。

[編集] 「烏屋さと志」時代

1999年、ペンネームを烏屋さと志に改め、4コマ漫画『ニャニャドヤラ』で『月刊アフタヌーン』で行われていた新人賞「ギャグパラ大賞」[4]第2回準大賞を受賞。その後、しばらく『アフタヌーンシーズン増刊』に『ニャニャドヤラ』を連載したが、読者投票の企画で敗れたためまもなく終了。このとき担当編集T田との諍いがあり[5]、ふたたび作品発表の場を失う。しかし2002年には短編『HOME』で第41回ちばてつや賞大賞(一般部門)を受賞し、実力を見せている。2002年11月に上京。東京都西東京市に居を構える。

[編集] 「カラスヤサトシ」時代

姓名判断を参考にペンネームをカラスヤサトシに改め、2003年から『月刊アフタヌーン』の読者ページの欄外に自身の体験を題材にした4コマ漫画『愛読者ボイス選手権 特別版』を載せ始める。この作品が次第に人気を集め、2005年からは欄外の他に独立したページを与えられるようになった。2005年末におこなわれた「アフタヌーンコミックまつり」[6]では「生身の人間でありながら」マスコットキャラクターに起用され、カラスヤの自画像イラスト[7]をあしらったステッカーが書店で配られたほか、JR秋葉原駅に同じ絵柄を使用した大型の告知看板も設置された。

『月刊アフタヌーン』2006年4月号では、発表した4コマ漫画が300本近く溜まったことをうけて、誌上にて単行本化嘆願活動を開始し、読者へ単行本化への賛同を呼びかけた。これに対し同年6月号までにハガキ、メールをあわせて300通ほどの読者の声がよせられ、2006年9月に念願の作品集『カラスヤサトシ』を出版。朝日新聞の書評で取り上げられるなど一部で話題となった。

単行本出版と前後して講談社の他の漫画誌(イブニング月刊少年シリウスなど)にもゲスト寄稿を行うようになり、また竹書房の4コマ専門誌にも連載を持つようになった。2009年現在は『愛読者ボイス選手権』のほか、『まんがライフMOMO』で『キャラ道』、『まんがくらぶ』で『おのぼり物語』、『Beth』で『カラスヤサトシなんでも入門』、『MouRa』で『カラスヤサトシのハッピー♥セレクション』を連載している。

[編集] 作風と評価

出世作となった『カラスヤサトシ』の作風は、実体験や思い出をもとに、カラスヤ自身を含め身の回りの人々のおかしな言動や奇妙な癖をエッセイ風に紹介するというものである。単行本『カラスヤサトシ』を朝日新聞で取り上げたササキバラゴウは、「日常的なネタばかり」で「笑いながら軽く読める内容」だが、「どのネタも作者の身を挺して描かれていることが、静かな迫力を生んでいる」と評している[8]。『アサヒ芸能』では南信長がこの作品を取り上げており、「ささいなネタばかりなのだが、これだけの数が集まれば、あたかも作者の人生の再現フィルムを見ているようで、ある種の感動を呼ぶ」とした[9]。またライターのスズキトモユは自身のブログで取り上げ、作中のカラスヤについて「右往左往する自意識がすばらしい」と評している[10]

作中ではカラスヤの自画像は、丸顔に丸眼鏡という風貌で描かれている。初期には眼鏡の奥の目が描かれず無表情に描かれていたが、その後しだいにいつも笑顔を浮かべているというキャラクターが定着した。『カラスヤサトシ』以降の作品では、同じように描かれたカラスヤが体験取材を行ったり、思い出を語ったりするものがほとんどである。なお現実では、作中で痩せ型に描かれているT田に間違われるなどしており[11]、必ずしも丸顔ではないらしい。後述する瀧波のサイン会レポートでもカラスヤはむしろ痩せ型に描かれている。

『カラスヤサトシ』では、作中のカラスヤの人物像に対して『キモカッコワルイ』というキャッチフレーズを使用している。これは担当編集者T田が一方的につけたものであり、カラスヤ自身は不満を表明している[12](もっとも実際に2人と対面した読者からは、命名者であるT田こそ『キモカッコワルイ』と思ったという感想が寄せられている)。

[編集] 主な作品

石喰う男(作品集)
片岡聰名義で『COMICアレ!』(マガジンハウス)にて発表されたものを収録した作品集。1997年刊。デビュー作のほか、第5回COMICアレ!新人賞佳作を受賞した表題作など20本ほどの作品が収録されている。
ニャニャドヤラ
アフタヌーンシーズン増刊』に烏屋さと志名義で連載された作品。決まった登場人物はなく、子供や学生、サラリーマンなどの日常を題材にしたオーソドックスな4コマ漫画となっている。
HOME
烏屋さと志名義で発表されたシリアスな時代劇作品。強盗をして生計を立てている悪七が、優しい心を持つ娘に出会い改心を決意する、というもの。2002年に第41回ちばてつや大賞を受賞し、『モーニング』(講談社)に掲載された。
愛読者ボイス選手権 特別版
読者投稿との連動企画であり、カラスヤの出世作。毎回担当編集者の出す数本の「お題」にそって自身の体験を4コマ漫画化するというもの。「特別版」は読者ページの欄外に記載されているが、2005年より独立したページに「超拡大版」も掲載されるようになった。正式な連載作品ではなく単行本発売後も「不定期連載」の扱いだが、「特別版」は2003年以降、「超拡大版」は2005年以降毎号掲載されている。単行本タイトルは『カラスヤサトシ』。
萌道(もえどう)
メイド喫茶など、毎回各地にある「萌えスポット」を体験取材するレポート漫画。『まんがライフMOMO』(竹書房)にて2005年より2007年まで連載。単行本全1巻。
おのぼり物語
2002年に上京し、仕事が軌道に乗り始めた2005年頃までの、当時の思い出を描いた4コマ漫画。他の作品に比べて叙情的な表現が多く見られる。『まんがくらぶ』(竹書房)にて2006~2008年に連載。単行本全1巻。
本当はかっこいいカラスヤサトシ
『月刊アフタヌーン』表紙イラスト連載。毎号表紙の片隅でさまざまな状況下のカラスヤが「かっこいいセリフ」を言うというもの。「愛読者ボイス選手権」が不定期扱いなのに対しこちらは正式な連載である。
カラスヤサトシのなんでも入門
カラスヤが「今までの人生でやったことのないもの」に挑戦し、その様子を作品化するというもの。『Beth』(講談社)にて2007年より連載。
思い川
カラスヤの人生と文学との関わりを主題にした4コマ作品。講談社『エソラ』Vol.4(2007年)掲載。
キャラ道
自分が出てくる漫画ばかり描いているカラスヤが、編集者のリクエストに従って「キャラ」を作ろうとする様を描く。『萌道』に引き続き2007年より『まんがライフMOMO』に連載。竹書房で連載している4コマ作家(小坂俊史など)がカラスヤサトシと対決もしくは指導という形でほぼ毎回ゲスト出演している。単行本全1巻。
カラスヤサトシのハッピー♥セレクション
「女性たちの間で流行っているもの」をテーマにした4コマ作品。2007年末より講談社のWebサイト『MouRa』にて週刊連載。『カラスヤサトシのおしゃれ歌留多』というタイトルで単行本が1巻まで刊行中。
野性のじかん
まんがライフオリジナル』にて2008年連載開始。

[編集] 交流のある作家

とよ田みのる
『月刊アフタヌーン』で『ラブロマ』を連載していた漫画家。カラスヤ作中で親交があることを記しており、またとよ田のホームページにある絵日記にはカラスヤの原稿を手伝ったことや、サイン会に訪れたことなどが記されている[13]。「萌道」単行本巻末のスペシャルサンクスでの、「手伝ってくれた T.M先生」とは、とよ田みのると思われる。
瀧波ユカリ
『月刊アフタヌーン』で自身と同じく私生活を扱った4コマ漫画ということで、カラスヤは瀧波の『臨死!!江古田ちゃん』を「女の子に下ネタやられたら勝てるわけが無い」等、ライバル視した発言を作中でたびたび行っている。2006年には瀧波のサイン会を訪れ、レポート漫画にて「北海道から出てきた女の子がこの東京で自分の居場所をつかんだ瞬間に今まさに立ち会っているような」気がしたなどと描いた[14]。その後行われたカラスヤのサイン会では逆に瀧波がレポート漫画を描き、カラスヤに批判されるT田を逆に持ち上げてみせるなど「意趣返し」を行っている[15]。2007年には両者の2冊目の単行本が同時に発売されたことを記念し、T田企画のもと「カラスヤ×江古田ちゃん」の「架空対談」が行われ、互いの恋愛観などについてやりとりがなされた[16]。また、瀧波が不要の家電の梱包材をカラスヤの趣味であるガシャポンバトルにどうですか、とメールして譲る(カラスヤの作中ではその人物を明かさなかったが、瀧波が次号の作者近況でそれを譲ったのが自分であることを暴露した)など、私的な交流がある。
西本英雄
2006年、以前から愛読していたという西本のルポ漫画『もう、しませんから。』(『週刊少年マガジン』連載)にゲスト出演し、西本や両者の担当編集と共に富士山に登頂、山頂で玉すだれの「富士山」を作ったり(間違って「東京タワー」を作っていたことが後に判明した)、西本とイラストの競作を試みるなどした。この様子はカラスヤ、西本両者の作品で描かれている[17]。2007年にも再度出演し、T田と共にお菓子の早食い対決に参加した[18]。2008年末には、西本と担当編集らと共に神田明神に祈願をしに行き、絵馬に願い事を描くなどしていた[19]
藤島康介
『カラスヤサトシ』2巻の帯のメッセージを書いている。(1巻はカラスヤサトシの「自薦」。)帯に於いて、「T田被害者の会」設立を宣言。(会長カラスヤ、副会長藤島)
柘植文
柘植の『まんがくらぶ』連載の「ノンストップおヨメ道」とカラスヤの連載「萌道」とのコラボ企画でお見合い(デート)をし、両作品でその様子が描かれた。また、『まんがくらぶ』で、自虐の詩映画公開企画でも、試写会で映画を一緒に観てリポートするという企画で再びデートした。試写会の後の飲み会で酔い潰れて醜態を晒したらしい。

[編集] 脚注、出典

  1. ^ 『カラスヤサトシ』4巻、134頁
  2. ^ 『COMICアレ!』は、1993年から1997年までマガジンハウスが発行していた月刊漫画雑誌。江口寿史吾妻ひでおしりあがり寿松本大洋などが寄稿していた。新人賞は10回まで開催されており、優秀賞は第2席。ただし片岡聰が入賞した第6回は第1席の大賞は該当者なしだった。
  3. ^ マガジンハウス公式ページ
  4. ^ 「ギャグパラ大賞」はアフタヌーン四季賞と平行して『月刊アフタヌーン』で行われていたギャグ専門の新人賞。1998年から2001年まで計7回開催された。なお第2回の大賞はハグキの『ハトのおよめさん』である。
  5. ^ T田が選んだネタで敗れたことを理由にカラスヤが電話でT田に退職を迫った。この様子は『カラスヤサトシ』149頁に描かれている。
  6. ^ 「アフタヌーンコミックまつり」は、2003年以降毎年行われている全国規模の書店フェア。作家のサイン会、読者プレゼント、特製小冊子の配布などが行われる。
  7. ^ 柔道着姿のカラスヤが銃を構えているイラスト。大型看板では「きみのハートを狙いうち。バーン!」という「かっこいいセリフ」もつけられていた。なお『月刊アフタヌーン』2006年4月号掲載の4コマ漫画によれば、ステッカーは大量に余った。
  8. ^ 朝日新聞 2006年11月19日掲載 WEBバックナンバー
  9. ^ 「本バカにつける薬」、『アサヒ芸能』2006年10月26日号、177頁
  10. ^ コミダス~キーワードで学ぶ現代マンガの基礎知識
  11. ^ 『月刊アフタヌーン』2007年1月号、331頁
  12. ^ 『月刊アフタヌーン』2006年7月号、316頁など
  13. ^ ネットトキワ荘
  14. ^ 『月刊アフタヌーン』2006年7月号掲載。
  15. ^ 同2006年11月号掲載。
  16. ^ 同2007年6月号掲載。
  17. ^ 『カラスヤサトシ』2巻、『もう、しませんから。』4巻にそれぞれ収録。
  18. ^ 『もう、しませんから。』5巻収録。
  19. ^ 『カラスヤサトシ』4巻収録

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月29日 (木) 15:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【カラスヤサトシ】変更履歴

ご利用上の注意